(こちらは長すぎた話を分割したものの後半になります。内容は以前と変わりません。)
帰宅して一息ついていた頃。
ナナカマドの爺さんからポケッチに着信があった。さすがに無視はできなかった。
「……おう」
『おうとはなんだおうとは。もしもし位言わんか』
「よ、う、け、ん、は?子供たちに会えたのか?」
『ウム、少年達……コウキとジュン、だったな。無事草むらに入る前に会えたぞ。
しっかりと一喝もしておいた。』
「あんま怒らないでやってくれって言ったじゃねえかよ……」
『危機感に欠けていたのでな。それに、彼らにしてみればそんなことがとうの昔に思える程のプレゼントをもらって、今は大喜びだろう』
「プレゼント?……もしかして……」
『ウム、予想は当たっているだろう。たまたま同行していたポケモン達がいたのでな。その内の二匹を、彼らに託した』
「随分と思い切った真似したな。最悪『お前らのようなルールも守れんガキは、当分ポケモンも与えん!』くらい言うかもしれないと危惧していたんだが」
『どうにか未遂に留まったのでな。……お前のおかげだ。
なにより、彼らには確かに備わっていた。仲間を思いやる心と、ポケモンを大好きでいる気持ちがな』
「……そうか。そりゃ何よりだ。無事でよかった。報告ありがとうよ。もう連絡してこなくていいぞ」
『……お前が彼らを気にかけていた気持ちが少しわかったよ。なにせそっくりだ。カンナギタウンに住んでいた頃の、人の話をまるで聞こうとしなかったお前とシ』
年寄りの思い出話が始まりそうだったので電話を切った。
その後も2回ほど着信があったが無視してそれっきりだ。
いい収まりどころで話に決着がついたことにひとまず安堵した。爺さんの説教が想像以上にトラウマを与えている可能性もなくはないが。
別に彼らに会うつもりも無かったが、話を聞いてからは部屋で寝ているのも退屈で、また家を出た。
一日に二度も外出したのは数年ぶりな気がする。
あまりうろうろしていても不審者と思われかねないので、散歩をした。ルートが少年達の家の近くだったのもたまたまだ。
……だがどうにもおかしい。家の中が静かなのだ。
ポケモンをもらった日の子供たちが大人しくしていられるはずがない。
ただでさえ近所では「元気でいいねえ」と褒めそやされて親が恐縮してしまうような子供たちなのだ。
ちなみにジョウト地方のエンジュシティで方言混じりに同じことを言われた場合には皮肉と受け取っていい。代表的な言葉に「ええポケッチしてはりますなあ」(訳:早く帰れ)などがある。
要するに、彼らはまだ家に帰っていないという事だ。立ち止まって空を仰ぐ。
燃えるような夕焼けも静まり始める時間で、太陽も地平に間もなく沈みこもうとしていた。
記憶が確かなら、いつもはこれくらいの時間にはとっくに彼らが町の十字路で解散する声を耳にしていた筈だ。明らかに、門限を過ぎている。
まだ町に戻ってきていないのは確定として、恐らくポケモンバトルに熱を上げているのだろうとアタリを付ける。
彼らは町中でチャンピオンや四天王になりきってごっこ遊びをしたり、旅に出てポケモンリーグに挑戦したいようなことをよく話していた。その夢が具体性を帯びて近づいてきたのだ。盛り上がる気持ちもわかる。
気づけば町の出口にまで足を運んでいた。またしても悩む。介入しすぎではないかと。朝昼と違って今はポケモンといるのだから、野生のポケモンが飛び出てきても対処できるだろう。これ以上関わる理由もないし、過度な干渉は成長の妨げにもなる。放っておくべきだ。
そう考えながらも、町の前で止まった足が、翻る素振りは無かった。
もう20秒だけ葛藤してから、
「……世話の焼ける……!」
201番道路へと進んでいった。
それからは話が早い。ひっそりと様子をみれば案の定ポケモンバトルを満喫する少年達の姿がそこにはあった。
ちゃんと草むらの外で戦っているようだし、怪我をした様子もない。
やれやれと一息ついて、帰ろうとした時、草むらから小さく顔を出したガーディが怒り心頭、といった様子で彼らのいる方を睨みつけているのに気が付いた。
ジュンとコウキに視線をやる。二人とも、目の前の相手とポケモンしか見えていないようで、気づく様子は無い。ガーディが四つ足を踏ん張って技を打つ姿勢になった。
照準は―ジュンの方か。
目を瞑り考える。ゆっくりと目を見開く。数多の選択肢から結論を下す。今度の葛藤は1秒にも満たない。ベテラントレーナーの判断力がものを言わせた。
勝負に熱中する二人とガーディに聞こえない声で囁く。
―頼む。できるだけ穏便に。
この辺りのポケモン、全部やってくれ。
返事は無い。
その代わりに、
静かにガーディが草むらに横たわる。
ガーディ以外にも、周囲に潜むポケモンが活動を停止した気配が感じ取れた。
しっかりと仕事をしてくれたのだろうと判断し、退散することとした。
最後に少年達と、その相棒のポケモンを見つめてから、そっとその場を離れる。
ーーーーーー
そんなわけで、知らないどころかナナカマドよりも事の顛末を仔細に把握していたのだが、恩に着られたり妙な勘違いされるのが嫌だったため、昨夜の出来事は無いものとするつもりだったのだ。
ポケモンを貰ったことはナナカマド経由で知ったということで説明できるが、夜までポケモンバトルをしていたことを知っていたことについては何としたものか。
年齢相応の無垢さ故か、コウキとジュンの二人は勘繰りもしないようで、ただただ不思議そうにしている。これ幸いと、夜の件は聞かなかったことにして取り繕った。
「あーなんだ。その、実はだな、昨日ナナカマドのじいさ、ゴホンッ
ナナカマド……博士から連絡をもらってな。お前たちが草むらに入るすんでのところに間に合ったって話や、ポケモンをあげたってこともな。その、悪かったな!ポケモンはサプライズで見せてくれようとしてたのか!じゃ、じゃあ折角だから今見せてくれよ!」
「おーいいぜー!じゃあ見せるぞー!」
「あ、ちょっと待って。ポケモンはおれも紹介したいんですけど、結局夜までバトルしてたのを知ってたのはどうしてですか……?」
ダメだった。ジュンはともかくコウキはスルーできなかったようだ。やっぱり彼らになら正直になら話してもいいような気がしてきたが、そうなると
「……ん、ああ、そのことな。や、知ってたってわけじゃない。お前らがポケモンもらったって聞いたから、『きっと夜までバトルしてるんだろうな~周りなんて見えてなさそうだな~』ってつい想像しちまったんだよ。だから仮定の話としてさっきは忠告させてもらったんだよダメだな憶測でモノを言うのは俺も気を付けるぜはっはっは。……で、ポケモン見せてくれないのか?」
「……?あ、いえ、そういう事だったんです、ね……?今、紹介します!」
「おーいー!はやくしよーぜー!」
……どうにか誤魔化せた、か?
微妙に釈然としない顔をしているコウキも、これ以上は話が進展しないと悟ったのだろう。
気を取り直したように、いそいそと腰からモンスターボールを外していた。
ジュンの方はいつの間にかボールを使用するために収縮していたボールを手のひら大にまで戻している。
ポケモンを出す準備万端というところだ。
抑えきれないワクワクを表情に浮かべながら、二人がモンスターボールを両手で上下を掴んで開く。大人になれば片手で開けるが、子供の手には少し難しい。
「それじゃあ……おいで!ヒコ!」
「へへ……!いけ!ポッチ!」
開いたボールの隙間から、一条の青い閃光の軌跡が飛び出し、床目掛けて小さな放物線を描いた。
不定形な水たまりのように床に滞留した光は、徐々に生物の形を縁取るようにして実態を伴っていく。
光が収まるとそこには2匹のポケモンがいた。
「紹介します!ヒコです!」
「オレのポケモン、ポッチだぜ!かっこいいだろー!」
飛び出してきたポケモンは、こざるポケモンのヒコザルと、ペンギンポケモンのポッチャマだった。
どちらもシンオウ地方から旅立つトレーナーが初めに研究所でもらう最初の一匹として定番のポケモン達だ。これにわかばポケモンの『ナエトル』を含めた三匹と共に、多くのシンオウ出身のトレーナーの旅は始まる。俺と幼馴染は違ったが。
二人が誇らしそうに自分のポケモンを見せるのをみてつい頬が緩む。
「そうか……。何のポケモンかまでは聞いてなかったからな、驚いたよ。
コウキはヒコザルを、ジュンはポッチャマを選んだんだな。どっちも既によく懐いてる。いいトレーナーしてるじゃないか」
俺の言葉にコウキとヒコザルは照れ、ジュンとポッチャマは胸を張る。
ポケモンはトレーナーに似るとはよく言うが、ここまで相性ピッタリなのも珍しい。
それからしばらく、二人のポケモン自慢話を聞いたり、どちらがバトルで強いか言い合いになるのを仲裁したりして、時間は過ぎていった。
・・・・・・
ふと時計を見ればもう9時半。2人が来てから一時間以上経ったらしい。
時間がこんなにも早く過ぎたのは久しぶりだと思いながら、二人をそろそろ帰らせようと決める。
何も邪魔になったわけじゃない。あまり長くいると、旅の出発が遅れてしまうだろうという配慮だ。
旅の餞と、久々に心が晴れるような体験をさせてくれた礼をと思い、二人に話しかける。
「二人とも、今日は来てくれてありがとうな。名残惜しいがもういい時間だ。
そろそろ町を出なきゃ、マサゴタウンには着けてもその先のコトブキシティに到着するのが夜になっちまう。そろそろ出た方がいい。これから大変なこともあるだろうが、頑張れよ。
……影で応援してるよ」
おれの言葉にシンクロした動きで部屋の時計を見る二人。途端に慌てだす。
「やっべ!もう9時半!?兄ちゃんの言う通りだ!急いで出ねーと!」
「本当だ……!楽しくてつい……」
コウキとジュンが荷物をまとめているのをだらっと座ってみていると、ポケッチから曲が流れてきた。
20年近く前に流行ったヒット曲。音楽に興味がある方ではないが、この曲だけは昔から好きでこうして電話の着信音にしている。
電話の音を気にしてこっちを見る二人に、スマン、と手刀を切ってから電話に出る。
相手の名前は『ナナカマド』。無視していたのに懲りずにかけて来るとは。応答ボタンを押す。
「……モシモシ」流石に少年達の前で昨日の様な粗野な態度はとれない。素直に挨拶する。
『ウム、ちゃんと挨拶するようになったか。私だ。
しかし昨日何度も連絡したのに出なかったのはいただけないな。何をしているのか知らないが、電話に出られない程忙しい生活というわけでもないだろう』
「ああーー昨日はどうもスミマセン」
『? なんだ妙な話し方をして……まあいい、実は少し頼みたいことがあってな。
今日お前の家に、昨日の少年達……ジュンとコウキが訪ねてきたか?昨日礼を言うように伝えてあったのだが』
「え。(アンタが寄越したのかよ)いや今ちょうどいるけど……。なんでまた?」
『おお、そうか今いるのか!なら丁度良かった。頼み事というのはその二人についてだ』
どうにも面倒事の予感がしてきた。
「……ナンデスカネ」
『ウム、ジュンとコウキが今日から旅に出るというのはお前も聞いていると思うが、頼み事というのはその旅についてだ。お前、二人に同行して町を出なさい。
フタバタウンからであればマサゴタウンを必ず経由して他の町に行くことになるだろう。その時二人を連れて私の研究所に寄ってくれ』
一瞬何を言われているのか分からなかった。
「……ハア?なんで俺が!?」
俺の声にジュンとコウキが怪訝そうな顔をする。
なんでもない、とジェスチャーして離れたところに移動した。
『……というわけだ。筋は通っている筈だが?』
「いや、移動しててなんも聞いてなかったよ。もっかい言え」
『……全く。さっきの妙な話し方はジュンとコウキの前だったからか。
……端的に言えば、ここ数年間顔を見せず、連絡も寄越さず、返さなかった不孝者が溜めに溜めたツケを、昨日の少年達にポケモンをあげた分の借りと併せて返せと言っているんだ』
「……う」
はっきり言って心底面倒だ。将来が楽しみな少年達を晴れ晴れした気持ちで見送ることと、クソガキ共のお守りをしながら家から出なければいけないのは話がまるで違う。
……が、『借りを返せ』と言われると罪悪感から突っぱねることが出来ない。子供のころからこの爺さんにはいいように転がされてきたことを思い出す。
「はぁ……仕方ない。分かったよ。研究所まででいいんだな?」
『ウム、頼んだ。お前は昔から理詰めでモノを頼めば話が早い。あと平日からこうして動けるという事はお前無職だな?思った通りだ。では頼んだぞ』
そういって電話は切れた。
「あの糞ジジイ!」
リビングに戻る。荷物の整理を終えて、それぞれのポケモンと一緒に所在なげに座っているジュンとコウキがいた。俺が戻ってきたのを見てコウキが話し出す。
「あ、サクさん。それじゃあおれ達そろそろ町を出ます!今日はありがとうございました!」
「兄ちゃんありがとうな!そのうちテレビ出るくらいすっげートレーナーになるから応援しててくれよ!」そういって二人して立ち上がった。
俺もそれを尻目に、ここ数年間使っていなかった、クタクタになったスポーツバッグを取り出して、荷物を詰めだした。作業をしながら二人に話しかける。
「ああ、応援してるよどっちも。ただ、お別れは少し待ってくれ。野暮用が出来てな。俺もマサゴに行かなきゃならなくなった。
見ての通り俺はポケモンを持っていないんだ、二人が嫌でなければ、マサゴまでは同行してくれないか?」
「あ、そうなんですね!それは全然OKです!元々ジュンとマサゴタウンまでは一緒に行く予定だったので!もしかしてさっきの電話……ナナカマド博士からですか?」
「ああ、よく分かったな。そう、ナナカマド博士から。何となく気づいてたかもしれないが、俺が子供の時からの知り合いでな。
昨日電話したのをきっかけに、君たちと一緒に顔出せ、ってさ。悪いな、流石にこの格好じゃ町の外までは出れねえから、少し待ってくれ」
そういって衣装ケースから服を雑多に取り出して、洗面所に移動して着替えた。
服は一旦洗濯機の上に置いて、髭を剃る。だらしない恰好をしていたら、ナナカマドに何と言われるか分かったもんじゃない。
上と下で色の違うジャージから、上は臙脂色の縦セーター、下はマルチポケットの付いた黒のカーゴパンツに。そのまま玄関に行く。
クローゼットから袋に入った黒のロングコートを取り出す。色を全て吸収した様な、光を反射することのない純黒のコート。前は閉めずに軽く羽織って雪色のマフラーを巻く。同色のニット帽を長く垂れた前髪を搔き上げて仕舞い込みながら被った。最後に、
「おお……」「ええー!そうなるのかよ!!」
リビングとコウキとジュンが俺をみて何だか騒いでいるが、時間も随分押している。
2人に家を出るよう促した。
「待たせて悪かった。火の元の点検とかするから、先に外出ててくれ」
「絶対普段からコッチの方がいいと思う……」
「だよなー!かっちょよすぎだろ!!」
玄関に向かった二人はなおも何だか騒いでいたが、それも家のドアが開いて、閉まる音がしたと同時に聞こえなくなった。外に出たようだ。
俺は室内のガス栓や水道が閉まっているかを確認してから、最後にもう一度リビングの前に戻った。
同居人……もとい同居ポケモンに声を掛ける。
「そんなわけだ。思いがけない面倒事引き受けることになった。
コウキとジュンに気付かれるわけにもいかないし、別にお前に何かしてくれって訳じゃないが、ついてきてくれ」
そう一方的に告げた後、そのまま玄関に行こうとする。長い付き合いだが、コミュニケーションは基本こちらが一方的に話しかけて終わりなのが常だ。滅多に返事が返って来ることは無い。
それでも聞こえていないわけでもなく、俺の傍から離れることも決してないため気にしていない。
が、今日は違った。背中越しに気配がする。
振り返ると、床に黒い渦が出来ていた。
墨汁をひっくり返したようなソレからは、一匹のポケモンが、音もなく出現しようとしていた。
全体的なフォルムは人に近い。胴体と二本の細い脚、肩から指の先まで全身は闇の様な黒をしていて、常に影の様に定まった形を取らず、揺らめいていた。頸元は赤く一周して盛り上がっており、何より特徴的なのが、煙が空に立ち上るような形をした、蝋の様な色をした頭部だった。
翡翠色の瞳が、こちらを見据える。
「―?」
『・・・・・好きにすればいい。が、過保護だ。』
そういうと、影は再び床の中に融けて消えていった。
頭をガシガシ掻こうとして、ニット帽をかぶったことを思い出す。はあ、とため息を吐きながら、玄関に向かって靴を履いた。
ドアを開ける。家の前ではジュンとコウキが待っていた。
「本当に悪い、待たせた。さ、行こうか」
そう言いながらドアに鍵をかけて、歩き出したジュンとコウキの後をついていく。アイツも姿は見えないが、後を追ってきてくれている筈だ。
過保護、というか過干渉なのはわかっている。
それでも、昨日彼らの背中を見てから眼に灼き付いて離れない、あの幻影を無かったことにはできなかった。ジュンとコウキに聴こえないよう、そっと俺は相棒に呟く。
「分かってるよ。 ダークライ」
未来に向けて足を進める少年達と、過去にもがく男の旅が始まった。
ご覧いただきありがとうございます!
ようやく主人公サクの相棒ポケモン、ダークライが出せました!
子供の時から好きなポケモン、ダークライを中心に話を書きたかったので嬉しいです。
最後旅が始まった、で括ってますが、ジュンとコウキは次話で一旦登場終了の予定です。
あくまでサクが主人公の旅、のつもりなので、、、
最後までありがとうございました!
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