ポケットモンスター プラチナ二次創作第三話になります。
コウキ、ジュン視点で物語が進行するのはこの話で最後なります。
よろしくお願いします!
土を踏む小気味良い音が足元から聞こえてくる。
三人のトレーナーと三匹のポケモンが、フタバタウンを後にしてから一時間が経とうとしていた。
現在は201番道路を半分ほど進んだところ。旅は依然順調で、トラブルもハプニングも起きていない。
201番道路に生息するポケモンの危険度が低い、というのもあるが、コウキとジュン、それに二人のパートナーであるヒコザルとポッチャマが優秀であることが大きな理由だろう。
「! ビッパだ!サクさん下がって!!いけぇ!ヒコ!!ひっかく攻撃!!」
コウキとヒコザル―ヒコは観察力が高い。
初めての旅立ちで既に周囲への警戒を怠らない癖が身についている。実直で真面目な性格が良い方向に作用していそうだ。
草むらの揺れる音や足音のような「イレギュラーな気配」に敏感で、指示が的確だ。
その広い視野はポケモンとのコンビネーションが上達するほど活きてくるだろう。
「んー??何か怪しいぜ!兄ちゃんこっち、オレの後ろに隠れてくれ!!ポッチー!その辺にあわ攻撃だー!!」
ジュンとポッチャマ―ポッチは勘がいい。
何か怪しい、何か変、そういった「言葉にならない違和感」を察知するのに長けている。
野生児のジュンらしい。
少々指示が雑なのは気になるが、早くもトレーナーの意図を汲み取って戦えているポッチャマと一緒であれば問題ない。
「この辺りのポケモンはもう練習相手にもならないな……」
そう分析するのはムックル(Lv2)やらビッパ(Lv3)が出るたびに、10歳児の背中に隠れることになる20代無職独身住所不定の男性……要するに俺―サクのことだ。……情けなさで涙出そう。
いやこれが正しい振る舞いなのだ。決して俺がビビりだとか、子供を盾にするクソ野郎であるとかそういうわけでは無く。
『草むらを歩くときはポケモンと一緒に。ポケモンを持たない人はポケモンを持っている人と一緒に行動』。これは絶対遵守のルールである。
例え大人だろうが、怖いお兄さんだろうが、ポケモンがいないのであれば一人で草むらに入ることは原則許されない。
―事実俺は無力ではない。少年達には隠しているものの、ポケモンは連れている。
姿は見えないが俺の傍らに影となって潜んでいる相棒、あんこくポケモンのダークライの力ならば、野生のポケモンに限って言えば201番道路はおろか、シンオウ地方、果てはこの世界全てのポケモンが敵にならない。
まあ創世神話の神々とか、巨大隕石とともに地上に落下してきたポケモンと呼ぶかも定かではないナンタラとか、そういった例外は除いて。
ただ、初めての旅立ちをする少年達が、自ら考えて行動するところで大人が力を振るうのも野暮というものだ。それにダークライの存在はあまり大っぴらに周知してもらいたくない。ジュンとコウキにも今のところダークライの存在は伏せている。
情報伝達が発展していなかった昔はポケモンリーグにもダークライを使って出場で着ていたが、今では難しいだろう……。
とはいえ過剰に出し惜しみするつもりもない。緊急事態であれば俺はダークライに指示を出すことを厭わない。事実昨夜は201番道路一帯のポケモン相手にダークライの力を使ったわけだし。
まあそういった背景から、俺は情けなくも昨日ポケモンをもらったばかりの少年達と、恐らくLv10にも満たないであろうポケモン達に頼って隣町まで行くという、情けない大人を演じているのだ。
……ダークライのほかにアイツらもいればもっとデカい顔して旅に出られたんだけどな……。
俺は、申し訳なさからバトルを終えてひと段落した二人に声を掛けた。
「いやぁ……その、頼りっきりになって申し訳ない。
俺も、あーなんだ、ポケモン、持ってたら良かったんだけどなー……」
俺の言葉にジュンとコウキが振り返る。どちらも戦いの後ということで、軽く汗ばんでいるものの、表情は明るくまだまだ疲れは見られない。痛み辛みよりも楽しさや興奮が勝っているのだろう。
「そんな、全然気にしないでください!おれ達、ずっとこうしてポケモンバトルをするのが夢だったんです1それに、人を守りながら戦うのって周囲を見るいい練習になります!」
「そうだぜ兄ちゃん!兄ちゃんは応援しててくれよ!俺とポッチが戦いまくって守りまくるからよー!」
……良い子過ぎやしないか君ら。
過去の自分達と彼らを重ねてしまいそうになるが、二人の方がよほど純真で真っ直ぐだ。
俺は昔から捻くれていたし、アイツも素直そうに見えて……子供ながらに妙に賢しいというか立ち回りが上手いところがあった。
マサゴタウンに着いたら飯でも奢ってやろう。金は結構持っている。……無職なのに20代で金持ちって我ながらつくづくロクでなしだな……。
―――
「ところで、その……」
旅を再開し、横並びで歩きだしてからしばらくして、コウキが言いづらそうに話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「その、聞いていいのか分からないんですけど……サクさんってポケモン持っていないじゃないですか。
昔からポケモンを持っていない、っていう人もいますけど、でも、子供の時からナナカマド博士と知り合いだって言ったりしてて……その、ポケモンは、どうしたのかな、って」
コウキは視線を右往左往させ、言葉を選びながら話す様子だった。
ジュンも控えめに、同調する。
「あ、俺も気になってたぜ……それ」
「ああ……そういや話してなかったな」
二人の言葉にそれも当然の疑問か、と頷く。こちらの様子を窺いながら話すのは俺がポケモンと辛い別れ―喧嘩別れや死別した可能性を考えたからだろう。本当にいい子達だ。
「んん、どこから喋ったらいいか……」
話の取っ掛かりを考える。結論だけ言うと『昔はポケモンを持っていた。今は(ダークライのことは隠して)もういない』。で終わる話なのだが、彼らの疑問は解消されないだろう。開示するラインを考えながら、ポツポツと語ることにした。
「……そう、だな。まず、俺は十数年前までポケモントレーナーだった。町から街へ、旅して、冒険して、ってな。だからコウキの予想通り、昔はポケモンを持ってたよ。」
俺の言葉にやっぱり、といったふうで頷くコウキとジュン。それを横目に見ながら話を続ける。
「トレーナーとして活動する目的には色々ある。
沢山のポケモンをゲットする、色々な場所を旅をする、とか。
そんな中でも、俺はポケモンリーグ挑戦に熱を上げてた。ジムに挑戦して、バッジを集めて、四天王、チャンピオンと戦って、てな」
コウキもジュンも、口は挟まない。静かに俺の話を聞いている。
201番道路に響くのは俺の声と、足音。それに時折ピュルル、とどこかで鳴くムックルの声だけだ。
「だから最低限の、手持ちになった信頼を寄せるポケモン達とだけ旅をして過ごしてたもんで、ロクにポケモンをゲットしなかったんだよな。ナナカマドのじいs……博士には随分文句を言われたよ。研究したいからもっとポケモンをゲットして送ってほしいのにお前ときたら、って。……ああそうそう、俺がナナカマド博士と知り合いなのは昔トレーナーだった縁からなんだ」
ここで一旦言葉を切る。乾いてきた喉を潤そうと唾を飲み込んだ。
「……で、そのポケモン達がどうしたか、だな。
結論から言っちゃえば、ある時お別れしたんだ。一度に解散、ってわけじゃなく、一匹、また一匹って具合に。理由はまあ、話すと長くなるからスキップ。
その後のアイツらの行方は、知ってるのと知らないのがいる。まあ知ってるヤツももう何年も前のことだしな、今もそこにいるかは分からない。シンオウ地方の外で離れたやつばっかりだし、地方を跨ぐと情報が入ってこないからな。
……と、俺のポケモンとの歴史はこんなもんだ。大して面白い話じゃなくて悪かった。
まだ気になる部分もあるかもしれないが今日はとりあえずこんなもんで勘弁してくれ」
そう言って、俺は言葉を結んだ。
・・・・・・
トレーナーだった過去と、ポケモンとの別れ話をするサクさんの表情からその思いは上手く読み取れなかった。淡々と話しているから一見もう終わった話と割り切ってそうでもあるけど、少し元気がなさそうにも見えた。
サクさんがフタバタウンに引っ越してきたときからポケモンの存在は気になってたけど、お母さんにも「よそさまの事をセンサクしちゃいけません!」って言われたから考えないようにしてた。
でも、こうしてサクさんと繋がりができて、ほんの数時間でも旅をしていると、やっぱり気になってしまった。ナナカマド博士と知り合いで、元リーグ挑戦者。
……過去には凄いトレーナーだったんじゃないかな。そう考えると質問せずにはいられなかった。
サクさんが色々答えてくれた後も疑問は尽きない。
どうしてトレーナーを辞めてしまったんだろう。どうしてポケモンと別れてしまったんだろう。
ポケモンリーグ挑戦者としてどこまで行ったんだろう。四天王、チャンピオンには挑戦できたのかな。
正直もっと尋ねたい部分はあったけど、これ以上はさすがに踏み込みすぎと判断して、心の中に留めることにする。と、おれがもやもや考え事をしてると、横でジュンが元気よく喋り出した。
「そっかー!兄ちゃんポケモン昔持ってたんだなー!見てみたかったぜ!
フタバタウンでもじいちゃんとかばあちゃんはポケモン持ってないよな~。
……あれ?じゃあじいちゃんとかばあちゃんが若いころってポケモンはいなかったのか??」
「いやいや、そんなわけないでしょ……。ポケモンと人間の歴史は、昔オーキド博士がポケモンを発見したのが始まりなんだから、ポケモン自体は生息していたんでしょ」
「でもよー、それならなんでマミーが小さいときに聞かせてくれた昔話にポケモンが出てくるんだ?
昔からポケモンとトレーナーは一緒だったんじゃないのかよー!」
ジュンの指摘に「いやあれは作り話で……」とツッコミをいれようとしてふと、子供の読み聞かせの絵本は、古い歴史に基づいた話だということを思い出した。
ある程度過去の史実の通りなのだとしたら、オーキド博士がポケモンを発見した後に、人とポケモンの歴史が生まれたというのはおかしなことになる。
「あ、あれ……?」
ジュンが思いがけないことを言うもんだから頭がこんらんしてきた。「へへー!やっぱおかしいだろー!?」とか言ってきてうるさいし。
うんうん唸ってたら、ここまで静かにおれ達のやり取りを聞いていたサクさんが、口を開いた。
「面白いことを気にするな?
『オーキド博士がポケモンを発見するより前から、ポケモンと人間が共存関係にあったと思われるのは何故か?』。
これのアンサーは、
『ポケモンが現代でポケモンと認識される前から人と共に歩んでいたから』っていうシンプルなものだ。
過去の文献やら記録によれば、ポケモンと同じ家で暮らしたり、色んな目的で使役することは昔からあったみたいだぞ」
おれ達の疑問に答えてくれたサクさんは言葉を切って、小さくため息を吐きながらニット帽の上から頭をかいた。煮え切らないような表情で話を再開しだす。
「尤も、それで疑問がマルっと解決されたわけじゃない。解明されていない謎もある。
当時『ポケモン』とされていた生き物達は、一緒に暮らしていたとしても単なるペットや観葉植物とは明確に別物として扱われていたみたいだからだ。当時の文明発展度でなにをもってしてその生物がポケモンであるかの是非を判断していたのかは判明していない。
……飛躍した話じゃあ、過去に一度人間とポケモンが共に暮らした文明が一度滅びたうえに、俺たちの歴史が存在していて、これらの謎は旧時代の残滓に触れているんじゃないか、なんて説もある」
サクさんは淡々と語って、最後にはこう締めた。
「ま、この辺りは世界中の大学やら研究機関が血眼になって解明しようとしている考古学の分野だ。今日明日で真実が分かるわけもないから考えるだけ損ってもんさ。
全ての真実を知るのはアル……じゃなかった、シンオウ神話に出てくる創世神くらいのもんだろ」
・・・・・・
……過去のトレーナー時代の話から飛んで、いつの間にか人とポケモンの歴史なんてものについて講釈垂れてしまった。こんな考古学の話なんて退屈じゃないのか?と少し心配になり、横を歩く二人の顔をちらりと盗み見ると―
目を輝かせていた。それはもうキラキラとさせていた。
更には
「スッゲー!そんな話初めて聞いたぜ!兄ちゃん昔のことにめちゃめちゃ詳しいんだな!!
じゃあさ、昔からポケモンバトルもあったのか!?後さ……」
とか、
「サクさんって本当に何者……?
そ、それなら質問してもいいですか!?昔テレビでやっていた『シンオウ都市伝説』で、シンオウ地方ではオーキド博士がポケモンを発見したカントー地方よりも、長いポケモンとの歴史があるかもしれない、って紹介されていたんですが、あれは本当なんですか!?そ、それから……」
とか。想像の遥か上をいく食いつきっぷりだった。
オレが先に質問したんだぞー、いやおれの質問を先に、とかなんとか、両端からやあやあとする声につい口を緩めた。
……片道限りの旅路だったが、思いがけず随分楽しい思いをさせてもらうことになった。何度目か分からない感謝を彼らに心の奥で告げる。
それでは、と。わずかばかり軽くなった口で語り出す。
「そしたらやっぱりオーキド博士がポケモンをポケモンとして区別したところから話すか?歴史は数十年前にさかのぼるんだ―」
それからマサゴタウンに到着するまでの間、サクによるポケモン講座は続いた。その姿は兄弟の様で教師と生徒の様でもあった。
―――
「うおおーー!マサゴタウン着いたぞー!!」
「着いた……!初めて、自分とポケモンの力で次の町に……!!」
マサゴタウン。
『うみにつながる すなのまち』
フタバタウンの隣町で、南下して219番道路を経由すれば220番水道に出る小さな町だ。
反対に北上すれば202番道路があり、そこを越えればシンオウ一の大都市、コトブキシティに辿り着く。
町そのものに特色はないものの、利便性の高さから好まれる土地である。
また、町の名所として、ナナカマド博士が拠点とするナナカマド研究所が存在する。とはいえ一般人にとっては然程縁のない施設であるため、地元民は誇りに思っていても、外から来る人間から特別注目を集める場所というわけでもない。
そんな町に、コウキとジュン、そしてサクは辿り着いた。
時刻は正午を回ったところ。コウキとジュンは達成感からか、思い思いに感慨にふけったり、ポケモンを労った後喜びを分かち合ったりしている。
首だけ後ろに向ける。町の入り口近くの木陰に視線を向け口の形だけで『ありがとう』と伝えた。
何の変哲もない木陰が、注視するかその変化に見慣れていなければ分からない程度に揺らめく。
今のは『放っておけ』か、はたまた『浮かれるな』といったところか。
ぞんざいな扱いだが、それでいい。親しき仲には礼儀も不要だ。
正面を向き直して、マサゴタウンをゆっくりと見渡す。
子供の頃、何度か来た筈だが、正直懐かしさはあまり覚えない。
研究所を構えるナナカマドとは長い付き合いであるものの、トレーナーとして独り立ちしてからはこちらからこの町に出向くことは滅多になかった。基本的には旅の行く先々で都合がつけば会っていた感覚だ。
そんなわけで、俺としてはジュンとコウキと別れる名残惜しさはあれど、長々と町に留まる理由も無いので、さっさとナナカマドに顔を見せて帰ろうと決める。
帰るにあたって『でもサクさんポケモン持ってないんじゃ……』とコウキ辺りが言いだしそうなものだが、そこはナナカマドに上手いこと話を合わせてもらおう。
あのオッサンは俺とダークライの事を知る、数少ない人間の一人だ。
と、彼らに食事を奢ろうとしていたことを思い出す。
順番としては、昼食の後研究所に行くのが個人的には望ましい。やり残しがなくすぐにフタバタウンに戻れるからだ。と、ジュンとコウキに食べたいものを尋ねようとしたところだったが……
「サクさん!早く研究所行きましょう!」
「おーい!兄ちゃん何ぼーっとしてんだよー!研究所こっちだぜー!」
少年達の逸る心は食い気などどこかに吹っ飛んでしまっているようだ。
仕方ない、とここは年寄りの説教を甘んじて受け入れることに決めた。
今行くよ、と小走りで彼らのもとに駆け寄った。
その後を影が誰にも気づかれることなく、じわじわと後を追いかける。
―――
研究所は町からそう遠くない位置にあった。
研究所はマサゴタウンの民家とほぼ変わらない見た目、サイズ感をしている。その建物が研究所と知れるのは、入り口脇にひっそりと据えられた『ナナカマド研究所』という簡素な碑文のみだ。
余談だが、ほぼ同い年で、かつてナナカマドにポケモン研究者になるべく師事していた旧友は、今となっては若くして将来有望な博士になった。故郷であるカロス地方で、師匠とは正反対に一番大きな街の一等地に非常に目立った研究所をこしらえている。それを知った時のナナカマドの複雑な表情は中々愉快だった。
そんなナナカマド研究所の前では、一人の少女が自分のポケモン―わかばポケモンのナエトルの面倒を見ながら立っていた。コウキとジュンも気づいたようで反応を見せる。
「あ、あの子……」
「この間博士と一緒にいた子だ!」
騒ぐ二人の声を聞きつけ、少女―ヒカリがコウキ達の元へとナエトルを連れてやってきた。
とてとてと走ってコウキ達の前に立ったヒカリはニコっと快活な笑みを浮かべる。
今は博士がいないからか、昨日の201番道路とは違って、フランクにコウキ達に話しかけた。
「あ!待ってたよ!こっちに来て!博士が待ってる!
それと、サクさん、ですよね!初めまして、私ヒカリっていいます!
ナナカマド博士の元で、ポケモン研究の助手をさせてもらったり、シンオウに生息するポケモンを捕獲して、研究の手伝いをしています!今日はよろしくお願いします!
それではこちらにどうぞ!」
そう言い終えた彼女はの俺達の返事を待たずして、研究所に向かって歩き出した。
3人と3匹は、彼女の後を追って、旅の一つ目の目的地、ナナカマド研究所へと入って行った。
―――
研究所は家屋じみた質素な外見と裏腹に、いかにも『研究所』然とした内装をしていた。
壁や床は無機質な白色で構成されており、所狭しと用途不明な研究器具が置かれている。
研究所内は複数の職員がせわしなく動き回ったり、何らかの話し合いをしている様子がそこいらで見られる。どうでもいいがメガネ率が高い。
そして至る所にポケモンがいる。大半は主にシンオウ地方に生息するポケモンで、わずかにジョウト、カントー、ホウエン地方のポケモンが混じっているようだ。
イッシュやパルデアといったその他の地方に生息するポケモンは見られない。物理的に土地が大きく離れているので中々交流が難しいのだろう。
慣れない環境で遠い地からやってきたポケモンが体調を崩す恐れもあるし、万が一逃がしてしまった場合には生態系が崩れる可能性もある。
コウキとジュンも興味深そうに研究所を見回している。が、ヒカリが止まることなくどんどん先に進んでしまうので、慌てて後を追いかけることとなった。
後で見学させてもらうといい。俺が帰った後で。
そう無責任に考えながら、俺はマイペースにゆっくり歩く。博士に用事があるのはジュンとコウキだ。俺は急ぐ必要もない。
それからしばしあっちへふらふら、こっちへうろうろし、時には研究員と言葉を交わしたり研究所のポケモンとじゃれていると、別な研究員が申し訳なさそうに俺に声を掛けてきた。
「あの……歓談中申し訳ございませんが、その……博士がお呼びです。……激しくお怒りで……。
コウキ君とジュン君への用事が済んだので、早く来い、と……」
そう告げた後、ペコペコと頭を下げて研究員は逃げるように走っていった。いっそ聞かなかったことにしてこのままお喋りしてやろうかと思ったが、
「ああ、博士を待たせちゃ悪いですよ!ささ、行ってください!」と強引に話を切り上げられ、近くにいた研究員達がイトマルを散らすように離れていったため、ため息を一つついて、研究所最奥のフロアに向かった。
―――
奥ではしかめっ面をしたナナカマドと、反対にポケモン図鑑を手にしてニヤニヤするコウキとジュンがいた。二人に話しかける。
「お、ポケモン図鑑をもらったのか」
俺の声に二人がいっぺんに喋り出した。
「そうなんです!博士にヒコをみせたらおれとヒコの間に絆が生まれている、って言ってもらえて!
シンオウ地方のポケモンを沢山ゲットしてシンオウ図鑑を埋めるミッションをもらいました!」
「オレとポッチの間に絆があるってよー!図鑑ももらったから、ジムリーダー挑戦しながらポケモン沢山ゲットしたいぜ!」
わいわいと盛り上がる二人を相手にソカソカソリャヨカタナー、ジャアオレワソロソロカエッカナ―と話しかけていると背中に殺気を感じた。
恐る恐る振り返ると、ナナカマドは、はらぺこもようになったモルペコみたいになっていた。ようするに怒り心頭。ナナカマドがゆっくりと口を開く。
「……この期に及んで私を見なかったことにできると思ったか?往生際の悪い!!
5年間一切連絡も寄越さずに!!!何か弁明はあるか!?」
最早何を言ってもかみなりが落ちそうだが、少しでも罪を軽くしようとして、脳をフル回転させる。
スーパーコンピュータ4台分の脳を持つメタグロスもびっくりの演算機能で導き出した返答は……。
「えーーーと……あーーー……。……弁明?っつうか……。うるせえ余計なお世話だよ、みたいなガァァ痛っってええ‼……ふざけんなよジジイ殺す気か!?」
喋っていた途中で拳骨が脳天に降ってきた。目の前に火花が散る。
今日は朝からジュンに鳩尾を攻撃されたりと災難だ。
うずくまりながらもどうにか抗議の声を上げた。
「いきなりばかぢからで殴りやがって!周囲から見てちょっと長い間音信不通、生死不明だっただけだろうが!ジュンサーさんに言いつけてやるわニノコッ!!」
今度はデコピンを額の中央に撃ちつけられた。痛みと衝撃でひっくり返る。
仰向けになった俺を覗き込むようにするナナカマドが視界に入る。
ナナカマドの顔面はもう……オコリザルの表情が笑顔に見えてくるほどの形相になっていた。
「何が言いつけてやるだバカモンが!!昨日電話口で話したときは随分大人になったと感心したが、会うなりなんだその口の利き方は!!コウキとジュン、それにヒカリの教育にも悪い!何より……」
ナナカマドが思い切り鼻から息を吸って息を全部吐き切るながら怒鳴りつける。
「自覚が一切ないのが質が悪い!!!己が周囲を振り回す存在だということをもっと自覚せんか!!
私はもう幾分か感動的な再開になると思っていたが台無しだ……!
ええい、決めたぞ!!5年間分の説教をしてやる!!
コウキ!ジュン!お前たちは研究所の見学をするといい!ヒカリ!二人を案内してあげなさい!
私はこの馬鹿者を叱る!!!」
「「「はいわかりました!!!」」」
……脇目も降らずに走り去っていく少年少女を見送る。
俺もそれにあやかろうとそろっと歩き出したがナナカマドに肩を思い切り掴まれた。
「逃がさないぞ!サク!!」
そのままずるずると引っ張られ、フロアの執務用デスクまで連れて行かれた後、対面に座らされて説教されることになった。
……こうなりそうだから会いたくなかったんだ。
実の両親は俺が産まれて早々に死んだため、俺はカンナギタウンの長老の一家に面倒を見てもらっていた。ただ長老夫婦は共に温厚な性格、というか泰然としすぎていて人の振る舞いや言動をあまり気にするタイプではなかったので、俺を説教するのは、いつもこのジジイだった。
気づけばナナカマドは俺が3歳の頃の話をし出している。思い出話に入ると長い。しばらくは解放されなさそうだぞ、と早々に立ち去る当初の計画が脆くも崩れ去ったことを確信した。
「あー話の長いじいさんだ……」
「というかそのジジィ呼びを止めろ!私はまだ60代だ!!」
・・・・・・
サクさんってあんなに口悪かったんだ……。びっくりした。
どことなく会話の語尾が荒い感じはしたけど、会話していて落ち着いた、というかちょっと疲れた雰囲気を漂わせている人だから、新たな一面を知ってびっくりした。
ジュンも「サクの兄ちゃんあの話し方はダメだぜー!オレがもしあんな風にパピーとマミーに喋ったら同じように拳骨だなー!!」って言ってるし、ヒカリもうんうん、って頷いてる。
「ああいう話し方はしないように気をつけなきゃだね……」
「おう!」「うん!」
悪い大人を見て子供たちが良い子になった瞬間だった。
それからしばらく、サクさんが起こられるのを待つ間、ナナカマド博士に言われた通り、研究所を見て回って、沢山のポケモンと触れ合った。
研究所のポケモンは皆大人しくて、おれ達が近づいたり、触ったりしても嫌な顔一つしなかった。
ポケモン達を出したままにしていいと研究所の人が言ってくれたから、ヒコとジュンのポッチ、それにヒカリのナエトル―エートルと、一緒に遊んだ。
研究所には、おれ達の連れているのとは別にヒコザル、ポッチャマ、ナエトルがいて、同じポケモンなのに性格が全然違っていたりしてびっくりした。
簡単にいうと、研究所のヒコザルはおくびょうで、おどおどしていてた。元気で活発なおれのヒコとは大違い。ポッチャマも、少しクールで冷静なジュンのポッチと違って、ドジっ子なのに偉そうだった。
その他にも、ムックルやビッパみたいなフタバタウンの近くにもいたポケモンや、ギャラドスみたいな本来凶暴なはずのポケモンまでちゃんと手なずけられて、育てられていた。
あっちこっち見て回っていると、また新しいポケモンがいた。
体の形は……なんて言うんだろう、手足がなくて、地面に触れている体の部分はうねうねしているけど、それ以上に説明できない。体は全体的にピンク色っぽくて、頭には茶色い耳みたいなものが生えている。
初めて見るポケモンだったから、近くにいた研究員さんになんてポケモンか尋ねてみた。
「すみません、このポケモンはなんて言うんですか?」
おれの声に気付いた女の研究員さんが近寄ってきてくれて説明してくれた。
「この子はトリトドンっていうの。ウミウシポケモンって分類される海辺で生活しているポケモンで、全身軟らかくて、再生力がとっても高いのよ。魚ポケモンに体を食べられても、数時間したら再生しちゃうんだから!
そして、一番の特徴は何と言っても、育った海の環境で体の色が大きく変わることね。この子は『にしのうみ』で生息していたトリトドンね。反対に、『ひがしのうみ』で見かけるトリトドンは、真っ青で全然違う見た目なのよ。いつか、旅をしている時に見てみてね!」
研究員さんの分かりやすい説明におれもジュンも「「おお~!」」ってなった。
育った海で姿が変わるなんて初めて聞く特徴のポケモンだし、とっても気になる。おれは研究員さんにこのトリトドンとも触れ合っていいか尋ねた。
「教えてくれてありがとうございます!あの、このトリトドンとも遊びたいんですけどいいですか?」
すると、研究員さんの顔が困ったような表情になってしまった。
「うーん……やっぱりそうなるわよね……同じポケモンを愛する者として、ぜひ触れ合ってほしい!っていうのが個人的な思いなのだけど、この子はちょっと難しいかな。ごめんね……」
正直なところ、他のポケモン達と同様に、OKをもらえると思っていたから少し残念だった。
一応理由を尋ねてる。おれ達が近づいても嫌がったりしないし、暴れる素振りも病気らしい様子もないから不思議に思ったからだ。
「えっと……理由って聞いてもいいですか?」
「それがね……この研究所のポケモンはほとんど、このナナカマド研究所で最初のポケモンをもらったトレーナーが旅立って、その道中でゲットしたポケモン達なのよ。ナナカマド研究所への恩返しってことで研究に協力してくれているのね。
だから研究所の子達は基本的には人のポケモンなのよ。そのトリトドンもそう。
さるお方から一時的に預かっているポケモンなの。
ポケモン達に格差をつけるわけではないのだけれど、その子はちょっと特別でね……。
だから、万が一にでも何かあれば問題だから遠慮してもらえると、って感じなのよ。ごめんね、ふわっとした説明で……」
「い、いえ、こちらこそご無理を言ってすみませんでした!」
申し訳なさそうな研究員さんに焦る。どんなポケモンか知りたければこれから旅をして自分で野生のトリトドンに出会えばいいだけなんだ。申し訳なくなった。
「そ、それじゃあ他のポケモンのところにいこっか!」
気を利かせたヒカリがそう提案する。それに同意して研究員さんにお礼を言って、その場を後にしようとしたその時だった。
「あら?わたしは構わないわよ。貴方もいいわよね?トリトドン」
「ぽわーおぐちょぐちょ」
凛とした女性の声に足が止まる。振り返ってその声の主を認識した時、その驚きに思わず声が出た。
横にいたジュンも、ヒカリも声が出た。
「「「ええええーーーー!!!」」」
―――
「あの頃はまだ小憎らしくもあったが可愛げがあった!ポケモンを見るとそれはキラキラした目をしてなあ……」
話が終わらないんですけど……。あと何時間話すつもりだ……。
流石に辟易として場を離れようとする。俺が悪いにしても限界だ。元々コウキとジュンを送り出したらさっさと帰るつもりでいたわけだし。
「あー……俺が悪かったから、すいませんでした……。もう勘弁してくれ、あと何時間喋るつもりだよ……。とりあえず連絡はちゃんと返す!あと俺はフタバに住んでんだから会おうと思えば会えるだろ!?
もうそれでいいな!今日は終いだ!はいじゃあな!!」
一方的に話を打ち切って踵を返す。
ナナカマドの声が背中に突き刺さるが無視する。
ズカズカと乱暴に歩き研究所の出口に向かおうとしたところで向かいから集団がやって来るのが見えた。
何やら慌てふためいた様子でこちらに向かってくるのはコウキとジュン、それにヒカリだ。手をワタワタと振りかざしながら俺の元に走って来る。その少し後ろを女性が静かな足取りで追ってきた。
その姿を認めて思わず足が止まる。
「こら逃げるな!まだ話は終わっとらんぞ……ん?」
ナナカマドが何か言っているが耳に入ってこない。
「……何で、お前が、ここにいる」
「貴方がいるとナナカマド博士から連絡を受けたからよ。またそうやって私たちの元から去ろうとするの?……5年前みたいに」
「……じいさんの話が長いから付き合ってられなくなっただけだ。勝手な憶測はやめろ」
「あら?わたしからの話はもっと長いわよ?……簡単に逃げられると思わない事ね。
まさかフタバタウンにいたなんて……。アサギのとうだい下暗しだったわ……。
ずっと、ずっと、探していたのよ……!!」
「……。反省もしてるし必要なら謝るよ……。さっきじいさんにも言われた。周囲に迷惑かけてたことを自覚しろってな。……悪かった」
打てば響くような言葉の応酬。それは決して明るい内容ではなかったが、欠けた時間よりも共に歩んだ時間がそうさせたのだと分かる。
「会いたかった……!サク。元気だった……?」
「ぼちぼちだ。今日は調子いいよ。……久しぶりだな、シロナ」
彼女はシロナ。シンオウリーグチャンピオンにして考古学者。かつてしのぎを削ったライバルトレーナーであり、共に悪に立ち向かった仲間であり、おれの過去を知る数少ない存在であり、家族同然のように育った幼馴染であり……語れない思いを秘めた……大切な人だ。
最後までご覧くださりありがとうございました!
今更ではありますが、本作はオリジナル主人公サクの物語ですので、構成の都合上、特定の原作キャラクター、ポケモンよりもサクが強い、優れている、といった描写が今後出てくる可能性があります。全てのキャラクターに対し、愛情とリスペクトを込めて執筆する所存ですが、人によっては好きなトレーナーやポケモンが下げられていると感じるかもしれませんので、苦手な方は避けてくださると幸いです。
遅筆な身で大変恐縮ですが、ほんっっとうに執筆の励みになりますので、よろしければ感想、高評価、お気に入り登録お願い致します!