日本の普通の家庭は母親が一人しかいないのに、我が家にはなんと百人もいる。サウジアラビアの富豪ですらありえない数だ。
なんという異常な家庭だろう。誰だってそう思う。だが穣太郎は別だった。
母親が百人もいるなんてお得だな……。
生来のおおらかさと、とりあえずなんでもいっぱいある方がお得という価値観を持つ穣太郎は、中学の頃そう思った。
そしてすぐに母親の多さよりも、明日から自分をジョジョって呼んでもらうかどうかを悩み始める男だった。
そんな穣太郎も今年で十五歳。最も多感な高校一年生の春。少年には大きな問題が生じていた。
なんとうっかり自分の母親──まぁ百人全員母親ではあるんだけど、ここでは生みの親と思ってほしい──が誰だったのか忘れてしまったのだ。
仕方ねぇだろ家族だけで二百人以上いるんだぞこっちは。誰に向けてでもなく心の中で悪態をつく。
心の底から母全員を愛しているがゆえに起きた悲劇であるが、それはそれとしてもやもやするのが人情だ。
こういうのに強い母親の誰か、例えば凪乃母さんとかに聞けば一発だろうとは思った。
しかし、こんなことを母親に聞いてしまっては悲しませてしまうのではないか、と考えてしまい実行に移せない。
きっと優しい母たちのことだから、特に気にせず教えてくれるだろうが、穣太郎自身が嫌だった。
あと親父に聞けば絶対にわかるがそれもしたくなかった。年頃の男の子には父に頼りたくないプライドがあるのだ。
こうなったら最後の手段。兄弟姉妹に助けを求めよう。そうしよう。
「ということでなんかこう。答えではなくヒント的なものを出してほしいな」
穣太郎は恋太郎ファミリーが無数に持つ食事用テーブルの一つに腰掛けながら、ともに座る兄の一人である
兄弟姉妹の中でも頭とノリがいい方なので、きっといい感じの答えをくれるだろうと期待してのことだった。
「割と切実な問題ではあるのだが、お前の能天気な感じはどうかと思うのだが?」知見が言った。
「頼むよ。自力でたどり着いたという達成感と一緒に教えてほしいんだ」
「第一普通は忘れるものではないのだが……」
「そりゃいいよね! 知見兄ちゃんと咲華里お姉様は! 百人の母の中にひいおばあちゃんとおばあちゃんが居るんだから! 忘れないし、何よりお得だよ!」
「何がお得なのだよ……」
「それに咲華里お姉様は昔の羽香里お母様とそっくりだしさ。忘れっこないよ」
「それは違うわ、穣太郎ちゃん」今までニコニコと弟二人のことを見ているだけだった咲華里が言った。「私も時々わからなくなるもの」
「え! そんなことあるの!?」
「ええ、もちろん。だって私はお父様のこともお母様たちのことも兄弟姉妹のこともみんな恋人だと思ってるから……あれ? 誰と結婚してたんだっけって……」
「誰とも結婚してねぇのだよ色ボケが」
「そんな! 怒っちゃダメよ知見ちゃん。ほら、お姉ちゃんと仲直りしましょ、ベッド「R18タグなこと言うんじゃねぇのだよ!」」
ギャーギャーと騒ぐ知見をよそに咲華里は穣太郎の方に顔を向ける。
「そんなこと気にしなくともいいのよ。私たちずっとお母様たちみんなをお母様として生きてきたじゃない」
「そうだけどさ。そうじゃないんだよ。これは」
「どうしてそんなに気にするの?」
「だって母親百人よりも母親百人+生みの母一人で換算した方が属性が多くてお得じゃないか!」
「それだとお母様九九人+生みの母一人じゃないかしら?」
「そこじゃねぇのだよ、ツッコミどころは」
「? 実母百人と思ってた方が興奮しないかなっていうことかしら?」
「そうじゃねぇのだよ!」
知見がテーブルをバンと叩いた。
「はぁ、もういいのだよ。そんな下らん話に付き合う必要なし! 咲華里も何も教えちゃダメなのだよ」
「えー教えてよ知見兄ちゃん」
「ダメなのだよ!」
「ってことならごめんね穣太郎ちゃん。お詫びに慰めッ「言わせねぇのだよ!」」
穣太郎は唇を尖らせて体をテーブルに投げ出した。
「ちぇー、こうなったら聞かないんだもんな知見兄ちゃんは。あーあ」
「ふん、せいぜい悩みぬけばいいのだよ」
「うへぇー……そういえばさ、知見兄ちゃん。なんで今日極彩色に発光してるの?」
「ああ、新薬の治験中なのだよ。光る代わりに視力が上がる薬。光るせいでほとんど目が見えないのが欠点なのだよ」
「まずそこをツッコミなさいよ!!」
いつの間にやら料理を持って現れた唐音が勢いよくツッコミを入れた。
「あ、唐音母さん。わーいチャーハンだ。おいしそー!」
「ふん! みんなに食べてほしいだなんて思ってないんだからね!」
「じゃあ、これ全部唐音母ちゃんが食べる気なのだよ……?」
「ありがとう! 唐音お母様! お礼にちゅーしましょ!」
「やめるのだよ。羽香里母ちゃん似の咲華里がちゅーを求めるのは卑怯というものなのだよ」
「ど、どういう意味よ知見!」
「ノーコメントなのだよ」
四人は仲良くチャーハンを食べ始めた。恋太郎ファミリーの子供たちはほとんど例外なく家族で食事をするのが大好きだった。
知見の点滅に唐音が何度かツッコミを入れつつ、和やかに食事は進んだ。しばらくすると唐音から先ほどの話の続きが切り出された。
「穣太郎あんた自分の生みの母が気になるの?」
「うん、でも唐音母さんは何も言わないでね。子ども組で解決するから」
「別に息子の悩みを聞いてあげようなんて思ってないんだからね!」
「ありがとう。でもこれはプライドバトルだから」
「お前、母ちゃんたちを悲しませたくないから秘密にしときたいって言ってなかったのだよ?」
「よくよく考えたら協力者が多い方がお得かなって。やっぱりヒントくれたりしない? なんかいい感じの」
「ほんと現金な子ね……うーん」
「もしかして唐音母さんもわからない?」
「なわけないでしょ。母親全員わかってるわよ」
「お、おおさすがなのだよ。正直、子ども何人かはわかってなさそうなのに」
「自然と覚えるし、そうじゃなければ死ぬ気で覚えるわよ。どうすべきかちょっと考えてんの」
子どもたちは唐音の言葉をじっと待った。少しすると唐音は子どもたちを見て優しく微笑んだ。高校生の頃の彼女にはできない笑みだった。
「やっぱ私からは何も言わないことにするわ」
「えー!」
「ぶーぶー言わない! でも覚えときなさい三人とも。うちのどの母親だって、血がつながってなくともあんたたちの本当の母親なのよ」
それは穣太郎の期待した答えではなかったが、ある意味では一番欲しかった答えだった。
「うん、わかってる」穣太郎は言った。
「実母なら……セーフ!?」
「台無しなのだよ……」
「じゃあ、みんなで俺の生みの親を探り当てる手伝いをしてくれ!」
「台無しなのだよ!」
「だって助言は多いほどお得だし……」
「家族みんなに聞いたら船頭多すぎてエベレストでも登れちゃうわよ……?」
「だって、実際俺って二人みたいにわかりやすい感じじゃないから難しくて……」
「確かに、咲華里は羽香里の生き写しだし、知見も楠莉と同じ髪色で目元がそっくりだからね」
「それに比べて俺は……」
「びっくりするくらいお父ちゃんまんまなのだよ」
「別に昔を思い出してドキドキなんかしないんだからね!」
「私たち二人で高校生のお父様とお母様を再現しましょ。まずはちゅっちゅ……」
「俺としては複雑だよ! こんなに親父とそっくりじゃなくてもいいじゃないか! 結構親父と間違えられるし! もう親父髪型がっつり変えてくれないかなぁ! ブウ編後の悟天みたいにさ!」
「
「いいじゃない、恋太郎とそっくりでとってもか、かっこいいわよ」
「親父とそっくりでよかったことなんて、お母さんたちが結構ちやほやしてくれたり、兄弟対抗親父モノマネ大会で優勝できたり、親父のふりして高校時代の写真を捏造したりできるくらいだよ!」
「結構活用してるのね、穣太郎ちゃん」
「あのモノマネは似すぎていてちょっと怖かったのだよ」
「ちょ、ちょっと穣太郎やってみせなさいよ」
穣太郎は無視してチャーハンをかきこんだ。モノマネは求められる時にやっても意味がないのだ。
「まぁ、でも確かに外見的特徴にお母様たちのものは入ってないわよね」
「そうね。100%恋太郎。中身は全然違うけど」
「なら内面方向から探るしか……そうか!」
「ああ、内面のことなら『レン』の系統でわかるのだよ」
「そうね」
「そうそう……レン? レンってなによ?」
「チルドレンパワー、縮めてレンなのだよ」
「チルドレンパワーってなによ!?」
穣太郎は真剣な顔つきになる。
「レンは俺たち恋太郎ファミリーの子供たちが持つ自分の母親から受け継いだ性質のことを指しているんだ。強化系、派生系、継承系、具体化系、反転系、特質系の6つの系統に分かれているんだ。ちなみに知見兄ちゃんが派生系で咲華里はお姉様は具体化系だよ」
「HUNTER×HUNTERよね? HUNTER×HUNTER見たのよね? まぁいいわ。それでそのレンっていうのはどうやって系統を調べるの?」
「結構簡単なのだよ」知見が質問に答える。「系統を知るにはラテ見式と言われる方法があるのだよ」
「ラテ見式!?」
「うむ。親父が入れてくれたラテに手をかざして『恋太郎ファミリーファイアー!』と叫ぶのだ」
「急にクレヨンしんちゃん!」
「ラテの量が増えたら強化系。ラテが甘くなったら派生系。クリームの色が茶色く変わったら継承系。ラテアートが生まれたら具体化系。ラテのクリームがカップの底に移動したら反転系。それ以外が起きたら特質系なのだ」
「やっぱり水見式じゃないの!? ていうかそんな魔法みたいなこと起きるの? うちの子たち全員出来るの!?」
「宇宙人やら神やらがいるのに何をいまさら」
「魔法系の母ちゃんだってそのうち出るかもしれないのだ」
「原作の話はやめなさいよ! ほんとに出たらどうするのよ!」
「穣太郎ちゃんみたいにやったことのない子もいるけれど、やった子たちはみんなできるみたい」
唐音は深くため息をついた。まだまだ若いつもりだが、ティーンエイジャーのエネルギーについていくのは大変だ。
「じゃあ、恋太郎が帰ってきたらラテ入れてもらいなさい。それで一歩前進ね」
「いや!」穣太郎は今日一番のしかめっ面で言った。「親父に頼りたくはない!」
唐音は再び微笑んだ。恋太郎と出会った頃そのままの笑みだった。
「じゃあなんだったのよ、いまのくだりは!! さっさとご飯食べて宿題でもしなさい!!」
こうなった唐音は止められない。そう知っている子供たちはチャーハンを食べ、いそいそと退散するのだった。
唐音 「どうして私は唐音母さんで、羽香里は羽香里お母様なのよ」
穣太郎「呼び方の種類が多い方がお得かなって」