理事長室から出た後、穣太郎はおとなしく愛衣の忠告に従って学校で働いている母たちに話を聞きに行くことにした。
気分的にはもうすでにただただ母親と話がしたいだけになりつつある。しかも、それで構わない気分だった。
だが彼の母親から聞き出せる話は、ほとんどが絶賛単行本が発売中かつ絶賛アニメが放映中の『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』で知ることのできる内容なので、ここにはダイジェスト版で載せることにしよう。
●ナディーマミーの場合
「──というスリリングハッピーカウボーイによってアイアムと知与マミーのフレンドはバーニングデース!」
「なるほど! さすがはナディーマミー! 不良の更生もお手の物ってわけだね」
「もちろんデース! アメーリカがゲットしてくれたフリーダムのハートは決してバッドガールであることをグッドにするフードではないのデース!」
「さすがベテラン先生だね。それにしても聞けば聞くほどダヨは知与お母さんに似てないなぁ」
「ノーノー! そんなことはノー! ダヨボーイはゴーイングダヨウェイを心得たガンバリボーイなのデース! 少しウェイに迷ってはいますが、真面目な所は知与マミーにジャストフィット!」
「真面目……?」
「オールパーソンはボーイとガールのタイムはウェイを迷うものデース! アイアムもかつてはビッグマックがお腹フルバーストになるまでイートしましたが、今では限界をウォッチしてアメーリカ的にパーフェクトにお腹グッドなてりやきマックバーガーをイートしてマース!」
「てりやきマックバーガーは日本限定だけどね」
●百八母さんの場合
「──っていうこともあったんだよね~。いや~あん時は我ながら焦ったね~」
「昔から妹ママ様の資格欄に忽然と輝くバニーガールの文字にはそんな逸話が……。結局、メイド検定にも受かってるし、やっぱり妹ママ様はちょっとドジだけど立派なメイドだね」
「そうらろよ~。らから、憧れるなら妹みたいな母親に憧れな~」
「でも俺は百八母さんもすごいと思うよ。だって──」
「──あたしみたいな人間には絶対になるな! なっちゃだめなんだよぉ~!」
「うわっぷ! 抱きつかない──酒クサ! また母さんたちに怒られるよ! 肝臓値が正常だからって飲み過ぎって!」
「ううぅ。穣太郎~。大きくなったな~」
「はいはい、大きくなったよ! まったく……手のかかるお母さんもいてお得だな!」
「いい子だねぇ~じょうらろ~」
「そう言ってまた飲み始める……」
〇そして現在……。
穣太郎は大満足だった。母と話すたびにショートケーキを一つ食べられることもあり、考えうる最高の時間だった。
しかし、疑問も残っている。いま学校に居る母親の数とケーキの数が合わないのだ。まさかあの愛衣姉様が余った分は全部食べていいなんてお得なことを言ってくれるわけもないのに。
そこまで考えて穣太郎は思い至った。むしろなぜ今まで思いつかなかったのだろうか。
いやもしかすると、あえて忘れようとしていたのかもしれない。そんな風に思いながら、穣太郎は歩き出した。
お花の蜜大学附属高等学校の教室棟の二階。その一番西側の教室は空き教室であるが、実質的には補習室として利用されている。
今日の補習が一体何なのかは穣太郎は知らなかったが、多分そこに目的の人物たちはいるであろうと確信を持っていた。
教室の近くに来るとその確信が正しかったことがすぐにわかる。中からこんな声が聞こえてきたからだ。
「わっふー!
聞きなれた妹の声に笑みをこぼしながらも穣太郎は補習室の扉を開けた。
「ありゃ? 穣太郎兄ぃじゃん! どうしたの?」
「え、穣太郎?」
「お前も数字もきらめきに魅せられたのか?」
恋太郎チルドレンたちが口々に言った。その言葉には曖昧に笑って見せるだけだった穣太郎も黒板の前に立つ数学教師である母、凪乃の質問には答えを窮した。
「どうかした? 穣太郎。あなたに補習の予定はなかっと思うけれど」
「あー、うん。ちょっと……質問に? ……あ、差し入れもあるよ?」
「さ、差し入れ!? 千保ちゃんの褒められは運命にさえ定められているのか!?」
「そう。では皆で食べましょう」
「え、いいの? 凪乃母さん?」兄の
「そろそろ休憩した方が効率的」
「4882な意見だな!」姉の
そうして一人の母と二人の息子と二人の娘は補習室でケーキを食べ始めた。ケーキの箱は空っぽだ。
改めて穣太郎は補習室にいた皆を見渡す。
勉強があまり得意ではない2-1所属の中兄さん。同じく勉強が得意ではない中等部2-5所属の千保。数字をこよなく愛する3-3所属の算姉。そして、数学教師の凪乃母さん。
確かに今日補習をすることを知っていれば、このメンツが集まることは予想できそうだが、ぴしゃりと当ててくるのはさすが愛衣姉様といったところか。
「それで、どんな質問をするつもり、穣太郎?」
今日四つ目のショートケーキを食べ終わったタイミングで唐突に凪乃が言った。
「い、いきなりだね」穣太郎が思わず言う。
「あなたはショートケーキを食べている間は集中状態なのだから、食べ終わったときに質問するのが効率的」
「否定は出来ないなぁ」中はそう言って笑った。
「……実は母さんたちに高校時代のこと聞いてて」
「それなら原作を読むのが効率的」
「母さん!?」中が今度は目をむいて言った。
「聞くならば過去のことよりも今のことの方が、新たな情報が得られる」
「そ、そうだけどね? 凪乃母さん? 穣太郎は凪乃母さんが話してくれる昔の話が聞きたいんじゃないかなぁって」
「じゃあ、凪乃母さんは登場以降みんなのこと氏名で読んでるのに俺たちには違うのはなんで?」
「いいのか!? その質問で!?」
「あなたたちの大半が愛城姓なのだから苗字省略する方が効率的。希望するのなら苗字も呼ぶけれど」
「私は一二三算と呼んでもらってるぞ! なんたって123で気持ちがいいからな!」
「わざわざ母親の旧姓の方を使うのは非効率だけど、そうしたいならそうすべき」
「お、俺はいいかな」穣太郎が言う。
「わうぉー! ケーキは食べ終わったぞ! さぁ次の問題バッチコーイ!」一瞬前まで静かにケーキを食べていた千保が叫んだ。
中は額を抑える。恋太郎ファミリー全体を見ても屈指のまともさを誇るこの少年は、テンションが上がり始めた家族をどうやって落ち着かせるかを考える癖があった。だがその癖は凪乃がこの場にいる他の誰にも気づけぬほどに小さくうつむいたことで中断される。
「あ、そうだ」ある種のわざとらしさを出しながら中が言った。「ちょっと忘れちゃったけど、穣太郎、お前なんか悩みがあるんじゃなかったか? いい機会だし、凪乃母さんに聞いてみたらどうだ?」
「ちょ、ちょっとそれは」穣太郎が焦る。
「問題ない。あなたに悩みがあることは前から知っていた」
凪乃の言葉に穣太郎と中は驚いた表情を見せた。
「でもごめんなさい。私がその悩みを解決することは出来ない。私では不適格だから」
「不適格? そんなことないよ。凪乃母さんはなんでも知っててすごいんだから、不適格なんてそんな」穣太郎が言った。
「不適格というのは別に自分を乏しめているわけではない。もっとあなたに助言するのに適した人がいるというだけ」
おろおろする穣太郎を尻目に、凪乃は千保を傍に引き寄せた。
「例えば千保は一人で勉強するのではなく、何人かで集まって勉強し、問題が解ければ称賛することが効率的」
「わふ! 確かに! 兄ぃや姉ぇと勉強した方が捗るぞ! ほめてもらえるしな!」
「やる気を出す方法さえ心得ておけば、あなたは十分に勉強ができる」
次に中を引き寄せる。
「中は数学的センスに乏しいけれども、記憶力は悪くない。だから様々な練習問題を解くことが効率的」
「まぁ努力しないと人並にできないからねぇ」
「そう思い、努力できるならば素晴らしい才能を持っている。それを誇るべき」
凪乃は算を引き寄せる。
「一二三算は数学的センスは抜群だけど、共感覚のせいで見出すべきではない数字も見つけてしまう。定理証明で数学の仕組みを覚えさせることが効率的」
「数字に愛され、数字を愛しているからこその弱点だね!」
「それを克服できれば、偉大な数学者になれる」
そして最後に穣太郎を抱き寄せた。
「こんな風に人間にはその優劣とかかわりなく、その人間ごとの最効率がある。あなたの悩みに答えるには、私では……
凪乃は穣太郎を離すと、しっかりとその目を見据える。息子は困惑したようだったが、さっきよりは迷いのない目をしていた。
「でも誰に? もう何人かには聞いてみたんだけどさっぱりでさ」
「そうね……
「現生アニキか……」
兄の中でも特別パンチが強い名前が出てきたので、思わず穣太郎はつぶやいた。
「大丈夫、雪房田現生は優しい。きっとあなたの相談に乗ってくれる」
「乗ってくれはするだろうけどね。うん、わかった。現生アニキに相談してみるよ。ありがとう凪乃母さん」
穣太郎の言葉を聞くと、今度は誰が見てもわかるほど、凪乃は優しく笑顔を浮かべるのだった。
算:数の実子。生まれつきあらゆるものに数字を感じる共感覚を持っている。そのため、母と同じく持っている数字への好意が万物へと向いている。雑食系のカプ厨で数学とは彼女にとって大好きな同人活動と同義である。
中:先の実子。驚くべきほど常識的かつ良識的であり、顔のパーツや食べ物の趣向以外は先に全く似ていない。恋太郎チルドレン内では最高レベルの信頼を得ている。そのため、色々な苦労を背負いがち。
千保:珠の実子。誰かと遊ぶことと、誰かに褒められることが大好きな女の子。常に元気いっぱいであり、明るいコミュニケーションをとりがちな所から、男女分け隔てなく人気がある。よく犬っぽいと言われるので、犬系のアクセサリーを好んでつける。こっちの方が可愛いと褒められるからだ。