親父のことが大大大大大好きな100人の母親   作:勇気生命体

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絶望と欲望と男の子と女の子

 恋太郎ファミリーが持っている家々は莫大な資産を持つ花園家や、各母親からの出資、恋太郎の稼ぎによって欲望にまみれた造りになっているものが多い。

 そのうちの一つ、通称大図書館と呼ばれる家は、読書愛好家の母親たちが意見を言い合うことで建てられたものである。

 その名が示す通りに、大量の本とそれを読むスペース、そして本を書く部屋が存在する場所だ。

 穣太郎の兄である現生は大抵この大図書館の一番作業室に籠って漫画を描いている。

 

 大図書館に足を踏み入れた穣太郎は、すぐに一番作業室に向かう気にはなれなかった。

 現生と話すのは楽しいが体力を使う。まずは疲れを癒すため、大図書館によくいる静母(しずかあ)さんに会いに行くことにした。

 

 いつも彼女が読書している場所には、いまだに極彩色に発光する知見が座っていた。穣太郎には何語で書かれているのかさえわからない難しそうな本を読んでいる。

 

「あれ? 静母さんは?」

「今日は実家に遊びに行ったのだよ。(のどか)吟次郎(ぎんじろう)も連れてな」

「ちぇっ。せっかく静母さんに元気をもらおうと思ったのに。しかも三人も大図書館に居ないなんて損した気分だ」

「おいおい、それでは俺に癒しの力がないと言っているように聞こえるのだが?」

「ギラギラ光るのはお得だけど、癒しはなぁ……」

「なにおぅ」

「それに俺の悩みをラインでばらまくし」

「あんなものは悩みとは言わんのだよ」

「俺は真剣に悩んでいるんだぞぉ」

「ふん! どうだかな。しかし、残念だったな。静母ちゃんに相談するつもりだったのだよ?」

「……いや、相談は別の人にするつもりだったんだ」

「ほう? 愛々母ちゃんか?」

「いや、現生アニキ」

 

 知見は手に持っていた本を机に置いて穣太郎を見た。考えが顔によく出る兄だが、わかりやすく、正気か? と言いたげな顔だった。

 

「そりゃあ、また気を付けた方がいいのだよ。今日は特に」

「どうして?」

「締め切りが近いと言っていたからなのだよ。あと今日は特に激しくやり合ってたのだよ」

「うげぇ」

「応援くらいはしてやるのだよ」

 

 穣太郎は頭を掻きながらその場を後にして一番作業室へ向かった。だが扉の前まで来て尻込みする。明らかに何らかの圧が扉から発せられているからだ。

 ここはまだ君には早い♠。心の中でそんなセリフが反響した。

 

 それでも穣太郎は扉を開いた。作業室は完全防音となっているので外からは全く聞こえなかった中の音が飛び出してくる。

 

「どぉしていつもわからんのだ!!? メルヘンメルヘンメルヘン!! それだけでは紙面に真の希望を表現することなんぞできんと!!!」

「何回同じこと言うんだよ現生~。私もう限界だって~!」

「黙れぇ! 九八(ここのは)、お前は負けたのだから、今日一日はアシスタントだ!!」

「ひぃ~」

 

 穣太郎は扉を閉めた。爆発的な熱気に襲われたので、咄嗟の防衛反応だった。しかし、凪乃の言葉を思い出して何とかもう一度扉を開ける。

 

「今日中に四ページは無理だよ~!」

「無理でもやる!!」

「しかし、難しいのは事実。ここは僕にキャラ作画を任せてみては?」

「お前は言われた通りにベタとトーンだけをやれ、明我(めが)!! 小遣いださんぞ!!」

「だがアイデア出しさえ終わってないのだろう?」

「お前に人間書かせるとわけわからん作画になるのを忘れとらんぞ!! 第一終わってないのは奴が我の物語が暗すぎると没にしたからだ!!! 我のせいではない!!!」

「じゃあ夢留ママに聞かなきゃいいのに~!」

「だ・ま・れ!!! 手を動かせ!!! 我はアイデア出し──」

 

 穣太郎は扉を閉めた。今日は本当に忙しそうなのでやめとこうかな。そう思った瞬間、扉が開き、中から伸びてきた手が穣太郎を掴んだ。

 思わず、叫び声をあげる。

 

「おいおいおい、どうした穣太郎ぉぉお。お前、我を手伝いに来てくれたんだろう!?」

「違う! 違うよ、現生アニキ! 俺はちょっと現生アニキに相談をと!」

「なんだそうだったのか! 相談に乗ってやろう!! ただじゃないがなぁ!!」

「いや、忙し──」

 

 言い切る前に穣太郎は現生によって第一作業室に引き込まれた。

 机がいくつか並べられたその部屋には、現生のほかに──声で分かっていたことだが──大学生2年の姉である九八と中学1年の弟である明我が居た。

 

「ああ~。穣太郎、助けて~。現生を止めてくれ~」

「今日のお前に人権はないぞ!! さっさと明我のように手を動かせ!!」

「もう背景書きたくないよ~! どーしてあたしは静ママについていかなかったんだ~!」

 

 そうは言いつつ、同い年の弟現生に幼少期から手伝わされているせいもあり、まだまだ九八は余裕がありそうに作業に戻った。

 

「あの時、賭けポーカーなんかに乗らなければ~」

 

 ぐちぐちと文句を言っているのがその証拠だ。

 そんなアシスタント二人を尻目に穣太郎は現生と向かい合うように座らされた。

 

「どぉだ穣太郎? アシスタントが三人もいてお得! ってやつじゃないか?」

「う、うん。そうなんだけどね……え、あれ、俺もアシスタントに入ってる?」

「お前のために兄が相談に乗ってやろう。さぁ、なんだ? 言ってみろ」

「えーと……」

「それは多分子どもラインで知見が言ってたことでは?」明我が言った。

「ああん? 子どもライン? なんか言ってたかぁ!?」

「現生のスマホもうずっと充電切れだから……ほら、これだよこれ」

 

 現生は九八から渡されたスマホを確認する。

 

「どうする? 知見はくだらん相談だから話を聞くなと言っているが」

「はん! どうして我が光りすぎてアシスタントにもなれんバカで天才の弟(知見)のことなど気にしなければならない!? 我はお前の味方だぞ、穣太郎ぅう」

「どう考えても手伝わせたいだけじゃないのよ~」

ギブ&テイク()だ!! これは!!」

「へうげものでしか見たことない理論だよ~」

「さぁ、言ってみろ!!」

「いや、あー……まぁでも凪乃母さんからの助言もあるし、現生アニキにも聞いた方がお得か……」

「それでこそだ!!」

 

 現生は穣太郎が話すのをニコニコと──いや、もっとぎらついた効果音が出そうな笑みだが──聞いていた。しかし、おおよその内容がわかると席を立ち、黙って卓上のコーヒーメーカーでインスタントコーヒーを淹れ始めた。

 どうしてそんな行動に出たのか、ちょっと聞いてみたかった穣太郎だったが、兄が放つ圧倒的な圧力に動けなかった。

 

 どさどさと砂糖を入れたコーヒーを一口啜ると、現生はつぶやいた。

 

「なるほど美しく最効率の母(凪乃)め。我と穣太郎をよくわかっている」

「な、なに?」

「気にするな。そうだ、穣太郎!! この相談内容なら先払いだ!!」

「え、ええ、先払い? でも、俺三人みたいにパパっと絵なんて描けないよ?」

「問題ない!! お前は我のアイデア出しを手伝うのだ!!! 我の話を聞き、我の質問に答えろ!!!」

「わ、わかった! 頑張るよ」

「その意気やよし!! まずは聞け!! 奴はいつも言う!! メルヘンとは、この絶望にまみれた現実に残された最後の希望なのだと!! ゆえに、物語とは各々のメルヘンを詰め込んだものであるべきだと!!」

「現生アニキ俺、その話何回も──」

「愚かなことだ!!! 奴は間違っている!!! この世界ほど希望に満ち溢れた場所はない!!! 父が母が、我たちが生きる喜びを享受していることが何よりの証拠ではないか!!!」

 

 現生はそこで言葉を切った。少し経って「そうだ今日は吟次郎のやつがいない!! 希望の曲が流れんではないか!!」と言った。

 もちろん、弟の吟次郎が唐突に流すミュージカル調の挿入歌も、穣太郎は何度も聞いたことがあった。

 

「まぁ仕方がない!! いいか、ゆえに、ゆえにだ!! 物語とは現実に溢れる希望を人類すべてに思い出させる内容でなくてはならない!! 絶望はそのためのエッセンスなのだ!!! 奴が徹底的に排し、メルヘンによって覆い隠そうとしているものこそが、物語には必要なものだということだ!!!」

「だからってあれは暗すぎ──」

 

 九八の言葉を現生が手で遮った。あまりしないことだったので、九八は驚いたが、同い年の弟には何か考えがあるのだろうと黙る。

 

「最初の質問だ穣太郎。なぜ我は奴にいつも完成した原稿を見せに行くのだと思う?」

「え、えーと、感想が聞きたいから?」

「正解。だが間違っている」

「じゃあ、プロ目線のアドバイスが欲しいから?」

「またも正解。しかし、やはり間違っている」

「……夢留ママが好きだから?」

「っ! 違う! 真面目に考えろ!!」

「真面目だよぉ……」

「正解でしょ~」九八が茶々を入れる。

「お前は黙ってろ債務者!!」

「……漫画のことはわかんないよ。いつも現生アニキが原稿を持っていくたびに喧嘩になることは知ってるけどさ」

「正解だ穣太郎」

「え?」

「いいか聞け弟よ。我は強くて偉大な母(実母である夢留)と喧嘩するために原稿を持って行っているのだ」

 

 穣太郎はよく理解できずに現生を見た。

 

「なんでもお得と受け入れてきたお前には今までわからなかったのだろうな。希望あふるるこの世にも、交われぬ矛盾し合った価値観たちがあるのだと。そしてその二つがぶつかった時、喧嘩は起こる」

「俺だって喧嘩ぐらいしたことあるよ」

「馬鹿言うな。お前のはじゃれ合い、あるいはコントだ。はっきり言うぞ、お前は喧嘩などしたことはないお前は喧嘩童貞だ!!」

「さ、最悪の言い回し!」穣太郎は慄いた。「で、でもさ、だからなんだっての? 喧嘩なんてしない方がいいじゃん!」

「それがそうでもない。喧嘩しなければわからないこと、納得しないこともある。特に我やお前のような我が強いタイプにはな。実際──」現生は自身の机に置かれている原稿に視線をやった。「奴が没にした展開は暗すぎた。あれでは現世に希望があふれていることを思い出させられない。そのことをお優しく言われても我は納得しなかったろうな」

 

 たまに見る苛烈ではない現生の視線は、再び圧力を取り戻して穣太郎を見た。

 

「さて次の質問だ! なぜ我はこんな話をお前にした!?」

「え!? えーと、自分の喧嘩の原因について知ってほしかった?」

「うーん、いや正解だが……しかし、違う。我はお前に教えてやりたかったのだ。喧嘩してもいいのだと。これが最初のアドバイスだ。ククク、特に家族との喧嘩はいいぞ!! なにせ和解のハードルが圧倒的に低い!!!」

「ちょっと待ってよ現生アニキ、俺は誰が俺の生みの親なのか知りたいだけで別に誰かにムカついてるわけじゃ……」

「それがお前の最大の間違いだ、穣太郎」

「ええ、そこを不正解にされても……」

「ククク、強欲で愚かな弟(穣太郎)よ。思い出してみろ。お前はそもそも100人の母親がいることすら、自分のあだ名よりも気にしない男だったではないか! そんなマザコン、子どもたちの中でも数えるほどだぞ。お前たちはどうだった!!?」

「あ~、確かに小学生くらいの頃悩んだね~。どうしてうちは普通じゃないんだ~って。いまはこれがうちの家族なんだって納得してるけどね」九八が言った。

「僕も幼稚園の時に悩んだ。結構すぐにこれは合理的って思うようになったけど」明我が続く。

「我ですら以前は悩んだものだよ。まぁ、この素晴らしき異常な家族が受け入れられるこの世の素晴らしさに気付いた時! 世界すべて美しく見えるようになったがな!!! で、だ。そんなお前が実母が誰かなんてことで悩む? 馬鹿を言うなよ」

「……いやいや、生みの親が誰か知らないなんて、ちょっとまずいでしょ」

「だがいつものお前ならばこう思うのではないか? 義理の母親99+実の母親1よりも、暫定実の母親100の方がお得だ、と」

「それは……」

「お前の本当の悩みは母親についてじゃない。これが二つ目のアドバイスだ。そして最後の質問。お前の本当の悩みは何だ? いや、()()()

 

 穣太郎の脳は急速に回転し始めた。確かに現生の言う通り、自分は大大大大大好きな母親について悩むことはない。

 では一体、何についてこんなに悩んでいたのだろうか。

 思い返せば、生みの母がわかりそうなタイミングは何度かあった。しかし、自分はその機会からことごとく逃げた。それは多分、兄の言う通り本当は知りたくなかったからだ。だから、それが知れそうになるたびに心がざわついた。

 

 そう、心は確かにざわついたのだ。だから、悩んでいたのは嘘ではない。

 ふとコーヒーを傾けて自分に視線を向ける現生を見た。そして、彼の言葉を思い出す。『()()()』確かにそう言った。

 

 穣太郎の考えがまとまっていく。生みの母が知れそうなタイミング以外で自分の心がひどくざわついたタイミングが何度かあった。

 それはラテ見式をやれと唐音母さんに言われた時。

 そして羽香里お母様から高校時代の話を聞こうとした時。

 

 つまり、ある男の話題が出た時だった。

 

「親父……?」

「正解。そして最後のアドバイスだ。お前が我らの凄まじき父(恋太郎)対して、何を思ってるのか、どう気に入らないのか。そんなことは我は知らん!! だが、お前は父と話すべきだ。たとえ喧嘩になろうともな」

「……………………わかった。ありがとう現生アニキ」

「よい。我にも利があった。明我! 今日父はどこにいる!?」

「梳杉町八丁目四の三の六」

「あ~……あ! ドレスルーム(服がいっぱい置いてある家の通称だよ)!」九八が言った。

「よし! さっさと行け!!! 時は金なりだ!!!」

「うん! ありがとう皆!!」

 

 穣太郎はそう言って、第一作業室を出ていった。

 

「え~! たまには優しいじゃん~! 現生もようやくお兄ちゃんのかっこ出来るようになったんだね~!」九八が言う。

「我に利があることだったからな」

「もう! 恥ずかしがっちゃって~!」

「それにしても、良い時間だった……穣太郎のおかげで思いついたぞ!! あそこの展開は父と息子の喧嘩にしよう!!! 言い合い、掴み合い、殺し合い!!! はやりすぎだな」

「うんうん、いいんじゃないかな! 最初のよりぐっと明るくなったよ~!!」

「ふぅむ。しかし、そうなると前後が気に入らんな」

「え゛」

「よし!! 脳内ネームはきれた!! ざっと八ページ分の修正になるが、こちらの方がより良い!!!」

「八!? 八!? さっきまでの二倍じゃん!!!」

「む。それは契約違反。お小遣いを二倍にすることを要求する」

「いいだろう」

「ならいい」

「まって! 嫌!! ちょっと八ページは無理だって!! 三人じゃ無理!! 穣太郎!!! 帰ってきて穣太郎!!!!」




今回のチルドレン紹介

現生:夢留の実子。本編で見られたように漫画を描くのが趣味。こいつのせいで大抵のチルドレンは多少なりとも絵が描ける。原作の原作様と作画様を尊敬している。

九八:百八の実子。ギャンブルと聞くとなんでも乗ってしまう女。勝つことも負けることも好きで、賭けるものが大事なほど勝率が高くなる特殊能力を持つ。酒に強すぎて酒に対する興味は薄い。

明我:凪乃の実子。母譲りの精密動作性を誇るが、ちゃっかりとしていて割とお茶目な男の子。新作のゲームのためによく上のチルドレンからバイトを斡旋してもらっている。

温:静の実子。ほんわかしている幼稚園生。喋るのが遅いがタイピングが鬼のように早い。おばあちゃんとお母さんが大好き。お父さんは普通。

吟次郎:詩人の実子。高校一年生だが穣太郎とは別の学校。ことあるごとに即興でミュージカルを始める。歌のうまさ以上に感情込めて楽しく歌うのでチルドレンたちから好評。ただし、どこでもいつでも構わず大声を出すので母親たちからは怒られがち。


思いついたけど登場しなかったチルドレンたち

満(みちる):胡桃の実子。自分の作った料理を食べたいという欲求と、自分の作った料理を食わせたいという欲求を持つ料理の専門学校に通う二年生の女の子。太らない体質を与えてくれたのも合わさって、チルドレンでも珍しい圧倒的な母親派である。

巌(いわお):山女の実子。チルドレン最高身長を持つ中学二年生の男の子。現在2m2cmでまだ伸びている。もちろんチルドレン最強のパワーを持っており、それを見込まれてすでにとある部屋の力士になることが内定している。だが、この世界の角界も厳しい。生まれ持った才能に胡坐をかくことなく努力しなければ、彼が横綱になることは難しいだろう。もちろん、ちゃんこを作る腕もチルドレン最高峰だ。

護(まもる):エイラの実子。家族に対して異常なまでに心配症な大学四年生の男。特に下のチルドレンには凄まじい過保護を発揮しうざがられることもしばしば。かなり楽観的な彼女と運命的な出会いをしており、父によくデートプランを相談している。父の異常な努力に対しても、ちょっと頑張るぐらいでついていける程度には優秀。そのせいで自分のことに関してだけは、まるで恐れを知らない無敵の人物である。

見美奈(みみな):美々美の実子。自分や妹や母があまりにも美しいため、世界中のすべての人にこの美しさを届けなければ罪だと考えている小学校六年生の女の子。双子の妹と子役をやっている。いずれは美しさで国民栄誉賞をもらえると確信しているため、いくつものスピーチを用意している。

皆奈美(みなみ):美々美の実子。自分や姉や母があまりにも美しいため、世界中のすべての人にこの美しさを分け与えなければ罪だと考えている小学六年生の女の子。双子の姉と子役をやっているが、正式には姉のスタイリストである。いずれは美しさを世界中に広めた功績でノーベル平和賞を受賞すると確信しているため、英語でスピーチする練習をしている。


〇次回、父との最終決戦で完結です――!!
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