【裏】ただのTS一般人が、主人公相手に召喚されし戦う使い魔面してみた。 作:御花木 麗
「あれは……ご主人?」
バスの車窓越しに、よく見知った人の姿が目に映る。その傍らでは同じ制服に身を包んだ女の人が、ご主人に肩を貸してもらいながら歩いていた。
(このままだと二人とも遅刻しちゃいそうだし、手を貸した方がいいかな?)
僕は次のバス停に到着すると、スクールバッグにぶら下げた定期券で支払いを素早く済ませてご主人たちの元へ向かった。
「ヒョウ?」
「やあ、ご主人」
名前を呼ぶ声に、小さく挙げた手を振る。女の子の方は体調が悪いのか、下げていた視線をゆったりとした動きで上げた。制服から察するに先輩らしい。
「えっと……」
「人混みに巻き込まれて、足首を捻ったらしい」
戸惑っている先輩に変わって、ご主人が説明してくれる。
「そういうことなら任せてよ」
先輩と歩行者から見えないよう背を向けながら、腕輪に念じて小さな氷をいくつか作る。それを体育用に持ってきていたタオルに包めば、即席アイシングバッグの完成だった。
「ご主人、しっかり支えててね」
と引きずっていた方の足首にタオルを巻き付ける。
「あ、ありがとう……」
「お礼ならご主人にお願いします」
(……ちょっと冷たい言い方だったかな)
人と話すことが少ないから、こういうときどう返せばいいのか分からないのだ。その点、ご主人は気にしないでいられるから楽なんだけど。
「それじゃあ遅刻しない内に急ごうか。あ、ご主人。荷物持つよ」
「おう。助かる」
「先輩、大丈夫そうだったね」
「顔色良くなってたから、腫れもだいぶ引いてきたんじゃないか?」
先輩を無事保健室に送り届けた後。僕たちは教室に向かっていた。
「そういえば、タオル回収してなかったけどいいのか?」
「すっかり忘れてた。まあ、汗ふきシートもあるし大丈夫。いざとなったら借りるよ。……ご主人から」
「おい」
「冗談、冗談。というかご主人。人がいいのは分かるけど、ほどほどにしないと出席日数足りなくなるよ?」
「うっ。それはそうだが……」
「僕にできることがあったら言ってよ。なんてたって、君は僕のご主人なんだから」
「今日もヒョウに助けられたしな。今度からはなるべく頼るよ」
「うん。是非そうしてよ」
とは言ったものの、正直ご主人が人助けをしているところを見るのは、流石僕の見込んだ主人公って感じがして、誇らしい。
僕もちょっとは使い魔らしくなってきたのかもしれなかった。
「あ、悪い。靴紐ほどけた。先行ってていいぞ」と不意にご主人がしゃがみ込む。
「僕がご主人を置いていくわけないじゃないか」
普段僕よりも高い頭が目線の下に来ているのがなんだか新鮮で、僕の手は自然とご主人の頭に伸びていた。
「え?」
きょとんと頭にはてなマークを浮かべてご主人が固まる。そして僕も固まる。何をしているんだ、いったい。
「ひ、人助けして偉いなあ……」
「どうも……?」」
「うわ待って。ワックスでベタベタする」
「おい」
「ご主人。僕、手洗ってくるから先行ってて」
「あんたなあ……」とため息が一つ。
「待ってるよ。靴紐結ぶの待っててくれたし」
「ふふっ。ありがとう、ご主人」
手を洗い終えて教室に入ると、ご主人に気付いた友達が集まってくる。本当はもう少し話したかったけど、もう僕が輪に入れる雰囲気でもなかった。それにご主人だって僕と話すよりは友達と話した方が楽しいだろう。談笑するご主人たちを横目に、僕は席について小テストの勉強を始めるのだった。
「おはよー」
「おはよう、今日は遅かったな」
「お前まさか本橋さんと一緒に……?」
「来る途中たまたまな」
ただ、ご主人が僕のことで問い詰められているのは見ていて結構楽しかった。
「朝はありがとう。助かったよ」
「気にしなくていいですよ」
昼休み、ご飯を食べ終えてオアシスから教室へ戻ると、ご主人が何やら先輩と話し込んでいた。心なしかその顔色は暗い。
「ご主人、何かあったかい?」
「ヒョウ! 何かあったもあんただよ」
「へ?」
「借りてたタオルを返そうと思って来たんだけど、その。氷が……」
先輩が手に持っていたタオルを広げて見せると、その中にはまだ形を保ったままの氷が残っていた。どうやらそれで不審に思われたらしい。
(けど先輩の性格的に他人に言いふらすようには見えないんだよな……)
どうしたものかとご主人を見やれば、少し不安げな表情を浮かべていた。記憶改ざんで怖がらせすぎたかもしれないなと苦笑する。
「あー、うん」
困った僕は取り敢えずちょっとだけ圧をかけておくことにした。
「先輩」と詰め寄り、壁際に追い詰める。先輩の少し怯えた目が僕を見つめた。
「ひょ、ヒョウ?」
人差し指を口元に持ってきた僕はしーっと小さく息を漏らして囁く。
「内緒、ですからね」
「ふぁ、ふぁい……」
これで大丈夫だろうと体を離せば、脱兎のごとく先輩は逃げ出してしまう
。
「あんた何したんだよ」
「別に脅そうとしたわけじゃないんだけどな……」
二人の反応に少し傷つく僕だった。
「ああ、そうだ。これお礼にって」
「ドリンクチケット?」
ご主人から差し出されたのはコーヒーチェーン店のドリンクチケットだった。
「割と期限が近いから気をつけてってさ。いらないって言ったけど押し切られた」
「律儀だね」
チケットを受け取ると、ちょうど昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
「次移動教室じゃん」
「急ごっか、ご主人」
次の授業に遅れてしまわないよう、僕たちは少し足早に教室へ向かった。
前世も含め、こういう陽のオーラが溢れた場所に来るのは初めてだった。学生とおしゃれな格好をした大人たちが入り混じる店内に足を踏み入れると、コーヒーと紅茶の入り混じった香りが鼻をくすぐる。
「結構並んでるな……」とご主人。
「こんなものじゃないかな? すぐに順番来ると思うよ」
「慣れてるのな」
「いや初めてだよ?」
「俺も初めてなんだけど」
気まずい沈黙が流れる。
放課後、折角貰ったチケットの期限が切れてしまわないようにと、僕たちはコーヒーチェーン店を訪れていた。
「ご主人は何にするんだい?」
「何も分からん。ヒョウは?」
「季節限定のチョコのフラペチーノにしようかな」
「へー、いいな。俺も季節限定のにしようかな……」
ご主人の真剣な眼差しがボードのメニュー表を見つめる。やがて列が三人分くらい進んだところでご主人が口を開く。
「ホワイトチョコのやつにするわ」
「いいね。実は僕もそれと迷ってたんだ」
ご主人が選んだのはクリームの上に美味しそうなマシュマロが飾られた、ホワイトチョコのモカだった。
「ご主人、甘いのいけるんだね」
「好きでも嫌いでもないけど、たまに食べたくなるんだよな」
「分かる。板チョコとか板チョコとか板チョコとか」
「なんでそんな板チョコ推しなんだよ」
そうして他愛もない会話を続けていると、すぐに順番が訪れる。ご主人はキョドりながらメニューを読み上げていたけど、僕はメニューを指差して安全に頼ませてもらう。
それを物悲しそうに見つめるご主人が面白かったです。いや、そんな顔しなくても。
「あんたって放課後何してるんだ?」
「んー、ゲームしたり動画見たり? 急にどうしたのご主人」
「いっつも一人でいるから気になって。ほら、学校でも俺以外とはあんまり喋らないだろ?」
実際は友達ができないだけなんだけど、それを認めるのは流石に悲しすぎるので、適当な言い訳をしておくことにする。
「魔界で色々やらなきゃいけないこともあるしね」
「ふーん……」
何か引っかることがあるのか、考え込む素振りを見せる。
(ご主人、人のことよく見てるからなあ……。予想しない方向から問い詰められるかもしれなないのはちょっと怖い)
「なあ――」
「スノーホワイトモカでお待ちのお客様ー」と言葉を遮るようにして店員さんからの呼び出しがかかる。
ご主人はこちらを一瞥すると、受付口に向かった。僕はそれにそっと胸を撫で下ろすのだった。
それぞれの飲み物を受け取った僕たちはちょうど空いていた窓際の席に座ることにした。
「美味しい……!」
フラペチーノを口に含むと、よく冷えたフローズンが喉を潤し、スッキリとした甘さが口いっぱいに広がる。時折混ざる細かいチョコチップもアクセントとなり、香り高いチョコの風味が鼻を抜けていった。
「相変わらず美味しそうに飲むのな」
「ご主人も飲むかい?」
「え?」
「僕もそっちのモカ飲んでみたいし、それに結局この前はおかず交換できなかったからさ」
「えっ、いや」
「僕とご主人の仲じゃないか」
えいっと半ば無理矢理にご主人のモカを奪って口に含む。
「んー、こっちも美味しい。こっちの方がちょっと甘めだね。ほら、ご主人も飲みなよ」
「いや、俺はいいよ」
「えっ……」
「……あーもう、分かったよ! 飲めばいいんだろ飲めば!」
口にぐいぐいと押し付けていたストローが咥えられ、白色のストローの中をフラペチーノが昇っていく。
「どう、ご主人?」
「ぁい。美味しいです……」
「ふふっ、でしょ?」
「顔あっつ……」
ご主人がチューとストローを吸って、今度は自分の飲み物を飲む。こういう気を使わずに男友達のような関係でいられるのは久しぶりで楽しかった。
「そういえば、ゲーム好きって言ってたけど、なんのゲームやってるんだ?」
「色んなジャンルやるけど、最近はファンタジーライブかな」
「おっ、あんたもやってるのか!」
ご主人はガタッと僕の手を取って立ち上がるけどすぐに恥ずかしくなったのか、おずおずと座り直す。その無邪気な様子に思わず笑みが溢れた。
「すまん……」
ファンタジーライブ。色々な職業を切り替えて、ファンタジー世界で自由きままなダンジョン配信を送るスローライフRPG。僕がこの世界で十歳のときに発売されてから、長年続編が出ていなかったのだけど、最近ようやく続編が出たのだ。もちろん僕は初代からやっている民だ。
「ご主人はなんの職業?」
「傭兵やってる。自慢じゃないが結構上手いぜ」
「すごいね、ご主人。僕も触ってみたんだけど、スキルツリー解放が中々進まなくて止まってる」
「手伝おうか?」
「……いいの?」
「ちょうど俺もファンタジーライブやる友達いなくて困ってたんだよ」
僕は目頭が熱くなるのを感じていた。いつかのご飯の時と同じ、二度目の感情。頬が緩んでいるのが自分でも分かるけど、やっぱり止められそうにはなかった。
「任せてよ。すぐに上手になるからさ。それに魔法使いなら僕も結構やり込んでるんだよ?」
目元に滲んだ涙に気付かれないよう、僕はそう言って笑った。