【アンサング・デュエット】リプレイ 『郷愁の都、幻のあなた』〜天上の楼閣 作:mizumega
異界深度0【報告】
『このレポートに記された証言および獲得した遺物に関し、我々は異界への接触は確かに行われたと認定した。なお、この報告書に記載されている<主人公たち>が潜行者になるか否かはまだ判断できない』
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深度1【郷愁】
ーーー懐かしい。
ただ、そう想う。
理由も理屈もなく。
胸を締めつけるこの感覚。
生まれ故郷でも、育った街でもない。ついでに言えば現実ですら、ない。
なのに、この気持ちはなんだろう。
左手の刻印が疼く。
薄っすらと、火傷のような痕が手の甲に染みついている。
火傷は赤いけど、この痕は碧(あお)い。
不思議に目に沁みる色だ。
この色を見られるのはごく限られた人間だけ。
そう、わたしと同じ、あの世界へ行った者…。
刻印と郷愁。
それが今のわたしの存在理由(レゾンデートル)。
この印を付けさせた張本人の話を今からしよう……
◇◆◇◆◇
深度2【舞台】
津久美市は関東平野にほど近い地方都市だ。
背後には山、眼前に海、狭い平野に人がひしめいている。
人口は2万人程度の小さな町。
人は少ないが、そのわりに面積は大きい。
なぜなら山地が奥深くまで広がっているからだ。小さな湖が山間に点在し、清流が海へ流れ込んでいる。
「津久美にはなんでもある」と云われるが、あたかも日本国土を圧縮したかのように、豊富な地形と自然があるという意味だ。
海産物と木材の特産物以外これといって特徴のない町だが、一つだけ他と違うところがある。
それは、「津久美は出やすい」という噂。
「出る」というのが何を指すかまちまちだが、幽霊だったり、UFOだったり、妖怪だったり、あるいは種々雑多な都市伝説だったりと、バラエティがあるらしい。
そして、「見える人」にはとりわけ危ない場所であるという…。
◇◆◇◆◇
深度3【腐れ縁】
「つき合ってください」
男子生徒の声がした。
通り掛かった少女は立ち止まった。
名を八坂衛(やさか・まもる)という。
ロングヘアを高いポニーテールでまとめ、ちょっとキツい顔立ちをしている。背が高く、手足は長い。骨格がしっかりしているので、筋肉が薄くても頑丈そうに見えた。
衛の頬は少し紅潮していた。たった今終わったバレーボールの交流試合に参加していたからだ。
といって、衛は部員ではない。
6人しかいないバレー部の助っ人として参加しただけだ。
こういう事はちょくちょくある。
人数が足りなかったり、どうしても負けられない試合だったり、何かの都合で正式な部員では都合が悪い時、衛が呼び出され、お助けするのだ。
運動神経抜群な彼女はたいていのスポーツをこなせた。
センスが並外れているというか、本能的というか、とにかく試合や決闘に滅法強い。
ろくに練習していないにもかかわらず、みんなを引っ張って勝利を得てしまう。天才という言葉さえ軽い。
とはいえ、衛は運動部に所属したことがなかった。
なぜなら団体行動が嫌いだから。
彼女の性格からすると、みんなで集まってイッセーのセーで練習するのがまずウザい。また陸上のように個人種目で黙々と努力するようなのも苦手だ。
自分では特別才能に恵まれていると思わなかったが、嫉妬の目で見られることも多い。それもウザい。
なので、頼まれた時だけ仕方なく参加することにしている。友達つき合いは大切なのだ。
今日も、『トン勝亭』の半額割引券1セットと引き換えに試合へ臨み、見事スパイクを連発して大差で勝った。
「ぜひバレー部へ」「正式な部員で」「おつき合いしてください」などなど勧誘の声を振り切ってきたのだった。
…で、この場面に遭遇したわけ。
そこは校舎の裏手。すぐそこに林があり、人目につきにくい場所だ。
だもので、学校の中で密会するにはもってこい。
時間も夕刻と、校舎の影でいっそう見えにくい。
今どき告白とか珍しいな、アオハルかよ…と思いつつ声の方を振り向いた衛は、
(…ああ、またか)
辟易する。
よく見知っている顔だったから。
生真面目な男子の告白の相手というのは、他ならぬ上前津(かみまえづ)あおいだ。
スタイルがよくて顔もいい。長い自慢の黒髪と、小首を傾げた細面は、こいつが底抜けの変人ということを隠している。
ついでに言うと、彼女はトップクラスの成績で先生のウケもよく、憧れる男子に事欠かない。いわば完璧美女。
(気の毒に)
衛は内心ため息をついた。
あおいは小鳥のような目で男子をジッと見つめている。目力というか、あの瞳で見られたら、普通は目を逸らせない。顔を真っ赤にした彼が青くなるほど。
それからようやく口を開いた。
「あなた、幽霊を信じますか」
「…………は?」
男子くんは5秒ほど硬直してから反応した。
「信じますか。幽霊」
「え、いや、どうかな」
返事を待っていたのに、斜め上のことをいきなり言われて、困ってる。当然だ。
「どうでしょうか」
声が素晴らしく綺麗なだけに、なおタチが悪い。
男子くんはめちゃめちゃ迷ったあと、
「し…信じる。たぶん、うん」
ダメだこりゃ。
「そうですか」
あおいはなんの表情も浮かべず、丁寧にお辞儀した。
「ごめんなさい。わたしには心に決めた人がおりますので、お申し出はお受けできません」
「あ、そうなの? 残念だな。たはは…」
完全に調子の狂った彼は、汗をかきかき退散していった。あれじゃ失恋の余韻もないだろうな…。
ーーーなどと衛が思っていると、あおいがこちらを見て、パッと明るくなった。
それまでの無愛想というか鉄面皮な顔がガラッと変わる。女ってこうもチェンジするのか…。
「まもるちゃん」
陽気に手など振って近づいてくる。たった今、男子を木っ端微塵に吹っ飛ばしたとは露ほども思えない。
「試合終わったの?」
「ちゃーんと勝ちましたよ」
衛はポケットから割引券の束を出して、自慢げに振ってみせた。
「今度奢っちゃるから」
「わ、すごい」
あおいは素直に感心した。…が、すぐジト目になる。
「…他の女の子につき合わなくてもいいのに」
「試合ですよ試合」
どういう文脈なんだ。
片頬をふくらませる顔も小憎らしいほどかわいい。だが、この顔に騙されてはダメなのだ。
「今のさ。ちょっとキツくない?」
「え」
あおいが怪訝な顔をする。
「今のって?」
(うわ、めっちゃ可哀そう)
あの子、あおいの記憶にさえ残ってないぞ…別れて5秒で忘れられてる。勇気出したのになあ。
あおいはまったく頓着せず、衛の腕に自分のを絡めた。そして、ズイと身を寄せる。
「なに?」
これだけ美少女だと、いくら見慣れてても、ちょっとだけ動揺する。それを知ってか知らずか、あおいは耳元でささやいた。
「今度…つき合って」
「はい?」
今度は衛が戸惑う番だった。
「つき合うって何に」
「日曜日。駅前広場で。時間は10時」
「ええ…?」
いきなり頼まれ、衛は眉根を寄せる。
「じゃあ」
タッ、と軽やかに離れてゆく。子鹿みたいだ。
「あ、ちょっと、ねえ?」
いったい何をどうしろって…という衛を置いて、あおいは黒髪をなびかせながらさっさと行ってしまった。
衛がふぅ…とため息をつく。
まただ。
あおいの奴に、また振り回される。
いつもこうなのだ。
物心ついてから、衛の記憶に絡んでくるのは、だいたいあおいだった。
どのくらい昔から? 幼稚園? それか小学生?…とにかく思い出せないほど昔から、あおいとつるんでる。
かといって、いつも一緒にいるわけでも、特別仲がいいわけでもない。
少なくとも衛はそう思っている。
行動は別々のことが多いし、LINEも週に2、3回やり取りするくらい。しかも送ってくるのは、あおいの方からだ。そして話題といえば、必ずといっていいほど都市伝説関連だった。
<聞いた? 真瀬でクネクネが出たんだって>
<最近ターボババァのバリエーションでジェットババァが新登場したらしいよ。ハリアーババァもいるって。ハリアーってなんのことかな?>
<まもるちゃん、赤い口裂け女って知ってる?>
…などという事をさも重大事件のように言ってくる。
なぜなら、衛はその手の話題に詳しいからだ。動画制作者で、myTubeで配信してもいる。彼女もオカルト好きの一人で、その点ではあおいと話が合う。
もっとも、衛の方はわりとお遊び感覚で動画を流していて、<ついに明かされたピラミッドの真実!?>とか、わずかな情報を臆面もなく針小棒大に言うのが得意だ。半分以上嘘と分かっていて、それを承知で楽しんでいるユーザーへ向けて発している。衛自身も都市伝説のほとんどは嘘八百だと思っていた。
ところがあおいは、どうやら真面目に信じているらしい。
その辺のズレがどうにも困る。
さり気なく指摘してあげるものの、あおいは一度信じたものはなかなか疑わない。あれだけ頭がいいのに、なぜこれに限って頑固なのか理解し難い。
そういうわけで、自宅から行ける範囲なら怪異を探しに行こうと衛を拉致…もとい強引に誘って引きずり回す。近頃は車の免許まで取っちゃったからいっそうタチが悪い。
まあ、一言でいうと「アブナイ奴」なのだ。
だからして、見てくれの良さに騙されて撃沈した男子は数知れず。そりゃそうだ、まさかこんな趣味を持ってるなんて思わないものね。都市伝説に興味があろうとなかろうと、あおいほどのめり込む奴はごく限られているから、ついていける人間はほぼいない。もちろん、そんな軟弱者(?)があおいの関心を引けるわけがなかった。
その日の夜もLINEでしっかり<日曜日。駅前広場。時間は10時>と念を押してくる。こうなったら断れない。行かないと直接自宅まで押し掛けるし、衛の母親は完全にあおいの味方なので、誰も彼女を止められないのだ。
衛はまたため息をついてベッドに寝転んだ。
(それにしても<ちょっと覚悟してて>ってどういう意味だろ…?)
衛に分かるわけがなかった。