【アンサング・デュエット】リプレイ 『郷愁の都、幻のあなた』〜天上の楼閣   作:mizumega

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儀式

 

◇◆◇◆◇

 

 

深度4【転移】

 

 

 

「ーーーまもるちゃん」

 

 約束の日曜日。

 衛は津久美駅前の広場にいた。

 きっちり15分前に到着している。時間は守るし、むしろ早めに来るほうだ。

 

 駅前広場は噴水を囲んだロータリー型の空間だった。モダンなタイル貼りの地面にいくつかのベンチが並んでいる。

 ローカルな駅だけに日曜ともなると辺りは閑散としていた。

 津久美市の繁華街はもっと海寄りの、港へ向かう通りの方が賑わっている。住民の大部分が中心街に集まっているおかげで、人口のわりには混雑していた。もっとも、そこを離れたとたん田畑と山が迫ってくるわけだが。

 

「待った?」

 アニメのヒロインよろしくタッタッタと軽やかに駆けてくるあおい。実際、映える。これが自分との待ち合わせじゃなかったら映画のワンシーンみたいだ。

(げ。)

 衛は内心眉をひそめた。

 なぜって、あおいがめかし込んでいたから。

 

 ストラップレスのビスチェの上にシースルーのタートルネックセーターを着込み、大きなリボンで留めたミニスカの下から黒タイツに包まれたカモシカのような足が覗いている。

 靴は黒のサイドゴア。ベージュ色のテーラードジャケットを羽織り、ベレー帽をかぶって、トライアングルのイヤリングを耳たぶで揺らしていた。

 めちゃめちゃ気合いが入ってる。

 

 対する衛はというと、黒のTシャツに伸縮性のGパン、スニーカーの直履き、アーミーグリーンのパーカーと、色気もなにもない。黒のデイパックをダラっと背負っている姿はオタク女子そのものだ。

 軽い気持ちでいつもどおりの格好をしてきたのだが、仮におめかしする気になったとしても、オシャレな服など持っていない。第一、今流行りのファッションがなんだと聞かれても衛にはさっぱり分からない。そういう方面はとうの昔に放棄していた。ただ自分から見てあまりおかしくない服装をしていればいい。

 その程度の考えだ。

 

「15分前に来た」

 そっけなく衛は言った。「ううん、今来たとこ」などとは口が裂けても言わない。浪漫は都市伝説だけでいい。

「じゃあ、行こっか♪」

 あおいが腕を絡める。

「行くってどこへ」

「…あっ、そっか。説明がまだだったね」

 口に可愛く手を当てる。

 おい。

 学年トップ10の秀才が抜け過ぎてませんか?

「どうせ都市伝説なんでしょ」

「うん。そうなんだけど…」

 おや?

 あおいの顔が曇る。

 彼女にしては珍しい。学校ではいかにも優等生ですって顔してるけど、衛と逢う時はたいていニコニコしているからだ。

「で、どこへ行きたいの」

「ここ」

「ん?」

「こ、こ。」

 両腕を広げてその場を示した。

 衛がポカンと見つめる。

「だからね、」

 と、あおいは衛を見返したまま、すぐそばにある噴水の方を指差した。

「これが都市伝説らしいの」

「え? え? どゆこと?」

 あおいは噴水の方へ向きを変え、両手を背中へ回してつぶやくように言った。

「変わってるでしょ、この噴水」

 衛もそちらを振り向く。

 

 確かに。

 駅前広場の象徴である噴水は、よそとは少し違っていた。

 具体的には、丸い池の中央にある噴水が岩だったのだ。たいていは蛇口を真っ直ぐにしたような噴水口なのだが、これは天然の岩をくり抜いて水道管を通している。なぜわざわざこんな手間を掛けるのか分からないが、ユニークという点では目を惹いた。

 地元では【叫び岩】と呼ばれている。

 津久美の住民は慣れているのでなんとも思わないが、初めてここを訪れる人が真っ先に目にするのはこの噴水岩で、まずギョッとする。

 というのも、岩の形がとても奇妙で、人間が岩に閉じ込められたように見えるからだ。

 体をよじらせ、苦悶し、叫ぶ男がそのまま岩になったというか。

 その叫ぶ口から水が溢れ出ているというように…。

 現代芸術の彫刻家が作ったわけではなく、本当に自然のまま設置したらしい。ほとんど悪趣味だ。

 しかし人間慣れるもので、このグロテスクな噴水岩さえ味があると地元では云われている。

 

「前から変だな、変わってるなって思ってたけど、調べてみても誰が置いたのかよく分からないの。戦前の物らしいのだけど」

「ふうん。で、それがどうしたの」

「『うつろ道』なんだって、ここ」

「えっ…」

 

***

 

 【うつろ道】。

 この世とあの世を結ぶ道。

 異界へと続く道。

 『虚ろ道』とも『空道』とも書くが、どこかへ続く出入り口であるというのが地元の伝承…というか、いつの間にか流布した話だ。

 津久美の人間はよその土地で起こった怪異…例えば神隠しとか、道が伸びたり縮んだりとか、突然見知らぬ土地へワープしただとか、そういう現象もひっくるめて『うつろ道』と呼ぶ。

 

***

 

「それでね、こないだサイトの掲示板でこの噴水から異界へ行ける方法が書いてあったの」

「へえ。それって最近?」

 衛も都市伝説系のサイトはよく漁るが、それは初耳だ。

「ログ自体は古くて、10年前の書き込みなんだけど、たまたま倉庫を見てたら…」

「それで異界へ行ってみたいって?」

「うん。あの…きさらがいるかも、って…」

「あ…」

 

***

 

 【上前津きさら】

 

 如月と書いて「きさら」と読む。

 あおいの姉で、今は行方不明。いなくなってもう5年が経つ。

 衛の記憶では、あおい以上に美人のお姉さんで、優しかったけれどどこかミステリアスな雰囲気を漂わせていた。

 あおいと血の繋がりがあるだけに、きさらも超美人だ。

 …いや、一般的な意味での美人とは少し違う。グラビアを飾るアイドル系ではなく、必ずしも写真映りが良いとはいえない。というか、写真を撮れば普通に美人だが、本人を目の前にした時の強烈な印象は全然伝わってこない。

 なんというか…「神懸かっている」のだ。

 長い黒髪がそれ自体生き物のようになびき、瞳を覗けば湖のように深く、表情は時として読めない。同じ人間なのに違う生物のようだ。「次元が違う」とでも言うのか…。

 

 その姉が、なぜ消えたのか、いまだに謎。

 そしてあおいは彼女が異界へ行ってしまったと信じている。

 衛は笑えない。

 あおいの頭がおかしいとか、バカバカしいとか、あり得ないとか、そういうことは。

 だって、きさらに会えば分かる。本当に彼女はそんな雰囲気を漂わせていたから…。

 

 現実には、きさらは失踪人ということになっている。両親は警察へ失踪届も出したし、ネットや貼り紙で行方を尋ねてもみた。もちろん心当たりのある友人や知人も片っ端から当たった。探偵さえ雇った。…が、きさらは何の痕跡も残してゆかなかった。

 唯一あり得るとしたら、それは、きさらが異界へ消えた…ということ。

 元々あおいは、都市伝説にそれほどこだわっていたわけではない。小さい頃は面白い話題くらいにしか思っていなかった。けれど、姉の方はけっこう真剣に考えていて、どうにかして現実の裏側にある世界へ行きたいと思っていたらしい。

「『うつろ』っていうのよ、そこは」

 薄っすらと笑みを浮かべ、きさらはそんな事を言っていた。

 ナイフで切ったような笑み。

 彼女は大口を開けて笑ったりはしない。

 そして、いつも遠くを見るような目つきをしている。

「この世でもあの世でもない、とても不思議な場所。そこでは何でも起こるし、起こらないことだって起こるわ…」

 キラキラと瞳を輝かせながら語る彼女は、空気に透けて溶けてしまいそうに見えた。衛はそんな彼女が少し怖いと思った。

 あおいは、そんなきさらを信じていた。ほとんど崇拝していたと言ってもいい。

 もしかすると、姉以上の愛情を抱いていたのかもしれない…。

 

***

 

「ーーーでね、ここで儀式をすれば、もしかして向こうへ…って聞いてる? まもるちゃん」

 ハッと衛は我に返った。

「ごめん、聴いてなかった。なに?」

 あおいはため息をつきながら、

「だからぁ、噴水を回りながら『かごめかごめ』を歌えば、あっちへ行けるっていう話」

「かごめかごめ?」

 衛がポカンとする。

「童謡の?」

「そういうの」

「ここで?」

「そう」

 衛は辺りを見回した。

 

 日曜とはいえ、噴水のまわりにはそれなりに人がいる。デートの待ち合わせだったり、東京行きの特急に乗る人だったり、特になにも用がない老人だったり。…その中で歌をうたいながら回るっていうのは、けっこう勇気がいる。まず間違いなく変な人だと思われるだろう。クラスメートに遭遇したら目も当てられない。

 が、あおいに譲る気がないのは100%確実だった。

 衛の方は断れない。

 人前で恥をかく勇気か、あおいのお願いを断る勇気を秤にかければ、間違いなく天秤はあおいの方へ傾く。NOと言えばどんな恐ろしい目に遭うか…。

 

「…わかった。やろう」

「まもるちゃんやさしぃー♪」

 嫌だと言えば今後1ヶ月はそのことでネチネチいじめるでしょ?…と、心の声が呟く。

「じゃあ、『か…』」

「あっ、待って」

 あおいが衛の肩に手を置く。近づいた彼女からフワッとフレグランスの香りが微かにした。衛もアロマ系は好きなので部屋で焚いたりするが、あおいのは匂いの種類や強さが絶妙にまもるの好みだ。何も言ってないのにテレパシーでもあるんだろうか。

「まもるちゃんはここから時計回りに回って。わたしは反対の方へ回るから」

 指先をグルグル回す。ネイルはスモーキーグリーン。姉妹揃ってそうだが、どこか神秘的な彼女に似合ってる。衛は爪の色なぞ考えたこともないので、こういう細かいところまで神経が行き届く女に感心する。世の中にはアイデアの豊富な人種がいるのだ。

「それでね、お互い3回廻るの、すれ違いながら。これはね、神社の鳥居を回るのと同じで、イザナギノミコトとイザナミノミコトが国産みの儀式を行ったのと同じなんだって」

「へえ、凝ってる。歌は?」

「何回でもいいよ、まもるちゃんのペースで。で、回り終わったら、ここでふたりして向き合って、両方の掌を合わせるの。歌は途中で止まってもよし」

「ふうむ。3回まわってワンと鳴かないんだ」

「…まもるちゃんってオヤジギャグ入ってない?」

 

 ということで、ふたりは歌い始めた。最初は背中を合わせ、決闘するみたいに反対方向へ歩いてゆく。

「♪かぁごめぇか〜ご〜めぇ〜〜、かぁ〜ごのなぁか〜のとぉ〜りぃ〜はぁ〜〜…♪」

 こいつ声まで綺麗なんだもんなあ…と微かに嫉妬を覚えながら衛は歩いた。こっちはそうはいかない。

「♪いーつーいーつー出ーやーるー♪」

 カラオケで歌うみたいに半ばヤケクソで声を出す。

 周りの人が「ん?」という顔をするが、今の平均的な日本人らしく、誰も何も言わない。変な奴は無視するのが礼儀みたいに。

「♪…よぉぉあぁけぇぇのぉばぁぁんんにぃぃぃ…♪」

 しかし、あおいの声があまりにも透明だからか、そっちの方は注目されていた。実際、美少女が美声で軽やかに噴水を巡るのは、なんだか舞台でアイドルが踊るような雰囲気がある。

 衛もそんなあおいの様子に目を吸い寄せられ、恥ずかしさを忘れていた。

「♪…うしろのしょぉめん、だぁ〜あぁ〜〜〜……」

「「れっ♪」」

 パチン、と掌が合う。何回歌ったか覚えてないけど、終わりのタイミングはバッチリ。

 風がソッとあおいの髪を揺らした。

 掌に温もりを感じる。

(綺麗だよなあ)

 衛は、手を合わせたまま、あおいを見つめていた。

(自分が男だったら、あの男子みたいに告白するんだろうか)

 つい思ってしまう。

「どう?」

「…へ?」

「変わったかな、なにか」

「あ。えと、ん、そうだね…」

 頬がポウッ…と赤くなった。慌てて手を離す。

 何も感じない。

 というか、あおいに見惚れていたので、周りがどうなったかなんて気にしてなかった。

「別におんなじじゃない?………」

 後ろを振り向きながら、衛の言葉は最後の「い」が小さく「ぃ」となって、消えていった。

 

 周囲がざわめいている。

 日曜の午前。

 広場の噴水。

 そこは、変わってない。

 

 しかし、それ以外の何もかもが変わっていた。

 

 

 

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