昨日の投稿に間に合いませんでした。
今回の話はかなり難産で、前話のシャアの如く「ア”------!?」と吼える羽目になりましたです、はい。
なんとか書き上げたので、寒い中の暇つぶしになれば幸いです
月の裏側にあり地球から最も離れたスペースコロニー群サイド3。
そこに存在するジオン公国、その中心部には公王の居城が聳え立っている。
一見すれば悪の巣窟とも見られる城の中にある公王の私室では、玉座を離れたデギン・ソド・ザビが一人安楽椅子に座っていた。
「私もザビ家の男です。必ずや、それに相応しい戦果を……」
その傍らに置かれた机には小型の映像再生装置があり、画面には在りし日のガルマが笑顔で語り掛けている。
「ガルマ……」
溺愛していた末の息子を失ったデギンはめっきりと覇気を失っていた。
その小さく縮こまった背は、かつては辣腕を振るった政治家とはとても思えない。
静寂の中で死者の声のみが響く寂しい部屋、そこに一人の訪問者が現れる。
「父上」
それはデギンの長女であり、彼の子供達の中でも野心と謀略に長けた娘キシリアだった。
「……キシリアか、何用だ?」
「報告したい事があります。ガルマを討った連邦の機体、そのパイロットについて判明しました」
キシリアの言葉にデギンは片方の眉を少し釣り上げる。
可愛い末息子の仇が何者か、親として当然興味はある。
「……言うな」
しかし、デギンはキシリアの報告を止めた。
「ガルマの死は戦場でのこと。あ奴を殺さねば、そのパイロットが死んでいたのだ。恨むのは筋違いであろう」
国葬の際に仇の映像を流すのを許可したのは、映っていたのが人ではなく兵器だったからだ。
もしパイロットが映っていたならば、ギレンが何と言おうと許可しなかった。
「───それがジオン・ダイクンの娘だとしても、ですか?」
「……!?」
しかしデギンが再び閉じ籠ろうとしていた思い出という現実逃避の殻は、キシリアの一言で打ち砕かれてしまった。
「あの赤いMSに乗っていたのは二人の姉妹。長女の方に見覚えがある筈です」
「……アストライア」
「彼女はとっくの昔に幽閉先で死亡しています。おそらくは10年前にここから逃げたアルテイシアでしょう」
「では、この子供はジオンの死後に生まれた赤ん坊だというのか」
「そうと思われます」
なんという因果であろうか。
国を追われた盟友の娘が、己の息子と戦場で相対してしまうとは。
天を仰いだデギンは思わず片手で自らの眼を覆う。
あの時にジオンを排した事への天罰というなら、あまりにも皮肉が利きすぎている。
もしそうであれば、ガルマではなく自分へ落ちればよいモノを……。
「分かっておいででしょう、父上。これは由々しき事態です。もしこの事実が露見すれば、ダイクン派の連中が息を吹き返します。そうなれば、連邦との戦争中であっても国が割れかねません」
「……盟友の子、それも年端の行かぬ娘を殺すか。ワシは死ねば地獄へ堕ちるな。……この件はお前に任せる。せめて苦しまぬように父親の下へ送ってやれ」
「承知しました」
そうしてキシリアが去ると、デギンは再びガルマの映像を流し始める。
「ガルマよ、天国にいるお前とはもう会えぬであろうな」
そう呟いたデギンの眼からは一筋の涙が零れ落ちた。
一方、父から許可を得たキシリアはすぐに行動を開始した。
「マ・クベ、あの書類を私の他に誰へ送った?」
『はっ、ガルマ様の仇討を任されているランバ・ラル。そして謹慎中のシャアです』
自室で例の書類の送り主であるマ・クベと連絡を取っていたキシリアは、その返答に眉根を寄せる
「シャア? 何故奴に送る必要があるのだ」
『はい、ジオンの佐官でありながら子供に出し抜かれた奴に喝を入れようと……』
「……この書類は最重要機密に指定された。みだりに広める事のないように」
腹心の取った行動が嫌がらせの類と察したキシリア。
彼女の言葉に呆れを含んだため息が混じる。
『最重要機密、ですか?』
「そうだ。この二人はな、ジオン・ダイクンの娘だ」
『なっ!?』
知将と言われるマ・クベもこれは予想できなかったのだろう。
モニターに映った口を開いて絶句する姿に、キシリアは内心で笑みを浮かべながら続ける。
「ダイクンの子がガルマを討った事実、広まればどれだけ厄介な事になるかは分かるな。そしてランバ・ラルは父の代からダイクン派だ。これを見た時点で奴もガキ共の出自に気付いているだろう」
『つまり他のダイクン派に妙な事を吹き込まれる前に奴等を消せ、という事ですね』
「そうだ。奴等は今、オデッサ近くの中央アジアにいるのだったな。……その近くには屍喰鬼隊がいた筈だ、奴等を差し向けるがいい」
『あの異常者共を、ですか?』
「歴史の闇に葬り去られた死にぞこない共を始末するには打って付けだろう?」
『ふっ……承知しました』
通信が切れた後、キシリアは口元を隠していたマスクを下げ、傍らに置かれたテーブルからワインが入ったグラスを手に取る。
「ふん、辺境の地で目立たぬように生きていれば見逃してやったものを。我々に楯突いたこと、地獄で後悔するがいい」
不快げに吐き捨てて赤い液体を煽るキシリア。
その姿は、生き血を啜る魔女のようだった。
◆
シャア・アズナブルは衝撃の事実を知ったあと、すぐにキャルフォルニアベースへ向かった。
幸いにも木馬の居場所は、司令部にあった情報で中央アジアの何処かという事が分かった。
そして『ガルマの仇討に自分も志願して、参加の許可を貰った』などと適当な嘘をこいて、ファット・アンクルを一機せしめる事にも成功したのだ。
自分のザクや武器弾薬の積み込みを始め、長距離移動の準備に駆け回っていたシャアは格納庫で妙な噂を耳にした。
「お前知っているか、例の話?」
「あれだろ? ガルマ様を殺ったのが、ジオン・ダイクンの子供ってやつ」
「父親の敵討ちの為に連邦に入って打倒ザビ家を目指すとか、流石にないよなぁ」
「当たり前だろ。現実はアクション映画じゃねーんだよ」
それを聞いたシャアは思わず叫びそうになった。
待て! 待ってくれ! なぜこんな噂が流れている!?
父の仇を討つためにザビ家打倒を目指しているのは私で、アルテイシア達は関係ない!
あと、ダイクンの遺児が所属しているのは連邦じゃなくてジオン軍だ!!
内心でツッコミを入れながら、シャアは必死に出発の準備をした。
あんな噂が流れている以上、妹達の素性はザビ家どころかジオン全軍に知れ渡る可能性がある。
そうなっては、どう考えても彼女達に明るい未来は訪れない!!
圧し掛かるプレッシャーに胃の中のモノが逆流しそうになったが、今は吐く時間すら惜しい!
『シャア少佐、いってらっしゃいませ! ガルマ様の無念をお願いします!』
「ああ、幸運を祈っていてくれ」
ファット・アンクルのコックピットで管制官の通信にそう答えるシャア。
この言葉はマジである。
到着した時には妹達が死んでいた等という事態になったら、間違いなく自分は立ち直れない。
「アルテイシア、アルマリア! 無事でいてくれ!!」
天に上った父母に心の底から祈りながら、シャアは夜空を掛ける風となった。
◆
ラルのおっちゃんが撤退した後、ホワイトベースへ戻ったあたし達は艦の主要なメンツにブリッジへ集まってもらった。
「皆を集めて一体どうしたんだ、マリー?」
「さっきの戦いで様子がおかしかったのが理由なんだろ?」
ブライト中尉、そしてアムロのアンちゃんがブリッジの中央に立つあたしと姉ちゃんに問いかけてくる。
「そうなんだけど、正直あたしも整理できてないんだ。話があっちこっち行くと思うけど、聞いてくれる?」
「大丈夫よ、マチュ。足りないところは私が補うから」
自信なさげなあたしを後ろから抱きしめてくれる姉ちゃん。
ダイクン云々についてはほぼ分からないので、フォローは超ありがたい。
「まず最初の話なんだけど、ジオンにあたしと姉ちゃんの個人情報が洩れてた」
「な…なんだと!?」
ジャブ代わりの言葉に驚愕の声を上げたのはテムおじさんだった。
「あたし達ザビ家の坊ちゃん倒して賞金首になってるでしょ? 向こうもコッチが機体を乗り換えるだろうって考えたみたい」
「だから、諜報部員によってお前達の事を探らせたというのか?」
「それもちょっと違うっぽい。ブライト中尉、ルナツーで避難民が書類申請用に写真撮ったの憶えてる?」
「ああ、犯罪者みてぇに板持って正面から写したアレだろ?」
あたしはカイさんの少し茶化した答えに頷く。
「どうも漏れたのってその写真らしいんだよ。多分、その時に書いた身上書も」
「……つまり、ルナツーにジオンのスパイがいたと言いたいのか?」
「もしかしたら、提出先のお偉いさんかもしんない」
あたしの答えに渋い顔で沈黙する軍属クルーたち。
そんな中、口を開いたのはハヤトさんだった。
「けど、その事実をどうやって知ったんだ? まさか、あの青い奴のパイロットから聞いたとかじゃないだろ?」
「そのまさかなんだよねー」
「どういうことだ、マリー。お前達がジオンに通じていたと言うんじゃないだろうな」
苦笑いでハヤトさんの言葉を肯定すると、今度はブライト中尉が怖い顔で問い詰めてくる。
「そうではないわ、ブライト。あのパイロットは私達にとって古い知り合いなの」
「知り合い? ジオンのパイロットがですか」
「ええ。10年前、私達はサイド3にいた。ジオン・ダイクンの遺児、アルテイシア・ソム・ダイクン、そしてアルマリア・リム・ダイクンとして」
姉ちゃんがそう答えると、ブリッジはまた沈黙に包まれた。
「マチュとセイラさんがジオンの子供?」
「そうよ、アムロ」
「あたし的には全然ピンと来ないけどね」
「自分の事なのに?」
「だって、10年前って言ったらあたし赤ちゃんだよ。マス家の父ちゃんに引き取られたのもサイド3から逃げてすぐらしいし、アルマリアって名前も最近知ったくらいだもん。だいたい、ジオン・ダイクンがあたしのオトンだって分かってたら、教科書の写真に落書きしない……いたやぁっ!?」
くそぅっ! また口を滑らせて姉ちゃんにゲンコツくらった!
教科書に落書きなんて誰でもするじゃん!
鼻毛と額にほくろつけて、髪型バッハにしたくらい見逃してくれよ!?
「10年前というのは、ちょうどジオン・ダイクンが急死してサイド3に政変が起きた時だな」
「その際にあなた達のサイド3脱出を手伝ったのが、青い機体のパイロットという訳か」
「ええ。彼の名はランバ・ラル、父の腹心だったジンバ・ラルの息子です」
「『青い巨星』のランバ・ラル、連邦に名が轟く程の歴戦の勇士だな。そんな男が動いたという事は、今の君達の立場は随分と危ういようだ」
「どういう事でしょう、テム大尉?」
「奴が二人に接触を図ったのは、その身柄を保護する為だろう。おそらく彼女達がダイクンの遺児という事がジオン上層部、ザビ家にバレた可能性が高い」
「それって拙いの、父さん?」
「ああ。ジオン共和国建国の父たるジオン・ダイクン、彼の死は病気による急死が公式発表だが暗殺という噂は今も消えていない。その犯人と言われているのが、ジオン公国公王のデギン・ザビだ。ジオン・ダイクンの死後、公国内やジオン軍には彼がジオンから王位を簒奪したと考える者も多い。そしてザビ家はダイクンのシンパやそういった考えの連中を諜報機関などを使って積極的に排斥してきた」
これだけの説明でテムおじさんはジオンの内情まで仮説を立てて説明を始める。
頭のいい人は1を聞いて10を知るって本当なんだなぁ。
「そんな中、ジオンの遺児がザビ家の人間を倒したと知れたらどうなる? 冷遇されていたダイクン派は彼女達を担ぎ上げてザビ家と戦うだろう。簒奪された王位を正当な者の手に戻すのだ、なんてお題目でな。そんな国が割れる事態をザビ家が指を咥えて見ているわけがない。どんな手を使ってでも二人を消しに掛かるさ。むこうにとって都合のいい事に、彼女達は王族殺しの下手人だからな」
「それが分かっているから、ランバ・ラルはマリー達を保護しようとした訳か」
「それでね、あたし達も判断に困ったからラルのおっちゃんには、夜にまた来てくれって話をしてあるんだ」
リュウさんの言葉に頷くと、今度はアンちゃんが問いかけてくる。
「マチュは船を降りるつもりなのかい?」
「正直迷ってる。本当はアンちゃんやテムおじさんがいるし、アンナも心配だからホワイトベースに残りたい。けど、あたし達がいたらザビ家の殺し屋を呼び込んじゃうじゃん。そんな迷惑もかけられないし……」
みんなが沈黙する中、テムおじさんが雰囲気を変えるように手を叩く。
「その件に関しては今は置いておこう。ランバ・ラルが信用できるかもわからんしな。それより今は上へ報告する事の方が先決だ。スパイがいる可能性も含めて」
「報告はレビル将軍に?」
「いや、将軍は今オデッサ奪還に忙しい筈だ。急に連絡して繋がるかどうかわからん。ここはゴップ大将へ上げる事にしよう」
「わかりました。では、この件は夜にランバ・ラルが来るまで保留とする。ホワイトベースはここに停泊! パイロットは休息を取り、他の者は第二種戦闘配備で待機せよ!」
ブライト中尉の締めで会議が終わると、あたし達は自分の部屋へと帰った。
シャワーを浴びて一息ついたところで、ふとある事が頭に浮かんだのだ。
「姉ちゃん、兄ちゃんの事を言うの忘れてた」
「いいのよ。ザビ家の手先になって戦争を楽しんでいる鬼子の事なんて説明する必要は無いわ」
相変わらず姉ちゃんは兄ちゃんには塩対応である。
「ザビ家の手先って事は無いと思うけど……」
「妹達がいるのが分かっているコロニーへ嬉々としてミサイルを撃ち込んだのが、その証拠よ」
「あっはい」
悲しい事にそれを言われると反論の余地がない。
どうやら姉ちゃんの心を解きほぐすのはあたしには無理のようだ。
兄ちゃん、頑張って自分の誤解は自分で解いて下さい。
……はいはい、『冗談ではないッ!』なんて弱音は聞こえないよー。
◆
それから夜になると、約束通りにラルのおっちゃんがホワイトベースへやってきた。
「まさか、戦闘車両一台も持ってこないとは」
「今回は話し合いなのだろう? ならば、武器を手にして現れるなど無粋ではないか」
呆れ半分驚き半分のブライト中尉の言葉に不敵に笑うラルのおっちゃん。
彼の部下も強面の曲者ぞろいって感じだ。
「お久しぶりね、アルテイシア様。アルマリア様は憶えていらっしゃらないでしょうけど」
そう声を掛けてきたのは、ラルのおっちゃんの部下達の中にいる紅一点。
金髪が特徴の大人な美人さんだ。
「お姉さん、誰?」
「たしか、クラウレ・ハモンでしたね。ランバ・ラルの恋人…いえ奥様だったかしら?」
「妻のつもりです。あの人はああいう生き方だから、籍は入れていないけど」
そう言いながら私達に近寄ってきたハモンさんは、ふわりとあたしと姉ちゃんを抱きしめた。
「本当にアストライア様そっくり。それに、あの赤ん坊がこんなに大きくなるなんて」
感極まったように声を漏らすハモンさん。
「母の事を知っていらっしゃるのですね。どういったご関係でしたの?」
「アストライア様は私の年の離れた友人で偉大な先輩だったの。サイド3にある『エデン』というバーの歌姫としてね」
少し戸惑った感じの姉ちゃんの問いかけに答えるハモンさん。
「あ……」
その時、あたしの脳裏に一つの光景が浮かび上がった。
それはあたしより少し大きいくらいのハモンさんが薄暗いバーにいて、その視線の先にはスポットライトを浴びて歌う一人の女性がいた。
長い金髪をハモンさんみたいにアップにした姉ちゃんそっくりの歌姫、あたしは直感的にその人が実の母親だと気が付いた。
「ハモン、始まるぞ」
「急にごめんなさいね、私達も行きましょう」
ラルのおっちゃんの声に私達から離れるハモンさん。
彼女の後ろに付いてホワイトベースの前に組んだテントへ向かうと、姉ちゃんから声を掛けられた。
「マチュ、泣いているの?」
その言葉に目じりに指を当てると、たしかに少し濡れていた。
「ちょっと目に砂が入ったみたい」
そう誤魔化したけど、初めてオカンの顔を見たのが思った以上に衝撃だったらしい。
自分でも気づかない内に涙が出ていたようだ。
というか、オカンめっちゃ美人だったけど、あたしと全然似てないじゃん!
ジオンのおっさんの面影もまったくないし、あたしはいったい誰似なんだ!?
◆
「あ、言い忘れていたことがあったんだ」
今回の話し合いの面子は、小さな照明で照らされたテントの中で左右に分かれてパイプ椅子に座っている。
左側がラルのおっちゃん、右側がホワイトベースの面々。
あたしと姉ちゃんは何故か真ん中である。
そんな中、口火を切ったのはあたしだった。
「言い忘れていた事?」
「それは何でしょうか、アルマリア様」
「実は兄ちゃん、ジオン軍にいるんだよ。赤い彗星のシャアって名前で」
瞬間、テント内の空気が凍った。
「キャスバル様が…シャア……?」
呆然と呟くラルのおっちゃん。
一方のホワイトベース側は怒っているっぽい。
「どうしてそれを言わなかったんだ、マリー?」
「うーん。兄ちゃんからは絶縁を叩きつけられたみたいな状態だったし、あたし等も気持ち的に整理しきれていないのもありまして……」
「ぜ…絶縁?」
「サイド7を攻撃して私達の生活を滅茶苦茶にしたのは、知らなかったからしかたないわ。でもスパイとしてコロニー内に潜入したところを私達に見つかって襲いかかり、マチュの股に顔を埋める破廉恥な行動を取った挙句に逃亡。さらには私達がコロニーにいる事を分かったうえでミサイル攻撃を行った挙句、避難民が乗っているホワイトベースに全力攻撃を行ったのよ。どう考えても兄妹の情など微塵もない鬼畜な行動ではなくって?」
「まって、姉ちゃん。顔にお股を押し付けたのは、あたしの──」
「いいのよ、マチュ。あの男を庇わなくても」
「……うっす」
超早口で兄ちゃんの罪状を並べ立てる姉ちゃん。
お股のくだりを訂正しようとしたんだけど、もの凄く綺麗な笑顔で口止めされてしまった。
ごめんよ、兄ちゃん。
姉ちゃんのあの笑顔には勝てねえや。
「そもそも、あの男は5年前に突然姿を消して、それ以来音信不通だったのよ。5年前と言えば私は12歳、マチュは5歳よ。養父は事故の影響で身体が不自由になって介護が必要なのに、その全てを放り投げて蒸発するなんて薄情にも程がある! だから今回の事で私も望むところと、あの男との縁を切ったのです!!」
「そ…そうですか。大変でしたね」
姉ちゃんの剣幕にビビったのだろう。
ブライト中尉はそれ以上追及をしなかった。
「あー、少々話題がズレたが軌道修正しよう。ラル大尉、貴方の目的はセイラさん達の身柄を保護する、でいいのかね?」
「ああ。お二人の立場は危うい状況にある、できれば今すぐにでも身を隠す必要がある程だ」
テムおじさんが問いかけると、ラルのおっちゃんは厳しい顔で頷く。
「だが、彼女達を狙っているのは君達の上層部だ。守り通せる保証などあるまい」
「そこはワシの伝手で何とかする。これでもゲリラ屋で鳴らした男なのでな」
「ジオン軍内のダイクン派や反ザビ家の軍人を頼るのかね? だが、それでは彼女達はザビ家反抗勢力の旗頭に担ぎ上げられてしまうのでは?」
「……そうさせないようには動くつもりだ」
テムおじさんの追及にラルのおっちゃんはそう答えるけど、旗頭云々は正直なところ自信は無いみたい。
「なあ、大尉。ならば私達が保護した方がいいのではないかね? セイラさんはともかくマリーちゃんに一勢力の象徴などできんよ」
「信用できんな。民間人、それも子供のアルマリア様をMSに乗せて戦場に出すなど、まともな軍人のする事ではない」
「我々が好き好んでマリーちゃんを戦場に出していると思うのか!? 彼女達の下船申請は何度も出している! だが上がそれを認めんのだ!!」
「なんだそれは!? ザビ家もそうだが、連邦も腐っているではないか!!」
話し合いはヒートアップして、ラルのおっちゃんとテムおじさんは侃々諤々と言い合うようになった。
それによって後ろに控えたおっちゃんの部下とホワイトベースの皆との空気も悪くなっていく。
「ッ!?」
そんな中、あたしは体に纏わり付く重く嫌な何かを感じていた。
出どころは姉ちゃんとあたし以外の皆。
あたしやアルマリアへの期待、こんな事に巻き込まれたあたしへの憐憫、自分達を選ばないことへの苛立ち、船を去るかもしれない不安。
他にもあたしのことを厄ネタと考えているラルのおっちゃんの部下からの嫌悪、ホワイトベースのクルーから感じる疑心など、様々な感情がまるで蛇のようにあたしを少しずつ締め上げていく。
「う…うぅ……」
「マチュ?」
身体をまさぐられるような気味悪さに自分の身を抱きしめると。姉ちゃんが心配して声を掛けてくる。
それに応えずに歯を食いしばっていたあたしだけど、その限界はほどなく来た。
「あー! もうヤダ!!」
そう叫んだ私は、勢いよく立ち上がるとテントの外へと飛び出した。
夜の砂漠はかなり肌寒いけど、テントの中よりはずっと気持ちがいい。
そして月明かりの下で、あたしは構えを取るとジャブ気味に左手を突き出す。
ジークンドーの基本技、リードパンチだ。
そこから両腕をチェーンソーのように回しながら打つ高速連打のチェーンパンチへと移り、サイドキックを放つ。
そうして体を動かしていると、身体が温まってくるにつれてさっきの嫌な感じが少しずつ消えていく。
あの感じは小さい時に良くあたしを襲っていたモノだ。
昔から勘のよかったあたしは、人の心の機微というか感情の波という物を感じることが出来た。
けど他人の感情の波というのは厄介なモノで、それに中てられると落ち着かなかったり気持ち悪かったりして体調を崩す事が多かった。
父ちゃんの仕事関係の人が来た時や、使用人が入れ替わった時なんかは本当にしんどかったのを覚えている。
その時のあたしは、気持ち悪さに泣きながら父ちゃん達に助けを求めていた。
兄ちゃんや姉ちゃんは頭を撫でたり抱きしめてくれたけど、原因が分からないから有効な手立てを打てなかった。
けど、父ちゃんは違った。
父ちゃんは泣いていたあたしにこう言ったんだ。
「私にはマチュの辛さを取り除いてあげられない。だから強くなりなさい。他人の心に揺らされない程に、自分の心を強く持ちなさい。今お前が感じている波など…いいや、どんな波が来ても弾き返せるくらいに」
そして父ちゃんはアクション映画やカンフー映画なんかを使って強い人をいっぱい見せてくれた。
自分の蔵書の中から心を強くするような本を出しては、あたしと一緒に読んでくれた。
だからあたしは他の人の心の波を、他人の影響を弾けるようになった筈だった。
なら、今どうして私は皆の心の波で不快感を感じている?
ジークンドーの塘路を繰り返しながら自問自答を繰り返す。
拳が、蹴りが空を裂く度に、月明かりの下を汗が飛び散るたびに頭の中が澄み渡っていくのが分かる。
すると自ずと原因が見えてくる。
「マチュ!?」
「ダメだ、セイラさん!」
「アムロ」
「分かるんだ。マチュは今、自分に絡みついた悪いモノを振り払おうと藻掻いている。ここで止めたらマチュがマチュでなくなる」
こっちに駆け寄ってこようとした姉ちゃんを、アムロのアンちゃんが手で制してくれている。
さすがあたしのバディ、よく分かっている!
そうして拳と脚のリズムが最高潮に達すると、自然と口から必要な言葉が飛び出してきた。
「仏に逢ては仏を殺せ!!」
あたしは言葉と共に中段突きを振りぬく。
この仏はオトンが唱えていたっていうジオニズムとかいう教えだ。
はっきり言ってあたしはこれを全く知らない。
けど、テムのおっちゃんの言う通りダイクン派の旗頭になったら、この教えを掲げて生きる事になるだろう。
そんなの、あたしの性に合わない。
それにあたしの勘の良さをニュータイプとか言う人いるけど、そんな風に決められたくない。
名前が決まれば、それに縛られて形も定まってしまう。
それだとリー師匠の言った水の極意に反するじゃないか。
それもまっぴら御免だ。
だからあたしは、ジオニズムという仏を殺す!
「祖に逢うては祖を殺せ!!」
そう吼えて繰り出すのは中段回し蹴りだ。
この場合の祖はサイド3の事。
ダイクンの子なら将来的には背負えとか言われるんだろうけど、あたしはまったく憶えていないし行った事も無い。
そんな場所なんて知った事じゃないし、コロニーやそこに住む人達もそんなあたしに背負われたくないだろう。
だから私は欠片も記憶にない故郷、祖を殺す!
「羅漢に逢うては羅漢を殺せ!!」
言葉と同時に膝を付き上げ、そのまま月へ向かって踵を振り上げる。
パンツが見えても気にしない!
羅漢とは古代中国の僧侶のこと、この場合はオトンの教えやオトンに付いていた者達のことだ。
ラルのおっちゃんには悪いけど、この人たちを導くとか絶対無理!
もし旗頭になったら、連邦やザビ家との戦いであたしに『理想のサイド3』を託して死ぬんだぞ。
あたしにそんな物、実現できるわけがない。
そういう人達ははっきり言って迷惑です!
だからあたしは羅漢を殺す!
「父母に逢うては父母を殺せ!!」
そう言ってあたしは眼前の影を払うように上段回し蹴りを放つ。
この父母は言うまでも無く、あたしの実の親だ。
薄情なようだけど、あたしは彼等の事を何も知らない。
思い出だってなにもないし、言葉を交わした記憶もない。
だから色んな厄介ごとを背負って後を継ぐなんてできない。
そもそも、何も知らない人間の跡なんてどうやって継ぐんだって話。
だからあたしは自分の中からダイクンという父母を殺す!
「親族眷属に逢うてはこれらを殺せ!!」
そう言って助走をつけたあたしはドラゴンキックで目の前に立つ幻影を撃ち抜く。
そこにいたのは、王族に相応しい煌びやかな服を着た兄ちゃんと姉ちゃん、そして髪を伸ばしたお淑やかなあたしだ。
ここで言う親族眷属とは、キャスバル、アルテイシア、そしてアルマリアだ。
さっきあたしが他の人から影響を受けたのは、このアルマリアのせい。
知らない因縁、知らないしがらみ、そして知らないあたし。
そんなのが入ってきたから、混乱して弱気になっていたのだ。
そもそも、あたしがアルマリアとやらだった時間は酷く短い。
だいたい一、二か月くらいだろう。
しかもサイド7で兄ちゃんに呼ばれるまで、この名前すら知らなかったんだぞ。
そんな物にいきなり成れと言われたって出来るわけがない。
だからアルマリアなんてモノ、あたしはいらない。
そしてあたしがアルマリアじゃなければ、キャスバルもアルテイシアも赤の他人だ。
だって、あたしの兄姉はエドマ……エドワウ・マスとセイラ・マスだからね。
だからあたしはアルマリアとその親族を殺す!
「さすれば解脱を得たり。何事にも拘らず、自由自在となる」
眼を閉じて深い呼気と共にそう言葉を終えたあたしは考える。
これまでのモノを全て殺して、自分の中に何が残ったのか?
その答えはもう出ている。
「アルマリア様……」
「ラルのおっちゃん、その名前で呼ばないで」
戸惑いがちに声を掛けるおっちゃんに、あたしはゆっくりと目を開けて答える。
「あたしはジオン・ダイクンもサイド3も知らない。今までずっとアルマリアって名前も忘れて生きてきた。だからアルマリアには成れない」
今唱えたのは臨済宗の経典「臨済録」にある『逢佛殺佛』という教えだ。
文面は過激だけど、その内容は世の中のしがらみから解放されれば今までとは全く違う視点で物事が見れる。
それはとても自由な事だと説いている。
「だって、あたしはマリー・マス。───マチュだから」
そしてあたしにとっての解脱、自由は今まで通りマチュでいる事なんだ。
「だから、おっちゃんと一緒にはいけないや」
あたしの言葉にラルのおっちゃんは厳しい顔で口を開く。
「では、ザビ家の刺客はどうされるつもりですかな?」
「ガルマを殺したのはあたしだし、その分のケジメは着けないと。そのうえで生きるために戦う」
「勝てるとお思いですか?」
「勝てなかったら、あたしはそこまでだってこと。自分の力不足を認めて、相手を恨まずに結果を受け入れるだけ。それが闘いってものでしょ」
「そのお年で…どのような育ち方をしてきたのだ」
「趣味に生きる女だったよ。そう言う訳だから、あたしの代わりにねえちゃ……あいとわぁっ!?」
突如として頭を襲う容赦のない一撃!
これは姉ちゃんだな!
「馬鹿を言うんじゃありません! あなたを残して私だけ行けるものですか!」
ぷすぷすと煙を上げるゲンコツを握った姉ちゃんは、ラルのおっちゃんの方を向く。
「ランバ・ラル。この子がそう決めたのなら、私もアルテイシアの名を捨てセイラ・マスとして生きます! だから、貴方は私達に囚われる事なく生きてください」
「姫様……」
姉ちゃんの決意を聞いて複雑な顔をするラルのおっちゃん。
その時、あたしの背筋に冷たいモノが奔った。
この血生臭い気配は……!
「みんな、ホワイトベースに入って! 敵が来る!!」
「なんだと!?」
「父さん、マチュと僕の機体の準備を! この血生臭い気配、普通の敵じゃない!」
おお、アンちゃんも感じ取ってくれたのか!?
これはびっくりだ!
「血生臭い? まさか……!」
「多分、あたしを狙った殺し屋! ほら、早くいくよ!」
「我々も戦艦の中に入っていいのですか?」
「アイツ等、ここにいる人間を皆殺しにするつもりだもん、ハモンのお姉さん達だけ外に置いていけないよ。いいでしょ、ブライト中尉!」
「止むを得ん! ただし、監視は着けさせてもらうぞ!!」
「くっ! 信用を得るためにMSを置いてきたことが仇となったか!」
「そう言うのはいいから早く!」
走りながらゴツいおっちゃんの背を叩くと、私達はすぐにホワイトベースの格納庫に飛び込んだ。
パイロットスーツに着替えたいところだけど、生憎とその時間は無い。
『アムロ、ガンダムいきます!』
「ねえちゃん、準備はいい?」
「ええ!」
「よし! マリー機、いくよ!!」
ラルのおっちゃんがどんな結論を出すかは後回し!
今はザビ家の犬に、ガツンと一発くれてやろうじゃないか!!
もしマチュの能力が低かったら。
1話・ガンキャノンに乗ろうとして間に合わず、宇宙空間へ吸い出されて死亡。
サイド7に潜入しようとしたシャアが遺体を見つけて精神崩壊
『そうだ、赤い彗星。お前が殺した』
3話・襲いかかってきたガンキャノンのコックピットにヒートホークを突き立てるシャア。
ブチ切れたアムロからマチュとセイラの死を聞いて精神崩壊
『そうだ、赤い彗星。お前が殺した』
5話・シャアの放った対艦ライフルがガンキャノンに直撃。セイラは生き残ったもののマチュは即死。
北米の戦いで発狂したセイラから国際チャンネルで末の妹の死を告げられて、ボロクソになじられて精神崩壊
『そうだ、赤い彗星。お前が殺した』