ダイクン家の二女はアホの子   作:アキ山

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[オマケ]シャアと名曲

 ファットアンクルで木馬を探しているシャア。

「クソッ! 木馬はいった何処にいる!?」

 彼の心を占めるのは焦りと苛立ちだった。

 しかし、そんな心持ちでは上手くいく事も失敗すると彼は知っている。

「落ち着け、落ち着くんだ。絶対に間に合う。伊達に赤い彗星と呼ばれているわけではないだろう、キャスバル」

 自らのそう言い聞かせた彼は、気分を変える為にラジオのスイッチを入れる。

 スピーカーから流れてきたのは、かなり激しい曲調の女性ボーカルの歌だった。

 どうやら旧世紀の曲らしく、歌詞の内容は望まぬ形で愛する者と戦わねばならなくなった男の嘆きと決意を、仮面舞踏会になぞらえて綴ったものだった。

「仮面を付ければ愛していた者も忘れられる、か。まるで私の事ではないか」

 互いに知らぬままに妹と殺し合った業の深い自分。

 しかしこの歌と自分では一つだけ大きな違いがある。

「復讐のための仮面を被っても、私は妹達を忘れる事は無い! 絶対に救い出してみせる!!」

 そう決意を口にしてシャアは再びファットアンクルのアクセルを吹かす。

 そんな彼は知る由もない。

 妹達は相手が兄であることを知っている事を。

 そして長女が自分の命を積極的に狙っている事も。  


マチュと兄ちゃん

 その日、地球連邦軍の高官会議室は重苦しい雰囲気に包まれていた。

 

 彼等の視線を集めるのは一枚の書類。

 

 そこには少女と子供の写真に彼女達のデータ、そして用紙の下の方にある枠には軍高官達の閲覧済みを示すサインが入っている。

 

『ギレンの演説で承知の事実だと思うが、例の少女達の情報が敵に漏洩していた』

 

 緊急で開かれた会議の口火を切ったのは、ゴップ大将のこの一言だった。

 

 連邦軍に激震を呼んだギレン・ザビの地球連邦の非道を糾弾した演説。

 

 その内容は今も世間を大きく騒がしている。

 

 机の上に置かれた書類に記載されているのは、件の演説によって一躍有名となった人物だった。

 

 ジオンの攻撃を受けたサイド7の避難民、マリー・マス。

 

 10歳にして連邦軍最新鋭のMSを駆って赤い彗星の襲撃を退けるだけでなく、ジオンの地球方面軍司令にしてザビ家の末息子ガルマ・ザビを討った異才の少女だ。

 

 そして出自にとてつもない爆弾を抱えた娘でもある。

 

「しかし、この姉妹がジオン・ダイクンの娘というのは本当なのですか?」

 

「事実だよ。彼女達の本名はアルマリア・リム・ダイクン、そしてアルテイシア・ソム・ダイクン。私は彼女達の養父、テアボロ・マスとは知己でね。その伝手を辿って、この情報を掴むことが出来た」 

 

 高官の一人が漏らした言葉に、ゴップは椅子の背もたれを軋ませながら肯定の意を示す。

 

 兵站を統括する彼は、物資収集という任務の関係上財界に広いコネを持つ。

 

 資産家であったマリー姉妹の養父と繋がりがあってもおかしくは無い。

 

「何故、前の会議でそれを言わなかったのです!?」

 

「言ってどうするね? 彼女達はマス家の養子に入っている、つまりはダイクンの名を捨てているのだ。そんな娘達を出自だけで担ぎ上げると? 我々はザビ家とは違うのだ。中世でもあるまいに、血筋による王権などナンセンスだよ」

 

 高官の一人が非難の声を上げるが、ゴップとて伊達にタヌキ親父と呼ばれているわけではない。

 

 自分でも少女達を利用する気満々だったくせに、いけしゃあしゃあと向けられた言を鼻で笑って高官を煙に巻く。

 

「それより今は彼女達の情報をジオンに漏らした者、スパイに付いて語るべきではないかね?」 

 

 トンッ、と机に置かれた書類を指で叩くゴップの言葉に会議室は静けさを取り戻す。

 

「そうですね。ところでゴップ大将、この書類が漏れたという情報はどこから来たのですか?」

 

「ホワイトベースの技術士官、アマミヤ少尉からだ。彼は私と縁があって、定期的に報告を上げてくれるのだよ」

 

「技術士官が、いったいどうやって敵国の情報を得たのかね?」

 

「例の演説がある以上はガセという可能性はありませんな。この書類も完璧すぎますし」

 

「我等高官のサインは偽造できないようにしてありますからな」

 

「この情報を持ってきたのはジオンのランバ・ラル大尉だ。彼は今、ホワイトベース隊と共にいるそうだ」 

 

 高官達が様々な意見を口にする中、ゴップは機を見て答えを提示する。

 

「ランバ・ラル!? ジオンの青い巨星!」

 

「何故、奴がホワイトベースと共にいるのだ?」

 

 そして飛び出たビッグネームに驚愕する高官達。

 

「マリー嬢達がダイクンの遺児だからだよ。彼の父親ジンバ・ラルはジオン・ダイクンの腹心だったからな、幼少期の彼女達を知っていてもおかしくは無い。そして奴は書類にある写真を見て、二人の正体に気付いたのだろう」

 

「それで主家の遺児の下へ馳せ参じたと」

 

 時代錯誤と言えばそうだが、彼等も軍人である。

 

 多くの者は彼の行動に一定の理解を示した。

 

「そういう事らしい。さて、話を元に戻そう。この機密漏洩を知ったワシは、すぐに諜報部に働きかけて二つの事を調べさせた。一つは高官の郵便の使用履歴、もう一つはこの書類のアクセスログだ」

 

「アクセスログ……。ああ、機密保持の為に重要データにアクセスできるのは閲覧時の一度だけでしたな」

 

「そうだ。本来であれば、ここにいる者は全て書類へのアクセス回数は一回の筈なのだ。しかし、二度アクセスした者がいる」

 

 ゴップの言葉に室内にいる者全てが息を呑む。

 

 当然だ、それはここに内通者がいると告げたも同然なのだから。

 

「憲兵諸君、指示通り件の人物を拘束したまえ」 

 

 ゴップがそう告げると、入り口が開いて憲兵の部隊が雪崩れ込んでくる。

 

 騒然となる室内の事など気にもかけずに彼等が向かった先、それはレビル派のエルラン中将だった。

 

「は…放せ! 私はスパイなどではない!!」

 

「エルラン、まさか貴様が……」

 

 屈強な兵士に机の上に押さえつけられて藻掻くエルランと、その二席隣りで目を見開くレビル。

 

「悪あがきはよしたまえ。このアクセスログが示す通り、君は二度例の書類を閲覧している。データをコピーした事もしっかりと記録に残っているよ」

 

 そう言って書類をエルランの前に滑らせるゴップ。

 

 それを見たエルランは驚愕に目を見開いた。

 

「ば…馬鹿なっ!? あの手を使えば痕跡は残らないと……」

 

「身分証に特殊な磁気テープを貼りつけて読み込ませれば、アクセス時にエラーが誘発されて履歴が残らないという噂かな? あんなもの嘘に決まっているだろう。諜報部が撒いた馬鹿を釣る為の餌だよ」

 

「なっ!?」

 

「自白したも同然の状況なので必要ないかもしれんが、もう一つ証拠だ。君は定期的に中央アジアの知人に向けて郵便を出しているな。たしか嫁の親類だったか。いつもは三カ月に一回の頻度なのに、ガルマ・ザビが死亡してからすぐに手紙を出している。この宛先がオデッサ鉱山基地司令であるマ・クベに通じるダミーであることも把握済みだ」

 

「ぐ…ぐぅぅ……」

 

「ザビ家の仇の情報を売って終戦後の地位を高めたかったのだろうが、少しばかり欲を掻きすぎたな。連れていきたまえ」

 

 ゴップの指示で憲兵たちはエルランを連れていく。

 

 ジオン、連邦に限らず見つかったスパイの末路は悲惨なモノだ。

 

 エルランはこの後、あらゆる拷問に掛けられて情報の全てを絞りつくされるだろう。

 

 そして最後には人知れず始末されるのだ。

 

 捕り物を終えて沈黙が降りる会議室。

 

 特にレビル派の者達の表情は暗い。

 

 なにせ、自分達の中からスパイが出てしまったのだ。

 

 今後は疑いの目を向けられる事はもちろん、最悪の場合は軍内の発言権にも影響するだろう。

 

「スパイの件は片付いたとして、件の少女に関しては困った事になりましたな」

 

 そんな中、沈黙を破ったのはブレックス・フォーラだ。

 

「10歳の少女を戦場に出したという軍人としてあり得ない行動。しかも、それが亡き建国の父の遺児ときている。ジオン兵の我々に対する怒りは相当なモノでしょう」

 

「だろうな。特に最前線へ配置されているのは、ザビ家ではなくジオン・ダイクンを信奉するダイクン派が多い。各地の攻勢が更に強まる事が予測される」

 

「それはホワイトベースもだ。ダイクン派等にとって、マリー嬢とセイラ嬢は敵に操られた姫だ。最優先で奪還に動くだろう」

 

「そうか! ギレンの演説はダイクン派の同士討ちを狙っての事か!!」 

 

 高官達が次々に意見を出し合い、熱を帯びていく会議室内の空気。

 

「これはホワイトベースへ援軍を送るべきではありませんか? あの船は半民半官で運用しているうえに、軍人達も階級も低く年若い者が多い。そのうえ、サイド7の避難民も抱えているのです。ジオンの猛攻が予測される以上、手を差し伸べないわけにはいきますまい」

 

 挙手と共にレビルへ意見を上げたのは、ジョン・コーウェンだ。

 

「だが、今はオデッサ攻略を目前に控えた大事な時期だ。戦力を割くわけにはいかん」

 

「ホワイトベースがこの状況なら、むしろ好都合だろう。なにせ奴等が敵を引き付けてくれるのだからな」

 

「なにを言っている! 貴様はそれでも軍人か!?」

 

「あの船には民間人もいると言っているだろう! それだってレビル将軍が補給の時に降ろすのを却下したからだ!!」

 

 しかしレビルはコーウェンの意見を否定し、その取り巻きはホワイトベースを囮にする事を献策しはじめる。

 

「ホワイトベースの戦力の話で思い出したのだが、ランバ・ラルの処遇について提案があるのだ」

 

 そんな心無い意見に良識のある軍人達が怒声を浴びせる中、またしてもゴップが口を開く。

 

「ランバ・ラルの処遇とは、彼等はまだホワイトベースにいるのですか?」

 

「うむ。キシリアの私兵と思われる部隊が襲撃した際、ランバ・ラル達も一緒に始末しようとしたそうだ。彼等はジオンに戻ることはできず、かといってホワイトベースやマリー嬢の扱いから連邦にも不信があるという。そこでセイラ嬢が警備員として雇いたいという話が出ているらしい」

 

「警備員ですか」

 

「ですが、奴等はMSなどの兵器を所有している筈です。それは実質的に私兵となるのでは?」

 

「たしかにそうだが、私は許可してもいいと思っている。我々は兵を損ねる事無く、ホワイトベースの戦力もアップする。一石二鳥だろう。それにタダでという訳でもない」

 

「何か見返りでもあるのかね?」

 

「彼等はジオンの最新鋭MSドムを鹵獲し、解析と修復を終了させたらしい。実機は向こうで使わせてほしいとの事だが、データはこちらへ送ると提案された。さらに襲ってきたキシリアの私兵は、薬物による強化や暗示・洗脳を受けた15歳の少年兵だったそうだ。その身柄も引き渡すと言ってきているな」

 

 ゴップの言葉にレビルは眼を見開く。

 

 それが事実なら、マリーを戦場へ出している事で連邦へ向いた非難の眼を緩和させることが出来る。

 

 『目糞鼻糞を笑う』も同然だが、今の状況では贅沢など言っていられない。

 

「なにを言っているのです! ホワイトベースは軍艦だ、捕虜も鹵獲した兵器だって提出するのが義務でしょう!」

  

「勘違いはいかんよ、君。敵を鹵獲したアムロ少年もマリー嬢も軍人ではなく民間の外部協力者、仕留めた獲物を提出する義務はない。ああ、我が軍のMSを使っているなんて言わんでくれよ。MSに乗る事を求めたのはレビル将軍を始めとする高官、戦闘だって身を護る為の緊急避難と軍が認めている。でなければ、早々に艦から降ろして然るべき場所で保護しなければならん。そうですな、将軍?」

 

「う…うむ」

 

 実際、アムロやマリーは軍人ではない。

 

 現地任官の手続きもしていない為、テムがルナツーで工作した通り外部協力者でしかないのだ。

 

「今のはちょっとしたこじつけだが、そうでなくても我々は彼等に無茶ばかり押し付けているのだ。少しは向こうの言い分も聞いてやらねば、立つ瀬がなかろう。軍人ではなく大人としてな」

 

 ゴップの言葉に高官達は一様に黙り込む。

 

 彼等もホワイトベースの現状には思うところがあるのだ。

 

「レビル将軍、次の補給から避難民の受け入れを行うがよろしいな。もうマリー嬢の事を隠す必要も無いのだ、彼等を世間から隔離する理由もあるまい」

 

「許可する」

 

「ではマリー嬢やパイロット、クルーを行っている民間人はどうするのです?」

 

「それについては現状のままだ。ここまで戦ってきた彼等の練度は高い、下手に人員を入れ替えても足を引っ張る危険性がある」  

 

「それなんだが一人、艦長の相談役として艦隊指揮の経験が豊かな佐官を送ってやりたい」

 

「艦長の相談役、ですか」

 

 レビルとの打ち合わせの中、ゴップが口を挟むとレビル派の高官は困惑を覗かせながら顔を向ける。

 

「あの艦の実質的責任者を受け持っているのはブライト・ノア。中尉に昇進したとはいえ士官学校を出て間もない19歳の若者だ。諸君、思い返してみたまえ。自分達のケツが青かったペーペー時代を。そんな時に最新鋭艦の艦長などやりたいかね?」

 

 ゴップの言葉に自分達の新兵時代を思い出したのだろう、海・宇宙軍に属する艦長経験がある者は青い顔で首を横に振る。

 

「このままではブライト中尉は潰れる可能性が高い。そうなればホワイトベースは機能不全に陥る」

 

「それを回避する為に、相談役を置くのですね」

 

「うむ。クルーの連携を考えれば艦長を変えるわけにはいかんが、責任を取ってくれる年長者の有無は精神的重圧に天と地ほどの差を齎す。経験浅くとも、彼はあれほどの激戦を潜り抜けた金の卵だ。潰したくは無かろう?」

 

「そうですな。おい、誰かいたか?」

 

「条件に該当するのは……キルスティン・ロンバート中佐はどうでしょう? 退役間近ですが経験は折り紙付きですよ」

 

 そうして会議が弾む中、様々な事が決定された。

 

 会議から数日後、連邦軍はギレンの演説に対する答えと言わんばかりに記者会見を行った。

 

 そこで発表されたのは、サイド7に対するジオン軍の攻撃から端を発するマリーがMSへ乗り込んだ経緯の説明。

 

 ジオンの猛追によって、当時最も安全な策が連邦の本拠地であるジャブローへ降りるというモノだったこと。

 

 それがジオン軍の攻撃によって阻まれた結果、敵の勢力下である北米へズレてしまったこと。

 

 マリーはその間も避難民を護る為、自主的にMSに乗ってくれたこと。

 

 連邦政府はマス姉妹をジオン・ダイクンの遺児であるとは認識しておらず、それを知った現在はザビ家による暗殺を防ぐ為にホワイトベースで保護している旨を語った。

 

 その際にキシリア・ザビの私兵部隊がマス姉妹暗殺に動いていた事や、その人員が人為的に強化改造された少年兵であることも暴露され、ジオン・連邦両国の世論は更なる混沌へ陥る事になる。

 

 

 

 

 見事に頭が吹っ飛んだザクから兄ちゃんを何とか救出したあたし達。

 

 あんな事があった後では試運転など続けられる筈も無く、あたしはドムで壊れたザクを格納庫へ運んだ。

 

 そんでもって今はブリッジの中央で、左頬を腫らして正座をしている兄ちゃんの前で姉ちゃんが仁王立ちしている。

 

「それで? いったいどのツラ下げて現れたのですか、このロクデナシ」 

 

 兄ちゃんがザクから出てきた時に渾身の右ブローを決めた姉ちゃんだけど、怒りはまだ鎮まっていないようだ。

 

 本来だとブライト中尉が聞くべきなんだろうけど、彼は姉ちゃんのメガトンパンチにブルったのか、ミライお姉さんの後ろにさりげなく隠れようとしている。

 

 ええい! 気持ちは分かるけど、しっかりしろっ!

 

「お前達がザビ家に狙われていると知って、二人を護ろうと駆け付けたのだ」

 

 そんなカオスな状況の中、ダッサい仮面と兜を外した兄ちゃんは姉ちゃんの顔を見ながら答える。

 

 その言葉に姉ちゃんの顔は、滅茶苦茶嫌そうに歪んだ。

 

「私達を争乱の中へ叩き込んだ張本人がよくもぬけぬけと。生憎ですが、ボディガードなら間に合っています。貴方はジオンに戻って辞世の句でも書いていなさい」

 

「……セイラさん、まったく取り付く島もないね」

 

「気持ちはすんごい分かるんだけどね……」

 

 あたしの隣で二人の様子を見ているアムロのアンちゃんが何とも言えない顔をする。

 

 いかん。

 

 兄ちゃんには反論できる要素が欠片も無いから、このままだとボコボコに論破されてヘコむだけだ。

 

 ここは一つ、話題を変えよう!

 

「兄ちゃん、あたし達を護りに来たって言ってたけど何かあったの?」

 

「そう言えばマリーは試運転があったから聞いていなかったのね。ギレン・ザビがまた演説をして、あなたがMSに乗っている事と出自をバラしてしまったのよ」

 

「なるほど」

 

 ミライお姉さんの言葉に私は納得する。

 

 このままだと例のグール隊みたいな刺客がわんさか押し寄せるから、それを心配して兄ちゃんが来たって事ね。

 

「兄ちゃん、大丈夫なの? ジオン軍なのに、あたし達と合流したらヤバいでしょ」

 

「ふむ、それに付いては何も考えていなかったな。お前達を助けたい一心で、謹慎中の身で適当な理由を付けて飛び出してきてしまった」

 

「む、無責任な……」

 

 兄ちゃんの答えに口元を引きつらせるブライト中尉。

 

 助けに来てくれたのは嬉しいけど、さすがにそれはどうなのか?

 

 兄ちゃんエースなんだから部下だっているでしょうに。

 

「本当にシャアがお前の兄貴なんだな」

 

 呆れていると遠巻きに見ていたカイさんが声を掛けてくる。

 

 当然だけど、ブリッジクルーの中にいる避難民の兄ちゃんを見る視線は厳しい。

 

 とくにフラウのお姉さんは背中越しにも憎悪を感じられるほどだ。

 

 彼女はあの襲撃で両親を失ったって聞くし、兄ちゃんは憎まれても仕方がないだろう。

 

「まあね。とはいっても兄ちゃんは5年前に家を出て行ったきりだから、こうやって話すのは久しぶりなんだけど」

 

 そうやって思い返してみると、兄ちゃんとの思い出ってあんまりないなぁ。

 

「それでどうするの、マチュ。私としては乗ってきたザクと一緒にスクラップにしたいのだけど」

 

 さも当然のようにあたしに物騒な提案をしてくる姉ちゃん。

 

 それに後ろでフラウのお姉さんが頷いているのが分かる。

 

 お願いだから執行猶予をください。     

 

「な…何故だ、アルテイシア。お前は殺伐とした雰囲気など似合わない優しい子だったろう?」

 

「なぁぁぜぇぇだぁぁぁぁぁぁっ?」

 

 そんな姉ちゃんの塩対応に耐えられなかったのだろう、思わず反論してしまう兄ちゃん。

 

 その問いかけは姉ちゃんにとっては地雷だった。

 

「貴方がッ! 私たちのッ! 生活をォ! いつもいつもッ! ぶち壊しにッ! するからでしょうがぁぁぁっ!!」

 

「ぶっ!? ぶべっ!? ぶべらっ!?」

 

「左右のフックを連打するのは止めて、姉ちゃん! テンプルを打ち抜かれ続けたら兄ちゃん死んじゃうから!!」

 

「当てているのよっ!!」

 

「セイラさん、落ち着いて! それは、そういう使い方をする言葉じゃない!!」

 

 なんか『まっくの内っ! まっくの内っ!!』なんてコールが聞こえてきそうな姉ちゃんの連撃を、あたしとアンちゃんは必死に止める。

 

「兄ちゃん、生きてる?」 

 

「あ…あぁ……」

 

 床にへたり込んでいる兄ちゃんの頬に、手洗い場で濡らしてきたハンカチを当てる。

 

 姉ちゃんはハヤトさんとリュウさんが押さえてくれているようだ。

 

「姉ちゃんが怒るのは当然だよ。兄ちゃんが失踪してから、あたしの世話とか父ちゃんの体調管理とかで大変だったんだから。それに加えてサイド7の件でしょ? いくら殴っても殴り足りないって思ってるんじゃないかな」

 

「そうか。だが、私もお前達があそこにいるなど、夢にも思わなかったのだ」

 

「その割にはあたし達と会った後もコロニーにミサイル撃ってたよね。あたしと姉ちゃん、あのミサイルが兄ちゃんからの絶縁状代わりだと思ったんだけど?」

 

「そんな事は無い!」

 

 あたしが首をかしげて問いかけると、兄ちゃんは心外だと言わんばかりに声を荒げる。

 

「お前はともかく、アルテイシアは自分の出自を知っている。だからこそ連邦軍の船に頼る事無く、コロニー内で救助を待っていると思ったんだ!」

 

「あー……」

 

 一応、あたし達の事は配慮してくれてたのね。

 

「お前達こそ、どうして連邦のMSに乗っているんだ! アルテイシアだけならともかくアルマリアまで! あれを知った時、私は心臓が止まりそうだったんだぞ!!」

 

「成り行きというか、ぶっちゃけると兄ちゃんがホワイトベースを襲ったから」

 

 苦笑いでそう答えると兄ちゃんはぐっと言葉を詰まらせる。

 

「過去の事は置いといて、あたし的には兄ちゃんはこの船にいない方がいいと思うよ?」

 

「なぜだ!?」

 

「だって、この船にはサイド7から避難した人達がいるもん」

 

 ショックを受けて思わず声を荒げた兄ちゃんだけど、あたしの答えを聞いて呆然となった。

 

「……まってくれ。お前達はルナツーに寄港したはずだ。普通なら非戦闘員は、その時に降ろすはずだろう?」

 

「なんでか知らないけど、保護してくれなかったんだよね。偉い人からジャブローに行けって言われてさ」

 

 ねぇ、と話を振るとブライト中尉やテムおじさんがうんうんと頷く。

 

 兄ちゃんの反応を見るに、やっぱりあの基地での対応は普通じゃなかったんだなぁ。

 

「それからは南米に行くはずが、アメリカ行ったり日本行ったり色んな所をグルグル回って、避難した人たちは今も降りられていないんだよ」

 

 正直ゴップとかいうオジサンが補給を追加してくれなかったら、食料が尽きて餓死者が出てたんじゃなかろうか。

 

「サイド7から避難した人の中には大事な人を失った人もいる。そんな皆と加害者の兄ちゃんが一緒にいたら、何をされてもおかしくないと思う」

 

「それは、誰にも私の事を言わなければ……」

 

「無理だよ。だって、あそこにいるカイさんやハヤトさんも元は避難民だし、フラウお姉さんもそう。いくら隠そうとしても絶対に漏れる」 

 

 言おうとした言葉をぶった切ってそう返すと、兄ちゃんは苦虫を噛み締めたような顔で黙り込む。

 

「兄ちゃんにそれだけの覚悟がある? 皆から嫌悪の視線を向けられて、何時命を狙われるか分からない中でもあたし達を護る為に一緒にいる。そんな覚悟が」

 

 こちらとしては無理にいてもらわなくていいと思っている。

 

 あたし達の為に、こんな針の筵で我慢させるのは申し訳ないし。

 

「───覚悟ならある。そうでなければ、ジオンでの地位を捨ててまでここに来はしない」  

 

 しかし、あたしは兄ちゃんの気持ちを甘く見ていたのかもしれない。

 

 こちらを真っ直ぐに見て答える兄ちゃんの眼には、強い感情の光が見えていた。

 

「……わかった」 

 

 兄ちゃんがあたし達の前から姿を消してジオン軍に潜り込んだ目的が実の父親の敵討ちなら、今回の事でそれも捨てる事になる筈だ。

 

 5年かけて積み上げた事を捨てる程にあたし達を大事に思ってくれるのなら、こちらも肚を括らないといけないだろう。

 

「それじゃあ、避難した人たちの所へ行こうか」 

 

「避難民の所に? 行って何をするというんだ」

 

 あたしは兄ちゃんの手を引いて立たせると、ニッと笑いながらこう返した。

 

「決まってるじゃん、謝るんだよ。───命懸けで」  

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