これを書くために、『大西洋、血に染めて』を三回も見たっす。
原作が素晴らしいと弄るのは本当に大変です。
ともかく、これが私の精一杯。
よかったら見ておくんなさい。
イセリナ・エッシェンバッハはキャルフォルニアベースから宇宙へ上がった後、ソロモンとア・バオア・クーの二つの要塞を経由してサイド3・ムンゾへと辿り着いた。
ソロモンはガルマの兄ドズル・ザビが指揮する場所であったが、オデッサから上がってくる帰還兵の救助に忙しいという事で顔を合わせる事は無かった。
「よく来てくれた、イセリナ・エッシェンバッハ嬢」
そうしてジオン公国王城へと案内された彼女を迎えたのは、公王たるデギン・ザビとガルマの姉であるキシリアだった。
「はじめまして、デギン公王陛下。私はイセリナ・エッシェンバッハと申します」
謁見の間に通された彼女は、玉座に座るデギンとその横に控えるキシリアに社交界で磨いたカーテシーで応じる。
「君にはガルマが申し訳ない事をした。まさかあ奴が子を成しておきながら、その女性を娶る事無く逝くとは思わなんでな」
「いいえ。ガルマ様は大功を手土産に皆様へ私との結婚話を持って行くと、何時もおっしゃっていました。それにお腹の子という繋がりを遺してくれたのは、私にとって喜ばしい事ですから」
デギンの言葉にまだ目立たぬ腹を撫でながら答えるイセリナ。
その様子にデギンもサングラスの奥で目を細める。
「そう言ってもらえると助かる。身重の身体でここまでの長旅は辛かっただろう。部屋を用意するからゆっくり疲れを癒してくれ」
「よ…よろしいのですか? 部外者の私が王城に……」
戸惑うイセリナにデギンは呵々と笑う。
「ガルマの子を宿した君を部外者扱いなどできるものか。君達の婚姻届は、ガルマが亡くなる数日前に遡って受理された事になっておる。だから、君は我々の家族だ。遠慮せずに羽を伸ばしなさい」
「あ……ありがとうございます!」
デギンの心温まる言葉に、イセリナは涙を流して感謝の言葉を述べる。
父に堕胎させられるかもと家を飛び出しはしたが、イセリナはここに来るまで不安で仕方なかった。
ガルマは彼女がアースノイド故に高い功績を上げなければ結婚は許されないと言っていた。
だからガルマの子を妊娠したと言っても、当人が戦死したあとでは歓迎などされないと思っていたのだ。
それがここまでの厚遇で迎えてくれたのだ。
感動しない筈がない。
「誰ぞ! 誰ぞある!!」
「はっ、お呼びでしょうか?」
「イセリナ嬢を用意していた部屋へ。彼女はガルマの子を宿している身だ、細心の注意を払うのだぞ」
デギンが呼び出した侍従に付き添われて謁見の間を去っていくイセリナ、
それをキシリアは冷たい目で見ていた。
【あの娘は気付いていないのか? 父上の興味は腹の中にいるガルマの子のみに向いていることに】
名目上婚姻届は出されているものの、彼女がザビ家の人間として公式な場に出る事は無いだろう。
デギンにとって必要なのはガルマの血を引く子供だけで、赴任先で愛息子を篭絡したアースノイドの女など眼中にない。
腹の子を産めば、おそらくイセリナは子供から引き離される。
その後は離宮へ幽閉されるか秘密裏に始末されるか、そこはデギンのさじ加減一つだ。
そして赤ん坊はザビ家の後継者として、デギンの手によって最高級の教育を受ける事になるのだろう。
イセリナと赤ん坊の将来を予測し、キシリアは小さく息を付く。
あの世間知らずの娘がどうなろうと関わる気はないが、それでも彼女を待つ運命には同じ女として少しは憐憫を感じる。
「しかしガルマの子が来たというのに、ギレンもドズルも顔を見せんとは……」
「仕方がないでしょう。兄達はオデッサ作戦の後始末で忙しいのです。私とて父上がギレン兄上に掛け合ってくれねば、謹慎の間から出る事は許されなかったのですから」
「アレは情というモノが無さ過ぎる。せっかく新しい家族を迎えるのだぞ、親族が顔を揃えないでどうするのだ」
デギンはそう愚痴るが、キシリアにしてみれば兄達が顔を見せないのは当然と言えた。
ガルマの子について知らされた時に行われたデギンの失言、あれは兄二人の父に対する信頼を失墜させるには十分すぎた。
ギレンはともかくとして、ガルマを溺愛していたドズルすらもイセリナと顔を合わせなかったという。
次兄の胸に刺さった不信は相当根深いのだろう。
それに加えて、自分がこの場に立ち会っているのもギレンにとっては面白くないはずだ。
総帥の名のもとに下した謹慎をデギンが強権を振るって横紙破りをしたのだから。
彼が自分の顔を潰されたと考えてもおかしくはないだろう。
「父上、どうにか私の謹慎を解いてくれるように兄上に口添えをしてくれませんか?」
「……うむ。お前のミスは確かに大きいが、元はと言えばあれはワシの命令に従った故のこと。それに今は有能な人間を遊ばせる余裕は無いしな」
キシリアの言葉を受けて、少し思案を挟んだのちにデギンは鷹揚に頷く。
しかしキシリアの思惑は別にあった。
【今のギレン達は父上から心が離れている。特にギレンは邪魔と判断すれば、父であろうと切る事をためらわない男だ。───私が護らねば!】
孫の事で浮かれる父の横顔を見ながら、キシリアは心の中で決意するのだった。
父を護る為なら二人の兄を手に掛ける事を。
デギンが自室に戻り、キシリアが監視要員と共に謹慎の間へ帰った後、親衛隊の一人はトイレの個室で時計を弄っていた。
すると文字盤が開いてアンテナらしき細い棒が伸びると、文字盤の裏をスクリーンにして一人の男が浮かび上がる。
「ヘルフィヨトル、朗報です。今回の謁見、現れたのはキシリアだけでした」
諜報員が使う周りへ音が漏れるのを極力抑えた喋り方で親衛隊員がそう告げると、ヘルフィヨトルと呼ばれたゴマ塩のように白髪が混じった坊主頭に豊かな口髭を蓄えた壮年の男は頷く。
「どうやらザビ家に奔った亀裂は相当に深いようだな。ならば、付け入る隙は必ず現れる」
「ええ」
「内情報局のタチ中尉のお陰で、木馬にはダイクンの忘れ形見が揃った事が判明した。この局面にあって、ようやく流れが我々の方に来た」
ヘルフィヨトルからの思わぬ報告に、親衛隊に潜り込んでいるダイクン派の青年は眼を輝かせる。
「あの方が謹慎中に消息を絶ったと聞きましたが、やはり妹御の所へ行っていたのですね」
「そうだ。とはいえ、彼等は現状連邦軍に与している状態だ。迂闊に接触を図れば同士討ちとなりかねん。まずは取っ掛かりを得なければならん。それについては、地上の同志を信用しよう」
「ええ。むこうにはラル大尉もいるんです、なんとかなりますよ」
そうして通信を終えると、親衛隊員はヘルフィヨトルとの通信を切る。
「見ていろよ、ザビ家め。お前達の天下もあと少しだ」
そう呟いてトイレを出る彼の顔には冷たい笑みが浮かんでいた。
◆
ミハル・ラトキエがホワイトベースへ潜入したのは、彼女をスパイとして雇用しているジオン兵の指示によるものだ。
その命令が出たのは、ちょうどベルファスト基地が二度めの襲撃を受けていた最中。
彼女はその混乱に乗じて、呼び出してきたジオンの諜報員と合流していた。
「こんにちは、お急ぎですか?」
「別に急いでいませんよ」
符丁を合わせた諜報員はミハルが年若い少女である事を驚いていた。
諜報員から前金と共に齎された指令は2つ。
一つはホワイトベースに潜入して行き先を突き止める事。
そしてもう一つは木馬の性能に関するあらゆる資料の情報を収集する事。
しかし、前金が入った袋の中にはもう一つ隠された依頼があった。
内容は先日彼女が接触した子供のパイロットに同封してある手紙を渡すこと。
そして情報収集の経過確認の為に地元の漁業組合を偽ってジオンの諜報員が乗り込んでくる手筈になっているので、その事をリークしてホワイトベースのクルーから信用を得るようにと書いてあったのだ。
ミハルは雇用主が一枚岩ではない事を知りながらも、潜入依頼を受ける事にした。
この依頼の成功報酬があれば、今のように空き家を無断使用することなく街で部屋を借りれる。
住所が得られれば自分だって真っ当に働けるし、弟や妹を学校へ行かせられると考えたからだ。
前金と共に渡された連邦軍の女性士官服に身を包み、ミハルはジオン軍襲撃後の混乱に乗じてホワイトベースへ潜り込んだ。
彼女にとって不幸だったのは、ブライトの部屋に潜入した際に偶然現れたクルーに見つかったこと。
そして幸運だったのは、そのクルーが顔見知りのカイであり、彼が情に篤い男だったことだ。
ホワイトベースを離れた際にミハルの家にお邪魔したカイは、彼女が幼い弟妹を食べさせる為にジオンのスパイ行為に加担している事を見抜いていた。
だからこそ、ホワイトベースに彼女がいる理由を素早く察して自分の部屋に匿おうとしたのだ。
しかし、間の悪さというは連鎖するものだ。
自室に避難しようとしてたカイとミハルは、アムロとマチュにその姿を見られてしまうのだった。
◆
思わぬところから降って湧いた厄ネタにビックリなマチュです。
あたしとアンちゃんは、今カイさんの部屋で物売りのお姉さんがいる理由を聞かされた。
「カイさん、何も全部話さなくったって……」
「このドラゴン娘は異様に勘が働くみたいでな、下手な嘘をついてもすぐに見抜きやがる。なら、全部正直に話してコッチに引き入れた方が利口ってもんさ」
「あたし、ウソ発見器じゃないッス」
こちらの頭をポンポンと叩くカイさんの手をジト目で払い除ける。
まったく、妙なレッテルを張らないでいただきたい。
しかしスパイ目的で密航か。
事情が事情だとしても対処に凄く困る案件だ。
「そうだ。これ、アンタに渡してくれって言われた手紙」
ちんまい脳みそを使って角が立たない解決策を探っていると、物売りのお姉さん改めミハルお姉さんが一通の封筒を差し出してきた。
流れのままに封を開けて手紙に目を通したあたしは、思わず天井を見上げてしまった。
「どうしたの、マチュ?」
「ごめん、カイさん。これ、実家案件だ」
「マジかよ……」
アンちゃんに問われたあたしの答えに、今度はカイさんが額に手を当てて天を仰ぐ。
「カイさん、どういうことなんだい?」
「コイツの実家はサイド3の名家で、ザビ家の政敵だったんだよ。詳しい事は首を突っ込まない方がいい。巻き込まれたら確実に面倒な事になる」
「わ…わかったよ」
問いかけてきたミハルお姉さんに凄みを込めた言葉で忠告するカイさん。
バッチリ事実だからなにも言えない。
そんな事を考えている時だった。
「カイ、マチュがそっちにいないかしら?」
「うおっ!?」
ドアをノックする音と共に姉ちゃんの声がしたのだ。
「あ…えっとだな」
「入れて、入れて。どのみち姉ちゃんにも言わなきゃならないから」
どうにか誤魔化そうとしていたカイさんに、あたしは姉ちゃんも巻き込むように提案する。
少し思案したあとでカイさんが扉を開けると、姉ちゃんが入ってくる。
「こんな所でなにをしているの、マチュ。───あら、貴女は」
「あ…あはは……」
あたしからミハルお姉さんに目をやって首をかしげる姉ちゃん。
「色々と面倒な事になっちゃって。今から説明するね」
でもって事の次第を聞かせると、姉ちゃんはミハルお姉さんの両肩をガシッと掴んだ。
「大変だったわね。私も親を亡くしてマチュと一緒に生きてきたから、貴女の苦労はよく分かるわ!」
「そ…そうなの? でも、あたし一応スパイ……なんだけど」
「まだ実害を出していないのでしょう? だったら大した事はなくてよ。ウチの愚兄なんて敵として散々こちらを攻撃したと思ったら、私達がこの船に乗っていると知った途端にあっさりジオンを裏切って乗り込んできたもの。【どのツラ下げてオブ・ザ・イヤー】という賞があったら、間違いなく大賞が狙えるやらかしだわ。そんな人間が普通に過ごしてるんだから、貴女も卑屈になる必要はありません」
「姉ちゃん! 早口で兄ちゃんの悪評を広めるのやめて!!」
ミハルお姉さんがドン引きしているのは姉ちゃんのガチ具合なのか、それとも兄ちゃんのやらかしについてなのか。
あたしには判断できませんでした。
「それでどうするんです?」
とりあえず姉ちゃんが落ち着いたのを見計らって、アムロのアンちゃんが口を開く。
カイさん、ウチの姉ちゃんは噛みつかないので、ミハルお姉さんを背中に庇うのは勘弁してください。
「できれば、お前等にも黙っていてほしいんだがな……」
「それは難しいでしょう。この手紙に関しても愚兄やラル大尉に知らせない訳にはいかないもの」
「それにジオンの工作員が身分を偽ってホワイトベースに来る予定なんでしょ?」
「あ…ああ。そうらしいよ」
「家族がベルファストにいるのなら彼女を送って行かなくちゃいけないし、ブライトさんやロンバート中佐に相談した方がいいと思いますよ」
正直、カイさんには兄ちゃんの謝罪で借りがあるから、彼女を匿うだけなら口止めも吝かではなかった。
けど、ここまで話がややこしいんじゃそれも無理だ。
下手に隠したら余計面倒な事になるの間違いないし。
「とりあえず、ロンバートのじっちゃんに相談しようか。あの人だったら悪いようにはしないと思うよ」
「そうだな。そん時は俺がミハルをスパイと知らずに船へ連れ込んだって事にしてくれ。そうすれば、密航したって罪は消えるだろ」
「カイさん、そんな……!」
「気にすんなって。匿う事も出来ねえんだ、このくらいの格好は付けさせてくれよ」
止めようとするミハルお姉さんを、カイさんは不敵に笑って押し留める。
兄ちゃんの時も思ったけど、本当にこの人っていい人だよね。
そんな訳でロンバートのじっちゃんに報告したんだけど……
「年端のいかない女の子が小さな弟妹を食べさせる為に、こんな事を……。情けない、本当に私は自分が情けない」
ミハルお姉さんの事情を聴いたじっちゃんがちょっと泣いてしまった。
日頃からカツ・レツ・キッカの事に加えてあたしが戦場に出るのに心を痛めてたからなぁ。
ミハルお姉さんの件がトドメになっちゃったみたい。
「分かった、君の事は悪いようにしない! あとは私達に任せたまえ!」
「い…いいのかい?」
「もちろんだとも! 君達市民を守るのが我々の仕事なのだよ! 君は生活の困窮から、やむを得ずジオンに加担しようとした。しかし良心の呵責に耐えられずに我々へ申告した。そして我々は君の告発を基にジオンの野望を未然に防ぐ! 何の問題もない!!」
戸惑うミハルお姉さんを前に、こんな感じで半ば強引に話を纏めてしまうロンバートのじっちゃん。
なんかテムおじさんに連絡を取り始めたし、こうなったら止めることはできないだろう。
それからアムロのアンちゃん達と別れたあたしと姉ちゃんは、例の手紙を手に兄ちゃん達の所へ行った。
「送り主はコノリーですか」
「この名前に憶えはありますか?」
「ええ、ダイクン派の一人です。たしか地上へ降りてからはナーガIII隊という潜水艦部隊へ配属され、そこで副長を務めていたと記憶しています」
「奴さん、ダイクン派や反ザビ家の軍人へ海路を使って支援物資を都合していた筈ですよ。俺達の他にも、たしかオーストラリアのウォルター・カーティス司令や、外人部隊のダグラス・ローデン大佐なんかも世話になっていた筈です」
姉ちゃんの問いかけにラルのおっちゃんとクランプのおっちゃんが答える。
手紙には一度あたし達と顔合わせをしたい、そしてこれからも連絡を取り合いたいって感じの事が書いてあった。
「あなた、コノリーという人物は信用できるのですか?」
「敵ではないという意味では信用していい。しかし、彼等もキャスバル様達をダイクン派の旗頭にしたいとは思っているだろう」
「むぅ……」
それを言われると、あたしとしては困る。
あたしも姉ちゃんもジオン・ダイクンの後継者として生きる気は無いのだ。
そう言えば、兄ちゃんはどう感じているのだろうか?
そんな疑問を浮かべながら見てみると、兄ちゃんはラルのおっちゃんにこう言った。
「ラル大尉、正直に言えば私も父の後を継ぐ気は無いのだ」
「は…はぁ……」
「もちろんザビ家は討つ。しかしな、私は政治というモノが分からん」
驚いているような顔のラルのおっちゃんに、兄ちゃんは軽く肩をすくめてみせる。
「父から薫陶を受けるには当時の私は年若すぎた。マス家に移ってからもジンバはザビ家による簒奪の事ばかりを話して、政治に関しては全く何も教えてくれなかったからな」
「それは…父が申し訳ない……」
「これはアルテイシアも同じだし、アルマリアに至っては父母の事すら憶えていない。こんな私達がジオン・ダイクンの後を継ぐなどと言ったところで、政治家たちの操り人形が関の山だ。ならば、戦後は本当の意味で父の思想を理解していた者達に任せたいと思うのだが……どうか?」
兄ちゃんの言葉を受けて、ラルのおっちゃんはしばらく考える。
「───ダイクン派の多くは、ザビ家打倒まで旗頭となってくれれば文句はないでしょう。国主を世襲させては、サイド3を公国へ変えたザビ家と同じですからな」
「では、問題あるまい。私達はこの戦争が終われば、サイド3の政治に関わる事無く市井へ身を落ち着かせる。下手に口出しをして煮られてはかなわんからな」
そうして出した答えに、兄ちゃんは満足そうにうなずいた。
煮られる云々は、『狡兎死して走狗烹らる』という中国の故事から引っ張ったモノだ。
「つまり、戦争が終わるまではダイクン派って人達に協力する。それでザビ家を倒したら、ダイクンじゃなくてマス家の人間として生きるって事でいいのかな?」
「そう言う事になる。それでいいか、アルテイシア、アルマリア?」
「いいけど、あたし姫様みたいな態度できないよ?」
「そこは気にしなくていい。ありのままでいなさい」
「私も問題は無いわ。ラル大尉、貴方がたはそれでよろしくて?」
「ええ。姫様達がダイクンの名を継ぐ気が無いのは知っていましたからな」
「戦争が終わった後も、上の姫様の会社で雇ってもらえるのなら文句はありませんや」
「あのタヌキみたいな大将のお陰で、連邦の戸籍も手に入るしな」
コズンのおっちゃんやクランプのおっちゃんが頷く中、あたしはハモンのお姉さんに違和感を感じた。
「ごめんね、ハモンお姉さん。」
「は…はい?」
そう断ると、あたしは彼女のお腹に手を当てる。
この感じ、もしかして……。
「ねえ、ハモンのお姉さん。お腹の中に赤ちゃんいるんじゃない?」
「えっ!?」
「な…なにっ!?」
感じるままに問いかけると、ラルのおっちゃんとハモンのお姉さんが驚きの声を上げる。
「ほ…本当なのですか、アルマリア様!」
「多分、ね。さっきからお姉さんの気配が二重に感じてたんだ。大きいのと小さいの」
お腹を触らせてもらって確信した。
手を通して、小さな命の鼓動をたしかに感じたのだから。
その後、大慌てでラルのおっちゃんがハモンのお姉さんを医務室へ連れて行った。
検査の結果はビンゴ。
あたしの言葉は見事に当たっていたのである。
「あなた…私は……」
「皆まで言うな、ハモン。この戦争、全員で必ず生き残るぞ! そしてワシの子を産んでくれ!!」
ハモンのお姉さんを強く抱きしめるラルのおっちゃん。
感動的な場面なんだけど、少しばかり間が悪かったようだ。
『これより艦内会議を開始する! 主要メンバーはブリッジへあがるように!』
この通り艦内放送で呼び出しを受けてしまったからだ。
ブリッジでの話し合い、議題はもちろんミハルお姉さんとダイクン派から齎された情報についてだ。
「民間人をホワイトベースに連れ込んだのか、スパイとも知らずに!」
「申し訳ねえ。イイ女だったんで、つい」
事前の打ち合わせ通りに話を合わせた結果、カイさんはブライト中尉に鉄拳制裁を受ける事になった。
「ミハル嬢の処遇だが、私は彼女を故郷へ帰したいと思っている」
場が落ち着いたところで意見を述べたのはロンバートのじっちゃんだ。
「中佐。彼女は未遂とはいえ、スパイ目的でこの艦に乗り込んで来た人間ですよ?」
「分かっている。だから、タダで開放するわけではない。彼女にはカウンタースパイとして、この後漁業組合を装って現れるジオンの諜報員拿捕に協力してもらう」
異を唱えるブライト中尉に、じっちゃんはそう返す。
「まってくれよ、相談役! いったいミハルに何をやらせる気なんだ?」
「心配せずとも危険な事はさせんよ。諜報員が来るまで何事も無かったかのように、奴等とやり取りをしてもらうだけだ」
ミハルお姉さんを庇おうとするカイさんに微笑ましいモノを見るような視線を送るロンバートのじっちゃん。
その視線に気づいたのか、カイさんは少し照れていた。
「諜報員の拿捕が終わり次第、ミハル嬢はベルファストへ帰ってもらう。彼女を送っていく役は……カイ君、君に任せよう」
「お…おう」
こうしてミハルお姉さんの件が済むと、次はダイクン派についてどうするかという話になる。
「このコノリーという人物とは、どうやって連絡を取る事になっているんだ?」
「手紙の中にアドレスが書かれてたよ。ほら、ここ」
ブライト中尉の問いかけに、あたしは渡した手紙に書かれた文の一部を指さす。
「どう思いますか、中佐?」
「どういう形であれ、一度接触してみるべきだと思う。正規軍の動きを手土産にする程の連中だ。無視すれば最悪の場合、敵に回りかねん」
「マリーちゃん達がダイクン派を見捨てたと逆恨みするか。それとも我々からの圧力で応答できない状況にあると判断して、ですな」
「そうだ、テム大尉。彼等が本当にザビ家の独裁を打倒せんとするのなら、わざわざ敵に回す必要はなかろう」
本当に共闘するとなれば上への報告が必要になるがな、とロンバートのじっちゃんは続ける。
それからラルのおっちゃんを交えて意見を交わした結果、手紙の主と連絡を取ってみるという形に落ち着いた。
あと、ミハルさんは一応の監視も兼ねてカイさんの部屋で過ごす事になるらしい。
会議のあと、ミハルお姉さんは他のクルーたちに紹介された。
そのやり方が『カイさんがベルファストで引っかけて連れ込んだ恋人』という形だったので、彼は事情を知らないクルーから背中を平手で叩かれるなどやっかみ交じりの祝福を受ける事になった。
まあ本人も覚悟の上みたいだし、その辺は男の甲斐性という事で我慢してくださいな。
それからのミハルお姉さんの役目は、主に食堂の手伝いやフラウのお姉さんと一緒にカツ・レツ・キッカの世話だった。
幼い弟妹を世話しているだけあって子供の扱いは慣れたもので、フラウお姉さんが随分と楽になったって言っていた。
そんなこんなで3日が過ぎた頃、ブリッジにある通信が入った。
「四時の方向に民間機です。救助信号が出ています」
「救助信号? たしかに民間機なのか」
「フラウくん、確認を」
「はい。───登録ナンバーによると、ベルデ諸島の漁業組合の飛行機です」
「ロンバート中佐」
「おそらくミハル嬢の言っていた敵の偽装機体だな。ブライト中尉、警備部へ連絡を」
「了解! 警備部は第四ハッチへ集合せよ! 敵偽装機はそこへ着艦させる!!」
こうして民間人を装ってホワイトベースへ乗り込んできたジオン兵はあっさりと捕まった。
あたしは呼ばれなかったけど、捕縛に参加したラルのおっちゃんが言うには、乗り込んできた敵は二人で片方はフラナガン・ブーンという海戦の達人らしい。
彼等はいきなり屈強な重武装の警備部に囲まれた事に驚いていたようで、『何故だ!? 何故バレた!?』と混乱で叫びながらお縄になったそうだ。
捕まった後の身体検査は歴戦のゲリラ屋であるコズンとクランプのおっちゃんが担当した為、素っ裸にされた上に差し歯やおしりの穴まで調べられて文字通り全てを没収されたそうな。
その事を武勇伝みたいに語っていたコズンのおっちゃんが、ハモンのお姉さんに頭を叩かれたのは見なかった事にしておこう。
◆
ジオンのスパイが捕縛された後、ミハルはカイの操縦するコアファイターで懐かしい我が家へ戻ってきた。
「奴等の前金とロンバート中佐が手配した謝礼があれば、もうスパイの真似事なんてしなくて済むよな」
「うん」
カイの問いかけにミハルが頷いた後、二人の間に沈黙が漂った。
それは重ぐるしいモノではなく、お互いに言いたい事があるのに言い出せないもどかしさから来るものだ。
そんな沈黙を破ったのは、戸惑いから二度三度口を開閉させた後に、意を決してカイが発した言葉だった。
「ミハル! この戦争が終わったら、ここに戻ってきていいか?」
「えっ!?」
「俺も家族がいねえからよ、お前と一緒に生きていきたいんだ!」
カイが放った一世一代の告白。
「……うん、待ってる。あたし、アンタの事を待ってるよ、カイ!」
それは見事に結実した。
ホワイトベースへ忍び込んだ時、ミハルは不安で圧し潰されそうだった。
だからこそ、カイが体を張ってまで自分の味方でいてくれたのがミハルには何より嬉しかった。
彼女自身がベルファストでの邂逅で、カイを憎からず思っていたのだから猶更だ、
おもえば、両親を失ってからミハルは頼られる事はあっても誰にも頼ることが出来なかった。
ホワイトベースでの生活でカイへの想いが急速に膨らんだのも、カイが頼れる男としての姿を見せた故だろう。
「……それじゃあ行ってくるな、ミハル」
「いってらっしゃい、カイ」
自分の想いが通じた事を嬉しく感じながら、ミハルに背を向けたカイはコアファイターへ歩いていく。
後ろ髪が引かれる思いだが、ここで足を止めるわけにはいかない。
自分には仲間が待っている。
なにより、愛する人が安心して暮らせる世界にする使命がある。
ミハルに見送られながら、コアファイターは蒼穹の空へと駆けていく。
「ミハル、俺はもう迷わねえ。お前が危ない事をしなくて済むように、平和な世界にする為に、ジオンを叩く! 徹底的にな!!」
そのコックピットの中で、カイは戦う覚悟を決めるのだった。