アフリカ大陸にある大都市ダカール。
そこには地球連邦政府の頭脳というべき連邦議会の本拠が存在する。
ジャブローが連邦軍の中枢なら、このダカールは地球連邦という政治形態の心臓部だろう。
その連邦議会の一室では、政府首相と各省庁の高官達がある献策を吟味していた。
「ルナツーにある亡命艦隊をジオン共和国亡命政府と認定する、か。また無茶な提案を持ってきたな」
現首相は手に持っていた議題書を机の上に落としながらため息を付く。
この戦争初期から地球連邦政府はザビ家の独裁についていけないとサイド3を離れた亡命者を受け入れていた。
彼等を保護した理由はサイド3に侵攻する大義名分や、劣勢になったジオン兵達が無駄な抵抗やゲリラ活動に身を投じないよう、投降勧告の要員に使う為だ。
「そうですな。彼等を受け入れて相応の時間が経った。今更こんな事を主張しても世間に通るかどうか……」
首相の言葉に同意するかのように外務長官がため息を付く。
「何故、決戦を前にした今になってこんな事を提案したのかね。ゴップ大将?」
スーツを着こなした政治家達の中、一人軍服に身を包んだゴップは感情を読ませない笑みを浮かべながら口を開く。
「今だからですよ、防衛庁長官。あの当時、亡命してきた者達には大義が無かった。しかし今はそうではありません」
「例のダイクンの倅達か」
「なるほど、ジオン共和国当時はジオン・ダイクンがサイド3の首相を務めていた。あの子供達を旗頭にすれば、亡命政府としての体は整うか」
「しかしだね。仮にそうなったとして、復活した共和国の独立を認めるのは拙いのではないか? 下手をすればザビ家がダイクン家にとって代わるだけになりかねん」
大臣や各省庁の長官が議論を交わす中、ゴップは国務長官の言葉に口を開く。
「それは違いますな、国務長官。彼等には独立してもらわねばならんのですよ。将来的な我々の安全の為にも」
「どういうことかね、ゴップ大将?」
「このまま行けば、この戦争は我々の勝利で終わるでしょう。しかし状況いかんによっては、ジオン公国はある程度の戦力を保持する形で終戦を迎えかねない。そうなれば、奴等はテロやゲリラに走るのは容易に想像がつく」
「うむ。今回の戦争で犠牲が出たのは我々だけではない。それに奴等は独裁国家、前線兵士の思想教育も行き届いているだろう」
「そこに戦友や身内を亡くした憎悪が乗れば、敗北を認めずバカな行動を取っても不思議ではないか」
大臣達が戦後に残されるであろう負債の厄介さに顔をしかめる中、ゴップは言葉を続ける。
「その通り。そして戦争が終われば我々は必然的に軍縮を選ばざるを得ない。今まで地球からジオンを叩き出すのだと、軍事物資を優先して民需を後回しにしてきたのです。戦後もそれを続けるなど、国民が許すわけがない」
「なるほど。君の言いたい事が分かってきたぞ、ゴップ大将。共和国亡命政府をでっちあげ、それにジオン公国とザビ家を倒させれば憎悪は二分される」
「共和国の独立も敗残兵共の怒りの矛先をそちらに向ける事と、我々に火の粉が飛ばぬようにする為だな」
「戦勝国が敗戦国を戦後に統治するのは常道だ。しかし下手にそんな手を出せば、宗主国だからと奴等の恨みを買いかねんか」
首相を皮切りに得心する大臣達。
それにゴップは頷いて見せる。
「その通り。とはいえ、この案のままでも敗残兵達は我々も標的にする事は避けられんでしょう。しかしヘイトを分散していれば、ある程度は被害を押さえられる」
「我々単独でそれらの制圧を行えばスペースノイドの反感を買う危険性があるが、共和国というコロニー国家を承認して彼等と共にザビ家が遺した膿を排除すれば悪感情も緩和できる。なかなかうまい策ではないか」
「先にジオン共和国がテロの標的にされれば、それを名目に我々もザビ家残党狩りに動けるしな」
ゴップの説明に官僚達は納得したようにうなずく。
しかし、防衛長官だけは難しい顔のままだ。
「ゴップ大将、君の提案は大変興味深い。しかし、一つだけ気になる事があるのだよ」
「ほう、なんですかな?」
「マリー・マス。いや、アルマリア・リム・ダイクンの扱いだよ」
「なるほど。たしかに少々難しい問題ですな」
国家間の話に十歳の子供の名が出れば、普通なら誰しもが面食らうだろう。
しかし、ゴップはさも当然と言わんばかりに表情を崩さない。
「あの娘はギレンが行った例の演説で世間に名が大きく知られてしまった。そして今までの戦歴を見れば、連邦軍のエースと言っても過言ではない働きをしている」
「正規の軍人でも未だに操縦がおぼつかん者がいるMSを手足のように操り、戦術も君等が考えた物よりも効果的ときた。彼女とアムロ・レイ少年は、グレッグ・パストラル准将が考案した『アドバンスド・チルドレン計画』の理想形というべきだな」
防衛長官の言葉にゴップが連れてきていた護衛の兵士達が渋面を作る。
『アドバンスド・チルドレン計画』とは、ルナツー基地の総司令だったグレッグ・パストラル准将が開戦前に半ば強引に推し進めていた人員選出計画である。
グレッグ准将は当時のジオンが作業用重機という名目で開発を進めていたモビルスーツの有用性と脅威を見抜き、対策すべきと警鐘を鳴らしていた数少ない一人だった。
彼は連邦でも早期にMS開発を進めるべきと提唱する傍ら、独自ルートを使ってジオンからMSシミュレーターの入手も行っていた。
そのシミュレーターを官民拘わらず、様々な形で普及させてMSの操縦適性が高い者を見つけ出すというモノが『アドバンスド・チルドレン計画』だった。
しかし当時の地球連邦は軍も政府もMSなど役に立たないと高を括っており、グレッグ准将の案が通る事は無かった。
普通であれば、この時点で計画は頓挫するのだがグレッグ准将は違った。
彼はアドバンスド・チルドレン計画に異様な執念を燃やしており、政府の許可が得られないと見るや私財を投入して別の形で計画を推し進めた。
MSシミュレーターを極東を拠点とする数百年の歴史を持つホビーメーカーの老舗『万代』へと持ち込み、件の会社に頼み込む形で日本の様々なゲームメーカーの協力を得てソレをコンシューマーとアーケードゲームに落としこんだ。
そしてそれを全国のアミューズメント施設に設置すると同時に、家庭用での販売も行う事で遊具として普及させたのだ。
ゲームやアニメでは旧世紀からトップの座を守り続けている日本が手掛けた体験型の新作という事で、このMSシミュレーター改め『戦火の絆』は大ヒットを記録した。
通信対戦の為のネットワーク環境はすぐさま用意され、地球はもちろんコロニーや月にまでプレイヤー人口は拡大。
発売から一年も経たずに地球圏で最もプレイ人口が多いゲームの一つとして認知された。
余談だが『戦火の絆』が販売された頃には地球連邦とジオン公国の関係は険悪なモノになっており、MSシミュレーターが基になっているのもあってサイド3への輸出は全面的に禁止されていた。
またゲームに登場する機体はMSシミュレーターに登録されていたザクとヅダが基本なのだが、バリエーション変化の換装パーツや武装などはグレッグ准将自らが手掛けており、それが兵器としてのリアルを醸し出していると好評だった。
こうして『アドバンスド・チルドレン計画』は順調に進んでいったのだが、発案者のグレッグ准将は真の意味での成果を見届ける事は無かった。
彼はルウム戦役の際、ジオンが放ったヨルムンガンドという巨砲の一撃を食らって宇宙の塵となったからだ。
この一射は戦場に散布されたミノフスキー粒子の濃さや、相手の測量不足で本来なら当たる筈の無いモノだった。
しかし発射寸前にグレッグ准将の乗るサラミスのメインエンジンがトラブルによって火を吹き、その影響で流れた船体が射線に入ってしまったのだ。
結果、グレッグのサラミスが撃沈された事によって陣形を組んでいた周りの僚艦も被害を被る羽目になり、その隙をジオンのザクに突かれた事で部隊は壊滅的な打撃を受けたという。
(グレッグ君は先見の明も商才もあった。今にして思えば、惜しい男を亡くしたものだ)
官僚が出した計画の名に黒人特有の彫りが深い強面だった部下の顔を思い出しながら、ゴップは胸中でため息を付く。
「その活躍が原因で、一部ではあの娘はニュータイプではないか等という噂も出ている」
「ジオン・ダイクンが提唱していた宇宙に適応した新人類か。奴の娘がそれに目覚めるなど、いささか皮肉が利きすぎているのではないかな?」
「そんな風に楽観視できる話ではありませんぞ。ジオン・ダイクンが広めたジオニズムは、サイド3だけでなくスペースノイドの中に浸透している。公国がニュータイプを実戦投入しようとしているのも、戦力以上にプロパガンダという側面を考えてのことでしょう」
「つまり、あの娘が本当にニュータイプだった場合、スペースノイド独立の神輿になりかねんという事か」
「ええ。ともすれば兄である赤い彗星以上の影響力があるでしょう」
「しかし、まだ十歳ですぞ?」
「その十歳の娘を我々は戦場に出している。それが政治の場に移らんと誰が言える」
「うむ。最悪、象徴という名の傀儡でも価値があるからな」
額を突き合わせて難しい表情で意見を言い合う官僚達。
そんな彼等にゴップは一枚の紙を差し出した。
「これは?」
「ダイクンの遺児から貰った誓約書です。戦後はサイド3の政治に参加せず、マス家の一般人として生きるというね」
ポカンとした表情を浮かべる首相を始めとする官僚達に、ゴップはしてやったりと笑う。
「こんな物があるなら最初から出したまえ!」
「いやいや、何事も議論がはかどるのは良い事ですからな」
首相が放つクレームも、どこ吹く風といった風情で聞くゴップには通用しない。
その後、彼等はゴップの提案通りに亡命艦隊をジオン共和国亡命政府として取り扱う事で合意した。
戦後のジオン共和国独立の承認は戦争で多大な戦果を齎したダイクンの遺児達に報いるものであり、遺児たちの政治参画を認めないのも彼等の意思を酌んだ故の措置であるという予防線を張ったうえでだ。
ちなみに条文の中にあるダイクンのくだりが戦後の調印で揉める原因となるのだが、それは別の話である。
◆
地球の衛星軌道上で火蓋が切られたホワイトベース隊とキャメルパトロールの遭遇戦。
ジオン側の三艦が組んだ蜂矢の陣で先頭を務めていたファルメルの艦橋は喧騒に包まれていた。
「木馬と連邦の艦からの援護射撃! スワメル、トクメルが足を止めました!」
「気付かれました! スワメル達の砲がこちらを狙っています!」
オペレーターの報告にドレンは小さく舌打ちを漏らす。
「狼狽えるな、ここまでは計画の内だ! 最大船速を維持! 援護射撃を活かして連邦の艦隊側に飛び込む事だけを考えろ! 奴等の通信にも出る必要はない!!」
二隻の僚艦を任された艦長達も無能ではない。
ファルメルが大幅に突出したことに加えて、それを避けるように艦砲射撃が放たれれば、こちらの企みを見抜くのは当然だ。
「スワメル、トクメル共にMSを展開! 4機のリックドムがこちらへ向かってきます!」
「アンディとリカルドに通達! むこうのMSを近づけさせるな!!」
矢継ぎ早に指示を出すドレンに艦の副長が声を掛ける。
「大尉、ノーマルスーツを着用してください!」
「バカ! 指揮官が真っ先に着られるか!」
こちらの身を案じての提言な事は理解しているが、ドレンは敢えて拒否を示す。
「兵達を無駄に怯えさせてどうする。それに少佐が帰ってくるんだ、無様な姿を晒せるものかよ」
自分を鼓舞するかのように不敵に笑うドレン。
そんな彼がいる艦橋の隣を猛スピードで駆け抜ける一機のMSがあった。
「あれは……!」
「赤い、赤いMSだ!」
「連邦の物だが、あのカラーリングは!!」
一瞬呆気に取られたものの、すぐさま乗組員からあがる歓声。
それを聞きながらドレンはすぐさま気合を入れ直す。
「よし、これで後方の心配はいらん! 一気に駆け抜けるぞ!! あと、後ろの二人に少佐が来たと伝えてやれ!!」
そう指示を出す声には上司に対する絶対の信頼があった。
一方、ドレンから熱い思いを向けられているシャアはファルメルの後方手前にまで来ていた。
「さすがはニュータイプ専用機だな。機動性を上げたこのガンダムに悠々と付いて来るとは」
サブモニターが映し出す後方の画像には、自身から一定の距離を置いて追随する二機のNT-1の姿がある。
そうして見ていると赤い胴のアレックス、妹が乗っているプロトの腕が動いた。
外側に軌道をズラしながらプロトが放ったビームライフル、それはファルメル目掛けて粒子砲を吐き出そうとしていたスワメルの艦砲の一つを撃ち抜く。
「兄ちゃん! あたしとアンちゃんで艦の砲は黙らせるから、兄ちゃんは部下の人達とMSの相手をお願い!」
通信モニターに映るマリーがそう言うのと同時に、今度はアムロが駆るアレックスがライフルを連射する。
宇宙を裂く二条の光線はトクメルに備わった三連砲の内、下段と中間のメガ粒子砲を撃ち抜いて炎を噴き上げる。
「分かった! そちらは任せるぞ!!」
そう答えるとシャアは足元のペダルをさらに踏み込む。
ロケットモーターが齎す加速によってファルメルの船尾にあるエンジンを横切れば、4体のリックドムを近づけさせまいとMMP-80マシンガンで弾幕を張る二機のリックドムの姿が見えてくる。
「その赤い機体、シャア少佐ですか!」
「待たせたな、アンディ、リカルド!」
そう答えながら、シャアはリカルド機の牽制射撃で足が鈍ったリックドムの胴をビームライフルで撃ち抜く。
「早すぎますよ、少佐! これじゃあ、いいところを見せる暇がない!!」
そして僚機を失った足並みが乱れたリックドムの一機を、アンディはバズーカの砲弾を頭にぶち込んで爆発させる。
「それはすまないことをした。だが、活躍したいのなら急いだほうがいいな。一緒に来た連中は誰も彼もが曲者ぞろいだ」
軽口と共にカメラの視線を上に向ければ、自分達の後方から二条のビームがリックドムへ襲いかかっているのが見える。
それによってファルメルから引き離される形で回避を余儀なくされるリックドムだが、そんな彼に細身のMSが牙を剥く。
「船から引き離したわ。シイコ少尉、お願い!」
「ええ。任せてください、クリス中尉!」
それはガンダム2号機のビームライフルの援護を受けた、シイコ・ハセガワが操るガンダム・アリアドネだ。
「ふざけやがって! 裏切者もろとも撃ち落としてやる!!」
狙いを付けられたリックドムは対艦用に装備していたバズーカを投げ捨てると、MMP-80マシンガンの銃口を迫りくるアリアドネに向ける。
「くたばれぇっ!!」
マズルフラッシュと共に吐き出されるのは口径は90mmにサイズダウンしたものの、集弾性と命中率が上がった耐MS弾頭たちだ。
「甘い!」
しかし迫りくる弾雨をアリアドネは脚部にあるスラスターから炎を吹き出しながら回避する。
時に膝を曲げ、股を開くことでふくらはぎと足の裏に備わった大型のブースターユニットはアリアドネに変幻自在の軌道を描かかせる。
その酷く滑らかな足の動きは既存のMSからは考えられないほどだ。
「クソッ! なんて動きをしやがる!!」
そうして弾幕を抜けて迫りくるアリアドネにマシンガンは役立たないと考えたリックドムは背後からヒートサーベルを抜き放つ。
狙うは剣の間合いに入った瞬間に放つ抜き打ちの一刀。
そう集中力を高めるパイロットは、敵の軌道を注視するあまり気付かなかった。
舞い踊る様なアリアドネの右手から何かが射出され、それがリックドムの胴に食い込んだことを。
そうして緊張が最大に高まり、ドムの間合いに入った瞬間だった。
「今だ! ……なっ!?」
ヒートサーベルを横薙ぎにしようとしたパイロットは目を見開くことになる。
何故なら、モニターから敵の姿が突如として消え失せたからだ。
「き…消えっ───」
驚愕の台詞は最後まで紡がれる事は無かった。
何故なら左脇腹から入ったビームダガーの切っ先がコックピットまで届き、彼の身体を一瞬で焼き尽くしたからだ。
急所を一突きにされて魂が抜けたかのようにモノアイの光を失うリックドム。
その骸からアンカーを抜き去ると、アリアドネは新たな標的を求めて離脱する。
「な…なんだよ、コイツ等は! ひっ!?」
瞬く間に僚機を失ったキャメルパトロール艦隊に残された最後のリックドム。
そんな彼がモニター越しに見たのは、ザクとドムを引き連れたジオンの最新鋭機ゲルググの姿だった。
「な…なんでゲルググがむこうにいるんだよ!? それにあのカラーリングは!」
彼が恐怖で慄くのも当然だ。
そのゲルググが纏う色は青。
『青い巨星』の勇名をジオン軍に轟かせた男のパーソナルカラーなのだから。
「コズン、クランプ。奴はワシが相手をする。お前達は姫様達と共にムサイの相手をしろ」
「了解です」
「お嬢に手助けがいるとは思えませんがね」
僚機のドム達が離れると、それ合図とするかのようにゲルググは更なる加速を見せる。
その標的は最後に残った敵MSである彼だ。
「く…来るな! 来るなァァァッっ!!」
恐怖と焦りからジャイアントバズを連射するリックドム。
しかし襲い来る砲弾を容易く躱しながらゲルググは更に間合いを詰める。
「フッ! ドムとは違うのだよ、ドムとはッ!!」
そうしてビームナギナタの片面から刃を生やすと、ラルはすれ違いざまにリックドムの胴を薙ぐ。
「う…うわぁぁぁぁぁっ!?」
断末魔と共に背後で爆散するリックドムにむけて胸中で冥福を祈るラル。
そして彼が部下達に合流しようとした時だ。
「む、これは……!」
ゲルググに積まれた高感度センサーが猛スピードでこちらへ接近する一団を捉えたのだ。
その方向にモニターを合わせると、宇宙の闇から現れたのは三つの機影だった。
二つは緑を基調にしたゲルググ。
それもラルが乗る様な陸戦用を宙間戦闘に改装したような物ではなく、バックパックの代わりに盾を背負って手にはビームライフルを持った簡素な装備のものだ。
おそらくはアレが本来のゲルググなのだろう。
しかし問題はゲルググ2機をけん引しながら飛ぶ異形の影だ。
「あれは…まさかモビルアーマー! 実戦投入されていたのか!」
三角を象った緑の本体に両側から生えた腕に光るのは鋭利な合金製の爪。
人型とはかけ離れた巨大な機体、それはジオンが生み出した新たな機動兵器モビルアーマー・ビグロだった。
「キャメル艦隊はダメみたいですね、トクワン大尉」
「この短期間でリックドム6機とムサイ三隻を沈めるとは、連邦軍も侮れませんな」
僚機である二機のゲルググからの通信に、ビグロのコックピットの中でトクワンは眉を顰める。
「いや、一隻は裏切ったらしい。それにスワメルは戦闘力を奪われているようだが沈んでいないぞ」
「裏切ったって、例のダイクン派ですか?」
「連邦がジオンの娘を旗頭に、亡命者を募って反政府の部隊を作っているって噂は本当だったんですね」
「そのようだな。──敵の数は多いが、こちらは支援要請を受けた身だ。友軍艦が生きている以上は見捨てるわけにはいかん」
「とはいえ、さすがに我々だけで相手するのは厳しいのでは?」
「だから一当てしてムサイ級が逃げる隙を作るのだ。決して無理はするなよ。───散開!」
MSよりも優れたセンサーで状況を把握すると、トクワンは即座に方針を決定する。
ここはザンジバル級の戦艦を指揮していた彼の面目躍如だ。
ゲルググというデッドウエイトから解放されて加速を始めるビグロだが、それに気づかないほどホワイトベースの面々は愚鈍ではない。
「むっ! 敵とお宝の気配!!」
スワメルの武装をすべて破壊したマリーは、迫りくる敵意を感じ取ってコックピットの中で上を見上げる。
「どうしたの、マチュ?」
背後に座るセイラからの問いかけに、マリーは索敵レーダーの画面を姉の傍に移動させる。
これも全天周囲モニターの機能の一つだ。
「なんか敵の増援が来たみたい。それもゲルググが二機だよ!」
妹の言葉に釣られてレーダーを見れば、たしかにゼロ方向からこちらへ向かってくる反応がある。
「どうやら奴等はキャメル艦隊の救援に来たみたいですね。こっちを狙ってきますよ、お嬢」
「わかってる。アイツ等の相手はあたしがするから、コズンのおっちゃんは脅す役を代わって」
「脅す役って、ムサイを奪う理由ってあるんですかい?」
「だって、ダイクン派の人達ギュウギュウ詰めみたいだもん。あの人数だとあと一つくらい船がいると思うよ」
「……たしかにそうね」
ジャブローを出発する前のドタバタを思い出してセイラも妹の言葉に同意する。
「大丈夫だって! 艦橋に銃を突き付けて『船おいてけ! この船置いてけよ、なぁ!!』って脅すだけだから。コズンのおっちゃんの方が、子供のあたしがやるより効果的だと思うよ」
「MSだけじゃなくて船まで奪うのか。いくら何でも逞しすぎる……」
「アンちゃんも迎撃に行ってるみたいだし、あとよろしくね!」
そう告げると急加速で上へ飛んでいくアレックス・プロト。
「そろそろ俺もザクを卒業したいんで大漁期待してますよ、お嬢!」
「あいよ!」
それを見送るとコズンはため息交じりに100mmマシンガンの銃口をスワメルの艦橋に向ける。
「あれって、少佐の妹さんが乗ってるんですよね?」
「ああ」
一連のやり取りを見ていたアンディが口元を引きつらせながらシャアへ問いかける。
「えっと……妹さんは海賊か何かをやってたんですか?」
「アルマリア達は連邦の支援を受けられない中で戦っていたのでな、ああやって必要なモノは現地調達する癖がついたのだ」
「腕白すぎる……」
十歳の女の子がすることじゃねえ! と内心で戦慄するリカルド。
「よし、我々も敵増援を迎え撃つぞ。二人共付いてこられるか?」
「任せてください!」
「こっちもドレン大尉に無理言ってカリカリにチューンしているんです、足手まといにはなりませんよ!」
シャアの言葉に表情を引き締めるアンディとリカルド。
ゲルググの片割れにラルの足止めをさせ、トクワン達はスワメル救出に向かう。
そんな彼等の前に立ち塞がったのは、二機のアレックスだ。
「邪魔だ!!」
トクワンはビグロの加速もそのままにミサイルで弾幕を張る。
回避するならこのまま突っ切ってスワメルの艦橋に銃を突き付けているザクを狙う。
動かないようならビグロ自慢のクローの餌食にする気だった。
「マチュ!」
「うん!」
しかし敵の取った行動はトクワンの予想の外にあった。
マチュは盾から何かを取り出すとミサイルに向かって思い切り投げたのだ。
回転しながら薄紅の刃を展開したのを見て、トクワンは初めてそれがビームサーベルである事に気が付いた。
「なんだと!?」
さらにマチュがサーベルに向かってライフルからビームを放った次の瞬間、トクワンは驚愕に目を見開く事になる
なんとサーベルに接触したビームを構成するメガ粒子が弾き飛ばされ、まるで散弾のように広範囲に広がったのだ。
あまりに予想外の攻撃方法にトクワンは一瞬反応が遅れた。
その間にミサイルはメガ粒子の散弾によってすべて迎撃され、ビグロもまた残った散弾を全身に浴びる事となった。
「ぐおおおっ! おのれぇ!!」
コックピット内にアラートが響き、機体ダメージから計器が放つ光で周囲が赤く染まる。
MAの巨体が仇となって、散弾を機体前面に浴びる事となったのだ。
しかも散弾は金属ではなくプラズマ化したメガ粒子である。
それはMSより重厚なビグロの装甲を容易く食い破った。
結果、モノアイを始めとする様々な機構に不具合が出たビグロは大きく体勢を崩す事となる。
「もらったっ!!」
もちろん、その隙を見逃すアムロではない。
失速したビグロの側面に回り込むと、ビールライフルを叩き込む。
「兄ちゃん! トドメ、よろしく!!」
煙と炎を上げながら突っ込んでくるビグロから逃れるように上方向へ飛ぶマチュ。
「任せろ!」
代わりに現れたのは加速によって赤い流星と化したシャアが操るガンダムだ。
「沈めっ!!」
シャアは勢いのままにガンダムの右足を破損したビグロのモノアイレールへ叩きつける。
そしてインパクトの瞬間、踝に備わった円柱状の短い装置が回転する。
それが生み出したのはビームサーベルよりも短いメガ粒子の刃だ。
踝から一直線に下へ伸びたそれは、ガンダムの蹴りと同時にビグロへ食らいついた。
「馬鹿な!? このビグロが何もできずに……!?」
そして大ダメージを受けていたビグロにとってそれは致命傷だった。
シャアのガンダムが離れると同時に、ビグロはトクワンと共に大爆発を伴って宇宙の塵となった。
「どうやら上手くいったようだな」
敵影が無い事を確認したシャアは、コックピットの中で小さく息をつく。
そんな彼の耳に届いた末の妹の『ゲルググ獲ったどー! ラルのおっちゃんもナイス!!』という大漁を喜ぶ声にモニターを見れば、そこには手足を切り落とされてアレックス・プロトに頭を鷲掴みにされたゲルググと、ラルがけん引する恐らくはビームサーベルによるものだろうコックピットに穴が開いたゲルググの姿があった。