次から次へと! 少年魔導士の受難は続く   作:はるゆめ

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第一話 前編 俺は魔導士、彼女は皇女

 未練がないとは言い切れない。 

 ただ妻や娘達、自分に関する記憶がはっきりしないから、どうにも心地悪い。

 その空白を埋めようとあくせく働くしかないんだ。

 ───今のところ敵を殺す仕事だけど。

 

 

 刺客の後頭部に突き刺した短剣を抜く。

 するとそいつは血を撒き散らしながら俺の足元へ崩れ落ちた。

 俺は短剣についた血を払いながら、空を見上げ、どこまでも広がる青空に目をやる。

 

 こんな天気の日は草原で寝転がり、ひたすら空をずっと眺めていたい。そんな趣味があった気がする。

 

 ま、しばらくは無理そうだけど。

 

 国境の街。古びた集合住宅の屋上、俺の周りに転がる死体が三つ。

 この国に入ってから五度目の襲撃だ。

 

 霊峰を目指す俺達にいつも付きまとってきて、隙あらば殺そうとしてくるやつら。 

 

 一日でも早く霊峰へ行きたい気持ちはあるが、普通なら数ヶ月かかる距離にある。

 ここには新幹線もジェット旅客機も存在しない。

 

 視線を街並みに移すと、晴れ渡った青空と対をなすように白っぽい建物が身を寄せ合うようにひしめく。

 

「はぁあ……そろそろ風呂に入りたい」

 

 自然と口をついて出る独り言。日本人は毎日風呂入るのが習慣なんだ。なのにここじゃ週に三回ほどの水浴びがせいぜい。しかも逃亡中の今はしばらくご無沙汰。

 濡らした手拭いで身体を拭くだけじゃそろそろ限界だぞ。

 

 そんなことを考えつつ、転移魔導で相棒のもとへ跳ぶ。

 

 陽の当たらない路地に立つ細身の人影。フードを深く被り、形の良い唇しかのぞいてない相棒に『終わったよ』と告げる。

 

 彼女はいつものように『ご苦労』と言いつつ、俺に腕を絡めてくる。それが当たり前のように。

 

「隣街から尾行してきてたのは六人、残りは三人」

 

 敵の残機を告げると相棒は『残りの刺客は後でいい』と耳打ちしてきた。

 

 俺は路地から表通りに目をやる。

 白を基調にした街並みから浮いている真っ黒な建物、ここサーミナ王国の傭兵協会本部だ。

 

 ここから徒歩一時間の距離にある国境、その向こうには――大陸でもっとも進んだ魔導技術で他国を呑み込み続け、繁栄を謳歌している――千年帝国がある。

 

 俺達二人の目的地が帝国の領土内にあり、どうしても必要な用があるので危険を冒してここまでやってきた。

 

 歩き始めると相棒は当然のように指を絡めてきた。いわゆる恋人繋ぎ。

 さて俺の希望を伝えておこう。

 

「さっさと全部済ませて、休めるところに行きたい。まずゆっくり風呂に入りたいんだけど」

「ヒロアは風呂が好きだな」

 

 相棒の口調は可愛らしさの欠片もない。見た目はアイドルやれるぐらいの美少女なのに。

 

「俺は根っからの日本人なんで」

「ニホン人は皆そうなのか?」

「大抵の日本人は毎日風呂に入る」

「お祖父(じい)様の屋敷で風呂に入れる。もう少しの辛抱だ」

 

 俺は風呂好きという習性は日本人だが、一方で日本人としての価値観や倫理観はとっくに死んでる。

 

 子どもの頃から()らなきゃ、()られるのが当たり前の傭兵団で働いてるからだ。

 

「セラの爺さん、伯爵だもんな」

「そうだ」

「大貴族屋敷の風呂かぁ。それは楽しみだ」

 

 命の価値?

 あるか! そんなもん。今夜食べるパン一個の為に人を殺す浮浪児がいるぞ。

 

 人権?

 そんな概念すらない上に、説明したって頭のおかしい人扱いされるのが関の山。

 

 ───索敵魔導に反応有り。

 たった今、敵意を持った反応が四人に増えた。この街に潜んでたやつが合流したんだろう。

 

「けどさ、傭兵団に所属していない傭兵って信用出来るのか?」

 

 俺も傭兵団にいたから知ってるが、フリーランスの奴らってワケアリばっか。間諜が隠れ蓑にしていることもあるらしいし。

 

「人は目で嘘をつくことはできんからな。目を見ればそれで充分。そうでなければ魑魅魍魎が跋扈する皇宮では生きていけぬよ」

 

 すごいよな、この子。十五歳なのに。同時にこうでないと生き残れない皇宮ってどれだけ恐ろしいとこなんだって話だ。

 

「俺はそのあたり自信ないから、セラの判断に従うよ」

 

 かつて俺は職場の管理職で部下がいたけど、人を見る目のなさで苦労した、そんな記憶はある。

 平和で文化的とは程遠い乱世とも言うべきこの世界じゃもっとやらかしそうだ

 

 ちなみにセラは偽名。わけありでね。

 

 木製の重厚な作りの扉を開けると、厳つい外観とは裏腹に、中はホテルのロビーみたいに落ち着いた作りになっていた。

 

 昼間だからか俺たち以外は職員しかいない。

 

 二人してカウンターへ歩み寄り、手続きは相棒(セラ)に丸投げ。市役所だの県庁だの、公的機関の手続きはとにかく面倒くさい。

 

「傭兵を二人、護衛任務で雇いたい」

 

 受付嬢にセラが告げると、すぐに用紙が差し出された。

 

「この書類に必要事項の記入をお願いします」

 

 セラが本当の名前を書き込んだ途端、受付嬢の目に少しだけ緊張が走る。これは偽名が書けない仕様の公文書。カラクリは知らんけど。

 

 セラの本名はセルア・ハリトー・ダラド。千年帝国の第二十三皇女だ。

 彼女は澱みなく書類への記入を済ませ、受付嬢へと差し戻す。

 受付嬢は丹念に書類の端から端まで目を通し、引き締まった表情で告げる。

 

「……はい、書類に不備はありません。すぐ手続きに入ります」 

 

 帝国の皇族相手に失敗はできないだろうから、有能な奴を紹介してくれるものと期待できる。

 

「急ぎ手配を頼む」

「承りました」

 

 セルアが袋に入った金貨を着手金として受付嬢に渡した。依頼は成立。

 

「半刻(三十分)後に、二階の別室までご案内します。そこでこちらの推薦する者達と面接になります」

 

 そう告げると受付嬢は奥へと消えた。

 

「聞いた通りだ」

「手配が早い。さすが傭兵協会の本部」

 

 大陸の各地で常に戦争が絶えないもんで、国軍の兵士というのは平時において農夫や職人、商人だ。

 国としてはなるべく失いたくない。税収が減るし貧困家庭が増えるから。そこで傭兵が大いに重宝されている。

 

 正規兵になれない難民、食いつめ者、貧困にあえぐ者、親を失った子ども、前科者は傭兵以外に仕事を選べない。

 

 俺が育ての親に連れられて傭兵団へと預けられたのは九歳の時。

 傭兵は何でも屋。土木建築や農作業の応援、災害時の救助、祭りの警備から清掃業に至るまで何でもやる。やらされる。

 

 最初はその辺の雑用をこなしていた俺も十一歳になる頃には戦場デビュー。

 

 そういうわけで軍に占める傭兵の割合が正規兵を上回っていく。帝国以外の国では傭兵が一大産業。

 

 今俺らがいるここは、サーナミ王国が運営する傭兵協会、その本部ってわけだ。

 

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