ドラゴン……デカい。なんつー存在感だ!
人は圧倒されると語彙が乏しくなる。俺だけじゃない、セルアも黒瀬も優子もだ。村長の娘ミィタだけ、ニコニコして俺たちの反応を見てる状況だ。
俺たちの目の前にはドラゴンが床に横たわっている。体長は三十メートルはありそうで、セルアが変化した姿の倍はありそうだ。
白と薄い紫のグラデーションが全身を覆い、長くて赤い角が後ろへ向かって伸びている。長い鼻先にはこれまた長い髭が二対あり、顔つきは馬のよう。脚はしなやかな感じで体躯に比べて細い。羽は、布っぽいひらひらとした見た目で、俺は天女の羽衣を連想した。目は閉じられて眠っているように見えるが、バッチリ起きてるんだよなぁ。
ついさっきのこと。
俺たちの前に突然村長の娘ミィタがやって来た。俺と同い年に見えるから十五、十六歳ぐらいだろう。その若さで俺や優子に感知されずにここまで来たということは、相当な手練。刺客かもしれない。すぐに身構えたものの、なんと彼女はいきなり平伏した。
「伏してお願いがございます!」
え?
俺ポカーン。セルアも黒瀬も優子も。
「どうか、私の話を聞いてくださいませ!」
「お、おう」
そう返事するのがやっとだった。
「私はこの奥にて拘束されているドラゴンなのです」
ええ?
どゆこと?
「中にいるのは私の本体で、今、皆さんの前にいるこの体は分身となります」
えええ?
「簡単に言いますと、私はおよそ二千年前に、今代のとは別の帝国の手によりここへ幽閉されたドラゴンなのです」
黙って聞くことにした。
「しばらく眠っていたのですが、二ヶ月前あの地滑りの影響でしょう。私は目覚めました」
彼女は謎の装置で拘束されている為、身動き出来ず、満足に魔導も使えず困惑していたそうだ。しかも同族との繋がりも遮断されていた。
「そこへ村長達がここまで入って来たのです。私は彼らの記憶を読み、やっとの思いでこの分身を拵えて、村長夫妻の娘として村へと行きました」
人の認識を弄れるそうだ。ドラゴン、万能かよ。
「彼らはすでに伝書鳥を放ち、ここのことを帝都へ知らせていました。洞窟の途中には、私の魔導を利用した結界を張られていて、人が入れないようになっているのですが……」
そう言ってミィタは俺たち、いやセルアの方へ向く。
「あなたから同族の気配を感じます」
「それはそうだろう。私は魔導でドラゴンに
「やはりそうなのですねっ! 大変珍しい人。だからあなたには結界が機能しなくて、あなた達はここまで来てしまいました……」
「な、なんかごめん」
俺はまず謝る。
「いえ! それでですね、帝国がこの部屋を開けて、中にいる私を見つけたら……」
「良くて飼い殺しにして研究対象。悪くすると魔導兵器への改造か」
セルアがさも当然の如く物騒なことを言うと、ミィタの顔は青ざめた。
「それでお願いがあります。まず中へどうぞ」
ミィタが突き当たりの扉と思われる壁に近づき、何やら操作するような仕草をしたと思ったら、音もなく壁が消えた。
ここで冒頭に戻るわけだ。
中はまるで造船所みたいに広い空間で、デカいドラゴンが十頭入っても余裕だ。洞窟内と同じように一面滑らかな材質で出来ていて、凹凸も見当たらない。そして光ってる。二千年も稼働しているなんてどんだけ進んだテクノロジーだよっ!
「皆さんが私の姿を見てそこまで驚くということは今の時代、我々は人と共に生きていないのですね」
少し寂しそうにミィタが言う。俺は慰めるように話す。
「俺の育ての親に聞いた話だと、古代帝国は何かが起きて自滅したらしいんだ。それ以来ドラゴン達は霊峰へ引き篭もり、人がみだりに遺跡の技術を持ち出さないように見守ってる」
「その事情は村長達も知りませんでした。長い時を経て、忘れられていったのですね」
「で、ミィタ、頼みとは?」
「帝国の調査で私が見つかった場合、村人は口封じのために殺されるでしょう」
「……充分有り得るな」
「するだろうなぁ帝国」
セルアも俺も帝国のやり方を知り過ぎたから、容易に想像がつく。これが日本だと『ドラゴンの里』って銘打って観光資源にするかもな。どうだろう。
「あなた方に、私をここから解放して欲しいのです」
真剣な顔で俺たちを見るミィタ。うーむ。かなり難易度高いお願いだが、何とかなるか?
「ヒロア、俺も優子も手伝うからさ、何とかならないか?」
「あー黒瀬、言われるまでもなくやるよ。一晩世話になって、全くの他人てわけじゃなくなったからな村人達は」
「ありがとうございます!」
俺の手を握り満面の笑顔になるミィタ。ドラゴンってもっと偉そうに上から目線だと思ってたけど違うのな。この子だけ特別なのかもしれんが。
作業その一。
俺が雷撃魔導を極限まで微弱にして謎の装置をスキャン。エネルギーの流れを探っていく。あ、これ電力で動いてるわ。コストの関係かな。
「改めて感心するが、ヒロアの魔導制御は凄まじいな」
「そりゃイズミに死ぬほど鍛えられたし」
思い出したくもない日々。魔導が使えるようになった日から、来る日も来る日も魔導制御の練習だった。
『いい? 魔導はね、いかに威力を絞って使えるようにするかが肝心なの。それがあなたの命を守る』
あの頃の俺はガキだったし、今のように中身おっさんじゃないから、普通逆だろう、高威力を目指すもんだろうと心の中で反発していた。今ならわかるよ。魔導は戦いにばかり使うわけじゃない。
「お! これか」
見つけた。有線で電力を引き込んでる。
作業その二。電流を遮断するのはセルアに頼む。
「セルア、見つけたから頼むよ」
俺は振り向いて、マント姿のセルアに声をかける。マントの下は裸だ。
「ヒロア、黒瀬、目を瞑れ」
「はいよ」
「わかった」
場の空気が変わる。見えないが、何か強大な存在がここに降り立ったような雰囲気。
目を開けるとセルアドラゴンがそこにいた。ミィタに比べると子どもサイズだが、それでも十五メートルほどの体躯は大きい。
「それじゃセルア、電力を遮断してくれ。俺が雷撃魔導で示す場所だ」
装置に繋がるコードの位置がセルアにわかるように、微弱な電流を這わす。
「これが雷と同じ……電気……なるほど……ふん」
セルアドラゴンの角が少しだけ光ると、拘束装置へと通じる電流が瞬時に消えた。こんなの見ちゃうとドラゴンを敵に回しちゃいけないよな。
すっとミィタの姿が消え、着ていたものだけがその場に残された。次に目を開ける本体のミィタ。腕をゆっくりと動かして、拘束装置を外していき、ゆっくりと立ち上がった。あまりにも神々しい姿なので思わず拝みそうになる。
「ありがとう」
人の姿の時と変わらない声で礼を述べるミィタのつぶらな瞳に目が惹きつけられる。
「旅は道連れ、世は情けってやつだ。これからどうする?」
「世話になった村長夫妻や村人に別れを告げます。そうですね、あなた方を案内するために村を出る、ということにしましょう。そして時とともに私の記憶が薄れていくように処置をします」
またミィタはセルアドラゴンの鼻先へ自分の鼻先をくっつける。
「仮初の同胞よ、あなたの魔導を正しく使うよう切に望みます」
「承知した。セルア・ハリトー・ダラドの名にかけて約束しよう」
セルアドラゴンの姿がモザイクがかかったようにボヤけて、真っ裸のセルアの姿に戻る。すぐに姿勢が崩れて膝をついた。
「優子、すまないがセルアに服を着せてくれ」
「わかったわ」
「で、ミィタ、分身の君と一緒に洞窟を出ていけばいいんだね?」
「そうしてください。お願いします」
すぐに人の姿のミィタが立ち上がる。
黒瀬はと言うと何とも言えない顔をして立ち尽くしていた。
「どうした? 黒瀬」
「あ、ああ。俺もそれなりに人智を超えた存在を見てきたつもりだったんだが……。ドラゴンに見惚れたよ。想像してたのと全然違って、もうとにかく生物の枠組みを軽く越えた風格だ」
少し興奮したのか、やや早口で捲し立てる黒瀬。わかる、わかるぞ。
「褒められると嬉しいものですね」
ミィタが照れたように言う。
どんな映像でも叶わない生きた実物が強烈な存在感を放って目の前にいるんだ。
「そうだな。俺も美しいと思う」
霊峰へ行けばたくさんいるんだな。
俺たちはミィタと一緒に洞窟を出て、入り口で待っていた村長達と一緒に村へと戻った。セルアは俺の背中。村長に大層心配されたが、持病の貧血だと説明しておく。
女の子をおんぶするなんていつ以来だろう。そして背中に感じる柔らかい感触を楽しむ自分にドン引きする。記憶が戻る前からもヒロアとして、娼婦やら抱きまくってるのに今更? って感じ。
俺たちは宿とした家へと戻り、ミィタは村長夫妻と一緒に村を挨拶回りしていく。その間俺たちは遅い昼食をとり、旅支度を整える。
最後に俺たちのところに来た村長一家。
「この度は、我が娘に格別の配慮を賜り……」
「よい。村長、畏まるのはいい」
「ははっ」
「我々の視察については他言無用だ。これはお忍びでな」
「承知いたしました」
「世話になった」
ドラゴン化による魔導で気力を代償にしたセルアはまだ足元がふらついている。俺が手を繋いでないと倒れてもおかしくない。またおぶろうかと言ったら遠慮された。残念。
村の外に広がる畑の中を歩いていくと、あの男の子――名前はタヤクだったか――が走って来た。優子に何かを渡す。
「お姉ちゃん、行っちゃうの?」
「そうなの」
「これあげる」
「あら、何かしら」
「木の実だよ。それ甘いんだ」
「ありがとう」
優子は優しくタヤクの頭を撫でている。
「お姉ちゃん達、みんなを助けてくれてありがとう!」
タヤクという男の子はそう言って走り去ったわけだが……。
「ミィタ、あの子は何か知ってるのか?」
振り返った彼女は笑顔で教えてくれる。
「タヤクは時々、あんな風に何もかもお見通しってことを言うことがあるんです。私から見ても不思議な子ですね」
「へぇ。何かの魔導を使えるのかもしれないな。あの歳で死にかけたことがあるのかねぇ」
「ヒロア、魔導を使えるようになるには命がけだと聞いてるが」
「そうだよ、黒瀬。魔導士を目指す者の九割は死ぬか植物人間だ。命を失うかもしれない危機感がトリガーになるから、死と隣り合わせだよ。俺は五歳の時、イズミに滝壺へ落とされた」
黒瀬、優子、そしてミィタまでが驚く。
「水をしこたま飲んで、もがくけど沈むばかりで。もうだめだと思った時に気を失って、気がついたら河原に寝転がってた。転移魔導が発現したんだ」
「今世ではそんなに魔導を使うのが不自由になってるんですか?」
ミィタが不思議そうな顔で聞いてきた。
「え? ミィタの頃とは違うの?」
「ええ。魔導を使う素養がある人はたくさんいましたし、特別に何かするとは聞いてません」
「その辺、古代帝国の自滅と何か関係ありそうだなぁ。セルアはどうだった?」
「思い出したくもないがな、私は十二歳の時に荒れ狂ったバボの檻に入れられたのだ」
「うえっ」
え、エグい……帝国は鬼だ。
「同じようにされた第二十二皇子と第二十四皇女は重傷を負って、今も杖や介助なしでは歩けない体だ」
「よく聞く話だ。義手や義肢の魔導士も珍しくないからな。運良く魔導を使えるようになっても、どれだけ使えるようになるかは指導者次第。俺の場合、“殲滅の魔女”のスパルタ教育で詰め込まれたから、色々できるけど」
「イズミは教育ママゴンか……」
「何だそれ?」
黒瀬は時々わけわからん言葉を言うが、ニュアンスはわかる。
「昭和で流行った言葉だ。子どもに詰め込み教育わやする母親、それが教育ママゴンだ。小学生の時、クラスに学習塾、そろばん、ピアノ、習字と習わされてた女子がいたよ」
「すげぇな、それ。一番遊びたい盛りなのに、遊ぶ暇ないじゃないか」
「ああ。その子、中学でグレて母親に反抗するようになって。小さい頃は一緒に遊んだこともある子だったから、俺も見ていて辛かった」
昭和は猛烈な時代だったらしいからな。受験戦争って言葉も生まれたし。
「そういうわけで、魔導士は数が少ないのさ。たくさんいる皇族が全員魔導を使える、そんな帝国がイケイケどんどんなのは分かるだろ?」
「セルアの変身も凄かった」
「ドラゴンはすごいわね。私も戦闘に秀でた同族が知り合いにいるけど、彼、彼女らでもどうにか出来そうにないって思ったもの」
優子はあれだけ戦えるのに吸血鬼としては凡人だと言ってた。吸血鬼の戦士か。そう考えるとかなり強そう。それでもドラゴンには勝てないんだ。
「ミィタは霊峰へ行くのか?」
「あ、いえ。しばらく人に紛れて暮らしていきます。同胞もそうしろって」
「え? そうなの?」
ドラゴン一人旅……。
「色々と今世を見て回りたいと思います。皆さんとまた会うこともあるかもしれません」
「その姿は変えない?」
「はい。名前も変えません。ミィタって名前気に入ってます」
今俺たちがいるのは、深い森の中で集落はもう完全に見えなくなった。立ち止まるミィタ。良い笑顔だな。
「皆さん、お世話になりました。この恩は決して忘れません。霊峰にいる同胞にも皆さんのことを伝えましたから、向こうへ着いたら歓迎されると思います」
問題がひとつ解決したぞ!
「では旅のご無事を」
俺たちに頭を下げたかと思うと、ミィタの姿が消え、残されたのは彼女の服と履き物。
「行ったか」
彼女の服を拾う。服は貴重品なのだ。
「これ、予備の着替えとして持って行こう」
「サイズは問題ないわね」
優子、セルア、どちらでも問題なさそうだ。こっちじゃ服は貴重品。ありがたく使わせてもらう。
「それでこれからどこへ行く?」
「黒瀬、次の目的地目指して東へ大きく跳ぶ。大きな都市だ、セルア、そこの名前なんだっけ?」
「迷宮都市ディーザ。ハルミヤ鋼という希少な金属を産出する大都市だ」