次から次へと! 少年魔導士の受難は続く   作:はるゆめ

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第十二話 密談

 目が覚めると茜色の部屋。窓からちょうど夕陽が遠くの山に沈みかけているのが見える。一刻(一時間)ほど寝たらしい。

 黒瀬と優子が加わったこと、セルアが傍にいないことで油断でもしたのだろうか、久しぶりに昼寝してしまった。

 

 夢の中でイズミと交わした話が、夏の日差しで溶けていくソフトクリームみたいに形を失っていく。何とか記憶に留めようと、会話を繰り返し思い起こしていると、部屋のドアを開けて黒瀬が顔を出す。

 

「お、起きたかヒロア。皇女さんが戻ってきたから飯にしようって」 

 

 貴族のお忍び用途に特化したガロウの宿。部屋で湯浴みができる贅沢な作りだが、食事は提供しない。

 

「わかった。食べに行こう」

 

 一階のロビーに降りると、ソファに腰掛けたセルアと優子が何やら内緒話をしている場面に出くわす。君ら、それ多くない?

 

「セラ、おかえり」

「待たせたな」

 

 人目のあるとこじゃセルアの呼び名はセラだ。俺はセルアの目をロックオン、セルアも真っ直ぐ見返してきた。

 

(どこに行ってたんだ) 

(何をしに行ったんだ)

(それは言えないことなのか)

(そうか。言えないことなら無理に訊かないよ)

 

 この(かん)、十秒ほど。セルアは立ち上がり、ナチュラルに俺の隣へ収まる。そして腕を組んできた。当たってるって。優子、何ニヤけてるんだよ。

 

「さ、飯屋に行こう」

 

 夕闇迫る宿屋街を四人で歩く。宿屋に挟まるように食事処や食料品店、雑貨屋があり、宿屋の従業員やら宿泊客で賑わっている。人が最も多い時間帯だ。

 

 その時。

 遠くから聞き覚えのある音が小さく迫る。空気を切り裂くような高音。ハッとして空を見上げると、夕焼け空を高速で突っ切る物体が見えた。

 おいっ!

 

「黒瀬っ、見たか?」

 

 小声で問う。

 

「見えたけど、あれって……ファントム?」

「その辺はやっぱり昭和だな……俺も詳しくないけど、ダッソーミラージュだったか、あれに似てると俺は思った」

 

 夕陽を反射しながら高速で飛び去ったデルタ翼の物体。気づいた周囲の人間も空を指さしながら、何事かと話し合っている。

 

「ヒロアとクロセは、あれが何か知っているのか?」

 

 セルアが聞いてくるが、店の中で説明するからと、まずは飯屋へと急ぐ。

 

 オープンテラスっぽくテーブルとチェアが通りに置かれてる大きな食堂に入り、注文する。他の客もさっきの飛行機のことを話題にして興奮気味に盛り上がってるから、俺たちは声のトーンを落として話し合う。

 

「鳥のようなあれは何なのだ」

「セラ、あれは飛行機だ、それも戦闘機にそっくり。速さも」

「音はずっと小さかったけどな」

 

 その通り。ジェットエンジン特有の轟音は聞こえなかった。

 

「黒瀬は実物を近くで見たことがあるか?」

「ああ、米軍基地のそばと沖縄で」

 

 セルアに戦闘機の説明をする。

 

「なるほど、ドラゴンよりも速く空を飛ぶ兵器か……」

「セラのお祖父(じい)さんなら知ってるんじゃないか?」

 

 セルア(孫娘)を溺愛するダラド伯爵は、引退したとは言え諜報部の大物だ。

 

「伝書鳥で問い合わせてみる」

 

 持つべきものはコネだ。

 

「仮にさっきのアレがお前達の知るセントウキと同じものだとして」

 

 セルアはじっと俺の目を覗き込む。

 

「ヒロアはどう見る」

「……推進機関はジェットエンジンじゃないのは確かだ。鉄器文明だし、航空燃料を作れる技術なんて帝国でも無理だろ。魔導を使ってるんだろうが……古代遺跡から発掘したものじゃないか?」

 

 飛行機に限らず、人が作り出すものは段階を踏んで進歩していく。複葉機どころか、空を飛ぶものはドラゴン以外に存在しない世界で、いきなりあれは不自然すぎる。

 

「セラのお祖父(じい)さんが知ってることに期待しとこう」

 

 頼んだ料理が運ばれてきた。様々な文化の料理が混ざり合ったものだ。

 

「これ、あの村で食べた煮物に似てるわね」

 

 優子が野菜をつつきながら感想を言うと黒瀬も頷いた。

 

「こっちの肉団子みたいなの、西の共和国で食べたことあるな」

 

 セルアによるとハルミヤ鋼という希少金属を産出するディーザは交易都市として栄えたからと教えてくれた。

 

「それでセラ、あとどれくらいここに滞在する?」

「お祖父(じい)様と伝書鳥のやり取りで一週間はかかるだろう」

「そっか」

 

 行き先は全てセルアが決めている。時間も人員も少し余裕あるし、今のところ追手の影が見当たらない……ので前々からやりたかったことやってみるか。

 

「ベルタちゃんとルサちゃん、ヒロアさんにすごく懐いてるわね」

「ヒロアもさ、本気で遊んでるよな、あの子らと」

「子守りは任せとけ。親戚の集まりでもあれぐらいの子達をまとめて面倒見てたわ」

 

 どうしてこういった記憶が鮮明なのか? と不思議に思うが、今更か。

 

「ヒロアは良い父親になれそうだな」

 

 俺の肩に頭を預けるセルア。やめなさい。黒瀬、優子がニマニマして見てるから。

 

 それからガロウの宿へ戻り、男女交代で風呂へ入る。先に女子二人に入ってもらい、今は俺と黒瀬の番だ。帝国へ入ってからずっと風呂に入ってる。ダラド伯爵邸、村長の家、そしてここ。

 

 ふと帝国の隣国で、セルアと交わしたやり取りが頭を過ぎる。

 

『ゆっくり風呂に入りたいんだけど』

『帝国領に入れば、その当てはある。もう少しの辛抱だ』

 

 まさか、ね。俺が迂回しようと言ったあの農村へ行くことになったのもセルアの提案だったけど、いや、考えすぎか。

 

「どうした? ぼおっとして」

 

 湯に浸かりそんなことをつらつらとおもいめぐらせてかいると、黒瀬が俺の顔を覗き込む。

 

「いや、つくづく風呂はありがたいってな」

「うん。俺も」

「帝国が風呂好きな文化で助かってる」

「それに一票」

 

 さりげなく聞いてみるか。

 

「あちこち寄り道してるんだけど、黒瀬、早く帰りたいのに大丈夫か?」

「ん? 早く帰れるならそれに越したことないけど、実はそれほど気にしてない」

「一年以上だぞ」

「俺はもう学生じゃないしな。それに俺と優子がいなくても、頼りになる味方ばかりだから、やつらの残党狩りも終わりが見えてたんだ」

 

 異界の邪神、その眷属というか分身たちか。

 

「少なくとも俺がいた平成じゃ平和な日本だったから、おそらく黒瀬達が全部片付けるんだと思うよ」

「……それさ、ヒロアのいた日本と俺のいた日本、平行世界ってことないのかな」

「それは何とも言えないけど、確かパラレルワールドはないって否定する学説も見た気がする」

「……そうなのか」

 

 まだまだ宇宙の真実に辿り着くには年月がかかりそうだとは思うがね。

 

「それとさ黒瀬、ここって地球に比べて色々変だと思わないか?」

「変? ドラゴンがいること?」

「いやそうじゃなくて生物の多様性だよ。例えば、ここって虫が異様に少ないだろう?」

「あー、そう言えば」

「俺、田舎に住んでたし、キャンプにもよく出かけたからさ、記憶が戻ってすぐに感じた違和感がそれだ」

 

 春先からわらわら湧いてくる蚊、涙を舐めようと目の周りを飛び回るメマトイ、肉を焼いたらすぐに飛んでくるアブやハエ、ゆるゆる地面を移動するザトウムシ、油断ならないムカデに毛虫、いつの間にか車に入り込んでるカメムシ、重低音の羽音と共にやってくるスズメバチ。

 

 そしてそれらを捕食するトンボや野鳥、不意に出くわす蛇、こっちを見ている猿やタヌキ、キツネ、鹿。あちこち掘り返す猪。

 

 ところがここじゃ、ほぼ見かけない。石の下にダンゴムシっぽいのがいたりするが、それだけだ。

 

「言われてみればゴキブリもいないよな」

「だろう? 昆虫や節足動物だけ見ても数や種類が少ないんだよ。だから窓に布を垂らすだけで済んでる。日本であれやってみろ、部屋の中は昆虫王国だぜ」

 

 窓ガラスなんてものはないから、家屋の窓には布が暖簾のように垂れ下がってる。

 

「爬虫類や両生類もだ。獣はそれなりにいるが、ほとんどが草食動物だしな」

「そんな惑星(ほし)もあるってことじゃないかな」

 

 黒瀬はSFオタク。

 

「鉱物系生物が覇権をとってたり、粘菌が惑星(ほし)を支配してたり、それどころか生物じゃない存在が埋め尽くす惑星(ほし)もあるだろう。可能性は無限にあると思うんだ」

「なるほど」

 

 ついでに聞く。

 

「黒瀬と優子をここへ飛ばした連中はさ、邪神の眷属なんだろう? 前回はその邪神が支配している世界へ飛ばされたって話だったよな」

「そうだ」

「ならここもか?」

 

 話を聞いた限りじゃ、あんなのが出てきたらお手上げだと思う。うーん、ドラゴン達とイズミが総出でかかればワンチャン?

 

「それなはいな。俺も瑛子ほどじゃないけど、体がこうなってからは奴らの気配がわかるようになったんだよ」

 

 黒瀬は人じゃない。一度死にかけて、義理の妹である神様によって辛うじて存在を繋ぎ止めた。あえて言うなら精霊?

 

「じゃ、ここにはそれがない?」

「全く感じない」

 

 自信に溢れた顔の黒瀬。

 

「それなら安心か」

「……邪神って呼んでるけど、あんな存在に良いも悪いもないんだがな」

「それはわかるぞ。高位存在っていうのか? あっちからすりゃ俺たちなんてウィルスよりも矮小な存在。 善悪なんて俺たち人間の基準だからなぁ」

「だからと言って受け入れる気はないけどな」

「だな。ノーサンキューを突きつけないと」

 

 そして肝心なことを声をひそめて黒瀬に耳打ちだ。

 

「黒瀬、俺は女を買いに行きたいんだが、話を合わせてくれるか?」

 

 目を見開く黒瀬。

 

「俺さ、もう枯れてると思ってたんだけど、体そのものは十五歳だろう? そんでもってセルアがグイグイくるからやばいんだ」

 

 あいつ黒瀬達と合流してからも遠慮なしだ。

 

「皇女さんはお前にベタ惚れだもんな」

「あいつに手を出す気にはなれない」

「なんで?」

「まずさ、あいつJKぐらいだろ?」

「JK?」

「女子高生ってことさ」

「あー平成じゃそう言うのか」

「ネットスラングだけどな。俺、今の体は十五歳だけど、精神的にはおっさんだぞ? JKなんて体は別にして、心は子どもだ」

「それはわかるな。俺も年上好きだし」

 

 黒瀬は年上が好みだったか。

 

「セルアはさ、俺に命を救われたことに対する感情を恋愛とごっちゃにしてるだけだと思う」

「そうなのか。俺は詳しくないからわからん」

「このままじゃ、夢精とかやらかしそうでな」

「それは恥ずかしい」

 

 中身はおっさんの俺は考えただけでも恥ずかしさで死ねそうだ。

 

「黒瀬はどうなんだ?」

「俺か? 一旦死んでからその辺は淡白になったな。むしろヒロアはよく我慢してるなって思ってたよ」

「ぐぬぬだ。そんなわけで協力頼む」

「具体的にどうする?」

「それはな……」

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