風呂屋を出た俺は、取り憑いたフゥジィの言った通り、俺を探し歩いていたセルア達に会い、そのまま宿に連行されることになった。
セルアと二人きりでみっちり尋問されている最中で、無表情で詰問する皇女モードのセルアは怖い。
「娼館へ行くぐらいなら……私をだな」
「ストップ! あのさ、何のために行ったか……言うから」
「性欲のためだろう?」
おいおい、言い方! 俺と話す時、セルアの物言いは直球ばかり。
「あのさ、今の俺って中身はおっさんって言ったよな?」
「知っている」
俺は“ヒロア”として生きてきた記憶と“ヒロアキ”としての記憶が混ざりつつあるが、理性は混ざってないぞ。
「でも肉体年齢は俺のいた世界からすれば子どもだ。それはセルアも同じ」
「十五歳は成人と見做されるのにか」
「それはこの世界の話。日本の平均寿命は八十代だったし、成人は二十歳だ」
「……随分と長寿なんだな」
「ああそうだ。だからそれに合わせて成人年齢も引き上げられてる。俺はおっさんだからセルアをそんな目で見ないよう自制してきたんだ」
好意を真っ直ぐに向けてくるナイスバディの美少女なんて、十五歳の少年にとってはもうネギ鴨どころじゃないんだぞ。
「私のことが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないさ。だから困ってるんだが。セルアはさ、自爆魔導器具を取り除いた俺に感謝する気持ちと恋愛感情がごっちゃになってるんだよ」
「……そんなことはない」
「いいや、そんなことあるね。セルアは恋愛経験ってないだろう? 皇女という立場でもあったし。あるなら言ってくれ。ん?」
「……」
「俺からすればチョロい女の子をいいようにしたくないんだ。わかるか?」
「……」
そりゃあさ、欲望に身を任せてしまったら、こんな楽勝なことはない。でもさ、いい歳したおっさんが
それと本人には言いたくないがもう一つ理由もあるし。こっちは誰にも内緒だ。
「そう思っていても健康な男子の肉体だから溜まってくるものはある。これを何とかしないとろくなことならない。それはわかるか?」
「……その辺りは教育されたから知ってはいる。房中術の基礎だ」
お、おぅ。
「私のような下位の皇族は政略のコマとして、属国の王族や貴族の元へ嫁ぐのが生まれながらに決まっている。その相手を籠絡する為にあらゆることを教えられるのだ」
なるほどな。自分にされると顔が赤くなるくせに、自分からはやたらと迫ってくるのはその教えが元ネタか。
「なら話は早い。セルア、今は護衛として黒瀬と優子もいる。たまには娼館へ行くのを認めてくれ」
「……仕方ない。仕方ないが、ヒロアはどうすれば私を伴侶として認めてくれる?」
「そんなもん、わからないよ。例えばお前さんがもっと良い男見つけて惚れるかもしれないし」
「それはない。断言する」
「さてそれはどうかな? 男女の仲に“絶対”なんて無いぞ」
そんな例は、生前たくさん見てきたんだ。不意にセルアが立ち上がり、抱きついてくる。
「お、おい」
「……ヒロアはどうして私に意地の悪いことばかり言う?」
「意地悪じゃねぇよ。セルアよりは長生きして色々経験したり、見聞きしているから少しは知っているだけだ。むしろお前さんがどうでもよかったら、抱きまくってたと思うぞ。わかるか?」
「……わかりたくない」
やれやれ。
ま、お互い思ってること全て言ったから、少しはマシになったかな。そっとセルアを引き剥がす。
「まぁこうやってハグするぐらいなら、いつでもいいから」
「……」
「おい黒瀬、入ってきていいぞ」
外にいる黒瀬達に声をかける。
「もう話は済んだのか?」
「ああ。……おい、優子、ニヤけすぎだろ」
「ふふっ。セルア皇女が羨ましくて」
正直、黒瀬と優子の関係がよくわからない。熟年カップルみたいに目で会話してるぐらい親密なのに、恋仲でもなさそうだし。ま、俺が関知することでもないわな。
「それでセルア、もう深夜だし簡単に済ませたいんだが、この都市にいつまで滞在する予定だ?」
「用件の結果待ちだ」
今日、セルアは謎の出迎えとともに、行き先も用件も告げずに出かけた。そのことだろうな。まだ言えないのか。
「わかった。しばらくは骨休めできるんだな。よしっ。寝よう。疲れたわ」
寝床へ入ると体を寄せてくるセルア。仕方ない、腕枕ぐらいしてやるよ。ムラムラはしない。頭の中は、フゥジィを仕留めにきたあの男のことを考えてた。
あの痩せぎすで神経質そうな帝国特務部隊と思われる男。
フゥジィ、あの男達のこと知ってるのか?
『知らないわよ。初めて見たし』
そんなんでいいのか? 自称邪神。
『君に分かりやすく説明するとね、私は上の次元から受肉してここにいるんだけどね、どうしても色々と制限はあるものなのよ』
そんなもんか。よくわからんけど。
『君が昆虫にでもなったと想像してみて? 人間としての君の身体能力とか全てそのまま使えると思う?』
んー、それは無理だろうなというのは、何となくわかる。
『そういうこと。だから何でもはできない』
そもそも、何でまたそんなことして、人間に混ざってるんだよ。
『うふふ。それは内緒。女には色々あるのよ』
で、いつまで俺に取り憑いてるつもりだ?
『さぁ?』
おいおい。一刻も早く出ていってほしいんだが。魔導の代償を肩代わりしてくれるってのは魅力的な提案だ。
実のところ、どれぐらいの威力の魔導で糖質がどれぐらい失われるか、正確なところはわかっていない。
試したのは転移魔導だけ。他は低血糖で倒れるリスクがあるから、そう簡単に試せない。こいつ、足元見てるよな。
『私を崇めてた人間達は大慌てでしょうね。反抗勢力の旗印として私を担ぎ上げる気だったから』
帝国は宗教を禁じている。徹底した弾圧をして、皇帝の権威を守るためだ。
『私にはどうでもいいことだったし、別にいいけどね』
俺たちより高位の次元に住むこいつらには、所詮下界のことはどうでもいいってか。
『その通りよ。君とセルアちゃんの恋の行方の方がよほど興味を惹かれるわ』
何だよこの野郎……と思ったが、日本神話やギリシャ神話の神々もやたら人間くさかったな。
『特等席でじっくり鑑賞させてもらうわね』
……気にするのはやめた。好きにしろ。そうでなくてもイズミに覗かれてるし、今更だし、魔導を使う以上、あまり邪険にしてもまずいかもしれない。
この世界の人間は魔導を使える。ただし、子どものうちに死んでもおかしくない危険な目にあった時、魔導を使えるようになる。まさに命懸けの試練を潜り抜けた者だけが魔導士になれるのだ。
ここからはイズミのレクチャーによるが、魔導は体内の魔導ゲートを通じて高位存在の力を行使する原理らしい。その為に代償を捧げる。
高位存在とは俺に今のところ絶賛憑依中のフゥジィみたいな存在だ。俺が使う幾つかの魔導も、ひょっとしたらフゥジィの力かもしれない。だから怒らせるのもまずいってわけだ。チッ。
そんなことをつらつらと考えつつ、俺は眠りに落ちた。