次から次へと! 少年魔導士の受難は続く   作:はるゆめ

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第十五話 女は秘密が多い

 目が覚めた、まだ夜明け前で暗い。時計がないのも不便だな。

 俺に抱きついたままのセルアをそっと外して枕元の水筒(文字通り、植物性の筒に水を入れてる)を確認する。ほとんど空っぽだったので部屋を出る。喉が渇いた。

 外へ水を買うために階下に降りると、ガロウが疲れた顔して受付カウンターに座っていた。

 

「どうした? 早起きだな」

「ガロウこそ。寝てないのか?」

「それどころじゃなくてな。娼館ではお前さんに迷惑かけちまって」

 

 声を顰めて会話をする。

 

「別にガロウは悪くないよ。そっちも被害者だろ。娼婦が殺されたわけだし」

 

 胸に短剣を突き立てられ、頭に剣を突き刺されたフゥジィの姿、今もはっきり目に浮かぶ。部屋の扉も派手に壊されたしな。

 

「取り調べはどうだった?」

「簡単に調書とられただけ。実際初対面だし」

「それは良かったな。俺はみっちりフゥジィのこと調べられたよ」

 

 そのフゥジィは俺の中に居候中です。

 

「この宿と娼館の持ち主がそれなりの貴族様であるから、それだけで済んだけどな。店が店だけに、身元はしっかり調べたんだけどなぁ」

 

 貴族が主な客層だし、その辺は厳重なんだろう。

 

「じゃ、外行って水買ってくるわ」

「あまりお姫様を心配させるなよ。昨夜は大騒ぎしてたぜ」

 

 あ、やっぱバレてたか。実はここ迷宮都市ディーザに転移する前、セルアの髪は炭を使って黒っぽく染めている。

 最初はイスラム教徒の女性が被るヒジャブみたいに、布で髪を隠す方法も検討したが、それをやると逆に不審者感がMAXになると言われボツ。

 戦国時代から生きている優子が炭を使った染髪を教えてくれたので解決したわけだが、客商売やってるガロウにはそれを見破られてる。

 セルアが帝国のお尋ね者だということは知られてないだろうし、そもそも有力貴族をバックに貴族相手の高級宿を経営するガロウ、『皇族が泊まってる』なんて他言するようなアホなことはしないだろう。そういう意味でもここに泊まることができたのはラッキーだと思う。

 

『親父さんに迷惑かけちゃった』

 

 おい殊勝だな。

 

『それはそうよ。私のこと常に気遣ってくれてたし』

 

 そっか。

 メインストリートの真ん中、ほぼ二十四時間営業の水売りの店がそこにある。年齢が全くわからない女店長から水筒を買い、歩きながら一気に飲む。

 

「ぷはーっ! うめぇ」

 

 井戸水みたいな味、まろやかで美味い。

 ───おいフゥジィ、なんで奴らに特定されたのか、思い当たる節はあるのか?

 

「まぁねぇ。君に催眠魅了をかけたから、それを感知されたんでしょ。私の使う力は、人が使う魔導と少し違うみたいねぇ』

 

 そう言えば俺は自分の秘密を普通に喋ってたもんな。くっ。精神に作用する魔導は防ぎようがないのがなぁ。

 

『あら、そんなの私が防いであげる』

 

 こいつ、未来から来た猫型ロボ並みに便利だよな。

 

『だから君がセルアちゃんに注ぐ優しさの一部でも私に向けてほしいな』

 

 それはお前の行い次第だよ。

 

『だからこそよ。私たちはね、信仰心て言うの? それが大きな糧になるの』

 

 あ、黒瀬から聞いたぞ。義理の妹もそれで力をつけたって。

 

『そうそう。黒瀬って言うのね、彼の体と剣からは私と同じ存在の力が漲ってる。愛されてるわねぇ、彼』

 

 そうでなきゃ、異界の神となんて戦えないよな。高校生がとんでもないこと背負って……高校生の頃の俺が、黒瀬と同じようにやれるかと問われたら……自信ない。

 

『彼はそういう役目なのよ。その因果は私にも弄れないモノ』

 

 高次元の存在であるこいつが言うと納得するじゃねぇか。

 

『君もかなり数奇な人生だけどね』

 

 ああそうだよ。勤めてた会社のことは鮮明に覚えてる。業績不振の営業所ばっか行かされて、立て直しに追われて……。因果なもんだなぁと思っていたら、いつの間にか死んで。気がついたら違う世界で復活。俺、呪われてんのか?

 

『呪いなんてないわよ。人間てそういう思い込みが好きよねぇ」

 

 ……さっきの役目の話と矛盾しないか?

 

『うふん。その辺は自分で考えなさい』 

 

 へいへい。

 

 宿へ戻り、そっと寝床へ入ったら、セルアに腰のあたりをつねられる。痛ぇ!

 

「勝手にいなくなるな」

 

 黒瀬と優子を雇うまでは、トイレと風呂以外は一緒だったからな。

 

 二度寝して、次に起きたら俺が一番最後だった。

 

「朝飯、行こうぜ」

「おお。めっちゃ腹減ったわ」

「ヒロアはクローセ達と出会ってから言葉遣いが少し変わったな」

「んあ、すまん。つい、な」

 

 なんでか日本で暮らしていた気分になるんだよな。同じ日本人が一緒にいるからだろう。

 身支度を整え、階下に行くとベレタとルサが飛びついてきた。

 

「ヒロアー! ご飯!」

「ごはん!」

「えっ? どうした?」

「今日はお(とう)がヒロアについていけって。お金は持ってるよ」

 

 あ、そうか。ガロウは取り調べで徹夜してたな。一度も見かけたことないから、この子らの母親は多分いないんだろう。

 

「いいよ、一緒に行くぞー」

「やったー! ヒロアとご飯!」

「やったー」

 

 そんなわけで朝市が開かれてる大通りの方へ向かう。宿屋街の宿泊客を目当てに雑貨や武器、服、散髪、何でも買えるようになっている巨大な朝市だ。

 

 周辺の宿から出てきた宿泊客や近所の住民でごった返す中を歩いて行くと、朝っぱらから会いたくもない奴と出会ってしまった。

 

 神経質という概念が実体化したようなやつ。帝国の特務部隊、それもある程度の地位にあるであろう、あの男に。

 セルアを庇うように前に立つ。

 

「おやぁ、昨夜はお楽しみのところを邪魔して申し訳なかったですね」

 

 ちっとも感情がこもってない物言いで話しかけてきた神経質男は、俺だけじゃなく、セルアや黒瀬達にも視線を這わせる。

 

「……別に。仕事でやってることだろ?」

「ご理解いただけて助かります」

 

 うわぁ、こいつの目、刑事のそれだ。

 

「あなた、若いのに落ち着いてますねぇ。あんな目に合えばもっと取り乱すものですが」

 

 蛇のような瞳で俺を見透かそうとしてる男。

 

「これでも傭兵団にいたんで」

「ほぅ、それはそれは。あなたに怪我がなくて良かったです。それでは」

 

 そんなこと欠片も思ってないような口ぶりで神経質男は踵を返す。

 

「ヒロア、あれがそうか」

 

 セルアが声のトーンを落として聞いてくる。おい当たってるぞ。

 

「ああ。娼婦をやった奴だ。特務部隊だよな?」

「あれの纏う雰囲気は、諜報部隊のそれだな。暗部と呼ばれている」

「さすが皇女、よく知ってるな」

「私の魔導が発現してから常に周りにいたのだ、今の男のようなやつらがな。護衛という名目の監視だ」

 

 やば。あいつ、セルアに気がついてないだろうな。

 

「その、殺された女は何だったんだ?」

 

 今度は黒瀬が聞いてきた。

 

「知らんよ。向こうも教える気はなかったし」

『別に私のこと教えてもいいよ?』

 

 黙ってろ。

 

「敵国のスパイとかだろ」

「すぱい……とは?」

 

 すまんセルア、ついあっちの言葉が出るんだ。

 

「あー、間諜って意味だ」

「そうか。何にせよ、ヒロアが無事ならそれで良い」

 

 腕を組んでくるセルア。さらに当たる。

 

「今の人、怖いねー」

「こあいねー」

 

 男が現れた時、すぐに黒瀬達の後ろへ隠れたベレタとルサが寄ってくる。

 

「ベレタ達は何食べたい?」

「えっとねー、あれがいい!」

 

 ベレタが指差したのは、ケバブ(にしか見えない)の屋台。

 

「よし、じゃ行こうか」

 

 市場に据え付けてあるテーブルに座り、少し辛口のケバブを頬張った。

 

「ヒロア、今日も遊んでくれる?」

「あそんでくれる?」

「いいよ、用事もないし」

「やったー!」

「じゃんけんしたい!」

 

 この姉妹、ジャンケンが病みつきになったようで、別の遊びを教えない限りずっとやり続けるんだろうな。

 

「優子、何か他の遊びも教えてやってくれないか?」

「あら? 私に?」

 

 何せ長生きの吸血鬼さんだ、その辺色々知ってそうなんだが。

 

「何か失礼なこと考えてるでしょ?」

「いやいや。全然」

「そうね、お手玉とかどうかしら」

「お! いいね。布切れとソーイングセットを買うから作ってくれる?」

「かまわないわ」

「おてだま?」

「おてだま?」

 

 ベレタとルサが目をキラキラさせて身を乗り出してきた。

 

「ああ、優子に教えてもらおう。面白いぞー」

「やったー!」

「やったぁ!」

「セルアも付き合えよな」

「いいぞ。そのオテダマとやら、教えてもらおう」

 

 食事を済ませ、雑貨を売ってる屋台で必要なものを購入した後、俺たちは宿へと戻る。いつもの中庭でベレタ達と過ごす。

 優子手製のお手玉に姉妹は夢中になって遊んでいる。

 セルアはトイレへ、黒瀬が周囲の見回りで席を外すと、優子が囁くように話しかけてきた。

 

「ヒロアさん、あなた何に憑かれたの?」

 

 ぎょ! 見抜かれた?

 

『この優子って娘はアレだから。気がつくわよね』

 

 アレって何だよ。俺は優子に小声で告白する。

 

「……これ内緒にしといてほしいんだけど、実は昨夜の女はさ、人間じゃなかったんだよ」

「そうね。血の匂いが変わってるもの」

 

 そんなのわかるのかー。吸血鬼も大概すごいな。

 

「本人曰く……」

 

 急に口が動かなくなった。そして俺の意思とは別の言葉を紡ぎ出す、俺の口。

 

「優子、あなたアレの残した生き物の末裔ね」

「……」

 

 俺の声でフゥジィが喋る。なんだこれ、気持ち悪い。優子の顔が少し強張る。

 

「アレはあちこちに種を落としていったんでしょう。そんな顔しなくても大丈夫よ。何もしないどころか、この子を守るから」

「信じていいのね?」

 

 ふっと口の自由が戻った。

 

「自称邪神だけど、えっと、君らの敵、エレボスだっけ? あれとはタイプが違うみたいなんだ」

「……そう。私、ヒロアさんの血がもらえなくなったわ」

 

『私の細胞は一箇所に集めておくから心配ないって伝えてね?』

 

「心配ないそうだ。血液には混ぜないって」

 

 優子は俺の目を覗き込み、俺の中にいるフゥジィに告げるように話す。

 

「一応信用してあげる」

 

「ユウコー! ヒロアー! 見てー!」

 

 ベレタが優子の手を引っ張り、ルサの見事なお手玉ジャグリングを褒めてもらおうとしてる。すごいな、ルサ。その歳で大道芸人並みだぞ。

 

 ───おい、さっきの話に出てきたアレってなんだ?

 

『ちょっと知ってるのよ。色んな惑星(ほし)へ降りていっては、そこの原住生物に種を仕込むのが好きなヤツ』

 

 あー吸血鬼ってそうやって誕生したのか。

 

『何かと干渉するいけすかないヤツ。あの娘達が相手してるヤツも、ね。何が楽しいのかしら』

 

 するとフゥジィはそういうことしない、と。

 

『しないわよ。その惑星(ほし)の生物相が変化していくのは定めに任せるのが自然。私たちは手を出すべきじゃない』

 

 矜持ってわけか。邪神界も色々あるんだな。

 

『あなたの育ての親もろくなことしてないわよ』

 

 え? イズミが?

 

『そうよ。あなたの魂をこっちに喚んだ影響で次元に小さな綻びが生まれた。それは黒瀬と優子がここに飛ばされる道筋となったの』

 

 な、なんだと。

 

『人間として過ぎた力を持つのも考えものよぉ』

 

 そうか。あ、でも例えば火星みたいな死の惑星(ほし)に飛ばされなかったのは、黒瀬達にとっては幸運だろう?

 

『それはそうだけど』

 

 良い方へ考えようぜ。黒瀬達を転移させた奴らは、異次元へ飛ばせればどこでも良かったはずだ。もしそれが恒星や木星みたいなガス惑星だとしたら……そう思うとゾッとする。

 

 それはそうとさっきのアイツに感知されるってことはないんだよな?

 

『力を使わなければわからないわよ』

 

 なら大人しくしといてくれよ。セルアの存在が発覚するのは避けたい。あいつらめんどくさいんだよ。

 

『安心して。私は見てるだけ。セルアちゃんと君がどう愛を紡いでいくかしらねぇ』

 

 レディスコミックかワイドショー好きのおばさんだな、ほんと。

 

「ほぅ、ルサはオテダマが上手いな」

 

 セルアが戻ってきた。当たり前のように俺にくっつくように座る。当たってる。少しは気にしろ。

 

「すごい才能だ」

 

 お手玉を五つ、巧みに操るルサ、喜 手を叩いて喜んでるベレタ、それを微笑ましく見守る優子。なんとも平和な光景だ。

 

「ヒロア、この宿を見ている男が四人。先日皇女さんを迎えにきたやつらだ」

 

 黒瀬がやってくるなり、そう告げると、セルアが立ち上がる。

 

「ヒロア、出かけてくる」

「今回は伝書鳥は無しか」

「……先方に護衛が気づくだろうと言われてな」

「いつ帰ってくる?」

「そう時間はかからない」

「聞かないけど、大丈夫なんだろうな?」

「必ず帰ってくる」

 

「セラー! どこ行くのー?」

 

 ベレタがセルアに縋り付く。

 

「ちょっと、な」

「ふーん」

 

 ベレタの頭を優しく撫でると、セルアは宿の外へ向かった。見送る俺。

 

「話す気はないか……」

「いいのか?」

「セルアが危険なことするとは思えないが……すごく気になるのは確かだ」

「どうする? 尾行(つけ)るか?」

「待て黒瀬。そんなの向こうもお見通しだと思う。やめとこう」

 

 なぁ、セルア。

 大丈夫なんだよな?

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