セルアが出かけた後、俺たちは昼食のために大通りにある飯屋へと来ている。安くて美味いと評判の良い店なので、満席で大賑わいだ。
「ヒロアさん、痩せ我慢をいつまでするの?」
「え……? 痩せ我慢? 俺が?」
頭を上げると、対面にはやや呆れたような顔の優子。
「セラさんが気にならない?」
他人の耳目がある場所では、セルアのことを偽名で呼ぶのはお約束だ。
「……あ、まぁ」
「俺も優子と同じ意見だよ」
黒瀬がわかったようなことを言う。
「ヒロアがさ、娼館に行くって言い出したのはその痩せ我慢の反動だと思ったし」
「ぐ……」
図星だ。認めたくないけど。
「そりゃあな、全く気にならないわけじゃない。でも向こうが言いたくないなら、無理に聞くのもなって」
セルアが行き先を言いたくない事情。確かに気になる。けどそれを中身はいい大人の俺が聞き出すのは気が咎めるものさ。
「俺のメンタルはおっさんで既婚者だから」
「ヒロアさん、素直になりましょう?」
むむ。これは優子の“歳上のお姉さん”オーラ発動だ。まるで歳上の従姉妹に諭されてる気分になる。
「……」
「ヒロアさんはあれこれ理由を言ってるけど、
優子が醸し出す雰囲気に圧倒されて、俺は逆らえない。
「…………その通りデス……」
ここで優子は慈しむような笑顔になった。
「ただ誤解してほしくないのは、恋愛感情じゃないんだ……多分。もっとこう……娘みたいというか……セラの境遇に対する同情もある」
これは本音だ。今じゃボヤけてはっきり思い出すこともできない妻や娘の記憶。でも家族に対する気持ちは忘れてはいない。
「自慢じゃないが、俺も学生時代から、そして結婚するまでそれなりの経験は積んできた。そんな俺が
俺には苦い思い出がある。大学生の時と社会人になってすぐの頃、女子高生とそんな関係になりかけたことがある。意図した出会いでもないし、俺にその気は全くなかったんだが、向こうは目がハートになっていた。
魅力的な子達だったけれど男女の仲に持ち込む気のなかった俺は、二回とも向こうに嫌われるように仕向けた。
「その気持ち、私はわかるわ。ずっと年下の女の子に真っ直ぐな好意を寄せられて、戸惑ってるんでしょう?」
そう言うと優子はちらりと黒瀬を見やる。そうか、歳の差カップルと言えば、黒瀬と優子もそうだよな。
「でもねヒロアさん、その気持ちとセラさんの行方を気にしないのは別だと思うわよ」
いきなり優子は圧力を持って俺を見てきた。
「……そうだな。探すのを手伝ってくれるか?」
「もちろん。黒瀬君もね」
「ああ。護衛対象だし当然だ」
「こんなこと言いたくないけど、永いこと人と接しているとね、どんなに表情が乏しい人でもその人の考えていることが手に取るようにわかるのよ」
何百年にも渡る人間観察。そりゃ叶わないな。
「少しお節介かなとは思ったけど、ヒロアさん自覚している以上に動揺してるわよ」
「優子、そこまで。その話はまた今度な。で、ヒロア、具体的にどうする?」
黒瀬が助け舟を出してくれた。すまん、恩にきる。俺は羞恥心でいっぱいいっぱいだったから。
周囲を見渡す限り、俺たちの会話に聞き耳を立てている者はいなさそうだ。
「索敵魔導をアクティブに切り替えてセラの居場所を特定する。そこで状況を探るには優子の方が
「だよな。セラさん、何してるんだろう」
変なことに巻き込まれてなければいいが。
「さて魔導を使いまくることになるからガッツリ食べるとするか。お前らも追加で何か頼むか? 遠慮するなよ。払いは俺だ」
二人は手を振って頭を横に振ってすでに満腹だと意思表示する。俺はデザートを注文する。杏仁豆腐っぽいのやプリンっぽいのを五人前頼んだ。高カロリーなやつ。片っ端から平らげていく。
「ヒロア、よくまぁそんなによく食えるよな……」
「見てるだけでお腹いっぱい」
黒瀬と優子が若干引いている。
「不測の事態に備えなきゃならんからな。低血糖で意識失ったらジ・エンドだし」
セルアの反応はすぐに見つかった。方角と距離を特定する。
「位置がわかった。ここから西だ。どこか建物の陰で転移しよう」
小声で二人に告げ、支払いを済ませ店を出る。
「ヒロアさん、ごちそうさま」
「あ、ご、ご馳走様」
優子につられる黒瀬。優子はこう言った配慮ができる。黒瀬、お前はこれからおいおい覚えていけばいいさ。
東西に伸びる大通り──迷宮都市の名にふさわしく、曲がりくねっているが──を西へ向かって歩き始める。
しばらく歩いたところで、人だかりが見えてきた。彼らが食い入るように見ているのは巨大な掲示板。帝国の官報だ。
『飛行兵器ついに完成! ディーザにて試験飛行は成功! これによって帝国は大陸支配を不動のものとする』
国威高揚の文言がデカデカと踊る見出しの下には、昨日見たデルタ翼の航空機の精緻なイラスト。制空権を手に入れた帝国は、周辺国家を蹂躙するだろう。
「空を飛ぶ兵器かぁ」
「古代遺跡の遺物か」
「俺、見たぞ」
「わしもだ」
「空から襲われたら何もできないじゃないか」
「帝国万歳」
掲示板を見つめる人々はやや興奮気味に話している。
だが今はセルアのことが優先だ。先を急ぐ。
セルアの反応を捉えた建物が見えてきた。大通りから少し奥へ入ったところにある、大きな宿屋。
「私が見てくるわね」
優子の姿が消える。
「何か変なことになってたわよ」
再び姿を現した優子は困ったような顔をして俺たちに告げたのは、俺にも分かりにくいセルアの状況だった。