優子が教えてくれたセルアの状況。
一番上等な部屋。若い男が若い女三人を侍らせてセルアと向き合っている。彼らの特徴的な服装からして東の王国民らしい。
男は自信満々な態度で自分の配下になるようセルアを勧誘中で、そいつ曰く女神から与えられた力を使って帝国を倒し、大陸に平和をもたらすとのこと。
女神ねぇ。女神信仰なんて聞いたこともないが。
「優子、そいつは狂人なのか……?」
素でそんなこと言うやつなんて見たことないわ。
「狂ってるようには見えなかったわ。それと顔がどう見ても日本人っぽいのよ」
「日本人?」
「そう。黒い髪に黒い瞳は別にここでも普通だけど、顔の造作が日本人そのものなの」
「それでセルアの様子は?」
「素っ気なかった」
だろうな。そんなアホをセルアがまともに相手するとは思えない。しかしそいつ、帝国を相手に戦うだと? 国家がバックについてるレジスタンスか何かなのだろうか? 悪の帝国と戦う抵抗勢力を気取っているが、それなりの勢力を率いているんだろう。そうでなきゃ頭がおかしい。
仮にだ。俺が今の魔導を使えるまま日本に戻ったとして、アメリカや中国、ロシアと戦えるのかって話だ。無理無理。
『あらぁ、あの子、私が面倒見た男の子だねぇ』
はっ? フゥジィ、お前が?
『私はね、不覚にも強制召喚されちゃったのよねぇ。でも誰もいない森の中だったから、どこに行こうかなーって考えてたら彼と出会ったのよ。彼は異世界から転移してきたんだーって言ってた』
なんだと! 黒瀬達と同じか。この世界って一体どうなってるんだ。ということは日本人確定か? ま、違う世界もあり得るだろうけど。
『私が受肉した神だって言ったらね、女神なら転移者に能力を与えるのが常識だろうなんて怒り出したのよ。ふふっ。そんな頭おかしい主張する人間なんて初めてだったから、面白くなっちゃって。少しだけ力を与えちゃったの』
“与えちゃったの”じゃねぇよ! どんな力だ?
『出会った人が彼を過大評価するようオーラを弄ったのと、人が使うにはちょっとだけ威力の高い火炎魔導ね』
代償は?
『脳細胞よ。うふふ』
うわ、性格悪いな。奴はそれを知ってるのか?
『さぁ? ま、脳細胞は一千億個以上あるから大丈夫じゃない?』
他人事ながら威力と代償のバランスが気になるけどな。
『でね。彼、他にも能力よこせってうるさかったから少しだけ脅かしたの。過ぎたる力は身を滅ぼすよって。ふふ。そしたら随分と怖がっちゃって』
この世界、普通に生きていくのに魔導なんかいらない。事実、魔導士なんて珍しい存在だからな。そいつは随分と欲深い。
『ねぇ、あの子が帝国を滅ぼせるか賭けない? 私って賭け事が大好きなの』
少々魔導を使えるからって無理ゲーだ。賭けなんか成立するもんか、いや、あいつのバックにどこかの国が……いや、ありえない。それほど千年帝国の国力は強大なんだ。
「ヒロアどうした?」
「すまん、ちょいと考え事してた。黒瀬、俺、セルアのとこ行ってくるわ」
俺はセルアのそばに転移する。若い男とセルアがテーブル越しに向かい合って座っていて、男の後ろには、姫様っぽい子、女騎士、痴女みたいな格好した子がいたが、俺の姿を認めると同時に警戒姿勢をとった。
「何者だ!」
女騎士っぽいのが剣を構え、俺に誰何する。
「この子の保護者だよ」
男は興味深そうに俺を観察している。
確かに顔は日本人っぽい。服装は青を基調にした東の王国風だ。覇気のない顔つき、ヒョロっちぃ身体、カリスマみたいなのを全く感じないんだが。
生活が顔つきや身体つきに出るんだぞ。
「ヒロア!」
セルアが椅子から立ち上がり、俺に身を寄せる。
「……お前は魔導士か」
「そうだ。悪いがこの子は連れて帰るぞ」
おうおう。初対面でお前呼びか。
「勝手なことを言ってもらっても困るな。悪いけどこっちにはダラド伯爵がいる」
「え?」
セルアは悔しそうに顔を歪めていた。
「お
「ドラゴンに変身できる皇女、そんな頼もしい戦力をスカウトする為なら、どんな手も使うさ。何ならお前も僕の配下にしてやるよ。転移魔導を使える魔導士は希少だからな」
広範囲の索敵魔導を展開する。すぐにダラド伯爵の居場所を特定できた。近くだ。
「セルアも俺もお断りだ。伯爵は三軒隣の宿屋か」
「……お前、ただの魔導士じゃないな」
複数の魔導を使えることが出来たら、国が召し上げるのは常識だ。俺はそうじゃないけど。
「さぁな」
優子、そこにいるんだろう? 彼女はこの状況を見てるはず。伯爵の救出、頼んだぞ。時間稼ぎとしてこいつの与太話に付き合うとするか。
「そもそも何者だ、お前?」
目の前の男は、俺と話をしたくて仕方ないように見受けられるし。
「僕はヒガキヨシオ。東の王国では英雄だ。気がついたら異世界転移してたんでね。君もそうだろう? 日本人じゃないの?」
「知らんな」
「“この言葉がわかるか?”」
こいつ日本語で話しかけてきた。すっとぼけておく。
「わけわからん言葉使うな」
「違うのか? てっきり日本人かと思ったよ。僕の世界の娯楽じゃよくある話なんだ」
そんなことが“よくある”のか?
俺が変な顔したからだろう、男は調子に乗って喋り出す。
「あ、異世界転移がわからないのかな? 僕みたいに選ばれた者が異世界へ転移して神から力を与えられるんだ」
異世界転移……そんなにありふれていたのか? うーん、知らんかった。
「そうか。見たところ随分と若いが?」
「僕が元いた世界では学生だったよ。ま、バカどもに嫌気がさして学校には行ってなかったけど」
……不登校だったわけだ。
「普通は転移前に神様からチート能力をもらうんだけど、この世界を管理しているのはおっちょこちょいな女神様でね、僕がこっちに来てから能力を与えてくれたんだ」
「へぇー、すごーい」
心底どうでもいいことだ。
「ヨシオ様、この男、バカにしてますわ」
「そうですね。ヨシオ様の力を見せてあげましょう」
後ろの女達が姦しい。
「どうしようかなぁ?」
ニヤけているヒガキ、俺のこめかみ辺りがチリリとする。
殺気だ。
俺はすぐにセルアを抱えて横へ飛んだ。赤い炎が俺の体を掠めて通り過ぎる。
こいつ……何考えてやがる。
俺が避けたのが意外だったのか、ヒガキは嬉しそうに拍手する。
「いやーすごいね。初見で避けたのはお前が初めてだよ。転移で逃げりゃ良かったのに」
何度も死線をくぐっていくうちに殺気がわかるようになるんだよ。
こいつ、本気の殺し合いをしたことないだろう。
「でも自惚れないで。今のは最小の威力、お前を消し炭にするのなんて簡単にできるんだよ」
「そうでっか」
その魔導、使いすぎないほうがいいぞ、と心の中で忠告しつつ、
「この力で野盗や手強いモンスター、金儲けに走る悪徳貴族どもをやっつけてきた。目立ちたくなかったけど……」
「ヨシオ様の力は我が王国では最強無比だ」
女騎士がそう言うと、他の女も同調する。そして三人とも“いかにもな”態度でうっとりした目をヒガキに向けている。キャバクラか。
「王は俺を召し抱えようとしたが断った。責任だのなんだの煩わしいのはごめんだからね」
「で、お前、何がしたいんだ?」
「帝国を滅ぼした後は、森を開拓してのんびり農業でもしながら暮らしていきたいのさ。スローライフさ。そして色々な種族を開拓民として迎えて、身分差のない平和な村を作る」
お前……。開拓や農業を舐めすぎだろ。農家やってる知人は割といたけど、“のんびり”とは程遠く、どれだけ大変かって知ってるぞ。
「身分による差別なんかあっちゃいけないんだ』
“身分差のない平和な村”ね。封建社会の国の中に、か。聞こえの良い言葉だけどな。周りとの軋轢をどうすんのかね、知らんけど。
「だけど問題がある」
「問題?」
「この大陸は千年帝国の横暴で戦争ばかりが起きている。東の王国にも帝国の魔の手が伸びてくるのは時間の問題さ。それなら僕が悪の帝国を倒して平和な世の中にする」
動機はわかった。
「後ろの女達を従えてか?」
「彼女達は頼れる仲間さ。剣聖、大魔導士、聖女。他にもいるぞ」
……頼れる仲間、ね。どう見てもお前の監視役兼籠絡要員だろうに。しかも全員ヒガキのお手つきだな、すぐにわかる距離感だぞ、お前ら。
「東の王国は止めなかったのか」
「王や貴族達に反対されたよ。僕が活躍して彼らより国民に感謝されるのが気に入らないんだろうね。小難しい理屈並べてたけど、魔導で黙らせた」
お気の毒に。
「帝国を倒すって具体的にどうするんだ?」
「皇帝を殺せばいい」
突っ込む気力は失せたが、一応聞く。
「皇族や貴族達も皆殺しか」
「そんなことするわけないだろ」
ん?
「倒すのは皇帝ただ一人だ。他は関係ないだろうって言ってるんだ。そんなことしたら僕のイメージが悪くなってしまう。人殺しは最小限にしてスマートにする」
んんー?
聞いてて頭が痛くなってきた。