邪神(命名は俺)であるフゥジィの召喚に捧げられた生贄は二百人。俺はカルト宗教の集団自決みたいに、どこか一箇所に集まり全員で、とイメージしたが、そうでもないらしい。
『あ、それはねぇ、あちこちで分散してたみたい。自殺だったり、ある者は親が子どもを手にかけたり。だからただの事件として処理されてるのねぇ』
これを聞いた俺は、自分の身体が血にまみれたような錯覚を感じると同時に、嫌悪感と不快感でどうにかなりそうだった。
『私をこの次元に降ろすんだから、それなりの代償はいるものよ』
生物としての成り立ちから全く違うこいつに、矮小な存在にすぎない人の倫理観は通用しない。フゥジィを召喚した奴らがろくでもないってのはわかった。
『私だって無理やり降ろされたんだからね?』
不意に爆発音が轟く。
俺がこっちで生を受けてから初めて聞く音。それはガス爆発か発破の音に近いものだ。
食堂にいた客達は次々に店の出入り口へ殺到し、何事かと辺りを見渡す。
「黒瀬、優子、セルアを頼む。俺は、ちょっと見てくる」
「わかった」
人垣を押し除け、店の外へ。路地裏へ飛び込み転移魔導を発動。目の前の景色が雑多な路地裏から、黒煙を吐き出しながら燃えている建物へと変わる。宿の屋上、四階建てか。
オレンジの細い光が空へ向けでたらめに放射され続けている、あれはヒガキの炎だ。何かを狙っているようだが、ちょっと遠い。さらに近くへ寄るために転移。
どうやらヒガキの狙いは空中を自在に飛び回っている人影のようだ。まるでヒガキを挑発するような動きをして、ヒガキは細く線状にした炎で撃ち落とそうと躍起になっている。
しかし人影の動きが明らかに速く、ヒガキの火炎放射は周囲の建物を徒に燃やすだけで放火魔と変わらない有様だった。
その人影、よく見るとフゥジィだった。
おい!
『私じゃないわよ。ここにいるじゃない』
娼館で頭と胸に剣を突き立てられたフゥジィの身体は帝国特務部隊の男が布を被せて持ち去った。それか。
『魔導士あたりが操ってるか、邪霊でも憑依させてるんじゃない? あの身体、それなりに気に入ってたのになぁ』
今空を飛んでいるフゥジィは、背中に異形の羽根、頭からは禍々しいデザインの黒い角を生やしている。手足の先は毛深くなっていて、まるで悪魔じゃないか。
悪魔っ娘フゥジィ(仮称)は、自在に飛び回りヒガキを翻弄しているものの、攻撃はしていない。対するヒガキは真っ赤な顔をして火炎放射を撃ちまくっている。あいつ……取り乱して加減するのを忘れているぞ。
魔導士が魔導を使うのは、慎重にタイミングをはかってからだ。無闇矢鱈と使うバカはいない。それは代償の大半が判明していないためだ。髪や爪、歯みたいにわかりやすい代償ばかりじゃない。そのため自ら使用限界を試すことは決してやらない。下手すりゃ命と引き換えになるからだ。
戦争中、敵に追い詰められやむを得ず高威力の魔導を連発して命を落とした魔導士は珍しくない。そうやって死んだ魔導士を解剖すると、肝臓や膵臓、腎臓が消えてたりする。俺自身は骨が綺麗さっぱり無くなって肉袋のようになった魔導士の成れの果てを見たことがある。
あいつヤバくないか?
『そうねぇ。あんなに連発して大丈夫かしらぁ』
能力を与えた本人が呑気だなおい。
『知らないわぁ。使うのはあの子だもん』
口調とは裏腹に冷たい響きで言い放つフゥジィ。そうだよな。こいつにとって人間なんて微生物以下の存在なわけだし。
悪魔っ娘フゥジィとヒガキの対決は突如として終わる。ヒガキの火炎放射に焼かれる悪魔っ娘フゥジィ、あれ自分から当たりに行ってなかったか?
同時に倒れるヒガキ。三人の取り巻き女が慌てたようにヒガキに駆け寄るが……お前達なんの手助けもしてなかったよな?
どうにも釈然としない幕切れ。俺はさっきの路地裏に戻り、店の外に出ていたセルア達に合流する。
「道を開けろ!」
大声をあげながら通りを走るのは火消しに急ぐ兵士の集団、水の入った樽を荷車で運んでる。どこもかしこも人でいっぱいだ。
「何があったんだ?」
黒瀬達に説明する。
「例のヒガキと悪魔っ娘が戦って、共倒れした」
「悪魔っ娘?」
「俺に取り憑いてる邪神の身体の方」
「ヒロアが抱いた女か」
セルアさん、こんな時に半目で睨みながらチクチク突くのやめてもらえませんかね?
「それがなんか知らんが角やら羽根を生やして空飛んでて、ヒガキはそれを撃ち落とそうと魔導を連発してたんだ」
「どういうこと?」
優子も黒瀬もわからないって顔してる。
「フゥジィの肉体を持ち去ったのは帝国だ。フゥジィによると魔導か何かで動かしてるんだと」
「あ、そういうことか」
周囲にいた街の人々が口々に状況を噂しあってるのが聞こえてきた。
「邪神教団の襲撃らしいぞ」
「怖いねぇ」
「東の王国から来た英雄が立ち向かったそうだ」
「相討ちだとよ」
「物騒だよなぁ。邪神教団をちゃんと取り締まれよな」
「宗教に熱をあげる奴は頭おかしいのばっかりかよ」
「だから皇帝陛下が取り締まるのか」
うーむ。宗教を禁じられている帝国で邪神教団がテロを起こす、それを防いだ東の王国から来た勇者。
帝国としては宗教のイメージダウンを民衆にアピールして宗教弾圧がやりやすくなり、東の王国としては増長した英雄の厄介払いを自らの手を汚すことなくできて、両者win-win!
……仕込みだよな、これ。
セルアも俺と同じ考えに至ったらしく、苦笑いを浮かべ吐き捨てるように呟く。
「よくあることだ。おおかた東の王国が帝国に持ちかけた話であろうよ。どれほどの見返りを払ったのか知らぬが」
ヒガキ。突然この世界に放り出され、偶然フゥジィに出会って面白半分に魔導を与えられてしまった少年。黒瀬と優子みたいに日本へ帰る手段を模索していれば、違った未来もあっただろうに。
この後ガロウの宿に戻り、俺はモヤモヤを胸に抱えていたが、ベレタとルサの子守りで気を紛らわせた。軽い気持ちでプロレスごっこに興じたところ、ルサのニードロップを胸にくらって、俺は悶絶して皆に笑われる。俺も痛みに耐えながら笑った。