邪神教団のトップ、そいつから指定された場所は街の外れにある巨大な倉庫だった。
石造りの二階建て、ショッピングモールほどの高さと広さ。ガロウにそれとなく聞いたところ、ディーザの領主ディーザ侯爵が管理するものだそうだ。
建物の入り口が見える場所へ転移して、フゥジィに探ってもらう。
『地下に集まってるわね。魔導封じの処理がされてるよ』
まぁそうだろう。貴族の所有するものだ、セキュリティは万全にするはずだ。
でもフゥジィには関係ないんだろう?
『そうね。私の力は魔導じゃないから』
じゃよろしく。
自分が使う転移魔導に似た感覚で目の前の景色が一瞬で変わる。
やたら広い部屋、壁に沿って並ぶ篝火や蝋燭の灯りで、数十人、いや百人近い老若男女が集まっているのが見えた。
いきなり高さ二メートルほどの空中に出現した俺(姿はフゥジィ)の方へ、全員が一糸乱れず揃った動きで頭を向けてきた。俺(姿はフゥジィ)だとわかると全員が平伏する。全く同じタイミングで。
ベレタと同い年ぐらいの子どもから禿頭の爺さんまで。服装も役人ぽいのや、兵士、貴族の従者風の者、町娘や娼婦にしか見えないのまでバラエティに富んでいて、唯一の共通点が全員無表情な顔ということだ。
───教団の信者はどこにでもいるというのは嘘じゃなさそうだ。
「我を強制召喚した者の顔を見に来てやったぞ」
俺は精一杯、人を見下した感じで言い放つ。
「生命を司るカテレル・コストロよ、どうか私どもに慈悲を。平にご容赦を」
「あなた様の顕現は我らの悲願ゆえ」
「私たちの希望をどうかお聞き届けくださいますよう、伏してお願い申し上げます」
一人ずつ順番に語る彼ら。練習でもしたのか。芝居じみているようで気色悪い。
『へぇ。この子達、九十六人で一人の人格ね』
は?
『全員で一つの生き物ってことよ』
……ん? 本人は別のところにいて、こいつらは傀儡ってことか?
『ううん。魂は確かにここにあるわぁ』
考えるのは後にするか。
『ふむ。我は寛容でな。して、何用があって我を召喚したのだ?」
「古き書物にあります通り、あなた様は高位の神」
「あなた様はかつてこの大陸に君臨し、ドラゴンを人の元に遣わし、様々な知恵を授けておられた」
「千年帝国よりずっと前に栄えた帝国が興った頃に、神の世界へと去っていかれました」
「その帝国はあらゆる技術を発展させ、星の海へすら足を伸ばすほどになりました」
セリフを分割して一人ずつ話す……ほんと、何なんだよ。
「しかし戦火によってその文明は失われました」
「その核心となるものは霊峰にございます」
「しかし千年帝国は愚かな過ちにより、霊峰へ立ち入ることを禁じられました」
「私どもにそれは耐えられません」
「古代帝国が遺した素晴らしき文明の産物を求めてやみません」
「どうか、再び我ら人間の上に君臨なさること、伏してお願い申し上げます」
彼らは順番に話していく。
あんなこと言ってるけど、今の話に出てきた神ってフゥジィじゃないんだろう?
『そおよぅ。そういうことが好きなのもいるけど、私はそんな面倒なことしなーい』
「帝国の特務部隊があなた様に無礼を働いた件、我らの不手際でございます。ひらにご容赦を」
「気にしてない」
「それとあなた様の肉体を使っての茶番、我らは傍観するしかできなかったことも」
「それも私には関係のないこと。今はこの男を依代にしているからな」
「その男はドラゴンへ変化する皇女を伴い、霊峰を目指しているそうでございますな」
一番小さな男の子が、まるで年寄りのような口調で言う。なるほど、“九十六人で一人”というのは間違いなさそうだ。
「そうだ。言っておくが、我は汝ら人間に干渉する気はない。好きにせよ。ただし我にも干渉するな」
全員が全く同じ顔で驚く。
「そ、それは」
「我は望んで降りてきたわけではない。粛正されないだけ、ありがたく思え」
全員が全く同じタイミング、同じ動作で項垂れる……シンクロナイズドスイミングみたいだよ。
「お待ちください、カテレル・コストロよ。あなたの血を引く我らに、帝国を退けるのに必要な祝福を。どうか」
霊峰にある古代帝国の遺産が欲しいのは本当のようだが……何か隠してるようにも感じる。
こいつらの企みはどうでもいい。俺としてはこいつらにテロを起こさせないようにしたいだけ。なら命じておくか。
「ならば約束せよ。今後百年は人の命を尊重することを。他者の命も含めてだぞ」
「そ、それは」
「汝らは命を創り出せるのか?」
「……い、いいえ」
「我がこの
「……」
「百年待てば汝らの望みを叶えてやろう」
「あっ、ありがたき幸せ」
まただ。一糸乱れず全員が顔を上げたかと思うと、物真似大会みたいに同じ顔と動作で喜んでいる。本当に気持ち悪い。
ちょっと視覚的にも脅しておくか。
おいフゥジィ、身体を……そうだな十メートルぐらいにしてくれ。できるだろう?
『簡単よぉ』
俺の視点は急激に高くなり、身体が拡大するのを感じる。
ついでに、瞳を金色にしてくれ。
『いいわよ』
そして全員を睨みつけたまま、一歩前に踏み出す。おーおービビってる。
「我、カテレル・コストロが命ずる。百年待つが良い。その間、汝、何人も殺すなかれ」
「確かに! お約束いたします」
全員が合唱する。
そうして転移して倉庫の屋根に着地した俺は、フゥジィと打ち合わせをする。
あいつら、何か隠してるよな。
『そう? 私にはわからないわぁ。人間なんてみんな同じだしぃ。あ、でもあそこにいたのは人間とは言えないかなぁ』
どういうことだ?
『あれは集合型生命体ね。あの九十六人で一つの生き物なの』
はあっ?! 何じゃそりゃ!
『たまぁにいるわよ。他の生き物のDNAを自分に取り込んで同化する。その後に擬態して、取り込んだ生き物のコミュニティに紛れるの。あれがその気になればこの
そういう化け物か! もしかして他の
『そうね。この
なんてこった。とんでもない化け物じゃねぇか! それが邪神教団を支配してるわけか。弾圧なんて無理だ。
ん? 待てよ。この
『さぁ? ここは住みにくいんじゃないかなぁ』
そうか。あ、もしかしてこの
フゥジィを召喚するのに二百人の生贄を捧げたってのも、要は自分の一部を使ったと考えていいのか?
『そうねぇ。あなたで例えたら、髪の毛や爪を捧げるような感じ?』
なるほど。あそこにいたのが全部ってわけじゃないかもしれないな。あちこちに自分がいるわけか。情報収集も、テロ行為も思いのまま。
まいったな、エイリアンまでいるのかよ、帝国。
あれを殺す……のは不可能だろうな。一人でも残ったらそこからまた増える。とことん
『生物の生態は多種多様だからね? 単体生殖のもいれば、分裂して増えていくのもいるし』
宇宙は広大だ。想像もつかない奴も当然いるということか。
俺がカテレルなんとかという神を騙って命じたから、百年間は大人しくしているだろう。好戦的な性質でもなさそうだし。
奴が何かするにしても未来の人間が何とかする……よな?
俺はそこまで生きちゃいないが、気にしないことにした。俺がどうこうできる範囲を遥かに超えた問題だ。なるようにしかならん。