『隣の大陸に二人、同じように補足された子がいるわよぉ?』
黒瀬と優子の体が突然光を帯びたが、それは地球にいる黒瀬の妹、つまり神様による補足らしい。そしてフゥジィが告げたこと、それが冒頭のセリフ。
「黒瀬、フゥジィがここの隣にある大陸で、あと二人、同じことされたって言ってる」
「何?」
黒瀬と優子が驚きを浮かべる。
「あっちでの仲間だろう?」
「あ、ああ。そうだろうけど、誰だろう」
「今なら俺の転移魔導が無制限に使える。迎えに行かないか」
「いいのか?」
「当たり前だろう。セルアもいいよな?」
「もちろんだ」
まずはベレタとルサを宿まで送る。
「すまないな、ヒロア。いつも子守してもらって」
「気にしないでくれよ」
「それとな、ちょい耳を貸せ」
「?」
言われた通りガロウに顔を近づけると、小声でこう呟かれた。
「近いうちにここらで、邪神教団絡みで特務部隊が派手に動く」
「!」
ガロウは黙って頷く。さすがは貴族がバックにいるガロウ、宿の主人として裏社会にもコネはあるだろうし、裏情報はお手のものなんだろう。
「助かるよ」
「ベレタとルサの泣き顔を見たくないだけだよ」
部屋へ戻り、ガロウが教えてくれた情報をセルア達に話す。
「特務部隊がこの都市の官警や軍も動員して、しらみ潰しに教団の炙り出しをするのだろう。粛正に動くやつらは徹底してやるぞ」
さすがセルアは詳しい。彼女のことを誤魔化せそうにないな。
「それにしても隣の大陸か。ほぼ情報ないんだよなぁ」
マスコミも何もない世界。隣の国、それどころか隣の都市のことすら情報は多くはない。それが貿易のようなことすらやっていない隣の大陸は未知数だ。
「セルアは何か知ってるか?」
「何度かそれなりの規模で海兵を送り込んだとは聞いたことがある」
セルアも皇族。色々と知っている。
「判明しているのは、この大陸言語とは異なる言葉を話す者達が住んでいて、それらは人を喰らうという」
「人を喰らう?」
「見かけこそ私達とそう変わらないそうだが、最初に上陸した海兵がかなり被害にあった」
「げぇぇ……人喰い部族かよ」
黒瀬が顔を顰め、心底嫌そうに吐き出す。
「そういう映画を見たんだ。すっごく気持ち悪いんだぜ」
俺の視線に気づいた黒瀬が教えてくれた。人喰い部族ねぇ。昭和の頃、地球は平成に比べてずっと広かったんだな。バミューダトライアングルとかアマゾンの未開部族とか世界は謎に溢れてた。
セルアは続ける。
「今も西の沿岸都市マルハスに駐留する海軍が、偵察と調査を続けているはずだ」
西かぁ。ここ迷宮都市ディーザは東だから、まるっきり反対側か。
「じゃまずはそのマルハスへ移動して情報をある程度仕入れてから行こう。黒瀬と優子もそれでいいか?」
「ああ。俺たちの仲間ならそこまで心配しなくてもいいと思う」
黒瀬と優子の仲間だもんな。ただ者じゃないだろうさ。
「セルア、そのマルハスって都市は宿屋とかある感じ?」
「軍港だからな。外から、ましてや陸路で民間人が入ることはない」
「なら野営か。黒瀬、まず身の回りのものや食糧を調達だ。で、明日転移する」
「わかった」
俺たちは手分けして買い物に出かけ、夜は早めに就寝とした。翌朝、ガロウの宿を発つ時、ベレタとルサが盛大に泣いた。
「いやだぁぁ! ヒロアァァ行かないでぇ」
「うわぁぁーん」
しゃくりあげるぐらいのギャン泣きだ。ベレタは俺、ルサは優子の足にしがみついて、ガロウや宿の従業員がやっとのことで引き剥がす。
「ベレタ、ルサ。ヒロア達が困ってるじゃねぇか」
ガロウも困りきっている。いかん。俺も泣きそう。俺は涙と鼻水とヨダレでグシャグシャの二人に「また来るから」と再会を約束する。
「ほんと? きっとだよ!」
「えぐっ うぐっ」
「ああ。絶対だ」
子どもに泣かれると結構クるんだよな……。そしてふと思う。俺の家族の記憶が曖昧なのって、イズミによる、俺のメンタルケアじゃないかと。
もしも妻や子どもとの思い出があったとしたら。俺は今のように、死を受け入れた上で、この世界へここまで馴染めただろうか。
……いや無理だな。戻れない日本、会えない家族のことを思い出しては鬱々としただろう。ほんの数日触れ合ったベレタとルサに対してここまで情が湧いた俺。正気じゃいられないかもな。
完全に人目が無い路地裏へ入り、大陸の西の端にある沿岸都市マルハスへ一気に跳んだ。海からやや離れた位置にある小高い丘の上。潮の香り。
フゥジィのサポートが無しでは無理な距離だ。
『感謝してほしいな』
ああ。ほんと助かる。
東にあるディーザから、ここまで少なく見積もっても数百キロ。昏倒覚悟の転移を数十回やらなきゃたどり着けない。