「ミィタじゃないか!」
「お久しぶりですね」
ミィタはかつて、地下の謎めいた施設に囚われていたドラゴンだ。分身を使って、村長の娘としてあの村で暮らしていた。
別れ際にミィタはしばらくどこかの人里で暮らすと言ってたが。
「あなた達のことを聞いて、飛んできました」
文字通り空を飛んできたんだろうな。
「ここでも同胞を助けてくれたのですね」
「いや、それはたまたまで……」
「私からも感謝を」
ミィタは優雅な所作で静かに頭を垂れた。
「こっちこそ、協力に感謝するよ」
「お安い御用ですよ。送るのはあの人達ですね?」
そう言うとミィタは黒瀬達に目を向ける。
「うん、そうだ。よろしく頼む」
黒瀬と優子も頭を下げ、河野さんと霧丘君もそれに続く。
「寧ろこうも早く助けてもらった恩返しができるなんて、嬉しい限りです」
笑顔のミィタ。この子(ドラゴン)は気立てが良いなぁ。
すぐに彼女の姿は消え、彼女の本来の姿、全長三十メートルほどの
白と薄い紫の毛並みは陽光を反射して、神秘的な美しさを見せている。
俺は改めて黒瀬達に礼を言う。
「黒瀬、優子、色々と助かった」
「向こうへ戻してもらえることに比べたら、何もしてないに等しいぞ」
「そうよ、ヒロアさん。ありがとう」
ニヤリと笑う黒瀬と微笑む優子。
霧丘君が一歩前へ出る。
「ヒロア君、本当にありがとう」
「お、そうだ。霧丘君にも言っとく。君がおっさんになった時、困ってる若者がいたら手を貸してやってくれ」
「うん。約束する」
「ヒロアさん、ありがとうございます!」
河野さんが勢いよく頭を下げる。
「君にはかなり手助けしてもらったし、俺も感謝してるよ」
巨大化した河野さんが海蜘蛛を捕まえてくれたから、俺たちは容易く奴を倒せたからね。
「君らのいた頃より少し先の未来に俺の妻や子どもがいるんだ。奴らの殲滅、お願いするよ」
「任されました!」
元気いいな、河野さんは。
「ヒロアさん」
すっと優子が近寄ってきた。
「セルア皇女と仲良く、ね?」
「……はいはい」
小声で耳打ちしてくる優子に対して適当に相槌を打つ。セルアと優子、かなり親しくなってたもんな。
セルアは静かに俺達を見つめている。ずっと日本語で会話してるけど、ニュアンスはわかるだろう。
さ、フゥジィやってくれ。身体の主導権を渡すぞ。
(いいわよぉ)
まず身体が変形して行く感覚。以前と同じだ。
俺の身体変化を初めて見る河野さんと霧丘君は目を見開いているが、黒瀬、優子、ミィタは動揺していない。
「じゃぁ始めるわよぅ」
もう俺の声じゃないし、姿も完全にフゥジィになっていた。
「さ、力を貸してねぇ」
ミィタの方を向く
次の瞬間。
黒瀬達の姿が一瞬で消えた。まるで最初からそこに誰もいなかったみたいに。
わかってはいたことだが、いざこうなってみると寂しさが込み上げてくる。彼らと過ごした時間は長いとは言えないが、一緒に密度の濃い経験をしたからな。
おいフゥジィ、黒瀬達はちゃんと日本へ帰れたんだよな?
「ふふっ。契約を違えることはないわぁ。安心なさい」
(そうか。感謝する)
「これから面白く踊ってね? じゃあねぇ」
ん? 何のことだ? 身体は元に戻ったが、何かおかしなこと言ったな、フゥジィ。
───今まで俺の意識の中に居座っていたフゥジィの存在感が消えている。
頭にぽっかりと穴が開いたような喪失感。
同時に。
封じ込められていた記憶が一斉に解き放たれた――まるで脳内に爆弾が炸裂したかのように。
これは。
靄がかかったようにぼんやりしていた俺自身のこと、妻や娘のこと、両親のこと、住んでた家のこと。それらの記憶が映像と情報が洪水の如く頭の中に流れ込んでくる。
「うあっ」
たまらず地面に膝をつく。地面が揺れている、いや目眩だ。気持ち悪い。あ、倒れる。
「ヒロア! どうした」
セルアがバランスを崩した俺の身体を支えてくれた。
「……フゥジィが俺の中からいなくなったみたいだ」
「……それは喜ぶところだろう?」
「あ、ああ。それと今まではっきりしなかった記憶が一気に甦った」
「記憶?」
「俺のこと、妻や娘のことだ」
「……」
「フゥジィがやったと思う」
「何かまずいのか?」
「いや、まずくはない。まずくはないんだが……」
「どうしました?」
ドラゴンの巨体が消え、ミィタが現れる。
「ああ、ミィタ、協力ありがとう……いや、ちょっとな……」
「あなたの中にいた高位存在が離れたのですね?」
「ああそうだ。それと、うっ」
激しい眩暈が俺を翻弄する。
「無理して話す必要はありません。彼らは無事に向こうへ帰りました」
「ミィタ、わかるのか?」
セルアが俺の代わりに問う。
「ええ。彼らの痕跡を追えばわかるんです」
さすがドラゴン。すごい。フゥジィが嘘をついているとは思ってなかったが、これで一安心だ。良かった。
───!
俺の目に映った光景。
セルアとミィタの後ろに突如現れる青い装束の男。
「セルア……」
男の姿を認識した瞬間、雷に打たれたような衝撃が体を貫いた。目の前が暗転し、意識が深く沈んでいった――。