十人の男達――正確には一人だが――による手厚い看護のおかげで、俺とセルアは二日後には快復した。
「改めて感謝する。お前らがいなかったら危ないとこだった」
「礼には及びませんよ」
「今更だが……なんて呼べばいい?」
「個体に名付けをする習慣はありません。お好きなように」
名前ないのかよ。
そうだな、あの有名な擬態クリーチャーから名前をもらうとするか。
「じゃあ“エックス”と呼ばせてくれ」
「“エックス”ですか」
「わかりました」
「その名で呼んでください」
「ヒロアさん達はこれからどうされるので?」
「ん、ここで宿屋しようと思っててな、しばらくはその準備だ」
「そうなのですね」
「エックスはどうするんだ?」
「元々は遺跡調査が目的です」
「私の目的に沿うものが見つかるまで続けます」
何を? とは聞かなかった。
「そうか。俺とセルアはもう大丈夫だ。世話になった」
「お安いご用です」
「一人、残していきましょうか?」
「ありがたいが、それは遠慮しておく。俺達で何とかするさ」
「そうですか」
「幾らかの食料を置いていきます」
「すまん。助かる」
そうしてエックスは出立した。彼らの姿が見えなくなった後、セルアの方へ向き直る。
「セルア、ひとつ言っておくことがある」
「どうした?」
セルアはエックスを苦手としていて、彼らがいる間ほぼ口をきかなかった。何の感情も人間性も読み取れないエックスの“目”が不気味でしかたないとこぼしている。
「俺、魔導が使えなくなっている」
「どういうことだ?」
「フウジィの存在が消えた後、感知魔導ができなくなった」
「……」
「昨夜、こっそり転移魔導を使おうとしたけど、不発だ」
「亜神に何かされてたのか」
「何となくだが違うと思う」
「ほう。ではなぜ?」
「体内の魔導ゲートは今もあるのを感じている。これは想像だけど」
とは言うものの確信に近い。
「俺と言う人間、正確にはヒロアキとして生きていた自分のこと、妻や娘のことをはっきり思い出したからだと思う」
セルアは怪訝な顔をしている。
「それがどう作用したというのだ?」
「日本、いや地球では魔導というものは存在しなかった。もしかすると世間が知らないだけで使える人間もいたかもしれないが、少なくとも存在はしていないことになっている」
「ユウコの能力は魔導ではないと言っていたな」
「ああ。彼女のは吸血鬼としての能力だし、黒瀬の使う力も神様由来のもの。河野さんの巨大化も魔導じゃないって黒瀬から聞いた」
魔導は高次元にいるとされる高位存在の力を“借りている”。
「ヒロアとして生きていた頃と今の俺は全く違う。『こんな超能力みたいなもの、ただの人間に使えるわけがない』と無意識で思ってるんだろうな」
「……認識の問題か」
「そうだ。日本での常識と言い換えてもいい。だからこそイズミはその記憶を封じていたんだと思う」
「生前の世界が足枷となる、か」
すっとセルアが俺の手を握る。
「魔導が使えなくなったこと、不安か?」
「え? いやぁ、そうでもないかな。転移魔導が使えないのは、その、すごく困るけど、それ以外は、まぁ何とかなるよ」
「そうか」
「移動手段だけはどうにか手に入れないとな」
徒歩で移動するには、世界は広すぎるんだ。
「俺達が霊峰にいることと、セルアにつけられた魔導封じ、これからは帝国の刺客は心配しなくていいはず」
「私もそう思う」
「宿屋をするってアイデア、一気にハードル上がったけど、どうすりゃいいか考えよう」
今は昼頃だろうか。
「外で昼飯にしないか? 今日はそんな気分なんだ」
「それはかまわない」
セルアと二人、遺跡の外へ出る。霊峰の雪化粧をした頂上付近を見上げて改めて実感するが、霊峰はとてつもなく大きい。富士山には観光で行ったことあるが、それと比べたら何倍ものスケールだ。
俺達がいる場所は二合目といったところかなと考えつつ、昼食の準備に取り掛かる。
「ヒロア、ここは登山道だから霊峰へ入る調査隊は必ずここを通るはずだな?」
「その通りだよ」
「次に通りがかった調査隊に、これを買い取ってもらうとするか」
セルアは首からネックレスを外す。受け取ると見た目よりずっと軽いのに少し驚いた。
「これはハルミヤ鋼という金属だ、高値で売れる」
「これが……」
色といい、軽さといいチタンによく似ている、それがハルミヤ鋼。実はドラゴンが死んだ後に残るという希少な金属で、加工次第では武器にも装飾品にもなる。
「さすがは皇女様ってとこか」
「皇族は誰でも身につけている」
「先立つものがない今じゃ、ありがたい。セルア、助かるよ」
こうして俺達は霊峰への入り口にあるこの遺跡で、しばらく暮らすことになった。物々交換の内容を考えておくか。