次から次へと! 少年魔導士の受難は続く   作:はるゆめ

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第四十四話 宿の名前は無い

「ヒロア、起きろ」

「う〜ん、あと五分」

 

 セルアに揺り起こされるのが日課になっている。

 

「“ゴフン”経ったぞ。ほら起きろ」

「おい、それ短すぎる……」

「いい加減習慣を改めろ。もう三ヶ月になるぞ」

「カレンダー無いのによくわかるな。セルアすごいわ」

「皇族の嗜みだ。月日の経つのは早い。まぁヒロアの料理も随分と上達した」

「そりゃあセルアの舌が肥えてるおかげだよ」

 

 こんなやりとりしながら、日の出前に起床。

 俺達の日課が始まる。

 洗顔の後、俺とセルアはラジオ体操もどきで体作りだ。

 それから二人で朝食の準備。と言っても俺達のではない。宿泊客の朝食だ。

 

 黒瀬達を地球へ送った日から三ヶ月が経った。

 俺達は一週間ほど遺跡で寝泊まりした後、麓に広がる都市カリドヤへ住み込みの仕事を求めて霊峰を下山したのである。宿屋を開業するための資金稼ぎだ。

 

 日雇いの仕事をこなしていたところ、都市を治める帝国貴族から使いがやってきて、面会をすることになった。

 

「カリドヤ侯爵です。セルア皇女にお力添えをいたします」

 

 胸の辺りまで伸びた髭が立派な貴族――カリドヤ侯爵――によると中央から皇女であるセルアに援助せよとのお達しが来たそうだ。

 ちなみに侯爵はセルアがお尋ね者だったのを知らなかったので、政治中枢には関わってないんだろう。多分。

 

 カリドヤ侯爵は霊峰入り口付近にある廃業した宿屋、家具や調度品全てを用意した上に、税金の免除までおまけしてくれた。

 この帝国側の手のひら返しは不気味で、大きな対価を要求されそうだと俺は少しだけ憂鬱になる。

 何人かの侍女をセルアにつけるという侯爵の提案を丁重に断り、俺とセルアは二人で住むことにした。

 

 こうして俺とセルアは宿屋の主人と若女将になった。

 

 普通の宿屋が持て余す調査隊が俺達の顧客。カリドヤ侯爵の紹介状を持ってくる、つまり貴族やら王族がリーダーをつとめる調査隊だ。

 

『どうか! 何卒! お願いします』

 

「侯爵が土下座する勢いで頼んできたもんなぁ」

 

「あの時か。侯爵としても他国の王族や貴族が参加している調査隊など頭痛の種であろう」

 

「そりゃ俺達の宿に押し付けたくなるよなー」

 

 俺としても金払いの良い上客だし、セルアが帝国の皇女ということで、宿泊客も行儀良くしてくれるから助かってる。

 

「ふっ」

「何を笑うことがあるんだ、ヒロア」

「だってさ、ガロウと同じ宿屋をすることになったから。笑えるよ」

 

 迷宮都市ディーザの安宿街にて貴族専用の宿の主人ガロウとその娘たち、ベレタとルサを思い出す。元気してるかな。

 

「おしゃべりはいいが、調理を疎かにせぬようにな」

「あいよ」

 

 俺は雑穀のおかゆを煮込みながら返事する。セルアも“宿屋の若女将”が板についてきた。

 

「働くというのは新鮮な経験だ」

 

 こんな感想を漏らしている。皇女だから普通に働くなんてしたことないだろうしな。

 

 今のところ月に一組か二組が泊まるだけなので、忙しくはないがそのうち従業員を増やす必要に迫られるかもしれん。

 

 セキュリティは万全。なぜかって?

 帝国の方針転換のおかげで、カリドヤ侯爵軍の兵士が巡回してくれるのと、セルアに特務部隊の護衛がつくことになったからだ。

 

 特務部隊のことは誰にも何も言われてないが、セルアが気が付き、俺に教えてくれた。感知魔導を使えば俺も気づけたんだが。

 

 魔導を使えない不便さにも慣れてはきたが、毎日朝食の準備が済んだら少しの時間を使って再び魔導を使えないものかとあれこれ模索をしている。

 今やっているのは体の中心に意識を集中するほうほ。以前は当たり前のように感じていた魔導ゲートがさっぱり感じられない。

 今日も無駄な時間に終わったとため息ついていると、廊下で声をかけられた。

 

「ご主人、朝食はできておりますか?」

 

 細マッチョの若い男。彼は今泊まっている調査隊の副隊長だ。

 

「できてますよ。食堂へ行かれますか?」

 

 俺は最高の営業スマイルで答える。なにせ太客だから。

 

「はい、もうしばらくしたら」

 

 彼も気品ある態度でそう告げると礼をして踵を返した。

 はるか南にある小国からやって来た総勢十名の調査隊、隊長は第五王子だと名乗ってた。王位継承権が低いゆえに、小規模なんだろう。

 が、彼らは宿泊費以外に心付けを渡してきた。

 

『セルア皇女にお目通りかなったことに対する謝礼です』とか何とか。断るのは大変失礼にあたるとセルアに教わったのでありがたく頂戴した。宿泊費と変わらない額だったので俺はビビった。

 

 セルアは末端の皇女とは言え、れっきとした帝国の皇族だ。小国の王子ではまず会えない。

 

 建前としてあくまでもセルアは宿の若女将だから、過剰な礼は不要だと伝えているが、彼らはセルアに対しては恭しく接している。

 

 俺達の宿は高貴な立場の人間専用ということで料金設定は高い。一般の宿の数十倍もする。これはカリドヤ侯爵のアドバイスで決めた。

 暗殺のリスクが一切ない人間が経営する宿っていうだけで価値が跳ね上がるとのこと。

 安全は無料じゃない。

 戦乱の世の中だし、薄暗い闇を抱えているのはどこの国も同じだ。

 そんなことを考えながら俺は食堂へと急ぐ。

 

「セルア、そろそろ客が来るぞ」

「わかった」

 

 前掛けエプロンをつけたセルアは、その特徴ある髪を除けば宿屋の看板娘っぽい。

 しかし白の中に紫が混ざる大陸で唯一の髪は、彼女が帝国の皇族であることをアピールしている。

 セルアはもう炭で髪を染めてない。追われる立場じゃなくなったので隠す必要がないからだ。

 

「良い朝ですね、ご主人」

 

 爽やかな掛け声とともに入ってきたのは隊長の第五王子。バシトゥンサーマダルだ。長いな。見た目は男子高校生ぐらいだが、立ち居振る舞いが王族らしくすごく洗練されている。

 

「おはようございます」

 

 俺は頭を下げる。───そしてセルアは接客しない。正確には、自分からは喋らない。これが皇族という立場だそうだ。

 

 俺とセルアはテーブルへ料理を運ぶ。雑穀のおかゆに卵焼き、野菜の漬物だ。

 

 彼らは今日霊峰へ向けて出立する。だから消化の良いメニューをチョイスした。

 

「予定の時刻に出立します」

 

 バシトゥンサーマダル王子は爽やかに話しかけてきた。絵に描いたような王子様だ。

 

「私どもも調査の成功をお祈りしております」

 

 現代の地球でも及ばないオーパーツだらけの古代遺跡、解析して使えるものがどれほどあるんだろうか。帝国みたいに発掘した航空機を複製し、実際に運用するなんてレアケースもいいところだ。

 

「ありがとう。帰りもまた世話になります」

 

 何とも腰の低い王子様である。

 

「お待ちしております。皆様のご安全を」

 

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