船酔いで寝込んでいるセルアに侍女が耳栓を挿し込む。
俺はそのまま小隊長のいる第二艦橋へ兵士と一緒に走っていく。ここは陸戦隊の作戦指揮室を兼ねている。
小隊長は俺を見ると横目で尋ねる。
「セルア様はどうだ」
「ダメだね。船酔い継続中」
「そうか。全員耳栓を用意!」
そこにいた全員、耳栓を用意する。離れた位置にいる偵察船の前に海中から触手が数本飛び出した。太さはドラム缶ぐらいだろうか。
以前マルハスの軍港で見た海蜘蛛のものと同じに見える。
おいおい。あれは他にもいたってことかよ。つまり次元を越えて同胞を送り込むのはまだまだいるんだ。
───聞こえてきた。
オーケストラが出鱈目に演奏しているような不協和音。
「耳栓を装着!」
小隊長が叫ぶ。
俺はあえて耳栓をせず、しばらく海蜘蛛の鳴き声らしき不協和音に耳を傾けてみた。
やはりな。
マルハスで俺と黒瀬、優子、霧丘君、河野さん、地球から来た人間には影響がなかった。俺の肉体もイズミが地球から持ち込んだDNAから培養したクローンだから地球製だ。
事前にそのことは伝えてある。俺は小隊長に『異常なし』とハンドシグナルで伝える。
偵察船は触手へ攻撃を開始した。ここからだとはっきり見えないが、ダメージが通っているようには見えない。
足元に響く重低音。
この軍艦の武装が起動した音だ。
甲板にマンホール大の穴が次々と開き、何かがすごい勢いで飛び出していく。『自動追尾式高速飛翔体』、つまりミサイルだ。
目で捉えられない速度で命中したらしく、触手にいくつもの爆発が起こる。
他の艦も発射しているようで爆発は絶え間なく、五本ほどの触手が千切れて海中へと沈んでいった。
すると慌てたような挙動で触手は海中へと引っ込んだが、さらなる追加攻撃が加えられたらしい。何本も水柱が波間に立っていく。
不協和音はもう聞こえない。小隊長は警戒した目つきのままだが、口元が僅かに緩んでいる。
「マルハスでの雪辱、果たしたぞ」
そう呟いた。あの時帝国軍は一方的に無力化されてたから、軍人としてかなりの屈辱だったろうさ。
海面は偵察船の白い
「五人は常に装着。二刻置きに交替」
そう命令すると小隊長は俺に向き直る。
「マルハスのやつと同じか?」
「少なくとも同じに見えるけど本体が見えてないから断言はできないな。でも鳴き声は全く同じだ」
「そうか。同種だと仮定しておくか」
「胴体をやる方法ってあるの?」
「水中に特化したものが艦底から撃てる」
『敵は感知範囲より離脱。平時警戒体制へ移行せよ』
頭の中に響く通信。これは第一艦橋からの伝達だ。精神感応魔導を使う乗組員が軍艦には常駐している。
取り敢えずは退けたけど、油断はできない。海蜘蛛だけとは限らないからな。
「小隊長、セルアの船酔いを何とかするのは難しいのかな?」
「薬は出しているが、他に手段はないな」
「えっと、帝国には医療に使える魔導ってあったりしない?」
「そんなものはない」
僅かな期待を込めて質問してみたが、やはりか。俺もうっすらと耳の奥の構造を知ってはいるが、何をどうやったら船酔いを治せるのかなんてさっぱりわからない。
「あと二日で上陸する。セルア様もそれまで我慢していただくしかない」
「了解だ。ま、セルアの出番が必要な敵と遭遇しないことを祈るよ」
「そうだな」
心底そう思う。