後続の部隊が追いついたところで陣地作りが始まった。分隊長によると前線拠点とするそうだ。簡易な作りだけども、帝国の精鋭(らしい)陸戦隊兵士が数百名がここに集まっている。頼もしい限りだ。
装甲板に覆われたバボが数頭立て続けに偵察へ出かけていく。その前に出発したバボが帰還し、搭乗していた兵士達が地図の作成に取り掛かる。
森が徒歩で数日かかりそうなほどずっと続いていて、人家は見当たらないとのこと。これは狙い通り。軍の計画としては比較的人口が少ないと思われる地域へ進攻していくことだった。過去の作戦で現地住民と接触し襲撃されたのが理由だが、変な白猿どもの歓迎を受けた。結局どのルートを進んでも同じかもしれん。
日が傾き、偵察に出た装甲バボが全て帰ってくる頃には各天幕で夕飯の準備が始まった。
セルアの侍女は『皇族の方にこのようなものを』と文句を言いつつ、軍用の携行食に一手間加えて調理中だ。
それを待つ俺とセルアは地面に敷いた帆布の上に座って寛いでいる。
「長い任務になりそうだ」
と俺は呟いた。
「大半が未知の大陸、そして数も生態も不明な存在がひしめいているが……」
「ん?」
言い淀むセルアに問いかけた。
「ふふん、“殲滅の魔女”討伐に比べたら随分と気が楽だ」
「……それもそうか」
あっさりと国を滅ぼし、山の形を変え、新たに湖ができるほどに大地を穿つ。そんな恐ろしいやつを相手にするとなれば、俺も死を覚悟するさ。
「セルア様、夕食の支度が整いましてございます」
ぬっと侍女が現れる。俺とセルアが立ちあがろうとした時、少し離れた兵士達の天幕が俄かに騒がしくなった。
怒号のようなものも聞こえるし、喧嘩でもしているのだろうか。
「随分と騒がしいな。乱痴気騒ぎでもやってんのか?」
俺が呆れて言うと、セルアがじっと見つめながら告げた。
「いや、ヒロア。あれは兵士達の戯れではなさそうだぞ」
すっと侍女がセルアを守るように位置を変える。
「じゃ見てくるわ」
俺は小走りで騒ぎの聞こえる天幕へと向かった。
「取り押さえろ!」
「あがが!」
「早くこいつを引き離してくれっ!」
天幕の中へ入ってみると、二人の兵士が揉み合って……いや違う。
目、鼻、口、耳から白い粘液? を垂れ流し土気色の顔をした兵士がもう一人の兵士を押し倒していた。
「ハンダ! やめろ!」
異様な兵士はハンダという名前か。他の兵士はハンダを引き剥がそうと躍起になっているが、三人がかりでも手こずっている。
これは! 俺は気がつく。嫌な直感だが。
「おいっ! その粘液に触るなよ!」
叫んだ俺はハンダの後頭部にナイフを突き立てる。
「おい!」
「後で責任は取る!」
兵士に咎められたが俺は断言する。もし違ってたら面倒なことになるが、俺は確信していた。
「見ろ!」
後頭部にナイフを突き立てられてもハンダは平然としたままだ。他の兵士は動揺する。
「この野郎!」
俺はハンダの側頭部へ蹴りをお見舞いする。骨が砕ける音と足の裏に当たる嫌な感触。ハンダの首が九十度折れ曲がった途端、他の兵士によってすぐに引き剥がされた。
体をガクガクと痙攣させながら、ハンダはもがいているが、三人の兵士相手じゃどうにもならない。
すぐに別の兵士が個人携帯のロープでハンダを拘束、襲われた方の兵士は、顔中が白い粘液まみれだ。
「そいつも拘束しておけ。多分同じようになるぞ」
「何?」
「手遅れにならないうちに早くしろ! 他の天幕にも伝えろ」
あれは間違いなく白猿の仕掛けだ。何故わかったのかって?
匂いだよ。
白猿からは床用ワックスの匂いがしたんだ。懐かしいぜ。小学校の時、教室の床にワックスがけをやらされたものだ。それと大人になってからも会社の大掃除でやったなぁ。
ハンダの口や耳から流れ出ている白い粘液も、白猿と全く同じ匂いがしたんだ。
なら襲撃の時、何かを仕込まれたと思うのが普通だろう。
いや普通じゃないか。俺が大好きなSF小説、映画、漫画、アニメのおかげだ。
───白猿がやったのは生体汚染。くそっ! それが狙いだったか。