西大陸進攻の最前線の拠点に突如起きた異変は終わった。
異常をきたした兵士は二十五名。彼らの所属はあの白猿――全身が白い裸の子ども――と戦闘をした部隊だった。
分隊長の天幕に被害が出た小隊の長と俺が呼び出しを受け、情報共有の場となる。
分隊長は全員を見渡した後、俺に向かって聞いてきた。
「ヒロア、お前はいち早く確信したようだが、理由は何だ?」
「匂いだよ」
「匂い?」
「そう。襲ってきた裸の子ども達、俺は白猿と呼ぶけど、あれらが放つ匂いとおかしくなった兵士から同じ匂いがしたんだ」
分隊長と小隊長達は互いに顔を見合わせる。
「何か匂ったか?」
「いえ。自分は特には」
「自分もです」
小隊長の問いに全員首を振る。何だと?
俺も鼻がきく方じゃないが、あの床用ワックスみたいな悪臭を感じなかった?
そこで俺はひとつの仮説に辿り着く。
「小隊長、俺、つまり地球人としようか。地球人の身体とこの
「差異とは?」
俺は海蜘蛛の不協和音が俺や黒瀬達には影響が無かったことを話す。
「それについては報告書通りだな」
小隊長は考え込む。
「見た目とかさそんなに差はないけれど、耳の作りなのか神経組織かはわからないけど、何かが違うんだと思う。それと」
ここまで来たら全部話しておこう。
「あの白猿の襲撃、あまりに呆気なさすぎた。情報によると火を吐く鳥型生物が急降下して襲ってきたこともあるんだろう?」
分隊長は驚いた顔になる。
「よく知ってるな」
「傭兵団では諜報も担当してたからね。とにかく手応えなさすぎた。こっちの被害はほぼ無し。なら何かあるとは予想してたんだ、なんとなくだけど」
「それで?」
「で、あの匂いで気がついた。方法はわからないけど、奴らは俺達を内部から潰す仕掛けをしたんだなって」
「そういう発想はどこからなんだ?」
少し感心したように聞いてくる分隊長。
「あー。向こう、つまり俺の故郷じゃ創作物がこっちとは比べ物にならないほど豊富なんだ。よちよち歩きの乳幼児からそれらに触れていく。媒体も色々でな、本だけじゃなく……芝居の記録映像みたいなものをいつでもどこでも鑑賞することもできるし」
「娯楽が発展していたわけか」
「そりゃあもう。で、その中に他の
全員黙って俺の話を聞いている。
「奴らが使った手段みたいに、敵に同士討ちするよう仕向けたり、姿を変えて味方として混ざったり、敵を洗脳して駒にするってのはお馴染みなんだよ」
「ほぅ。随分と想像力が豊かなわけか」
「うん。そうだよ。特に兵士は仲間意識がとんでもなく強いだろう?」
俺は全員を見回す。
「そうだな。特に我が帝国軍は優れていると自負している」
「だからそこを狙うわけだよ。鼻や口から白い液を垂らして襲ってくる異常者、でもそれが仲間となると……」
「そこを突いてきたわけか……なるほど」
分隊長は考え込む。
「以前より部隊規模が大きいんだよね?」
「そうだ。今回は陸戦隊一個師団」
「なら敵も考えたわけさ」
誰も何も言わない。
「厄介な病原菌、猛毒の煙、そんな広範囲に渡って殺傷するモノをばら撒いてくるかも」
「……」
「ここからは俺の独り言。今回のは手加減されてたと思う。この先もっと悪辣なことしてくる気がするんだ。兵士の士気が下がるようなことを、ね」
なんたって敵の親玉は『カオス=混沌』だ。
「だから人間の国相手に戦争するんじゃないってことを再確認して対策練った方がいいと思う。あんたら本職の軍人が知恵を絞ってさ。無責任な俺の独り言だけど」
確かベトナム戦争でアメリカ軍が苦戦したのは、それまでの軍隊同士でぶつかる正規戦のやり方が通用せず、あらゆるゲリラ戦術を仕掛けてきた北ベトナム軍に翻弄されたからだ。
こうして会は解散となった。
外ではセルアが待っていた。侍女も控えている。
「セルア、体調は?」
「すこぶる良い」
「ならいい。少しでも変だと感じたら軍医のとこへ行こう」
「私もああなると?」
セルアの目線は並べれられた兵士達の遺体へと向く。
「わからん。どういうやり方なのかさっぱりだから」
「もし私が白い液体を吐き出し始めたら……」
セルアは俺の手を取り目を覗き込んでくる。
「迷わず私の首を刎ねろ。命令だ」