夜の森の中、俺を待っていたのは集合型エイリアンのエックス。
増援として到着した顔を覆面で隠した帝国兵達。そのうちの一人、女である。
エックスは死体を見つけると自分の細胞を注入する。するとエックスの細胞は死体の細胞を捕食した後にコピーする。それを繰り返して自分の身体とするのだ。
どれだけ数が増えようとも意識は“ひとり”。
「帝国軍にもいたとはな」
「はい。この個体は自分で生殖して産んだものです」
性別も年齢も職業も住むところも全てバラバラのエックス達。今彼が言った通り、“自分同士”、つまり男女を使って子どもを産み、増やすこともするらしい。もちろん生まれた子どもの意識もエックスだ。
「少子化対策みたいなやつだ。自分自身を抱くってどんな気持なんだ?」
「単なる作業です」
「それと気になってたんだけど、その覆面は?」
「私が所属している部隊では必須のものでして。顔を知られないようにする為です」
「暗殺部隊?」
「いえ。この身は帝国の極秘研究で生み出された獣化兵なんです」
「獣化兵?」
「とある国の秘術を取り入れて、獣のような姿に変身します」
「そんなテクノロジーも持ってるのか、帝国は」
「あまり心配はいらないでしょうが、ヒロア様の役には立ってみせますよ」
エックスは再び俺の身体にフゥジィが宿ることを期待して、色々としてくれる。
だから俺は前からの懸念を話しておく。
「いやあのさ、お前のそういう気持ちはすごくありがたいんだけどな。もうフゥジィは二度と現れないと思うぞ?」
「それは五分五分かと。カテレル・コストロは気まぐれな神ですから、戻る可能性は高いと予想しています」
「そのカテレルなんちゃらとフゥジィは別人だって……」
待てよ。
「それが真実ならですが」
「あー。今になって俺は自分のアホさ加減に気がついたよ。あいつが本当のこと言ってる保証なんてないのに」
「カテレル・コストロを始め高次元に住む存在に我々の考え方は通用しません。彼らは気まぐれで享楽的。それは滅んだ古の帝国にも記録されていました」
そうだよ。あいつら、ジ神や邪神と呼ばれる存在にとって俺達人間はウィルス以下の存在。まともに相手すると考える方がおかしい。
くそっ。少し腹が立ってきたな。
「ヒロア様に取り憑いたのも意図的ではないかと推測しています」
「偶然ではなく?」
「はい。面白がっているのでしょう。あなた様のように違う次元から魂を喚ばれた存在を」
「わかった。じゃ、これからもよろしく頼む」
「その為に来ました。この大陸からあれらを殲滅するのは急務ですが」
「それだよ」
「この作戦が長引けば長引くほど、帝国は躍起になって兵器開発をするでしょう。そしてその先にあるのは……」
覆面から覗く目が俺をじっと見つめている。
「前にお話ししたように核融合やブラックホールのような技術に辿り着くのを私は恐れています」
「そうだな。特にブラックホールはこの
帝国の科学技術はひどくアンバランスだ。それは霊峰の遺跡に残っていた古代超文明の技術を魔導で無理やり解析して使おうとしている。
それは火薬庫で火遊びするぐらい危険なことだ。
「幸い私は帝国軍の各所にいて様々な情報を得ることができます。近いうちにそれなりの立場である人物が近々ここへ来ますよ」
「え?」
「会ってのお楽しみということで」
「お、おう」
「その方に危険な技術について、ヒロア様の生きていた世界の話をしていただけませんか?」
「あ、ああ。そういうことなら」
「ではくれぐれも無謀なことはなさらぬよう。失礼します」
そう言ってエックスは木の高さよりもはるか上へ飛び上り、姿を消した。
俺もセルアののころへ顔を出そうと森を足早に立ち去った。
セルアの部屋へ近づくと警護の兵士に止められる。
「皇女様は今お清めの最中です」
「ヒロアか? 構わん。入れ」
中から聞こえるセルアの一言で俺は部屋へ足を踏み入れる。
セルアは寝床にうつ伏せになり、露わになった背中を侍女が布で拭いている最中だった。
「俺もさ、子どもじゃないからそれ見てもどうも思わないけど。少しは慎み持てよ。お父さんは心配だぞ」
「お父さん? 私の父は皇帝陛下だ」
「いやそういう意味じゃなくて」
朴念仁皇族め。侍女は丁寧にセルアの背中を拭き上げる。
「ヒロア様」
「わかったよ」
俺は後ろを向く。衣擦れの音がおさまると『もういいぞ』とセルアに声をかけられた。
彼女は昼間と変わらない戦闘装束に身を包んでいる。
戦地、特にここのような最前線では二十四時間戦闘体制を、という帝国軍の掟だ。
侍女は布と桶を抱えたまま天幕の外へ出ていく。
「用は済んだんだな」
「ああ。ほんまこの戦争、早く終わらせないと」
「同感だが……」
「それな。今俺達がやってる戦は“ゲリラ戦”ってやつなんだ」
「ニホンの言葉か」
「多分帝国でも同じ概念あると思うけど。要は軍と軍が正面衝突で戦うんじゃなくててだな、今のように少数の敵に奇襲をかけられまくるスタイルだ」
「……そうだな。昔は国内統一のために少数部族や民族を討伐したこともあったそうだが、ここ数百年やっていない」
「それだけ時が経てばノウハウも形骸化するのは当然さ。そして不味いことに、ゲリラ戦じゃ攻める方が不利なんだよなぁ」
んーどうにもこのまま泥沼へとハマるしかない気がしてきた。そして業を煮やした帝国が大量破壊兵器に手をつける……充分にありうるな。
太平洋戦争、ベトナム戦争、その末期は正気の沙汰とは思えない状態だったからな。
「どうした? 考え込んで」
「なーんか妙案が浮かべばいいけど、俺は賢くないからなって落ち込んでたのさ」
「ふふふ」
「何で笑うんだよ」
「ヒロアは悪知恵が働くと思っていたが」
「そうでもないよ。さ、俺も寝るとするかあ、そうそう」
「どうした?」
「あの侍女の名前って何?」
「知りたいのか?」
「呼ぶ時に不便だろう」
軍艦に乗ってた時、名前を訊ねたら『お答えできる立場にありません』と素っ気なく返されたからな。
「メブと言う」
「メブね。わかった」
「あれも特務部隊だと思うぞ」
「えっ! そうなのか」
「目を見ればわかる」
「あーそっか。魔導士でもあるし只者じゃないとは思っていたけど。もしかしてこの陸戦隊にもそれなりにいるのか?」
「いるだろう。いわば奴らは皇帝の“目や耳”であり“手”でもあるしな」
そうだよなー。俺達が相手してきた現地人採用じゃなくて、生粋の帝国人。まぁ戦う心配はしなくていいから、その辺は気楽だけど。
あ。
エックスとの会話も聞かれていたかも?
ちょっと不味くないか?
「じゃ明日な」
「ヒロア、早く寝るんだぞ」
「へいへい」
そんな軽口を叩きながら自分の部屋へと戻り、寝転がる。
ふと天幕の外に人の気配がしたかと思うと、メブが入ってきた。
「おいおい、何だよ」
彼女は目にに捉えられない動きで俺の背後に回ったかと思うと、首筋にナイフを当てがう。
そして目の前の景色が軍艦の船室へと変わった。随分と小さい。そうか、この娘、転移魔導も使えるのか。
「メブです」
侍女がそう言うと扉が開けられた。向こうに船室で、ここより広い。ナイフを当てられたまま俺も隣へと入る。
そこには神経質男ことカシヨと覆面女がテーブルを挟んで座っていた。
「どうした? ヒロアが何かしたのか」
カシヨは怪訝な顔をして尋ねる。
「ヒロア様、お答えください。さっき森の中で獣化兵の一人と話していましたが、どういうご関係ですか?」
「あーやはり見られてたか」
まいった。エックスのこと言えるわけない。
覆面女の“嘘発見器魔導”に看破されないよう、慎重に言葉を選ぶことにした。
「あいつとは迷宮都市ディーザで知り合った。正確にはあいつの仲間、というか一族だな。彼らは言葉を使わず遠く離れていてもやり取りできるんだ」
メブは覆面女に視線を送る。当然覆面女は動かない。
「それでさあいつらと再会したのが霊峰。魔導が使えない俺とセルアを救助してくれた」
三人は黙って聞いている。
「あいつの目的は霊峰のどこかに眠っている超技術だ。それを探すのに俺の協力が欲しいそうだ」
嘘じゃあない。はっきりとは言わなかったが、見つけた遺物を稼働させるのにフゥジィの力が必要なはず。なぜならエックスは魔導を使えないからだ。
「で、あいつらの一人が獣化兵とやらにいて、俺に挨拶に来たってわけ」
「なぜお前の協力を欲しがる?」
カシヨが口を開く。
「帝国の人間は霊峰へ入れない。それが理由の一つ。もう一つは、俺の前世じゃ科学技術がこっちより進んでいただろう? アドバイザーを求めてるんじゃないか?」
事実と推測、嘘はない。
「あの飛行兵器がいい例かな。あれを遺跡で見つけた時、その用途がわからなかったはずだ」
カシヨは黙っている。
「それはそうだろう。地球じゃ気球から始まってグライダー、レシプロ機と発達してきた。そしてジェットエンジンを発明したからあんな形の航空機ができたんだ。より高速で飛ぶ為に、な。その前段階が存在しない文明があれを見つけたところで使い道なんてわからないのが普通だ」
静まり返った船室で俺はひとり話し続ける。
「だが俺ならあれがデルタ翼の航空機、いや戦闘機だと一目でわかる。収斂進化というか機能を突き詰めると似たような形になるらしいからな。むしろあれを空を飛ぶものだと突き止めた帝国がすごいと思うよ」
カシヨは目を瞑り、静かにメブへと命令する。
「メブ、ヒロアを解放しろ」
すぐにメブはナイフをしまって、俺の隣に控える。
「その一族は帝国への叛意はないのだな?」
「その逆だ。彼らは帝国を含むこの
覆面女は微動だにしないのを確認して、カシヨはため息をついた。
「ヒロア、あまり紛らわしい真似をするな」
「それに関しては俺も軽率だった。余計な手間かけて申し訳ないと思ってるよ。ただまぁ俺もあいつらの一族がここに来るなんて想像もしてなかったからさ」
街を拠点にする作業の最中に、背中から声をかけられた時には驚いたものだ。
「信じてくれないのは百も承知で言うけどさ、俺は帝国に思うことはない。これは本当だ。そりゃあ命を狙われて返り討ちにしたけれど、別に俺を恨んでのことじゃない。それに」
俺は三人の目をゆっくりと見回す。
「俺がその気になったら『イズミ、帝国を滅ぼしてくれ』って言えばいいだけのこと」
船室の温度が下がった気がした。そうだよな。俺の目の前に座る二人は肌でイズミの恐ろしさを知っている。そして彼女が俺を溺愛していることも。
「誓って言うが俺はそんなことしない。わかるだろう?」
カシヨ、覆面女、メブと順番に真っ直ぐ目を見て宣言する。
「だからそこは安心してくれ。そうじゃなきゃこんなとこまで来て協力するもんかよ」
釘を刺しておく。
「そこの覆面女さんよ、俺は嘘を言ったか?」
カシヨが促すと『嘘はありません』と答える覆面女。助かるわほんま。
「このことをここにいるメブ含め、陸戦隊に混ざってる特務部隊全員で共有してくれ。頼めるかな?」
「……約束しよう」
「ほんま頼むよ。そうでなくてもわけわからん化け物を相手するのに大変なんだからさ」
「メブ、もういい」
「はい」
再びさっきの狭い船室へと入ると同時に部屋の中へと戻った。あの小さな船室は転移専用に用意されてるのか。
「メブ、そういうことだ」
彼女は黙って部屋を立ち去る。とことん無愛想だな。スパイ的なやつだし、あんなものか。
することもない俺は寝床に入り、さっさと寝ることにした。ネットとスマホが恋しいと感じるのはこんな時だ。
ここにそれらがあったとしたら、匿名掲示板にスレを立てたい気分だ。やったことないけど。