「すまないね、召喚状を出したものの一刻も早く知りたいことがあってね」
俺の前に座る若い男、ラデスと名乗る前皇帝は気さくな態度でそう言った。
まだ騒然とした廃墟の街、そのうちの建物にある一室。
後ろには転移魔導を使う秘書みたいな風貌の女が立っている。
「何せ私は忙しい身でね。君達が相手している厄災生物の分析で大忙しさ」
今度はウインクしてきた。
帝国の医療生化学院から召喚状を受け取ったのは昨日だと言うのに、わざわざそこのトップがここへ来たわけだ。
「事情はわかりました。あの、知りたいこととは?」
権力者オーラに多少気後れするものの、社会人モードで返しておく。
「ふぅむ。年若いのに落ち着いている。精神はそれなりの大人、報告書通り」
にっこり笑みをたたえ、二十代前半の青年にしか見えないラデス。
どうしてそんなに若い見た目なんだよ? と心中でツッコミを入れておく。
「組織で働いていた身の上ですので。はい」
「ふむ。私の外見を不思議思ってるね?」
「は、はぁ。その、随分とお若いなと」
するとラデスは身を乗り出して大仰な仕草で語り始めた。
「皇帝の血筋にはね、たまに不老の子が生まれるんだ。帝国黎明期にも一人いてね、その皇帝が帝国の礎を築いたとの記録もある」
「そ、そうですか」
「彼はあらゆる古代遺跡を調べさせて、そこで発掘された遺物、特に記録物の研究に一生を捧げたんだよ。ああ、不老ではあるけど不死ではないからね」
なるほど、不死ではなく寿命はあるわけか。
「その後も百年に一人ぐらいの頻度で不老の皇帝が現れてね。そして例外なく研究者肌なんだよ。私も例に漏れず好奇心と探究心に取り憑かれている。だから息子が十五の時にさっさと帝位を譲ってひたすら研究三昧というわけさ」
「それは素晴らしいことで……」
不老の皇帝が長年に渡り権力を背景に様々な研究を推し進めていたのか。通りで帝国の技術は一歩も二歩も先を進んでいるわけだ。
「研究はね、仮説と検証の繰り返しだから。常人より長く生きる私はそれだけで恵まれているんだよ」
セルアは二十三番目の皇女。まだ弟や妹も控えている。
俺は最初の方こそ、皇帝が権力者にありがちな好色一代男だからと思っていたが、
魔導の試練を受けさせる候補者を増やす、つまりスペアを確保する目的のためだと思い直した。
魔導の試練は瀕死の状況へ叩き込む。つまり命を落とすことも珍しくない。
だが今の話を聞いた限りだと、そればかりではなく数撃ちゃ当たるで不老の皇子・皇女を欲しているからだろう。
「さてヒロア君、色々質問があるがいいかな? 答えたくないことは拒否して構わない」
「わかりました」
ラデスの目がオモチャを見つけた幼児のように輝いている。
「無理やりに聞き出して“殲滅の魔女”の怒りを買いたくないからね。まず報告にあった君の身体、“クローン”について教えてくれるかな?」
「詳しくは知りませんけど……」
遺伝子や生殖などの基本的な知識のすり合わせをした後、ものすごく大雑把な説明らしいことを喋った。俺もそこまで詳しくないから。
「ふむ。君の言う顕微鏡やら髪の先より小さなものを扱う器具が必要か……。“殲滅の魔女”は一体どうやったのだろうね……」
「それは聞いても教えてくれないんです」
これは本当だ。それどころか俺の体細胞をどうやってこの
髪の毛一本からでもクローンは生み出せるらしいから、そんなとこだろうとあたりは付けている。
ただ何故“俺の”なのか?
他のやつのもなのか?
これが一番の謎だ。
イズミははぐらかすばかりでその辺は教えてくれない。
『乙女の秘密を根掘り葉掘り聞き出そうとするのは野暮だよ』などと抜かす。
ま、ルウカが関わってるのは間違いなさそうなんだが。
その後は多岐にわたって地球に関することの質問攻めだった。
歴史や政治形態、経済、エネルギー政策、食糧事情など。
「いずれの世も争いが絶えることはないということか」
「経済的に割に合わないので先進国の大半は大規模武力衝突には及び腰です。局地戦が多いですね。とにかく戦争には金がかかるんです」
「ふむ。確かにそうだね。君も見た兵器にも莫大な費用がかかっている。おっと、ヒロア君ならお見通しか」
「はぁ、まぁ」
ジェットエンジンより静かに飛んでいくデルタ翼機。
滑るように海を進んでいく軍艦。
それにあの小銃。
いずれも使用されている技術は不明だが、作るにしても運用するにしてもローコストで済むとは思えない。
「後は、そうだね。君がいた
小学校でクラスメイトだったイズミ。
ことあるごとに俺を揶揄ってくる小憎らしいヤツだった。
『ヒロアキ君、まーた下手くそなマンガ描いてるね』
『ほっとけ!』
こんなやり取りが日常的だったんだ。
それなのに。
三十歳の時に開かれた同窓会。イズミを覚えているかつての級友は誰ひとりいなかった。
俺は混乱したさ。
記憶違いなんてことはない。あいつは確かに存在した。
帰宅して小学校の卒業アルバムを探し出し、全部のクラスを確認したが、そこにイズミはいなかった。
その奇妙な出来事は忙しい日々の中で次第に頭の隅に追いやられていったが、決して忘れらない記憶として残った。
だからこっちで記憶の封印が解かれた時、成長した姿のイズミが目の前にいて俺は驚いたものさ。
「ふむ。君が男女四人を元の世界へ送り返したという魔導を使えるとか、かね?」
「どうでしょう? あの時は俺に取り憑いていた邪神、あ、帝国では亜神でしたか。そいつがドラゴンから力を提供してもらって可能にしたものです。それにイズミは向こうでは子どもでしたから……あ」
「どうしたんだい?」
あのヒガキという少年のことを思い出す。
「えっとディーザで死亡した英雄のことはご存知で?」
「東の王国のだね。知っているよ」
「彼もおそらく自分と同郷です」
「ほう? そうか。君はあの時ディーザに滞在していたんだったね」
「はい。会って話もしました」
気がついたら中央大陸にいたと言ったヒガキ。
たまたま出会ったフゥジィが気まぐれに与えた魔導を自分の力だと勘違いしたまま増長し、ダラド伯爵を人質にとってセルアをスカウトしようとした。そして帝国に殺された哀れな少年。
推測に過ぎないが、東の王国はヒガキを持て余して始末することにしたんだと思う。自国じゃ難しいから帝国に持ちかけたんだ。何か交換条件をつけて。
「彼が言うには気がついたら東の王国領内、その森の中にいたと言ってました」
「違う世界へと転移する……ふむ。それは自然現象なのか意図的なものか、判別できそうにないね」
地球でも人が忽然と消え、遠く離れた場所や違う時代に再び現れたという逸話は知っている。まるっきりの与太話でもないだろうとは思っていた。あっても『科学的にあり得ない』と一笑にふされるだけでオカルト扱いされていた。
「似たような話はあっちでもあるにはありました。『科学的にあり得ない』とまともには扱われてませんでしたが」
それがここではどうだ?
魔導が当たり前に存在してるだけでなく、ドラゴンはいるわ、邪神はいるわ、エイリアンはいるわで何でもありだ。
だから案外地球でも観測されてなかったり、公的に認められてないってだけでこっちと同じようなものかもしれん。
実際、黒瀬や優子、河野さんて存在と出会ったしな。
「それは何とももったいない話だね。科学も何も実際にあったことなら、頭ごなしに否定せず、徹底的に調べればよいだけ。だろう?」
「その姿勢は素晴らしいと思います」
そうなのだ。
以前の海兵が襲われたという事件。
帝国は『錯乱した兵士が獣か何かと見間違えたんだろう』で済ませなかった。
嘘を見破る魔導使いがいることも大きいが、厄災生物の存在に辿り着き、用意してたに違いない。
今回の作戦を見るにマルハスでの事件が起きてから慌てて準備したとは思えないからな。
俺が内心で帝国の
そして慌てた様子で小隊長が入ってきた。
「陛下、避難を! 大規模な敵襲です!」
窓の外が暗くなる。