東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜   作:赤井せりか

10 / 46
 Unrequited feelings 〜異聞永夜抄〜 9

 

 八意永琳の放つ無数の弾幕が、魔理沙に襲いかかる。

 

 以前、アリスにどうやったらそんなに高速で動いているのに躱せるのか? と聞かれた時に、魔理沙は全ての弾幕には自らを狙う弾と、移動したその先を撃ち抜く弾の2種類でおおよそ分類出来ると説明した事があった。アリスもそこまでは理解していたが、それでもそんなに速くは動けないわ、と溢していたのを魔理沙はなんとなく思い出していた。

 実際のところは放たれた軌道、軌跡、それらを読んで、読み取って、見切って、躱している。

 

 時折、当たったか!? と思わせる動きをするが、撃墜されることは無い。魔力弾を掠める軌道に対してもその身を僅かに捻る。その身に纏う魔力障壁に触れ、掠めた魔力弾がチリチリと音を立てて逸れていく。

 真正面からの直撃さえ避ければ、この魔力障壁が被弾を抑え込んでくれるのだ。

 

 そんな魔理沙の動きに、八意永琳は素直に感動を覚えていた。

 

 かつて月にいた頃でさえ、彼女の弾幕をここまで躱せたものはいただろうか。

 

 弾幕ごっこ中だというのに目を閉じる。思い浮かんだのは、数人。

 

 それは遠い記憶。だが、八意永琳にとってはつい最近のことのようでもあった。

 

「―――」

 

 目を閉じたまま首を傾げる。―――その頬を掠める魔理沙の魔力弾。

 

両目を開くと、魔理沙を真っ直ぐ見据える八意永琳。

 

「あなた、本当に楽しいわ」

 

「……そりゃどーも」

 

 目を閉じたまま避けられ、その上で『楽しい』と来たもんだ。魔理沙はとびきりの笑顔を見せる。が、それは虚勢に間違いない。

 

 八意永琳の放つスペルカードはどれも美しく、それでいて暴力的で、避けるのが難しい。

 被弾だけはギリギリ避けてはいるが、いつまで保つか。

 

 無造作に空を見上げる八意永琳。

 

「そうそう遊んでいる場合でもないわね」

 

「それはこちらも同じ事だぜ?」

 

 やれやれといったように溜息を吐くと、八意永琳は腕を組んでうーんと唸った。

 

「―――どうして夜を止めたのかしら」

 

「何を言っているんだ、それはそっちの仕業だろう? 私はその異変を解決すためにここまで来たんだぜ」

 

 そう答えた魔理沙だったが、八意永琳の言葉の違和感にすぐに気がついた。

 

「いや、待て。今のは疑問じゃないな?」

 

 単純な感想。愚痴のような響きがあった。

 

「やはりお前にとっては()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ええ。問題なのは、明けない夜を、この状況を楽しんでいる者がいることね」

 

 言って、また溜息。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「言ったでしょう? 困るのよ、夜が明けてくれないと」

 

「まあ……夜明け前に飲むコーヒーは美味いからなぁ」

 

「私は、ブラック派ね」

 

「私は砂糖アリアリのミルクたっぷりだぜ」

 

「おこさまねぇ」

 

「コーヒーは元来そういうものだぜ? そうは言っても、楽しんでいるだろう、お前」

 

「あら。あなたは楽しくないの?」

 

「楽しいぜ。けどな、私は夜を止めてなんかいないぜ?」

 

「それも知っているわ。楽しいけれども、それ以上に困るのよ。なぜなら今回の満月は()()()()()の。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから―――」

 

()()()()()()()()()()

 

 ―――その言葉は魔理沙の言葉ではなかった。

 

 魔理沙の背後に膨れ上がる魔力!

 

()()―――」

 

 振り返る間もあらばこそ。

 

  ぞぶっ!!

 

 八意永琳の身体が震える。

 

「―――かはっ!?」

 

 今までで魔理沙がどれだけ弾幕を放っても捉えることの出来なかった八意永琳。その腹部を―――、血のように紅く輝く光の槍が貫いていた。

 

「―――『スピア・ザ・グングニル』」

 

 振り向く魔理沙。そこには。

 

「成る程、此処が今回の元凶か」

 

 紅い翼がバサリと翻る。炎の様に。真紅の魔力が噴き上がる。

 不死の女王、幼きバンパイアロード。

 

「―――愚か者どもから月を取り戻しに来たわ。あんな紛い物が空にあるなんて甚だ心外だものね」

 

 その吸血皇女の傍らに控える瀟洒なメイド。

 

「全く同感です、お嬢様」

 

 それまで一切表情を崩すこと無く魔理沙と相対していた八意永琳が初めて顔を歪ませた。顔の横にはらりと一房、髪が垂れる。口の端には血が一筋、流れている。

 腹部を押さえ呻き声と共に、八意永琳は忌々しげにその名を吐き出した。

 

 

「レミリア……スカーレット……!」

 

 

 

 

 無限とも思える回廊を進むアリス。

 

 その先からは確かに魔理沙の魔力を感じる。恐らくは対敵しているのだろう、魔理沙の戦闘モードの雰囲気がアリスには感じ取れた。

 

「急がなくちゃ……」

 

 アリスにかけられた幻術はすでに効果を失っていて、人形の視界に頼らずとも周囲を見ることが出来るようになっていた。

 人形を肩に乗せ、アリスは走る。

 

(普段の魔理沙なら私の助けなんていらないとは思うけど)

 

 魔理沙とそれ以外の複数の魔力も感じ取れる。

 多体一になっているかもしれない。それだったら助けに入っても、とアリスは考える。弾幕ごっこは一対一が基本だ。だからどんなに魔理沙が不利であろうと手助けに入るつもりは無い。だが複数を相手にするという事はそれはもはや弾幕ごっこではない。

 

(待っててね、魔理沙)

 

「そっちじゃないよ……」

 

「え?」

 

 何処からともなく聞こえた声に足を止めるアリス。

 周囲を見回すが声の主の姿は見えない。

 

「今の声は……?」

 

 空耳か、それとも。

 

「……いや、こんなところで足を止めている場合じゃないわね」

 

 回廊の奥へと向き直るアリス。しかし、

 

「そっちじゃないよ……」 

 

 再び声が聞こえてきた。今度はもっとはっきりと。空耳では無い。

 集中して周囲を探るが、

 

(……相当な隠匿能力。気配すら感じさせないわ)

 

 だからといって攻撃が来ると言うわけでもない。だとするとこの声の主は、

 

(私をこの回廊の奥では無い、別の場所へと誘っている? ―――どうする?) 

 

 アリスに奥へ辿り着いて欲しくないか、あるいはアリスに別の場所へと行ってもらいたいか。

 もう一度、アリスは周囲の魔力反応を調べた。

 魔力を集中、簡易的な魔力フィールドを発生させそれを徐々に拡げていく。すると、

 

「―――あら?」

 

 回廊の壁の一部に違和感があった。

 アリスは集中を解くとその違和感のあった箇所へと近づいた。

 見た目は普通の壁にしか見えない。しかし、

 

「これ……封印? 幻術? 何かが隠されているわね」

 

 気付いたアリスは壁に手を当て魔力を籠めると、

 

  ばちっ!

 

 音を立てて掛けられていた魔術が解除された。 

 

「……扉、ね」

 

 隠されていたものは()だった。

 当然、その先からは魔理沙の気配は感じられない。

 

「魔理沙の加勢に駆けつけるか、それとも誘いに乗ってこの扉の先に進むか、ね」

 

 数秒、思案する。その結果、

 

「よし」

 

 アリスは()に手を掛けた。

 

(―――魔理沙なら、大丈夫。私に助けられるようなタマじゃないわ。それよりも)

 

 この先に、今回の異変の根本がある気がする。そう感じていた。

 

(……勘頼りだなんて、まるで魔理沙ね)

 

 フフ、と小さく笑みが溢れる。

 なんだか魔理沙にも後ろを押されたような気がする。

 

 覚悟は決まった。アリスは()にかけた手に力を入れた。

 

 音も無く横にスライドし、扉が開く。

 

 その先は―――、

 

「えっ?」

 

 扉の向こう、夜の竹林が広がっていた。そして、

 

「灯りが見えるわね……?」

 

 竹林の中に、人の棲家の灯りが見えた。

 意を決したアリスは扉をくぐり、竹林へと降り立った。

 

 

 サクサクと落ち葉を踏みしめながら竹林を進むアリス。

 夜の竹林だったが、月明かりに照らされて視界は悪くない。

 

「思えばここへと来る前に最初に辿り着いたのも竹林の前だったわね」

 

 霊夢と八雲紫が現れ、魔理沙の魔法で空へと逃げ出した。その先で謎の回廊へと放り込まれ、そして今ここにいる。

 幻想郷でここまで見事な竹林となれば、最初に立ち寄った竹林以外思いつかない。

 

「恐らくは、同じ竹林ね」

 

 それなら最初から竹林に逃げ込めば良かったなと、苦笑する。そうすれば、

 

「魔理沙ともはぐれなかったのになぁ」

 

 とはいえ、後悔しても後の祭り。今のアリスは進むしか無い。

 そうこう考えているうちに、アリスは灯りの下へと辿り着いていた。

 

「これはまた……雰囲気のある佇まいね」

 

 竹林の中にひっそりと隠れるように建っていたのは趣きのある和風の屋敷だった。魔理沙に連れられて遊びに行った白玉楼は、手入れはされているもののどこかしら歴史を感じたが、眼前の建物の見た目はまるで新居のように古びた箇所はまるで見られない。

 最近建てられたものだとすれば、噂くらいは聞いたことがあるだろうに、アリスはこんな建物が建造されていたという話は一切聞いたことが無かった。

 

「ますますもって妖しいわね」

 

 門をくぐり、敷地内に入るが人気は感じられない。

 正面の玄関が見えるが、最悪罠を警戒してそこは避ける。

 脇へと逸れると、そのまま庭へと出た。

 これもまた雰囲気のある和風の庭園。月明かりに照らされている静かな佇まい。手入れも行き届いていることがすぐにわかった。

 

「素敵……」

 

 その素晴らしさに素直な感想が溢れた。 

 キラキラと銀色に光る枯山水に、アリスは思わず見惚れてしまった。

 

 その時だった。

 

「―――あら珍しい、お客さんかしら?」

 

 不意にかけられた声に、慌てて身構えるアリス。

 人形を臨戦モードに展開し、スペルカードを構える。

 

 しかし、

 

「そんな物騒なものは収めなさいな」

 

 鈴の音が鳴るような、気品を感じられる声。

 

 見れば、縁側に立つ女性の姿がそこにはあった。

 

 腰まである黒い艷やかな髪。前髪は目の上あたりで切り揃えられている。胸元には大きなリボン、上は桃色、下は赤色の和の趣きのある衣装だった。

 

 アリスは警戒しつつも、人形を下げスペルカードを解除した。

 

「勝手に庭へと侵入してしまって御免なさい。道に迷っていたもので……申し訳ない」

 

 ペコリと頭を下げ、不躾な訪問を詫びる。

 

「ええ、そうね普通は迷ってここまで辿り着かないものね」

 

 そんなアリスの反応を楽しむように口元を袖で覆いころころと笑う少女。

 その所作のひとつひとつに品が感じられる。それでいて、隙がない。

 

 ただの蟄居のお嬢様、というわけでは無さそうだった。

 

(それ以上に……なんなの、この感覚!?)

 

 アリスと相対しているのは深窓の令嬢、にしか見えないのだが、その底知れぬ雰囲気にアリスは戦慄していた。

 レミリア・スカーレットや西行寺幽々子が時折放つ、深淵に棲まう闇の様な気配、あるいは障気にも似ていた。

 

 しかし、少女は笑みを湛えたままアリスを手招きする。

 

「さあさ、そんな所で立ち話もなんだから、こちらへ来てお話でもしましょう?」

 

「……」

 

「随分と警戒されちゃってるわね。でも大丈夫よ、別に月の光で化け物に変身して取って食ったりなんかしないから」

 

 自分の言葉がそんなに面白かったのか、少女はまたころころと笑う。

 

「お茶とお茶菓子くらいわ御馳走するわ、ほらこちらに来なさいな?」

 

「ええ、じゃあお呼ばれさせて頂くとするわ」

 

 警戒は解かず、アリスは慎重に縁側から屋敷へと入った。

 その様子に少女は満足そうに微笑む。

 

「貴女、名前は何というの?」

 

「私はアリス。アリス・マーガトロイドよ」

 

「アリス……ね。良い名前だわ」

 

「ありがとう。で、あなたは?」

 

「私? 私の名前ね―――」

 

 少女は目を細めアリスを見つめる。どこか妖艶な揺らめきを持つその視線に、アリスは自分の胸が小さく打つのを聞いた気がした。

 

 桜色の唇が開き、美しい音色のような声が響く。

 

 

「―――輝夜、蓬莱山輝夜。この永遠亭の主よ」  

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。