東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
アリスが通されたのは庭と空の月がよく見える客間だった。
「今お茶を用意させるわね。―――誰か」
パンパンと手を叩く。すると、
「―――お呼びですか」
程なくして現れたのは頭に兎の耳を生やした癖っ毛の少女だった。
「あら珍しい、
「ええ、お付きの兎達は皆、
恭しく頭を下げる
アリスはその姿をちらりと見て、
(私に幻術をかけたのとはまた別の兎耳ね)
その風貌から見るに、恐らくは仲間だろうなと推測する。
「永琳のところね。全く永琳ったら……まあ良いわ、てゐ、お茶とお茶菓子をお願いね」
「承知しました。」
ふと気がつく。
(……今の声、もしかしたらさっきの?)
回廊でアリスの足を止めた声によく似ていた。アリスは視線をその声の主へと送る。襖を閉める
襖が閉じ切るその刹那、
(やっぱり)
アリスをここへと誘ったのは
視線を再び正面に座る輝夜へと戻す。
ニコニコと全く邪気の無い笑顔だった。つられてアリスも思わず笑顔を返す。
(その兎耳のことを聞く雰囲気じゃないわね……)
とりあえずは敵意も無いみたいだし話をして探りでも入れてみようかしら、とアリスは心のなかで呟いた。
輝夜は満足そうに頷くと、
「ねえ、貴女のその人形面白いわね。まるで生きてるみたい」
アリスが肩に乗せていた人形に興味を示し、キラキラとした眼差しで見つめている。
「ああ、この子ですね―――」
「いいのよ、そんなに畏まらなくて。私も貴女の事をアリスと呼ぶから貴女も私の事は気を使わずになさいな?」
「わかり……いや、わかったわ輝夜。この子はね?」
アリスは人形を肩から降ろす。すると、人形はスカートの裾を両手で持ち可愛らしく会釈をした。
「まあ、これは可愛らしいレディね。こちらこそ」
座ったまま、輝夜も会釈のポーズを取る。
アリスは人形の頭を撫でながら、
「私の能力。人形を操る程度の能力なのよ」
言ってからハッとする。自分から手の内を晒してしまった、と内心唇を噛む。
しかし輝夜は、
「へぇ、人形遣いね。見た目にピッタリの可愛らしい能力だわ」
言ってころころと笑った。
「そういうお人形は他にも?」
「……ええ。手作りのね、うちにいっぱいいるわ」
「良いわね、華やかで。それに比べて
輝夜は両手を広げてぐるりと見回す。
アリスも室内を見回すが、確かに質素に見える造りだ。しかし調度品のいずれもが派手さはないが高級なもので揃えられているのは一目でわかった。
「確かにうちは人形達のおかげで賑やかというか……雑多としてるわね、フフ。けれども、ここもとても素敵じゃない?」
「―――
輝夜の表情が僅かに曇った。それに気付いたアリスは「ん?」と喉を鳴らす。どうしたの?という言葉を紡ごうとした、その時。
「おまたせしました」
襖が開き、
茶碗とお茶菓子を卓の上に置くと、
「では、どうぞ? 美味しいのよこのお茶。永琳が選んでくれたの」
そう言ってアリスにお茶を促した。
勧められるままお茶に口をつけるアリス。
「―――あ」
すっきりとした中に力強い新緑を想起させる茶葉の香り。これは正直、美味しい。
「うん、とても美味しいわ」
「良かった、気に入ってもらえて」
アリスの感想を聞いて機嫌を良くした輝夜。彼女も続いてお茶を飲んだ。
夜風が竹を揺らし、擦り合う音だけがこの場を包む。
「ねえ、アリス―――」
ポツリ、輝夜が独り言のように呟く。
「外の世界はどんな感じなのかしらね」
「え? 外?」
「そう、外。私、あまりこの屋敷から出たことが無くて。しかも屋敷の周りには竹林が鬱蒼としてるでしょ?」
「うん、見事な竹林よね」
うんうんと頷くアリス。
輝夜はじっとアリスを見つめる。月明かりに照らされる輝夜の姿はどこかキラキラと煌めいている。それはまるでこの世のものとは思えない美しさを醸し出していた。そんな輝夜にアリスはすっかりと惹き込まれてしい目を逸らせずにいた。
その眼差しを受け止め、輝夜は目を細めて笑った。
「だから、貴女のお話を聞かせて下さらない? きっと色々と楽しいお話があるんでしょう?」
◇
「―――でね、その時魔理沙ったらね? …………ハッ」
我に返るアリス。
(しまった、魔理沙との色々あった事を話していたらずっと喋りっぱなしになっちゃった)
赤面して頭を下げる。
「ご、ごめんなさい私ばっかりベラベラと……」
何だか言わなくてもいいことまで話してしまったような気がする。
しかし輝夜はそんなアリスの様子に、気を使わないでと言わんばかりに微笑むと、
「ふふふ、良いのよ。とっても楽しいわ」
「ううう、アイツの事になると、つい……」
冷や汗をかきながらお茶を啜るアリス。せっかくのお茶もすっかりと冷めてぬるくなっていた。
「ふふ、お茶も冷めちゃったわね。―――
「―――はい」
それ以上は何も言わず、何も尋ねず、
しばらく、風と竹の葉の擦り合う音だけが静かに響く。
やがて、
「お待たせ致しました」
茶碗からは湯気がまるで煙のように上がっている。
そんなゆらゆらと揺らめく湯気を、輝夜はしばらく眺めていたが、
「どうぞ? 冷めないうちにお上がりなさいな?」
とアリスに淹れたてのお茶を勧めた。
アリスも軽く会釈すると茶碗に口をつける。今度のは先程とはまた異なる茶葉だった。香りが違う。緑茶に関してはあまり詳しくないが、それでも上等なものだということは感覚的にわかった。
お茶を啜るアリスを見て、輝夜は尋ねた。
「ねえアリス。もし、もしもよ? そのお茶に不老不死の薬が煎じてあるとしたら、貴女、どうする?」
「―――え?」
手が止まる。茶碗の中の茶をしばらく見つめ、視線を上げる。輝夜と目が合った。輝夜は―――悪戯っぽく笑っていた。
「え?」
混乱して思わず間抜けな声を上げてしまう。
輝夜はころころと笑った。
「もしも、の話よ。そんなものはそのお茶には入ってないから安心して」
「―――びっくりした。全く、悪い冗談はよしてよね」
「ふふ、ごめんなさい。あくまでも、もしもの話よ。貴女の考えを聞いてみたいわ」
じっと輝夜の顔を見るアリス。微笑んではいるが、輝夜の目は真剣だった。
再び茶碗の中に視線を落とすと、アリスはポツリと呟いた。
「私は、不老不死なんかいらないわ」
「あら。魔法使いはそういうものを求めるものだと思っていたけれども、違うのね?」
「うーん……錬金術なんかはそういう研究をしたりするけれども、私は違うわ」
「じゃあ、不老不死は興味無い、と」
「まあね? 魔法使いの端くれとしては興味が無いわけじゃないけれど、別に自分がそうなりたいとか、考えた事はないかしら」
「ふぅん。でもよく言うじゃない? 『こんな時間が永遠に続けば良いのに』みたいに」
「それは……」
確かに。魔理沙とふたりで空を飛んだり、バカ騒ぎしたり。そういう時に考えたことが無いといえば、嘘になる。
実際のところ今回だってそうだ。
月の異変を探りに魔理沙と出掛けて。なんだかんだありつつも楽しいと思うのは本当だし、ずっと一緒にいたいとも思う。それこそ、だ、
この夜が明けなければ―――、ふたりの時間がずっと続けば良いのに。
もちろん言葉には出すわけはない。だがしかし。確かに、そして密かに。アリスは
「……あっ」
掠れた声。
―――アリスは戦慄した。
嫌な予感がする。否、予感ではない。
そんなアリスの様子に気づいたのか、そうでないのか。輝夜は続けた。
「ねえアリス、ひとつだけ教えて頂戴」
「……教える? 何を?」
輝夜の視線に耐えられず、思わず俯くアリス。
構わず輝夜は続けた。
「魔理沙、とか言ったかしら? もしも、その子とずっとふたりで、ふたりだけで永遠を生きられるとしたら―――」
ハッと顔を上げるアリス。輝夜と目が合う。
目の前の美しい少女の雰囲気は既に一変していた。
ただの美しさだけではない。底知れぬ深い夜の闇の様な、昏く妖しい気配をその身に纏っていた。
アリスは自分の軽率さを呪った。冷たい汗が背中を流れ落ちる。茶碗を持つ手が小さく震える。
さっきまで楽しく談笑していた儚げな雰囲気を持つ、深窓の令嬢はそこにはいなかった。
そこいるのは―――、
「―――貴女は永遠を選ぶのかしら? アリス・マーガトロイド?」
永遠亭の主、蓬莱山輝夜。
魔理沙の言う
◇
「あ……」
喉の奥がカラカラに乾いていて、アリスはうまく言葉が発せずにいた。
どう答えれば良いのか。その答えによって目の前の蓬莱山輝夜はどんな反応を見せるのか。
(どうしよう、どうしよう魔理沙……!)
心の中で助けを求める。
怖かった。目の前にいるのはアリスとそう変わらない少女の筈なのに、全く別の何かのようにしか見えなかった。
何も言えずに喘ぐように口を開くアリスを見て、蓬来山輝夜は溜息をついた。
「もう、何を勘違いしてるの?」
そう言って苦笑する
「もう一度訊くわね?」
アリスは頷くと大きく息を吸い込み、呼吸を整える。
落ち着くのを待ってから、輝夜はアリスにもう一度同じ問いを投げかけた。
「―――もし貴女が貴女の
アリスをしばらく見つめた後、澄まし顔でお茶を啜る輝夜。
外から風が吹き込む。
風が、輝夜とアリスの髪を揺らした。
(私が―――、魔理沙と)
茶碗に目を落とすアリス。
風に踊る髪を押さえ、輝夜はどこか寂しげに笑った。
「―――私が貴女に訊いてみたいのはそれだけよ? アリス?」
輝夜の問いかけにアリスが応えようと口を開いた、―――その時だった。
ひらり。
ひらり。
ひらひら。
淡く輝く一頭の蝶が、
舞い込んできた。
続