東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
―――幻想郷の住人達が月の異変に気が付く、その数日前。
博麗神社では霊夢がいつものごとく箒を手に境内をウロウロとしていた。
「はぁ……」
ため息一つ。
箒を持つ手が止まる。いや、元から動いていはいない。それはいつものことであって、今回の体調不良とはまた別の話だ。端から見るとただただ境内をぐるぐる歩いているだけのように見えるが、霊夢に言わせるとこれが日課の掃除なのだ。これ自体はいつものことだった。
(なーんか、変なのよね……)
霊夢は自分の身体の不調を感じていた。
倦怠感。集中力散漫。それと、身体を巡る霊脈の流れがおかしい。
なんとはなしに魔理沙の顔が思い浮かぶ。
確かに魔理沙と出会ってから調子が狂う事は増えた。
素直になれないというか、妙に意地を張ってしまうというか。
(……それもこれも魔理沙が……!! はじめての弾幕ごっこであんな事言ったクセに……私だって……)
紅霧事変での魔理沙との出会い、そして弾幕ごっこ。それらを思い出して―――、霊夢の顔は紅潮した。
(やだ、何を考えてるのよ私は!)
ギュッと目を閉じブンブンと顔を横に振ると、彼女の長い黒髪とそれを留める赤色のリボンが左右に舞った。
(それはそれとして、だわ。この体調不良、霊脈不良はまた別の要因の様な気がする)
ふむ、と鼻を鳴らし思案する。
そんな霊夢を邪魔するように、
「よう、霊夢」
当たり前のように魔理沙が博麗神社に姿を現した。
「……………」
「なんだよ、どうした?」
「なんでもない」
「―――ん? なんだ、体調不良か?」
「なっ……!?」
ちょっと顔を突き合わせただけ、ちょっと言葉を交わしだけ。
なのに―――どうして魔理沙は鋭いのだろう。
なんだが、なんだか悔しい。魔理沙は私に隠し事ばかりして紅魔館や図書館、あと七色魔法使いのところに行ったりするのに。魔理沙は私のことなんか全部わかったような顔をする。
くすぐったいような、照れくさいような。―――それなのに。
「―――煩い!」
口をついて出たのは裏腹な言葉。
それはいつものケンカのようなもの、のハズだった。
とにかくお互いに強い言葉で言い合い、弾幕を撃ち合い。
そこから先は覚えていない。
あまり思い出したくもない。
ただ記憶に残っているのは―――、
「そっか、悪かったな」
という魔理沙の言葉とどこか寂しげな横顔、それと。
その目元に光る涙だけだった。
◇
ぱちり。
目が覚めた。
「―――夢、か」
霊夢は、ふぅ、と息をつく。
頭がぼんやりとしていた。
何をしていたんだっけ。
そうだ、魔理沙を追いかけて、紫と―――。
魔理沙は人形遣いと共に天へと昇っていった。
私を置いて。
ギリッ、と奥歯を噛みしめる。
「あら、目が覚めたのね?」
八雲紫の声。そこではじめて霊夢は自分が、八雲紫の膝枕で寝ていたことに気がついた。慌てて起き上がろうとするが、
「駄目よ、もう少し寝ていなさいな」
と八雲紫に押さえられてしまった。
「だいたい急に起き上がると立ち眩みを起こすわよ?」
「……うん」
八雲紫の声色も表情も穏やかで優しい。
霊夢はそれが妙に心地良くて八雲紫に言われるがまま、膝を枕に力を抜いた。
「変な夢をみたわ」
「変な夢?」
「そう、変な夢よ」
「……そう」
相槌を打つだけで八雲紫は何も訊いたりはしない。霊夢か自分のペースで話すのを促しているのだ。
「魔理沙が……私のこと何でも知ってるって顔するのよ」
「あら、妬けちゃうわね」
「でも、私は、魔理沙のことまだ半分くらいしかわかってない」
「半分くらい、なのね」
「私は、私ばっかり、魔理沙に、なのに……」
八雲紫は、そんな霊夢を見下ろしながら、楽しげな笑みを浮かべていた。
「ねえ、霊夢」
「……何?」
「貴女、さっきからずいぶんと不機嫌そうねぇ」
霊夢はぎゅっと唇を噛む。内心では、そんなことを気にする余裕などなかった。
胸の内に広がる、得体の知れない苛立ちと焦燥。
理由はわかっている。
―――魔理沙だ。
どうしてアイツは、何も言わずに飛び出したのか。どうして、自分と一緒に行こうとしなかったのか。どうして、あんな人形遣いを選んだのか。
そして、どうして―――。
どうして、あんなに楽しそうに異変を追っているのか。
心臓の鼓動がうるさいほど響く。気持ちが、抑えられない。
「紫……」
「なぁに?」
八雲紫はまるで、それを待っていたかのように、ゆっくりと微笑んだ。
「魔理沙は……私のこと、どう思ってるのかな?」
霊夢の声が震える。
問いを投げかけた瞬間、胸の奥がざわめいた。
私は、魔理沙のなんなんだろう。
今はもうずっと、そばにいるのが当たり前だった。でも、気づけば魔理沙はいつも「異変だ!」と言っては飛び出していく。
自分を置いて―――まるで、何かを追い求めるように。
(アイツにとって、一番大切なのは……)
考えたくなかった。考えてしまえば、答えが出てしまう気がして。
「ふふふ……」
八雲紫の笑い声が、静かに響く。
「それを確かめる為に、此処まで来たんじゃない?」
霊夢は目を閉じた。
八雲紫の言葉は甘い毒のようだった。心の奥にある嫉妬と焦燥を、ゆっくりと掻き立てる。
「月の変貌、明けない夜。異変としてはこれ以上無いわよねぇ」
八雲紫が、霊夢の頬にそっと手を添える。その指先が、氷のように冷たい。
「霧雨魔理沙は今どこでどんな顔をしているのかしらね?」
霊夢は小さく震えた。
妖月が揺れる。
幻想郷に浮かぶ偽りの妖月。
―――この光をみていると、心の奥底にある感情が、あぶり出されてしまうようだった。
そして、霊夢の胸の中にあったのは―――嫉妬。
「魔理沙は……私を置いて、どこかへ行った……」
握りしめた拳に力がこもる。
「許せないわよね?」
八雲紫の声が、耳元で囁く。
霊夢は、ゆっくりと目を開けた。
その瞳に、穏やかさはもうなかった。
続
※霊夢と魔理沙の出会いについて、
異聞紅魔郷 序
も併せてお読みいただけると幸いです。