東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜   作:赤井せりか

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 Unrequited feelings 〜異聞永夜抄〜 12

 

「―――煩い!」

 

 霊夢のややヒステリックな声。

 魔理沙は無言で帽子を深く被り直す。

 

「悪かったな」

 

 事態は思っていたよりもはるかに深刻だった。

 魔理沙はやらねばと思った。

 

 それは月の仕業だ、とわかっていたが、

 

 実際に霊夢に強く言われると、

 

 涙が溢れた。

 

 

 ―――魔理沙は自分の右目が涙を流していることに気付いた。

 

 それは歪んだ月の影響か。

 

 意識が目の前の現実から夢の世界へとぐらりと揺らぐ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 魔理沙は深く息を吐くと、額を押さえて頭を振った。

 霊夢はその姿を消す。魔理沙が見ていたのは、幻。妖月が見せる、不安定な幻影だ。

 

(―――私も随分と侵食を受けているな)

 

 八意永琳の喚び出した妖月は太古の月。まだ、魔力と妖力に満ち溢れた時代の月だ。

 それは妖怪達にとっては(歪ではあるが)強大な力を呼び起こす光。しかし人間達にとっては―――、隠された狂気を呼び覚ます光だ。

  

 今、現実では魔理沙の眼前で八意永琳とレミリア・スカーレットが弾幕ごっこを繰り広げている。

 ふたりの視界に最早、魔理沙は入ってはいなかった。

 

 流れた涙をゴシゴシと拭うと、魔理沙は帽子を目深に被り直す。

 

(早いところ、どうにかしないとな)

 

 八意永琳とレミリア・スカーレット、どちらも紛うこと無き埒外の存在。霊夢と魔理沙は紅霧事変の時にレミリア・スカーレットと相対し、これを降しているが、

 

 スペルカードを引き抜き、指でパチンと弾く。

 

(あの時は―――、霊夢がいた)

 

 今の霊夢は月の妖光に当てられ、精神不安定かつ霊脈不全に陥っている。彼女を助けるため魔理沙は終わらない夜を駆けた。そうして此処まで来た。もう、目の前なのだ。それなのに。

 まさかのレミリア・スカーレットと十六夜咲夜の乱入。

 紅霧事変の時のレミリア・スカーレットも決して本気ではなかったかもしれない。八意永琳も、まだ本気を見せていないだろう。

 そんなふたりの埒外の存在を相手に魔理沙ひとりでどうにかなるだろうか。しかも妖月の力で力が満ち溢れているであろう状態だ。

 

(―――いや、どうにかするしかない。そのためにここへ来たんだ)

 

 人差し指で帽子の鍔を持ち上げる。

 

(最高のタイミングで、横合いから殴りつける。一切合切纏めて全力で吹き飛ばす)

 

 ―――集中。

 

 しかし。

 

 ―――かちり。

 

 ひたり。

 

「―――霧雨魔理沙、貴女、余計な事をしようとしているわね」

 

 魔理沙の喉元に、ナイフ。

 音も気配もなく。一瞬の間もなく、予めそうしてあったかのように。いつの間にか魔理沙は喉元にナイフを突き付けられていた。

 

「お嬢様は今、愉しんでいらっしゃる。その邪魔をする者はなんぴとたりとも許しはしないわ」

 

 瀟洒なメイド、十六夜咲夜。

 

「……おいおい、冗談はなしだぜ?」

 

「私が、つまらないジョークを言うように見えて?」

 

「結構いける口だろ?」

 

「……貴女の中で私はどういうイメージなのかしら?」

  

「さて―――ね!」

 

 スペルカードが光り輝く。

 

 魔理沙はノーモーションでスペルカードを起動、光の渦が魔理沙を中心に展開した。

 

「―――チッ!?」

 

 ナイフを引き、咲夜が間合いを取る。

 後退する咲夜に、魔理沙の弾幕が迫る。

 

「魔符 『アステロイドベルト』!」

 

 遅れて宣言する。魔理沙を中心に展開した小銀河を象る弾幕が咲夜を巻き込むように緩やかに回転しながら拡散していく。

 

 かちり。

 

 弾幕の渦の中にいたはずの咲夜が、遥か後方へと瞬時に移動していた。

 

 ―――時間操作。

 

 それは十六夜咲夜が有する能力。懐中時計が音を立てると、時は咲夜の意のままとなる。

 

「相変わらず厄介だな!!」

 

 言葉とは裏腹に、魔理沙は溢れんばかりの笑顔だった。

 

「―――まだまだだぜ!」

 

 スペルカードを立て続けに数枚引き抜きそのうちの一枚を掲げ―――、

 

 かちり。

 

 ―――魔理沙の周囲をぐるりと囲むように、十六夜咲夜のナイフが既にその空間に存在していた。

 魔理沙を、刺し貫くべくそれらのナイフは一斉に彼女へと群がる。

 

 その刹那。

 

「恋風 『スターライトタイフーン』!」

 

 再び魔理沙を中心にスペルカードが発動する。

 

 十六夜咲夜は目を疑った。

 

「まさか! 私の攻撃を読んでいたというの!?」

 

 魔理沙が放ったスペルカードは、まるで咲夜の攻撃を予想していたかのように、八方十方に五色のレーザーと大小色とりどりの星弾が、その名にある荒れ狂う台風とは逆に、内側から外側へと爆発的に放たれ―――、果たして群がる全てのナイフをことごとく撃ち落としていた。

 

「さらにおかわりだぜ!!」

 

 ちらり、目線を送る魔理沙。その先には咲夜と、そして―――。 

 

「恋符―――」

 

 にやり。口の端を持ち上げる魔理沙。声高らかに叫び、スペルカードを両手で持ったミニ八卦炉とともに目の前の中空へと叩きつけた!

 

「―――『マスタースパーク』!」

 

 発動と同時に熱無き光線が咲夜を貫く。しかし、それはまだ何のエネルギーも持たないただの光線。十六夜咲夜は過去にこのスペルカードをその身で食らっている。二度目はない。

 

(はじめの光線はただの誘導線のようなもの、このあと数瞬遅れてエネルギーが収束し破壊を呼ぶ極太のレーザーになるわ。時を止めるまでも無い、緩やかに身を躱すだけ―――)

 

 エネルギーが収束する前に、マスタースパークの射線上から移動する咲夜。

 

「……?」

 

 ふと感じた違和感。何かがおかしい。咲夜の中に生まれた疑念。

 避けてくれと言わんばかりに放たれたこのマスタースパーク。避けられてしまったら、発動からしばらくは隙だらけになる。さらに咲夜は時を止められる。それを知って、その上で魔理沙は放った。

 

 つまり―――、

 

「しまった!?」

 

 かちり。

 

 懐中時計の音。

 

 瞬間、

 

 

 ―――世界が静止した―――。

 

 

 

 

 普段であれば、その懐中時計とともに咲夜は己の自由に時を操ることが出来る。

 しかし、今は弾幕ごっこの最中だ。スペルカードルールという縛りがある。そのルールの中では咲夜はほとんど時を止めることは無い。

 それは咲夜なりの譲歩であり、矜持でもあった。

 時を止めさえすれば、その静止した世界の中では咲夜は基本的に無敵だ。それは弾幕ごっことして法外だし、何より面白くない。咲夜自身もまたそう考えていた。

 

 だから、

 

(止めていられるのは―――5秒間!)

 

 咲夜は瞬時に状況を把握し直す。

 

 魔理沙が自分に向けてマスタースパークを放った。それは躱すにはほんの僅かに横にズレるだけ。しかし、だ。

 

(4秒!)

 

 振り向く。咲夜の背後、そこには―――。

 

 主、レミリア・スカーレットの姿が、ちょうどマスタースパークの射線上に存在していた。

 

 よくよく視れば、魔理沙は意味ありげに笑っている。いつものあっけらかんとした晴れ空のような爽やかな笑顔ではない。何か、魔理沙らしからぬ邪悪めいた、そう、まるで妖怪の類が見せる()()だった。

 

 狙ったな、と咲夜は内心毒づく。

 

 主、レミリア・スカーレット共々、咲夜をマスタースパークで撃ち貫こうとしたのだ。

 

(3秒!)

 

 咲夜の選択肢はふたつだった。ここで主を庇ってマスタースパークを受け止めるか、受け止めないか。主を護る為にマスタースパークを受け止める、それ自体は良い。咲夜自身も自らを投げ売ってでも是非ともそうしたいと心の底から思っている。しかし、だ。

 

(2秒―――)

 

 果たしてそれは主にとってどうなのか。

 

 身を挺して護った、天晴!と褒められるのか、それとも―――、お前に庇われる程に落ちぶれてなぞいないぞ、と叱責されるのか。

 

(……1秒)

 

 もう時間が無い。

 迷っている時間は、無い。

 

(0秒……!)

 

 

 そして―――、

 

 時が動き出す。 

 

 

 

 レミリア・スカーレットは珍しく油断をしていた。

 

 否、それは油断と呼ぶには僅かな、ほんの僅かな隙。つい、目の前の八意永琳との弾幕ごっこを愉しんでいただけのこと。

 それくらいに八意永琳は強かった。悔しいが、レミリア・スカーレットが本気を出さざるを得ない程に。

 だから、

 

「面白い! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 口の端から血を吐きながら、愉悦交じりの吐息を漏らす。

 

 紅色の翼が一際大きく空を打つ。

 殺気が障気となり、相対する八意永琳へと吹き付ける。

 八意永琳はその障気に僅かに顔を顰める。

 

 まるで三日月のようなレミリア・スカーレットの口元。嗤っているのだ。

 レミリア・スカーレットは取り出したスペルカードを握り潰すと―――、それはボッと炎に包まれた。

  

 弾ける魔力。

 

 八意永琳は本能的に危機を感じ取り、身構える。

 

 両腕を大きく広げるレミリア・スカーレット。

 

「紅符―――」

 

 その時だった。

 レミリア・スカーレットを熱無き光が貫く。

 次の瞬間、彼女の右側面が眩しい光に包まれた。

 そこでようやく魔理沙がマスタースパークを使ったことに気付いた。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()レミリア・スカーレットは確認した。

 

 発動を始めたスペルカードを、八意永琳へと放つか、それともマスタースパークの相殺のどちらにするか、レミリア・スカーレットは迷―――わなかった。

 

 迷いは無い、迷いなどはあってはならないのだ。

 

 夜の王、吸血皇女、幼きバンパイアロードたるレミリア・スカーレットには。

 

 

「―――『不夜城レッド』!!」

 

 

 夜の闇空を、真紅の光の十字架が斬り裂いた。

 

 

 

 

続。

 

 

 

 

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