東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
―――場面は永遠亭に戻る。
ひらりひらりと迷い込んできた一頭の蝶。
その軌跡に舞い散る鱗粉が妖しく光る。
その蝶を見てアリスはハッと息を呑んだ。
(これは……西行寺幽々子の!?)
白玉楼の主、幽冥楼閣の亡霊少女、華胥の亡霊。
西行寺幽々子が使役する冥界の蝶によく似ていた。
だとすれば。それは優雅な見た目とは裏腹に残酷な能力を持つ蝶である。
身構え、蝶の動向を見つめるアリス。
しかし蓬来山輝夜はアリスとは対照的にまるでつまらないものを見るかの様な眼差しで、
「―――全く、無粋ね」
と呟き、右の人差し指をスッと差し出す。単純なその所作にも、こんな時だというのにアリスは優雅さを感じざるを得なかったかった。
冥界の蝶はしばらく室内を舞い飛んだ後、春の野を舞う蝶が甘い蜜を持った可憐な花に吸い寄せられるように、その差し出された指へと向かう。
ハッとした表情でアリスは声を上げた。
「ダメ! 輝夜、指を引いて!!」
驚く様子も無く、輝夜はチラリとアリスへ視線を送る。
その顔は―――、静かに微笑んでいた。
思わず手を伸ばすアリス。しかし。
妖蝶はついに蓬莱山輝夜の指先へと留まり、その翅を静かに休めた。
瞬間、
ガタンッ!
まるで糸の切れた人形のように、蓬莱山輝夜は崩れ落ちた。
「輝夜!?」
「主!!」
慌てて駆け寄るアリスと
アリスは脈を取るが―――、鼓動は感じられない。
先程までアリスと談笑していた美しい少女からはすっかりと血の気が失せており、その身体には熱が感じられなかった。
「嘘……」
掠れた声で喘ぐように呟くアリス。
急いで魔力を込め輝夜へと注ぎ込む。霊脈や気脈を刺激して蘇生を試みるが全く反応が無かった。まるでアリスの魔力を拒むように。
「ねえ! 輝夜! しっかりしなさいよ!!」
何度も、何度も何度も。アリスは己の魔力を生命力へ変換し輝夜に叩き込む。しかし、どうやってもアリスの願い虚しく、輝夜から魔力も生命力も反発するように押し戻されるのだ。
「どうして……」
呆然とするアリス。
ショックからだろうか、
妖しく光る蝶は最早、蓬莱山輝夜には興味は無いというように舞い昇ると、ヒラヒラと翅をはためかせて飛び去って行く。
胡乱げにその行く先に視線を送るアリス。
蝶ははっきりとした意思を持つように、新たな宿り花を見つけ、停った。
それは―――。
冥界の蝶が仕える天衣無縫の少女。
アリスは力ある視線でキッとその少女を睨み付けた。
「西行寺幽々子……!」
そう、西行寺幽々子の指先であった。
「あら、変わった先客がいたものね」
言って、袖口で口元を隠しころころと笑う西行寺幽々子。
「人形遣いの貴女がこんなところで何をしているの?」
「何……って、魔理沙と一緒に、月と夜の異変を……」
「
西行寺幽々子の言葉の外にある意味に気づき、アリスは口を横一文字に引き締める。
「……あら、その表情。貴女も気付いたのね? この異変にある、
意外、といったように掌で口元を覆ったかと思うと、西行寺幽々子はその目尻を歪めた。
「で? いつ気がついたの?」
視線を逸らしながらアリスは、
「……さっき、だけどね」
と力無く呟く。
「なぁんだ、つまらない」
西行寺幽々子は静かに笑いながらアリスをじっと見つめる。アリスはその視線に気付き、
「私は戦慄が走ったわよ」
「そうね、わたしもよ? 一緒ね」
「嘘ばっかり。なら西行寺幽々子、アンタはどうしてそんなに―――」
じわり、スペルカードを持つ指に力が籠もる。
「愉しそうに笑っているの?」
そう、アリスの指摘した通り、西行寺幽々子はこの状況に全く愉快そうに笑っていた。
「そりゃあそうでしょうよ。私は亡霊よ? 昼間よりも夜の方が体調がすこぶる良いのですもの。だから夜が明け無くても都合が良いのよ、色々とね」
「亡霊に体調も何もあるの?」
「身体がね、軽いのよ?」
「フワフワと浮いてるくせに何バカなこと言ってんのよ」
「それにね、食欲もモリモリなのよ〜?」
空を見上げる。
西行寺幽々子の視線の先には、歪んだ満月。すうっと目を細める。
「お月見といったらシーズン的には夏祭りも近いわねぇ。屋台が楽しみだわ? 焼き鳥でしょ? 光る玩具でしょ?」
西行寺幽々子は両腕を広げ、ふわりふわりとまるで蝶のように舞う。
優雅に、それでいて何処か儚げな舞。
「でも、
「何が言いたいの……」
声に怒気を孕ませ、アリスは西行寺幽々子を睨み付けた。目の端には涙が光っていた。
「別になにも? ただ、世の中の儚さを憂いているだけだわ。形在るものは何時かは滅び、生有るものは―――」
一旦そこで言葉を切ると、アリスに背中を向けたところで舞を止め、開いていた両腕を降ろす。
夜風が、西行寺幽々子の肩口までの桜色の髪を揺らす。
西行寺幽々子が天を仰ぎ―――、
ゆるり。
そのまま頭を、首を、回すように肩越しに、アリスを横目で睨め付けた。
「――何時かは死ぬものよ?」
その瞳に、西行寺幽々子の持つ美しさとは対照的にまるで夜の闇よりも深い、酷く凶々しい深淵をアリスは本能的に感じた。
咄嗟にスペルカードを引き抜くアリス。
その様子を見た西行寺幽々子は体ごと回転させアリスを正面に捉えると、
「生と死の境界を、貴女も感じてみるかしら?」
再び両腕を広げると、口の両端を笑みの形に歪めた。
その時だった。
「―――全く無粋ね。それに浅薄だわ」
(えっ!?)
彼女の生命は冥界の蝶に確かに奪われ、ただの成れの果てと化していたはずだ。
恐る恐る振り向く。
そこには―――。
「死ぬことも生きることも拒み現世に揺蕩い続ける、そんな亡霊である貴方が生と死の
事切れ倒れ伏していたはずの蓬莱山輝夜がその面を上げている。
「輝夜!」
驚きの声を上げるアリスに微笑みかけると、衣擦れの音と共に立ち上がる。その服についた埃をパタパタと叩くと小さく息を吐き、そして静かに微笑んだ。
まるで何も無かったかのように―――。
「さあ、明けない夜を終わらせるわよ?」
続。