東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
―――場面は空へと戻る。
撃ち落とした吸血姫と従者の姿が見えなくなると、八意永琳は乱れた髪をかき上げた。
刺し貫かれたはずの腹の傷は、もはや始めからそんなものは無かったかのように綺麗に消え失せ、魔力や霊力の消耗すら見えなかった。
そうして視線を魔理沙へと移すと、
「―――さて、地上の魔法使いさん。このあとはどうするかしら? さっきの続きをやる?」
にっこりと微笑んだ。
そこには悪意も敵意もない。あるのはただただ力のみ。魔理沙は身体をぶるりと震わせる。その震えは、恐怖ではない。
「……やめとくぜ、と言いたいところけれどもな、そうは言えない性分なんだな、これが!」
ほんの少し前に八意永琳のスペルカードを見、彼女との実力を思い知りテンションの下がっていた魔理沙はどこへやら。消耗した魔力も体力も忘れ、自慢の箒を唸らせながら八意永琳を中心に、夜に尾を引きながら空を疾走った。
「さあ出し惜しみなし、全力だぜ!」
「ええ、そうよね、そうこなくちゃ、だわ」
高速移動、死角に回り込むように飛ぶ魔理沙。
星型の弾幕をばら撒く。
デコイも兼ねて、だ。
そうして無数の星弾による弾幕で空間そのものを包囲すると、
「喰らえ!」
スペルカード発動。
「 黒魔 『イベントホライズン』 !」
周囲にばら撒いた星弾が、魔理沙を中心に渦を巻くように集束していく。スピードも密度もはさほどではない。
八意永琳は内心落胆しつつそれを難なく躱していく。
魔理沙へと集束した星弾は反転、再び拡散を始める。それに加えて魔理沙の周囲に星が産まれるとそれもまた渦を巻きながら拡散。さらに魔理沙と八意永琳を包むようにさらに外周にも新たな星が産まれ、それらは魔理沙へと集束していく。
集束と拡散が魔理沙が展開した球状の弾幕の中でいくつもいくつも繰り返される。いつの間にかそれらはまるで停滞しているかのように見えるほど、密度の濃い弾幕へと深化していた。
先程の落胆を捨て、八意永琳は胸が高鳴るのを感じた。そしてそんな自分に驚きつつも、やはりな、と考えた。
殆ど身動きの取れないはずの弾幕の中、八意永琳は緩やかにその身を揺らす。
その姿はまるで月に舞う天女のようでもあり、魔理沙はその美しさに見惚れそうになる。
長いようで短いスペルカードの継続時間。八意永琳は全てを回避しきっていた。
時間切れで効力を失い、光の塵となるスペルカード。弾幕もまた散り散りになる。
自慢の1枚だったが、アッサリと躱し切られ魔理沙は一瞬怯みそうになったが、
「―――いいや、
ブンッと首を横に振るうと、次のスペルカードを待機状態にセットする。
発動―――、その前に!
「 蘇生『ライジングゲーム』 」
八意永琳のスペルカードが割り込む形で発動する。
こちらもまた、高密度の弾幕が展開される。
魔理沙のスピードが仇となる状況、あくまで最小の動きで、僅か半身程度の調整をしながら魔理沙は高密度の弾幕を躱していく。
ほんの僅かの調整をミスすると、それこそが命取り。
だが、これが弾幕ごっこというルールの中で執り行われている以上、一見回避不能と思われる弾幕にもどこかに突破出来る間隙が存在する。
集中の度合いを高める。
魔理沙は自分の中、所謂丹田のあたりに魔力が集中していくのを感じた。
その魔力は白い光球をイメージさせる。それは
ここへの直撃さえ避ければ、ここさえ守れば、弾幕ごっこに負けはない。弾幕ごっこの基本でもある。
魔理沙はそれらを感覚的に捉えて、
その考え方で行くと、撃ち出した弾、レーザーなどにも魔理沙の言う当たり判定が存在しているのだ。
普段の高速移動を捨て、魔理沙らしからぬ緩やかなスピードで八意永琳の弾幕を躱していく。
時折、当たったか? と思わせるような避け方でも被弾することは無かった。
そうして八意永琳のスペルカードを全て避け切ると、魔理沙は帽子の鍔を人差し指でパチンと弾き、八意永琳をキッと見据えた。
その口元は楽しそうに白い歯を覗かせている。
八意永琳の実力―――恐らくはその片鱗であろうが―――を見せつけられ一度は己の無力さを噛み締めたが、今の魔理沙は普段通りの、恐れを知らぬ、常に全力の彼女になっていた。
相手が強ければ強いほど、魔理沙は心底燃える
そうすると必然的に力が湧いてくる。
魔力が、霊力が、気力が、底無しの力が魔理沙を押し上げる。根拠の無い自信が魔理沙を強くする。
だから、魔理沙は笑う。全力で。
例えそれがどんな逆境だとしても。
◇
―――八意永琳は心を打たれていた。
永遠の命と肉体、この世の一切を識る天才的頭脳、そしてその身に纏う強力無比な
全てを手にした八意永琳には執着するものが無い。蓬莱山輝夜、そのただひとつの存在を除いて。だから、魔理沙のように命を燃やして眼前に立ち塞がる存在が愛おしくて堪らなかった。
「―――美しいわね」
想いが、言葉が、思わず溢れる。口にしてから数秒後、ハッとなり、そんな言葉を零した自分に驚き、嘆息する。
―――迷いの竹林に閉ざされた永遠亭。その永遠に棲まう八意永琳も、竹林の外に興味が無いわけでは無かった。月からの察知されないように気を使っていたのは当然だが、竹林の外で起こる様々な異変を彼女は全て観測していた。
その中で、八意永琳は霧雨魔理沙という普通の魔法使いに興味が湧いていた。
自分から見れば彼女など矮小な存在なのに、いつだって先陣を切って異変へと飛び込んでいく。飛び込んでいき、その異変と全力でぶつかる。それがどんなに霧雨魔理沙からして強大な存在や異変だとしても―――。
あの夜、輝夜と共に蓬莱の薬を呑むことで終わり無き昼と夜を繰り返すようになった八意永琳にとって、限りのある命の中で全力で生きる霧雨魔理沙のように何かに情熱を燃やすという事は、天知全ての才を持ち得る筈の彼女が千年前の満月の元に置いてきた、数少ない持たざるもののひとつ。
だからこそ、彼女の想像通り異変を嗅ぎつけ永遠亭まで辿り着いた霧雨魔理沙を、
「―――完璧に全てを隠してしまうことは、やろうと思えば容易だったわ」
伏し目がちに霧雨魔理沙を見下ろしながら、八意永琳は独りごちた。
「けれども私は試してみたくなってしまった。博麗の巫女という強大な存在の側にいながらにして、その存在感を尚も輝かせる貴女を」
八意永琳は両腕を拡げる。
その姿は見上げる魔理沙からすると、まるで満月をその背に纏っているかのように見えた。
「そんな貴女が、偽りの満月が照らすこの夜すらも打ち砕くことが出来るのか、と―――」
◇
帽子を目深にかぶり直すと、魔理沙は何も言わずに上昇していく。ゆっくりと、八意永琳と同じ目線になるまで。
「私には小難しいことはわからないが―――」
実際、魔理沙にとって八意永琳が何を考え、何を思っているのか、それはわからなかった。わかるはずもなかった。しかし、
「全力でかかってこい、そう言ってるのだけはわかったぜ?」
帽子の鍔を人差し指でスッと持ち上げる。魔理沙と八意永琳、ふたりの目と目が合う。
八意永琳は確かに見た。帽子の奥輝く魔理沙の瞳が、まるで星々の輝きのようにキラキラと煌めいているのを―――。
続。