東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
宇宙のはじまりから現在までに流れた気が遠くなるような長い時間からすれば、星の一生などほんのわずかな揺らめきに過ぎない。魔理沙が見せた輝きは、不老不死である八意永琳からすれば小さく儚いものであったが、同時に彼女がいくら望んでも最早手にすることの出来ない尊さで満ち溢れていた。
―――私も昔はあんな瞳で、何かを見ていたのかしら。
八意永琳の胸をそんな想いが過ぎる。魔理沙を見つめている八意永琳の視線のその先には、もうひとり別の人影が幻影のように視えていた。
腰まである艷やかな黒髪。雪のように透き通った白い肌。幻影の少女が言葉を紡ぐ。
『―――ねえ永琳』
その声は遠い記憶。
それは八意永琳と
『私のお願いを聞いてくれるかしら―――?』
それは―――、
一口飲めば魂が肉体の束縛から解かれ生きることも死ぬこともなくなる伝説の薬湯。
しかしそれを服薬することは、同時に罪深き穢れた存在へとその身を堕とすことでもある。
あの時の事が正しかったのか、間違っていたのか。
全てを識る天の才を持つ八意永琳にも、その答えはわからなかった。
―――ふと、それまで凪いでいた空に風が吹いた。
西からの強い風。
魔理沙はためくスカートと帽子を抑え、八意永琳は暴れる髪やスカートを風のままに身を委ねた。
「戯言ね」
短い呟きは、魔理沙には届かない。
そんな感傷に浸る為に太古の月を
「私には―――」
そこまで溢して、俯き、八意永琳は言葉に詰まった。
それ以上は続かない
「―――私には小難しいことはわからないと言ったぜ、八意永琳」
魔理沙の言葉に八意永琳は顔を上げた。
「あんたが何を想い、何を忘れ、何を今その胸に
「…………」
「けどな、今は弾幕ごっこの最中だぜ? あんたが私の対戦相手で私があんたの対戦相手、あんたと私、それが全てだ。それ以上でもそれ以下でも、それ以外でも無いんだぜ? だから―――」
魔理沙は八意永琳と自分とを交互に指差し、ニィと白い歯を見せて笑うと、
「あらよっと―――」
掛け声ひとつ跳ね上がり、それまで跨っていた箒に両の足で器用に立つと八意永琳へと体を真っ直ぐ向けた。
「一体誰のことを考えていたかは知らないが、余計な思考は被弾を呼ぶぜ? そんな決着はお互い嫌だろう? さあ、今は私のことだけ見るんだぜ。それが―――」
懐から取り出したミニ八卦炉をヒョイと放ると、ミニ八卦炉は意思を持つかのように魔理沙の周囲に星屑を撒き散らしながら飛び回り始めた。
それを確認し満足げに頷くと、吹き荒れる風の中、魔理沙は両足をやや開いて立ち、俯きがちに腕組みをした。
「そう、それが―――
八意永琳からは帽子の鍔と風に暴れる髪とで魔理沙の目元は見えない。しかし、その口元にある自信に満ちた笑みからどんな表情をしているかは容易に想像出来た。
ミニ八卦炉が飛び回るたび、星屑の軌跡が重なるように魔理沙を囲んでいく。
魔理沙はおもむろに顔を上げた。
そこにある表情には果たして八意永琳の想像通り、超新星が如き鮮烈な輝きがあった。
パチッとウインクをすると、魔理沙は声高らかに叫んだ。
「さあ刮目しな、八意永琳! 次は出し惜しみなしの、正真正銘、本当の―――、全力だぜ!!」
◇
八意永琳はぶるりと身震いをする。そして、そんな自分に驚きが隠せなかった。
恐怖? 否。
畏怖? 否。
その震えは、魔理沙の輝きに心ごと揺さぶられたからだった。
同時に、八意永琳の中から全ての雑念が消えていた。
自身は気付いていなかったが、目の前の霧雨魔理沙を初めて対等な相手として心の底から認めた証拠だった。
ようやくいつもの精神を取り戻した八意永琳は、口の両端を持ち上げて薄く笑った。
「貴女だって、ここに来たのは月の異変を解決するため。それと―――、あの博麗の巫女のため、でしょう? 余計な思考に囚われてるんじゃあないの?」
「まあな。けど言ったろ? 今は弾幕ごっこの最中だって。月の事も、夜の事も、霊夢もアリスも、八意永琳、あんたもだ、一切合切は弾幕ごっこの決着の後だぜ」
言って、魔理沙は両腕を拡げると、スペルカードが5枚、魔理沙の正面に五芒星の頂点を位置取りそれぞれ音も無く配置した。
魔理沙の
魔力の流れとともに5枚のスペルカードが時計回りに回転を始める。
八意永琳はヤレヤレと肩を竦めると大袈裟にため息をついた。
「全力なんて言って人が悪い。貴女もさっき見せたスペルカード以上の大火力魔法を隠し持ってたなんてねぇ」
「……悪いな八意永琳、こいつはまだ開発途中でな。それに、こいつを使える条件が整うのがまさに終盤しか無いときたもんだ」
言葉とは裏腹に悪びれる様子の無い魔理沙。
八意永琳も距離を取ると白銀の弓を構え、魔理沙を真っ直ぐ見据える。
「成る程ね。つまりはそれが貴女の―――、
「
八意永琳の視線を受け、魔理沙は拡げた両手を祈るように思い切り叩き合わせた。
―――パン!
乾いた音が響く。
瞬間、
魔理沙の周囲を大きく回転していたミニ八卦炉が、魔理沙の目の前で回転するスペルカードが描く真円の中心へと飛び込んだ!
魔理沙を包む星屑の軌跡が、より強い光を放つ。それは、幾重にも描き連なった魔法陣となる。
「多重空間魔法陣!?」
「―――こいつはな、私がこの弾幕ごっこで使った弾幕やスペルカード、
「それが貴女の言う条件―――」
「ああ、本来なら消えて無くなる魔力、無駄になった魔力、そういったものを集めてもう一度強大な力へと転化する。だからこのスペルカードは最後の最後でしか使えないのさ」
「……成る程、そういうことなのね」
「私は弱いからな。こうやって努力をしないと誰にも彼にも敵わないのさ」
「……素晴らしいわ! 霧雨魔理沙、貴女はこの八意永琳が本気を持って臨むに相応しい相手だわ!」
「そいつは……僥倖だぜ!」
魔理沙の周囲の魔法陣が集束していき、合わせた両の掌へと集まる。
スペルカードの回転もまたその直径を徐々に狭めていく。
魔理沙は右目を瞑ると声高らかに詠じた。
「―――五行相生八卦四象!」
それとともに高速回転する5枚のスペルカードが重なり、1枚のスペルカードになる。
魔理沙は合わせた両の掌を互いに90度回転させた。
「陰陽―――」
互い違いに合わせた手を、その間を見つめながらゆっくりと開く。
両手の間には高密度の魔力光が―――、まるで星の誕生がそこにはあった。
魔理沙は右目に続き、左目もゆっくりと瞑る。
そうして、
「―――太極!」
詠唱と共に双眸をカッと開いた!
魔理沙の背後に光の
(お前の太極図、使わせてもらうぜ霊夢!)
―――この太極図は魔理沙と霊夢のはじめての弾幕ごっこの際、ゼロ距離からの魔理沙のマスタースパークを抑え込むのに霊夢が使用した切り札のひとつ。
あのあと、魔理沙は霊夢にねだって譲ってもらっていたのだった。
そもそも西洋魔術の使い手である魔理沙に太極図が使いこなせるのか霊夢にとって甚だ疑問だったが、魔理沙曰く『太極図も白と黒、私も黒と白。ふたつの色が同じだからな、きっと使えるぜ』と言い張ったのだった。
(ぶっつけ本番だったが、うまく行ったぜ)
ともすれば弾けて散り散りになってしまいそうな魔力を太極図の能力で吸収し抑え込む。抑え込んだ魔力を反転、逆流させ増幅。増幅すると溢れ出る魔力をまた抑え込み……と、その工程を無限に繰り返し、魔力星の密度を上げていくのだった。
八意永琳は
数千年前、大陸で軍師をなど務めた釣り好きの仙人が用いていた気がした。どこかとぼけたその仙人だったが、風を操る鞭と太極図とで大陸の戦乱を収めた、とかそんな伝承があったような気がする。
特別な名は無かったが、全てのエネルギーを無限に吸収、放出が可能とも言われ、ただの太極図ではないのは明らかだった。
―――それほどの品を何故あの魔法使いが? いいえ、今はそんなことに気を取られている場合ではない、目の前の、そう、霧雨魔理沙に集中するのよ!
さすがの八意永琳も、思いもよらぬ隠し玉に驚きを隠し切れなかったが、すぐに平静を取り戻すと自らもスペルカードの準備を始める。
高密度の魔力星を抑えつけながら、魔理沙が顔を上げる。
「待たせたな……八意永琳。こいつが私の、
「―――来なさい
太古の月を背負った八意永琳が、全身から今はまでとは比べ物にならない程の魔力を迸らせた。
魔理沙はニヤリと笑うと、
「行くぜ……
魔砲――― !」
宣言開始。スペルカードが弾ける。
上体を捻り、両手に抱えた魔力星を腰溜めに構える。ちょうど丹田のあたり、
「 『ファイナル ―――」
弾けたスペルカードに籠められていた魔力が膨張し、リング状の魔法陣を中空に形成する!
その中心には膨大な魔力に赤熱するミニ八卦炉。
魔理沙は両手に抱えた魔力星を、ミニ八卦炉へ向けて全身全力で叩き付けた!
「―――マスタースパーク』 !!!」
轟音と共に。
極大の光芒が闇を白く染め上げ、偽りの夜を貫く。
続。