東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
「幻符―――」
レミリア・スカーレットのスペルカード発動とほぼほぼ同時に、十六夜咲夜がスペルカードを発動する。
「 『 殺人ドール 』 」
かちり。
十六夜咲夜の周囲に無数のナイフが現れ―――、レミリア・スカーレットが狙わなかった方の八雲紫へと殺到する。
が、全ては外れて足元へと突き刺さる。
外れ―――、ではない。
狙ったのだ。
「―――咲夜」
厳かに響くレミリア・スカーレットの声。そこに籠められている意思を読み取り、
「御意」
深々と頭を垂れ、十六夜咲夜が下がる。
「妖夢」
数瞬遅れて、今度は西行寺幽々子の声。
「はっ」
こちらもまた、名前を呼ばれただけでその命令を理解し、魂魄妖夢がすでに疾走っていた。その手には、先程使用したのと同様、白楼剣。そして、その目に映るのは、十六夜咲夜のスペルカードによって動きが止まった方の八雲紫。
妖夢の瞳が、赤く光る。
「獄界剣―――」
魂魄妖夢の姿が掻き消える。
瞬間、
瞳の赤が―――、
斬撃の軌跡が―――、
それぞれ光の尾を引き、
「 『 二百由旬の一閃 』 」
斬ッ!!
―――声も音も、置き去りにして。
残心と共に白楼剣を鞘に収め、チッ、と舌打ちをする妖夢。
「浅かったか」
妖夢が斬ったのは、レミリア・スカーレットが狙わなかった方の八雲紫の、影。
「―――いいえ、上出来よ妖夢」
西行寺幽々子が満足げに頷く。
妖夢が斬った影は、虚を渡り、空を駆ける。
数瞬前まで八雲紫の姿をしていたそれが、真の姿を現す。
「
白いゆったりとした法衣に身を包み、その腰からは金毛九尾の輝き。八雲紫よりやや長身の妖怪が、吸血皇女のスペルカードの直撃を受けた八雲紫の元へと跳ねるように駆け寄った。
「あれは―――」
その姿にはアリスも見覚えがあった。
「紫様、大丈夫ですか!?」
両手をかざしすぐさま回復の術式を構築するが、八雲紫はヒラヒラと手を振りそれを柔らかく拒否する。
「ええ、所詮は弾幕ごっこですもの、何ということはないわ」
その言葉は強がりではない。実際に八雲紫の身体には傷ひとつついていなかった。
「よかった……」
ホッと胸を撫でおろす
そのおでこに八雲紫は軽いチョップを叩き込む。
「あいたっ!?」
「もう。そんなに心配して。そんなに私が弱く見えて?」
「え、いや、しかし」
「ふふ、心配ありがとね? それよりも、せっかくの術が解けちゃったじゃない。
―――否、術を斬られた、のかしらね?」
八雲藍を八雲紫へと見せかけた術は、八雲紫のオリジナルではない。彼女がこの幻想郷の外へと出かけた際に、とある
八雲紫が
―――その超人との八雲紫の物語は、ここでは割愛するが。
閑話休題。
魂魄妖夢の刃はその情報のうわべと、接続を絶ち斬ったのだ。
充分すぎる結果に上機嫌の西行寺幽々子。
「ええそうよ♪ 今の妖夢は絶好調ですもの」
「幽々子さま……ありがたいお言葉ッ……!」
主の言葉に感涙むせぶ庭師。
そんな妖夢を優しく抱き寄せると、頭を愛おしそうに撫でる西行寺幽々子。
(……あの一撃を躱したのは流石、と言いたいところだけれども、躱せたのは妖夢がほんの僅かだけ迷ったから。妖夢も紫を斬るのには抵抗があったのね)
西行寺幽々子と八雲紫が、無二の友であることは有名である。己の主の友人に向かってその刃を向ける事は、主直々の命令とはいえどこか戸惑いがあったのだろう。その戸惑いが迷いとなり、ほんの僅かに剣筋が鈍った。だからこそ八雲藍は直撃を免れたのだ。
(その半人前な優しさもまた妖夢の愛しいところでもあるけれどもね)
と、妖夢の頭を撫でながら西行寺幽々子は思った。
それくらいに今の魂魄妖夢は
そして、八雲紫もまた同様の評価であった。
(勝負の世界にたらればはないけれども、もし妖夢の一撃が楼観剣だったら、もし、妖夢の剣筋に迷いが無ければ。流石の藍でも危なかったかも、かしら)
称賛と僅かな嫉妬を篭め、八雲紫は西行寺幽々子と魂魄妖夢を半眼で見やった。その視線に気づき、慌てて西行寺幽々子の背中へと隠れる妖夢。そんなあどけない姿に八雲紫は相好を崩し、小さく笑うと、
「まあ良いわ」
手で制し、式を下がらせた。
西行寺幽々子は屈託の無い笑顔でころころと笑う。
「うふふ、うちの子の勝ちね? ―――さあ紫、話してもらうわよ? 色々とナイショにしてること」
レミリア・スカーレットも腕を組み、強い笑顔を見せる。
「ああ言い忘れていたが、先程のスペルカードの効力はまだ続いているぞ? 獄符『千本の針の山』―――、嘘を吐いたらさらに針千本追加だ。さあ大妖怪よ、貴様は一体何を企んでいる?」
ふたりから促され、八雲紫は肩を竦めると、わざとらしく大きな溜息をついた。
「はぁ〜あ。やれやれだわ。それじゃあ―――」
八雲紫が語り始めようとした、その時。
「―――ことの始まりは遥か昔。この幻想郷一団が、月へと攻め込んだ事件があったわ―――」
八雲紫の言葉に被せるように、口を開いたのは蓬莱山輝夜だった。
全員の注目が集まる。
八雲紫はあからさまに不機嫌そうな表情になる。
それを半ば無視し、蓬莱山輝夜は続ける。
「そこの大妖怪は旗印だった。地上の軍勢を率い、煽り、
それは永い、大きな戦いだったと聞くわ。確かに、八雲紫率いる地上の軍勢は強かった。けれどもね。それ以上にうちの八意永琳が―――
なんやかんやあって結局、地上の軍勢は散り散りになって逃げ帰り、月の平和は保たれた」
アリスは首を傾げる。
「そんな事が……あったの?」
「ええ、アリスは知らなかった?」
「知るわけないじゃない……幻想郷から月への侵略なんて………」
魔理沙は知っているのだろうか。知らないのは私だけなのだろうか。不安がアリスの心を過ぎる。
「もう、遠い昔の事よ」
蓬莱山輝夜はアリスに優しく微笑む。その表情は『今の地上人であるアリスには罪のないことだわ』と語っているようだった。
そして視線を八雲紫へと戻す。その表情は既に永遠亭の主としての、威厳のある表情に戻っていた。
「八雲紫が企んだのは、恐らくはそう、その時の復讐、ね? 私と永琳が別々になった時を狙い、永琳が太古の月の召喚と維持のためにその
蓬莱山輝夜の言葉を聞き、八雲紫はその口元をいつの間にか手にした扇子で隠す。
「ええ。あれは儚い幻想。過去の、月でのお伽噺よ。けどね―――」
扇子で隠しているにも関わらず、その目元で嗤っている事は誰の目にも明らかだった。
「
「なっ……!?」
「永らく月の狂気に照らされて、真に狂ってしまったのかしら竹取の姫?
誰からも愛され、大事に扱われいた、そんなお前に私の事が理解るはずがない!
そう、この
唾棄するように言葉を吐き蓬莱山輝夜を睨みつけると、あまりの衝撃に輝夜は言葉を失い、黙ってしまう。
大妖怪は視線を吸血皇女へと移すと、
「さて次はお前よレミリア・スカーレット。お前は私に問うたわね?
全く完全に愚問も良いところだわ
馬鹿馬鹿しい。
全てはシンプルなのよ。たったひとつのシンプルな答え。それはね―――」
その時だった。
夜空が、まるで昼間のように白く明るく輝いた。
それは、魔理沙の『ファイナルマスタースパーク』の輝き。だが、地上にいる誰もが、そうとは知らないのである。
不意に夜空に現れた、謎の光だった。
◇
真っ先に空を見上げたのは―――、アリスだった。
見上げた先、アリスの目には信じられないものが映った。それはまるで―――、白昼の太陽。
だが当然、まだ夜は明けてはいない。
そう、永遠の夜はいまだ明けていないし、空には偽りの月もいまだ存在している。
蓬莱山輝夜も空を見上げ、驚きの表情を浮かべている。
「なんなのよ、あれは……」
埒外である彼女ですら、それの正体を認識出来ていない。
だが、アリスは
間違えるはずもない。
この感覚は―――、
魔理沙の魔力。あれは、
「魔理沙!」
思わずその名を呼ぶ。届かないと分かっていながらも。けれども呼ばずにはいられなかった。
なぜなら、あの魔力の光は、
(魔理沙の話じゃ、あのスペルカードはまだ未完成、今の魔理沙じゃあ制御しきれないはず―――!?)
「魔理沙ぁっ!!」
涙が溢れる。このままじゃ、制御に失敗したら、魔理沙は―――。
「―――アリス」
アリスの手を、輝夜がギュッと握った。
「
言葉も発せず、アリスは、ただただ頷く。
その必死な様子を見て、輝夜は優しく微笑んだ。
「良いわアリス。後悔はしたくないわよね?」
輝夜の問いに、アリスは涙混じりに何度も何度も頷く。
「後悔、したく、ない!」
「それじゃあ―――、行きましょう。お互いの大切な人の元へ」
そう告げる輝夜の表情は、泣いているようにも見える、笑っているようにも見える、寂しげな表情だった。
「えっ」
アリスが答える間もあらばこそ。
蓬莱山輝夜とアリスを淡い光が包む。
その光は真っ直ぐ天へと昇っていき―――、
輝夜はアリスの手を取ったまま、その光の柱の中をものすごい勢いで天へと向けて飛翔した。
◇
西行寺幽々子が心配そうな表情で八雲紫を伺う。
その視線に、その視線に籠められた想いに気付いたか、それとも否か。
八雲紫は西行寺幽々子へと目線だけで応えると、すぐに天を見上げた。
夜空に浮かぶ、白い太陽。
「―――はじまったわね」
誰にともなく呟く八雲紫の横顔が、どこか愉しげに嗤ってさえいるように見えて―――、西行寺幽々子は顔を背けると伏し目がちに溜息を吐いた。
続。