東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜   作:赤井せりか

27 / 47
 Unrequited feelings 〜異聞永夜抄〜 26

 

 八雲紫の腕の中で静かに目を閉じる西行寺幽々子。

 

「幽々子さま!」

 

 魂魄妖夢が心配そうに主の顔を覗き込む。眠れる亡霊姫の透き通るような白い肌からは精気を一切感じられなかった。

 すわ、主の一大事か! と慌てる妖夢だったがすぐに冷静さを取り戻す。当たり前だ、西行寺幽々子は亡霊なのだから、と。

 すぐに感覚を霊視へと切り換える。すると―――、

 

「幽々子さま……」

 

 妖夢はホッと胸を撫で下ろした。今の西行寺幽々子は人間で言うところの気を失う、眠っている、それに近い状態だった。特に霊波の大きな異常は見受けられない。

 

「大丈夫よ、妖夢」

 

 幽々子を大事そうに抱き抱える紫は、その従者へと優しい笑顔を見せた。

 

「幽々子はね、少し吃驚(びっくり)しただけよ」

 

「ビックリ、ですか?」

 

 あまり見たことのない八雲紫の表情に、妖夢は思わずドギマギしてしまう。いつもはもっとこう、不遜というか、尊大というか、自分本位であまり他人に内面を窺わせ無い雰囲気を持っているが、今の八雲紫は妖夢がこれまでに見てきた中でも記憶に無いほどに、慈愛に満ちた表情だった。

 その感情は間違いなく、西行寺幽々子へと向けられている。

 

 妖夢が西行寺幽々子の出会いよりも、八雲紫と西行寺幽々子の歴史は旧い。だから、きっと妖夢の知らないふたりの関係がそこにはあるだろうことは、話を聞かなくとも容易に推測できた。

 

 ただ、

 

(私が思っていたよりも、幽々子さまと紫様の間には何かがあるのだな)

 

 そう思うと、妖夢の心中にちりちりと嫉妬の感情が炎のように揺らめくのを自覚した。自覚し、すぐさま頭をブンブンと左右に振って余計な()()を振り払う。そんな感情などこの私が持ち合わせてはいけないのだと。

 

(ああ、いけない。私は白玉楼の庭師。幽々子さまの代わりに振るわれる、一振りの刃なのだ。それ以上でもそれ以下でもない)

 

 心の中で呟き、己を戒めると、

 

「あとはこの私が。白玉楼へ帰り、幽々子さまを休ませます」

 

 そう言って両腕を開いた。

 そんな妖夢の顔を、八雲紫は数秒見つめていたが、

 

「ええ、そうして頂戴な」

 

と、西行寺幽々子を妖夢へと抱き渡した。

 

 その様子を傍らから八雲藍が見ていることに気が付き、八雲紫は目をスッと細くし、口の端を笑いの形に歪めた。

 

「藍―――何かしら?」

 

「……いいえ、何も」

 

 (こうべ)を垂れ、スッと後ろへと下がる八雲藍。そんな式から視線を妖夢へと戻す。

 

「少し休ませれば、また元に戻ると思うから。心配しないでね?」

 

「わかりましたッ!」

 

 言うが早いか、西行寺幽々子を抱き抱えた状態で魂魄妖夢はトントンと軽く跳ねる。そして―――、

 

「それではッ!」

 

 次の瞬間、

 

 ―――轟ッ!

 

 軽い衝撃波と炸裂音を残し、魂魄妖夢は空へと跳び上がっていた。

 

 

◇ 

 

 

 魂魄妖夢の跳び去って行った方を目を細めて眺めていた八雲紫の背中に、笑い混じりの声が掛かった。

 

「―――それで? 貴様はどうするのだ八雲紫よ」

 

 レミリア・スカーレットだ。事の顛末を黙って眺めていたのはただの気紛れか。

 肩越しに半眼で振り向く八雲紫。

 

「―――はぁ?」

 

 ジロリ。この視線だけで低級妖怪ならば爆ぜて塵となる程度の霊圧がある。しかし、

 

「まあまあ、そう怖い顔をするな。私はもう何もせんよ」

 

 そんなものはどこ吹く風、両手を広げてレミリア・スカーレットは笑った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()。夜明けが来れば夜遊びの時間は終わり。()()()()()()()()()()だ」

 

「……ふうん?」

 

 広げた両手をパンと打ち鳴らす。

 

「で? 貴様はどうするのだ? まだ夜更かし、いや、()()()()でもするのか?」

 

「―――だとしたら?」

 

「怖い顔をするなと言ったろう? それに私はもう何もせんとも言ったろう」

 

「…………」

 

「ただ知りたいだけだよ八雲紫。貴様程の大妖怪が何故そんなに―――」

 

 くははは。

 

 乾いた笑いと共に、レミリア・スカーレットの口角が大きく割けた。

 

 まるで三日月―――。そう、まるで血のように真っ赤な三日月のように。

 

「―――そんなに気にかけるのか。 博麗の巫女の事を―――」

 

 ―――瞬間、金色の衝撃が奔る。

 

「貴様ッ!!」

 

 八雲紫の式、八雲藍だ。

 彼女自慢の金色の九尾を靡かせ、弓から放たれた矢の如き疾さで主を飛び越えると、薄ら笑いを浮かべるレミリア・スカーレットに襲い掛かった!

 

 流石にレミリア・スカーレットも反応はするが、しかし涼しげな顔のまま半歩脇に移動するに留まる。それは、八雲藍の繰り出す爪撃の間合いの内だった。

 

(―――()った!)

 

 強い確信と共に八雲藍の鋭い爪がか弱き吸血皇女へと届く、まさにその瞬間。

 

「藍―――」

 

 八雲藍の突撃が空中でビタッと止まった。

 

 まるでそこだけ時が止まったかのような錯覚。

 十六夜咲夜の時間停止―――、()()()()

 

「―――やめなさい」

 

 静かな八雲紫の声。式の先駆けを止めたのは八雲紫だった。

 

「何故止めるです紫様! 此奴は、吸血鬼の分際で紫様を愚弄したのですよ!?」

 

 不満げな八雲藍の声。彼女の憤りも当然のこと、式として主が貶されて黙っていられようものか。しかもあろうことが主を愚弄するのはこの目の前の矮小な少女だ。あと少し八雲藍がその腕を振るえば、彼女の頭は胴と泣き別れることだろう。

 

 しかし。

 

「―――良いから引きなさい、それ以上は()()よ」 

 

 式や吸血皇女に背を向けたままにべもなく言い放つ八雲紫。

 

 あんまりだ。ギリッと奥歯を噛みしめる金毛九尾の式。

 

「何を―――」

 

 言いかけて、八雲藍の背筋を冷たいものが滑り落ちた。気付いたのだ、八雲藍の死角となる直下に潜り込んでいる()()と、己の首元に無数のナイフがいつの間にか突きつけられていることに。

 

「十六夜……咲夜……」

 

 その気配の名を口にする。

 

 ナイフの切先と変わらぬ鋭い視線と殺気を携え、瀟洒なメイドはしかし上品な佇まいで()()()()()

 

 八雲藍の頬を汗が伝う。汗が頬から、首筋を狙うナイフへとポタリと落ちる。

 

 あとほんの僅か、八雲藍が前に出るか、十六夜咲夜が力を入れるかすれば、無数のナイフは八雲藍をズタズタに引き裂いていたであろう。

 

 主である吸血皇女の足元に静かに寄り添う。決して主よりも目立たぬよう影のように。しかし瀟洒なメイドには何時でも次のナイフを撃ち出せるよう、その準備が出来ていた。

 

「それ以上は、私が許さない。ならばこの十六夜咲夜、レミリアお嬢様の盾となろう、剣となろう。お嬢様に降りかかる火の粉から護り、等しく、滅びを与えよう―――」 

 

 だが()()()()()()はポンとメイドの肩を軽く叩くと、

 

「騒ぐな咲夜―――。なんということはない」

 

 レミリア・スカーレットは腕を組み、空中で静止したままの八雲藍に顔を近づけて覗き込んだ。

 

「少しばかり(飼犬)が騒いだだけ―――、いや、(飼狐)か」

 

 その言葉に八雲藍は真っ赤になって激昂する。

 

「ぐっ―――!!」

 

 しかし八雲紫は彼女の(いまし)めを解かない。

 

「やめなさいと言ったわよね、藍」 

 

「しかし! 此奴は紫様を―――!」

 

()()()()()

 

 より力の籠められた主人の言葉に式の身体がビクッと震える。

 

「……!」

 

 それ以上はもう力が入らない。それ以上の事は、式には許されなかった。

 

「わかりました……」

 

 脱力する八雲藍。逆立っていた金毛九尾がしおしおとうなだれる。

 同時に彼女を狙う無数のナイフもまた幻のように消え失せた。

 

 フン、と鼻を鳴らすとレミリア・スカーレットは足元の十六夜咲夜に声をかけた。

 

「まったく……お前も余計なことをするな」

 

「申し訳ございません」

 

 深く(こうべ)を垂れる従者にレミリア・スカーレットは何かを言いかけてやめる。一度口を噤むと、フッと小さな笑いを吐き出した。

 

「―――いや、いい。()()()()()、だ」

 

 主の言葉を労いと解釈し、無言で会釈をすると十六夜咲夜は後ろへと下がる。

 

 メイドのその所作に満足げに頷くと、

 

「さて、そこの式が反応するを見るに私の推測も当たらずとも遠からず、と言ったところのようだな」

 

 からからと笑った。

 

 ゆるりと身体ごと八雲紫が振り返る。

 

「………」

 

 何も答えずただ薄い笑いを口元に浮かべて。

 

 レミリア・スカーレットは構わず続ける。

 

「しかし貴様も罪な女だな。先ほどの亡霊姫の想い、気付かぬほど愚鈍ではあるまい?」

 

「……貴女もやめなさいな。吸血皇女ともあろうお方が、下衆の勘繰りなど品格が疑われるわよ?」

 

「ハッ。私は吸血鬼(人でなし)だぞ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それもそうね」

 

「だろう?」

 

 悪びれもせず口の端を歪めるレミリア・スカーレットに、ヤレヤレとため息混じりに肩を竦めるとポツリポツリと語り始めた。

 

「……幽々子はね、とても純粋なの。あの子にはあのままでいて欲しい。そう、私のように濁って欲しくないのよ」

 

「報われぬ恋だな。お互いがお互いのことを想っていながらにして」

 

「何とでも言うがいいわ。これが私と幽々子の、永遠に交わること無い運命なのよ」

 

 予想外に殊勝な表情を見せる八雲紫に、レミリア・スカーレットは僅かに片方の眉を上げた。

 

「ほう……?」

 

 しかしそんな殊勝な表情も、すぐにいつもの不敵な笑みへと戻る。

 

「ふふ」

 

 芝居がかった動作で扇子を大袈裟に開くと己の口元を隠す。

 

 その仕草にレミリア・スカーレットもまた口を閉じた。無造作に(きびす)を返し八雲紫に背を向けると、肩越しに睨め付ける。

 

「フン、おしゃべりの時間はここまで、と言いたいのだな。まあ良かろう。いかに人でなしとは言え、それくらいの機微は理解るさ」

 

「……」

 

 レミリア・スカーレットは上体だけ捻って振り返ると、腕を組んだままピッと右の人差し指を立てる。

 

「まあ、そうだな。今回、私を利用した事は、ひとつ貸しにしておいてやるよ」

 

 からかうような言葉に、八雲紫は扇子で隠したままの顔を歪めた。目尻が下がって―――、恐らくは嗤っているのだろう。だがただの笑顔ではない。その奥には凄まじいまでの殺気が混じっている。

 

「今ここで、精算してあげても良いのよ?」

 

 だが、吸血皇女は臆すること無く立てた人差し指を横に揺らすと、

 

「はは。嫌だね。大妖怪にひとつくらい貸しを作っておく方が愉しいというものだ」

 

 そう言ってその手を開くと、別れの挨拶のようにヒラヒラと振った。

 

「逃げるの?」

 

 しかしその問いかけには答えず、

 

「それに―――、貴様の方こそ私と遊んでいる余裕も無いのではないか? ほら―――」

 

 言って、レミリア・スカーレットは空を見上げる。八雲紫もまた釣られてその視線を追う。と、

 

「―――!」

 

 吸血皇女は視線を下げ、八雲紫をちらりと見る。果たして八雲紫は彼女の予想した通りの表情をしていた。

 口元が緩む。気付かれぬよう八雲紫に背を向けた。

 

(そうだ、()()()()()()、我らが糧となる―――)

 

 吸血皇女は背中の双翼を大きく広げ、肩を震わせると共にバサバサと羽撃かせた。

 八雲紫の見せた表情の滑稽さに腹の底から可笑しさが込み上げてくる。

 

「よもや貴様が()()()()()()()()()()!」

 

 口の端がニイッと吊り上がった吸血皇女とは対照的に、八雲紫の眼尻は強く釣り上がる。口元を扇子で覆ったまま眉を顰め、鋭い目付きで睨みつけた。視線とともに叩き付けられた殺気が颶風となり、レミリア・スカーレットの髪を、スカートを揺らした。

 その凄まじさに十六夜咲夜は思わず身構えるが、主、レミリア・スカーレットにはまるでそよ風でも浴びているかのように、振り向くこともなく、一歩もたりとも動くことは無かった。

 

 今のレミリア・スカーレットにとっては、八雲紫からの殺気などただの声無き慟哭に過ぎない。むしろ一層レミリア・スカーレットの嗜虐心を煽るだけである。

 

(これぞ愉悦! 嗚呼愉快、愉快だぞ―――!)

 

 殺気だけではない。八雲紫の見せた表情も、その後の反応も、可笑しくて可笑しくて仕方がない。堪らず顔を上げると、大きく口を開いて笑った。

 

 

「クク……ハッハッハ―――、ハーッハッハッハ!!」

 

 

 月明かりの下―――、

 

 永遠亭の庭園に―――、

 

 静寂に包まれていた周辺の竹林に―――、

 

 幼きヴァンパイア・ロードの哄笑だけがどこまでも響き渡っていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。