東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
◇
トン、と肩に軽い衝撃。宙に浮いているアリスには、たったそれだけの力でも後ろへと押し出されるのに充分な力だった。
―――彼女には何が起きたのか解っていなかった。
魔理沙に肩を軽く突き飛ばされたのだということは、遠ざかる魔理沙を見てようやく解った。
力のベクトルは前から後ろへ。身体が傾く。不意のことにその場に留まることも忘れて。
「―――えっ?」
「悪いな―――」
その言葉を発した魔理沙の口元は―――、
笑っていた。
◇
時間を少し遡る。
永遠亭で八雲紫がレミリア・スカーレットと対峙している頃。
上空―――。
◇
浮かぶ偽月と蓬莱山輝夜の所作を見つめていた魔理沙は、不意に湧き上がった
(―――
気づくや否や、直ぐに行動を起こす。
懐を探り―――、スペルカードが残り1枚であったが迷わずにその最後の1枚を引き抜く。
だが、魔理沙は霊夢の霊力以外にもうひとつの霊力も感知していた。
それはまるで、爆発を伴う燃え上がる焔のような埒外の霊力―――、否、
そのどちらもが真っ直ぐに此方に向っている。
(このタイミングで!? 狙ったのか!?)
どちらがタイミングを図ったのか。
或いは共闘か。
何れにしても2方向からのスペルカードが、永遠の偽夜を終わらせようとしている蓬莱山輝夜を狙っていることは、この場にいる誰よりも早く魔理沙は気付いていた。
残りの魔理沙のスペルカードでは両方のスペルカードを撃ち落とす事は出来ない。
(どうする?)
咄嗟に思考を巡らせ―――、
ピンと片方の眉を跳ね上げる。
魔理沙はにやりと人の悪い笑みを浮かべた。即興で思いついたにしては良いアイデアだったし、何より、
(これならば……出し抜けるぜ?)
そう確信すると、アリスにチラリと目線を送る。魔理沙の視線に気付き、
「ん? どうしたの?」
と首を傾げるアリス。
魔理沙は悪い笑みのままアリスの方を向くと、
「アリス、これから起こることは全く気にするな、だぜ?」
「え?」
「これはルールの定められた弾幕ごっこだ。だからまあ―――」
「え、うん?」
「―――気にするんじゃあないぜ? 何が起こってもな―――」
そう言って左手でアリスを軽く突き飛ばす。
「―――えっ?」
不意のことに、アリスはその勢いに逆らえず後方へと押し出された。
魔理沙が遠くなる。
蓬莱山輝夜からも、遠くなる。
何を、と口にする間もあらばこそ。
「
そう告げる魔理沙の口元は、笑っていた。
後ろへと押し出され、バランスを失いかけながらもアリスは思考をフル回転させていた。
(何が? 何で? どうして?
悪いな、ってどういうことなの―――?)
魔理沙の行動も、言葉も、口元の笑みも、アリスには理解出来なかった。
しかし。
「―――
アリスと魔理沙の視線が交錯する。
魔理沙の口元は確かにいつもの調子で笑っていたが、その瞳には強い意志と覚悟の光が宿っていることに、アリスは気付いた。
魔理沙は背中を向けアリスをあとに箒を高速で疾走らせる。
瞬時にアリスは魔理沙の何らかの決意を察した。
「―――魔理沙ぁっ!!!」
届かないと知って尚、アリスは魔理沙へと手を伸ばす。さっきまでは手を伸ばせば届く距離にいたのに、
今はもう、届かなかった。
◇
魔理沙が霊夢の霊力を感じ取ったのとほぼ同時に、蓬莱山輝夜もまた自分を狙う霊力がふたつあることに気が付いていた。
しかし、一度始動した
だから、
(甘んじて受けて、耐えるしかないわね)
これから来るであろう衝撃にグッと意識を集中させた。
たとえ被弾しても尚、相手のスペルカードに耐えることが出来れば、蓬莱山輝夜がこれから放とうとしているスペルカードそのものは破棄されない。弾幕ごっこのルール内で放たれたスペルカードであれば耐えたもん勝ちなのである。
弾幕ごっこであることを逆手に取った、おおよそ策とは言えないシロモノだった。最も彼女自身、並大抵のスペルカードであれば余裕で耐え切れる自負はあったし、実際不死である以上その通りではあった。だがそれも並大抵のスペルカードであればこそ。その使い手が凡夫であればこそ。
この時の蓬莱山輝夜は、迫りくるふたつの霊力が誰のものかということをすっかりと失念していた。
それは蓬莱山輝夜が長年永遠亭に篭もり、外部との関わりを絶っていたから。
だから―――、
◇
ふたつのスペルカード宣言がほぼ同時に為される。
◇
「 夢符 『二重結界』 」
◇
「 蓬莱 『凱風快晴−フジヤマヴォルケイノ−』 」
◇
否。
二重の結界と無数の弾幕に囲まれ、さらに業炎が迫った時、蓬莱山輝夜は自分の見立ての甘さに初めて気付いた。
明らかに
―――実際のところ
無論、
それはこの身体が覚えている。
けど、ふたつとなると
そんなものを食らったら発動中の
破棄される、ただそれだけでは無いわね。もし、その衝撃で集めた月の欠片が散逸してしまえば……、せっかく出し抜いた八雲紫、その計画の内情まではわかりかねるが、彼女の企てた計画そのものを潰す機会は永遠に潰えてしまうかもしれない……。
永遠の夜。偽りとはいえ、月の欠片を楔に幻想郷の夜を永遠に固定する。
この幻想郷を、よ。
そんなもの認めてなるものか。
この
この私と永琳以外に、
だから。
―――蓬莱山輝夜が想定した選択はふたつ。
ひとつ、このまま根性でスペルカードを耐えて永夜返しを完成させる。
ふたつ、
さてどちらにするかしら。
実際のところ、蓬莱山輝夜は自分でも驚くほど珍しく動揺していた。
助けて永琳! そう叫びたくなる心を抑えて。
いつもなら私をフォローする永琳はまだ回復途中、助けに入る事はない。
だから、ひとりでどうにかしなければならない。
―――だからこそ、動揺ひとつが命取りなのだ。
何のことはない。例え不死の躯になろうとも。何時まで経っても私はひとりでは何も出来ない、籠の中で囀るしか出来ない羽根を折られた鳥なのだ。
そう実感すると力が抜ける。
動揺が身体を、精神を蝕み、腐り落ちた果実のように溶け、その中から諦念が顔を覗かせる。
その時だった。
「―――!?」
弾幕よりも
「―――永琳!?」
思わず声も上擦る。
「ご期待に添えなくて悪いが―――」
違う。気配も魔力も声色も、その姿も。八意永琳では無かった。
竹取の美姫の危機に駆けつけたのは、
「―――スペルカード耐久、そいつは―――」
翁でも貴族でも、ましてや薬師でも無い。
「―――悪手だぜ?」
黒白の、魔法使いだった。
魔理沙が蓬莱山輝夜の背後に、背中合わせなるように位置する。
蓬莱山輝夜が何かを言う前に魔理沙は言葉を続ける。
「お前は確かに埒外かもしれない。私なんかより遥かに強いし、永い時の中で数多の経験をしているのかもしれない。だがな、お前らが決定的に私達に劣るところがあるんだぜ。それは―――」
ニヤリ、口元が笑みの形に歪む。
「弾幕ごっこの、経験値だぜ?」
◇
伸ばした手の先で、アリスは
―――無数の術札が輝夜を中心に展開、仄白い結界が輝夜と魔理沙を包む。その二重に張られた結界内部に無数の弾幕が発生し、ふたりに襲いかかった。
―――まるでの噴火の如く業炎が地上から噴き上がり、その二重の結界ごと魔理沙と輝夜を呑み込んだ。
◇
そして―――、
全ての弾幕が魔理沙を貫き、焼き焦がさんとするその刹那。
あとほんの僅か、術符が、焔が、魔理沙に到達すれば。
だが、その瞬間は永遠に訪れることはなかった。
魔理沙の魔力と霊力が丹田を中心に循環し、幻想回路が極限までに活性化する!
―――――――――。
――――――。
―――。
―――魔理沙の耳から全ての音が消え去った。
音だけでは無い。
魔理沙の視界の中ではその全ての存在が等しく動きを止めていた。
それは不思議な感覚だった。ファイナルマスタースパークの最中にオーレリーズサンを発動した時によく似ている。が、それとも異なる感覚。
(まるで全てが止まったかのようだぜ)
止まったのではない。
魔理沙が加速しているのだ。
人間、死を前に見ると言われる走馬灯。生命の危機に瀕した脳が、自己防衛の為に処理速度を限界を超えて加速する為に起こる現象。
魔理沙に今起こっている状況は、走馬灯のそれによく似ている。
極限の集中から、魔力と霊力が暴走寸前までに魔理沙の幻想回路を駆け巡った結果、脳の処理速度が上昇し、時間感覚が究極的に引き伸ばされたためだ。
(慌てることはない。ゆっくりと、正確に、魔力と霊力を練り合わせる)
胸の前にミニ八卦炉を設置。
八卦炉を抱くようにやさしく両手を開く。
魔理沙の周囲に円環状の力の流れが発生した。
力の流れを円環に―――。
大気中に有る魔力や霊力を、
―――幻想回路の流れとリンクさせる。
―――蓬莱山輝夜もまた停止した永遠の中で、魔理沙の不思議な現象を
ミニ八卦炉がカタカタと音を立てながら光を放つ。
魔理沙の周囲にあった力の流れはやがて、一滴の波紋ない静かな水面のような静寂を見せる。
(これは―――!?)
蓬莱山輝夜は驚愕した。
今、この黒白の魔法使いが、発動しようとしているのは!
(
―――決死結界。
死の覚悟を前に発動する特殊な結界。
蓬莱山輝夜が永らく生きてきた年月の中で、目にしたことがあるのはほんの数回。
彼女自身、挑戦してみたものの、ついぞ一度も発動せしめることの出来なかった、幻の秘技。
それを! この魔法使いが!
「……ふーっ……」
緩やかに息を吐くと、魔理沙の金色の髪束がさらに一房、真っ赤に染まる。
瞬間、
決死結界が発動した。
決死結界は周囲の弾幕を、焔弾を、全てを飲み込みながら一気に拡がった!その範囲は二重結界の内側の結界をも呑み込む大きさとなった。
夢符『二重結界』は二重の結界の絶妙な均衡の上で成り立つスペルカード。
その内側の結界が喰われた今―――。
眼前の状況に蓬莱山輝夜は驚愕し目を剥く。
(スペルブレイク!?)
硝子が割れるような音を立て、夢符『二重結界』はその効力を失った。
同時に決死結界もその効力を失い始める。魔理沙に奔っていた加速時間が、元に戻り始めた。
二重結界は破れたが、まだもうひとつのスペルカード、フジヤマヴォルケイノは発動したままだ。
再び焔弾が魔理沙と蓬莱山輝夜へとその殺意を向ける。
蓬莱山輝夜がその焔弾を迎撃するか、防御するか迷った、その刹那。
「―――いいや、まだだぜ!」
黒白の魔法使いが高らかに叫んだ!
その手に輝くはスペルカード。正真正銘、
スペルカードを両手でパンと挟み込む。
「 魔砲 !」
決死結界が飲み込んだ弾幕がエネルギーに転換され、決死結界内を逆回転しながら魔理沙へと集束していく。
エネルギーだけではない、決死結界そのものも崩壊しながらも正回転しつつ魔理沙へと集束している。
未完成のファイナルマスタースパークで掴んだコツを、魔理沙は思い出す。
(要はあれと同じ事をやるだけ。バラバラになった魔力を、集めて、纏めて、放つ。
ただ、それだけだぜ)
魔理沙の双眸がカッと開かれる。
「 『ファイナルスパーク』 」
ミニ八卦炉からマスタースパークよりも高密度で強大なレーザーが放たれた!
光の奔流は業炎をも呑み込み、打ち払う。
手応えは、
「やったか!?」
ファイナルスパークの光が消える。
制御し切った、とホッと息を吐く魔理沙。
「―――
それは、魔理沙の知らない声。
それは、輝夜の知る声。
紅蓮の焔の如き殺気が膨れ上がる。
ハッと目を上げる魔理沙。
「―――っ!」
「残念だったな人間―――」
その声の主は、魔理沙の知識の中、神話からそのまま飛び出して来たかのような炎の翼を持つ
「朱雀―――か!?」
「いいや、違うね―――!」
ばさり。
火の粉を散らしながら炎翼を羽撃かせる。
炎の赤に、雪のように真っ白な髪が揺らめく。
よく見ればそれは
美しい白髪を腰まで伸ばした少女が、炎の双翼を纏った姿で顕現していたのだ。
「不死鳥だよ」
炎翼白髪の少女は笑いながら魔理沙の首筋を掴むと、その細い首を絞め上げながら魔理沙を持ち上げる。
「ぐっ……ふ、不死鳥?」
「魔理沙っ!!」
激昂したアリスが無数の人形を展開しながら突っ込んでくる。
「や、やめろアリス!!」
魔理沙の声に急停止をし、歯噛みするアリス。
「どうして……!!」
「ほーう、よくわかったな―――」
どこか愉しげな炎翼白髪の少女。次の瞬間―――、
ごうっ!!
アリスの眼前を、鼻先を掠めるように焔で象られた鳥が翔け抜けた。
熱風の余波を撒き散らしながら。
「わわわっ!?」
悲鳴を上げつつも、アリスは内心胸を撫でおろす。
(あのまま突っ込んでいたら、私………)
そう、恐らくは丸焦げだった。それに勘付いた魔理沙はアリスを止めたのだ。
「―――やめなさい、妹紅!」
悲痛な蓬莱山輝夜の叫びに、妹紅と呼ばれた炎翼白髪の少女は視線だけ送ると、
「まあ、待てって。お前は後だ、蓬莱山輝夜」
そうとだけ言い、締め上げたままの魔理沙へと視線を戻す。
「お前、なかなかいい線行ってたぞ。だがな―――」
そこで一旦口を噤むと、忌々しげに言葉を吐き捨てる。
「チッ、煩い!」
背中の炎翼を震わす。その羽撃きは炎の渦となり、周囲のかなりの範囲の空間を焼き払った。
炎が舐めたその後、何かが燃え尽き、灰となって散っていく。
それを見て満足そうに頷くと、
「―――これでよし、と。
さあ、地上の魔法使い」
さらに力を込め、魔理沙の細い首を絞め上げる妹紅。
その手が炎に包まれる。
苦痛に顔を歪める魔理沙。炎翼白髪の少女は嗤った。嗤っていた。
「まあ、その、なんだ、
悪いが
私の獲物なんだよ」
◇
爆炎。
爆音。
力無く落下していく魔理沙。
落ちて行く最中、魔理沙は見た。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした霊夢を。
続。