東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
「んー?」
藤原妹紅が上体を捻り、首をぐるりと後ろへ傾げ、振り向く。
緩やかなウェーブの金髪を赤いカチューシャで留め、肩にはケープ。フリルをあしらったスカートを纏った、おおよそ戦いとは無縁の出で立ちの少女が、両腕を組んでこちらを斜め見ている。
(気に入らねえな―――)
眉を顰め、忌々しげに舌を打つ。
藤原妹紅の苛立ちは、輝夜との時間を邪魔された、それだけでは無い。
それも確かに気に入らなかったが、それ以上に彼女を苛立たせたのは―――、
アリスの目に宿る光だった。
その光は生命の輝き。
限りある生命を燃やす事でのみ放ち得る、生きている者だけが持つ尊い輝き。
それは、遠い過去に彼女が
彼女が選び、彼女が棄てた。
自分よりはおおよそ格下であろうこの浮ついた魔法使いが、身の程も知らずに射掛けてくる視線に。
藤原妹紅は苛立ち、その苛立ちを視線に孕ませ強く睨む。
しかしアリスは臆すること無く藤原妹紅の視線を受け止め、睨み返した。
「急に出てきたと思ったら空気も読まずにスペカは撃つわ、魔理沙は落とすわ。しかもよ? その後なんかひとりで喋って嗤って泣いて」
フッ、と口元に小馬鹿にしたような笑みを溢す。
「あなた、ホントいい空気吸ってるわね?」
「―――ふん」
藤原妹紅の目がすうっと細くなる。
これは煽りだ。明らかにコイツは今私を煽っている。
―――面白い。
「あの黒白のオマケ―――、お前まだいたのか?」
瞬間、ごうっ! と背中の炎翼が勢いを増して燃え上がった。
威嚇だ。
普通の相手ならば、これだけで腰を抜かしたり慌てふためき逃げ腰になる。
しかし。
「御生憎様。こっちの人生だってそうそうイージーモードだけって訳じゃないのよ」
アリスの口元が笑みの形に歪む。
「それにね、ポッと出の
―――
「へぇ。で? そいつらはどうなったんだい?」
藤原妹紅の問いに、アリスは己を指差すと、
「今、私がここにいる。つまり、理解るわよね?」
「たいそうな自信―――いや、全て
「まあね。ああ、そう言えばアンタも―――」
口元を手で隠しクスクスと笑うと、顔を上げ、見下ろすように白髪炎翼の少女を
「よく吠えるわね?」
その瞬間、
「―――チョーシくれてんじゃネーゾ!?」
藤原妹紅の長い白髪が一気に逆立つ。
噴き出す霊力が紅い焔となり、 チリチリと音を立て、周辺の空気をも焦がす。
背中の炎翼も暴力的に火力を上げ、倍以上のサイズに膨れ上がった。
普段ならば己を焦がす事は無い藤原妹紅の炎翼が、あまりのことに自分の服をも僅かながら焦がしている。
己にダメージが入る、つまりそれは力を制御しきれていない証拠だ。
並の術師であれば見逃すところであったろう。
冷静に、アリスはそれを見逃してはいなかった。
「あなた―――」
アリスは笑った。
「―――煤けてるわよ、背中」
ビキッと音を立てて藤原妹紅の額に血管が浮かび上がる。
「オモシレー! オメー明日の文々◯朝刊1面載ったぞ!」
叫びとともに、火刃弾が藤原妹紅を中心に360度あたり構わずに放たれた!
その弾幕はアリスだけではなく蓬莱山輝夜もまた巻き込む。永夜返しの維持に集中のリソースを奪われていた為、回避活動に遅れが出る。
「きゃあっ!?」
高い悲鳴を上げ吹き飛ぶ蓬莱山輝夜。
「―――輝夜!」
アリスは高速移動で弾幕を掻い潜り、蓬莱山輝夜のもとに辿り着くとその身を抱き留めた。
そのスピードは、藤原妹紅も一瞬見失うほどの疾さであり、声には出さなかったが内心では驚きの声を上げていた。
(―――ッ!? なんだぁ今のスピードは!)
無作為の弾幕を止め、アリスを狙う。
しかし。
アリスは輝夜を抱き締めたままその弾幕の嵐を掻い潜り、射程外へと逃れ間合いを取った。
「ぐっ……」
美しい顔を苦痛に歪める輝夜。だが、すぐに彼女を抱き留めるアリスに気が付き、
「……アリス?」
驚きの表情へと変わる。
偽月の影響だろう、藤原妹紅も蓬莱山輝夜の知る彼女の実力からはやや劣る雰囲気ではあった。
しかし、それでもだ。
まさかアリスが、
蓬莱山輝夜が推し量ったアリスの実力以上の結果をアリスは見せていた。
じっとアリスを見つめる輝夜。
(……この違和感は何? さっきまでのどこかオドオドしたアリスとは何かが違うわ?)
思い当たるのは―――、魔理沙だ。あの黒白の魔法使いと再会してから、アリスは変わった。
(……成程ね。あの黒白娘がアリスの
どこかホッとしたような、それでいて胸の奥に何故かチクチクしたものを輝夜は感じていた。
そんな輝夜の心の動きにアリスは気付くことなく、
「良かった……輝夜、無事みたいね」
と、胸を撫でおろした。
右肩の辺りから袈裟懸けに服が焼き裂かれているが、出血などはしていないようだ。
意識もはっきりしているようだし、目の輝きもおかしくない、うん、輝夜は大丈夫。―――と、
焼き裂かれた服の下に、ちらりと見える白い肌。
「わわわっ」
月の光の下、一層白く輝く輝夜の肌にアリスはドギマギして顔を真っ赤に染めた。
怪我の心配よりも先に、何かイケナイものを見てしまったような罪悪感に
アリスの視線の先に気付き、輝夜は小さく笑みを漏らす。
「……ふふ、大丈夫よ。この程度じゃあ私は何ともないわ」
その笑みがひどく妖艶に感じられ、アリスは耳まで真っ赤になってしまう。
(……うう、なんだかザイアクカンだわ)
ドギマギしつつも羽織っていたケープを外すと、輝夜にそっと羽織らせた。
白い肌も焼き裂かれた服も隠れる。
「こ、これで少しは良いでしょ」
アリスの動揺に気づいていないのか、はたまた。輝夜はアリスの首元に抱き着くと、
「ありがとね、アリス」
その身をアリスに預けた。
「う、うん」
「―――危ない!!」
蓬莱山輝夜が叫ぶ。同時に巨大な炎の塊がふたりを包んだ!
「
アリスと輝夜のやり取りをどうなることかと見ていた藤原妹紅だったが、輝夜がアリスの首元に抱き着いたところで彼女の堪忍袋は跡形もなく弾け飛んでしまった。
そこへ更に輝夜が追い撃ちをかける。
「―――あら、妹紅。まだいたの?」
貴女、邪魔よ? と言外で言わんばかりに。
それにはさすがのアリスも驚きの声を上げる。
「ちょ、輝夜!?」
アリスにだってわかる。輝夜とあの白髪炎翼の少女にはふたりにしかわからない、ふたりだけの世界があるという事は。
―――もし魔理沙と紅白巫女が私の目の前でこんな事を繰り広げていたら。
そう考えると、
「なぁぁあっ!? 輝夜、お前、なんでッ、はあっ?!」
白髪炎翼の少女の反応は痛い程に理解出来た。
(私、もしかしなくても危険な地雷原に踏み込んだ?)
しかし輝夜も止まらない。
「私は今、アリスとふたりでこの異変を終わらせるところなのよ? 邪魔しないでもらえるかしら?」
さらにギュッと強く抱き着いてくる。
ねえ? と耳元で笑う輝夜。
熱い吐息が耳をくすぐり、アリスは身を震わせる。
くすぐったいやら恥ずかしいやら嬉しいやら。アリスの脳内はもはや沸騰寸前だった。
それ以上に沸騰していたのは―――、妹紅だった。
―――輝夜が、私以外の誰かと、あの薬師以外の誰かと、こんなにも、コンナニモナカムツマジク―――。
目の前の現実が彼女の理解を超え―――、ボンッ、と音を立てて頭が爆発した。
その様子に、一瞬、本当に頭が吹き飛んでしまったのかとアリスは心配したが、煙が消えるとキョトンとした妹紅の顔が見え、小さく息をついた。
先程まで溢れるほどの強者感とカリスマを放っていた白髪炎翼の少女が、ボサボサになった頭から湯気を上げ、背中の羽は小さくなったり大きくなったり、不安定な動きを見せている。
明らかに動揺していた。
「はあっ!? おま、いや、私と、ほら、殺し合い、いつもみたいにッ!!」
体全体で動揺を見せる藤原妹紅。しまいには頭を抱えて空中で地団駄を踏み始める始末だ。
そんな妹紅に全く取り合わない輝夜。
「嫌よ。私今忙しいんですもの。ねー、アリス」
今までの彼女からは想像もつかない猫撫で声に、さすがにアリスも半ば呆れて眉を顰めた。
「……輝夜、あなた……」
「―――シッ。聞いてちょうだいアリス」
耳元で、ふたりにしか聞こえない声で輝夜はアリスの言葉を遮った。
猫撫で声では無い。いつもの、落ち着きと品格のある、蓬莱山輝夜の声だ。
「―――ごめんなさい。
けど、こうでもしないと妹紅は私だけを執拗に狙うわ。いくら私でも永夜返しを維持したまま本気の妹紅の相手は難しい……」
「………だから、私をダシにあの子を煽ってるのね?」
アリスの声に、輝夜も一瞬言葉に詰まる。
「―――煽っているのは確かよ。でも―――」
それはやはり耳元で。けれどもその声は真剣そのものだった。
「
「………」
ずるいわ、とアリスは思った。
顔も、目も見せずに、それでも一番近いところでそんな声を出されたら。
「なんで
―――アリスの中に湧き出たそれは、庇護欲。
明らかに格上で埒外な筈の輝夜に、アリスは庇護欲を覚えていた。
抱き締める輝夜の身体はアリスよりも、魔理沙よりも華奢で、少しでも力を籠め過ぎるとバラバラに壊れてしまいそうな硝子細工のような危うさがある。
それが、その危うさが、アリスの庇護欲を掻き立てる。
―――やれやれ、輝夜にノせられたかしら?
こっそりとため息をつくアリス。
しかし、存外にこれが悪い気はしない。
だから。
輝夜を藤原妹紅の焔から庇うように抱いたまま、アリスは人形達を召喚する。
色とりどりの人形が、アリスの周囲に展開する。
その様子に動揺していた藤原妹紅も、不安定だった炎翼を落ち着かせると
殺気が、熱波となってアリスに叩きつけられる。
数体の人形が障壁を展開し、その熱波からアリスと輝夜を護る。
そこに隙は無い。アリスはもはや戦闘態勢だった。
―――とは言え、内心、ひとりごちる。
(全く変な流れになったわね。けど)
輝夜の腰に手を回しつつも、困ったような笑顔でアリスは自分の頬をポリポリと掻いた。
「それでも―――、
なんでかしらね。
続