東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
―――スペルブレイク。
アリスの準備したスペルカードは、灰となった人形たちとともに光の塵となって虚空に消えた。
「
藤原妹紅が嗤う。
「私と相対するにはお前の能力は貧弱過ぎる。人形
右手はポケットに入れたまま棒立ちで、左手だけヒラヒラと振ってみせるとそれに呼応して背中の炎翼がメラメラと火の粉を散らした。
藤原妹紅の言葉に、正直なところアリスは内心舌を巻いていた。
確かに彼女の言う通りスペルカードの使用はおろか、弾幕すら放った様子も無く、ただただ、左手を緩やかに振っただけだった。それだけで広範囲を熱波が駆け抜け、アリスが周囲に配置した人形たちは全てが燃え落とされていた。
そんな芸当、かのレミリア・スカーレットにだって出来るだろうか?
……案外、本人は「愚問だな」の一言で済ませそうな気もするが。まあ、あの吸血皇女ならやりかねない。そんなことを頭の片隅で考えるアリス。
集中すると決めたのに、そんな思考を巡らせている自分にアリスは驚いていた。
(なぜかしら。こんな事を考える余裕があるなんて)
それは余裕なのか逃避なのか、アリス自身よくわかっていない。
だが、今は思考の余所見をしている状況では無い。
(……ごめんね、人形たち)
胸の内で灰となった人形たちに謝罪と黙祷をすると、気を取り直し、改めて自分の戦力と相手とを比較する。
こちらはアリス特製の人形、相手は炎の使い手。
そう考えると、人形と炎、相性が悪いどころの話ではない。実際に今しがた一瞬で複数体の人形を焼き払われたばかりだ。
そして恐らく炎以上の何かを見せていない、未だ底しれない実力の埒外の存在。
普段のアリスならこんな分の悪い弾幕ごっこには付き合おうとはしないだろう。
しかし、それでもアリスは退かなかった。
「
「…………」
嘲笑混じりの声に、アリスは何も答えない。じっと相対する白髪炎翼の少女を見据えたまま、脇に抱きかかえた輝夜をそっと離す。
こちらを振り向かず背中を見せたままのアリスであったがその背中は、
『ここは任せて』
そう応えているように輝夜には見えた。
アリスの背中をじっと見つめる。口を開き何かを言いかけるが、僅かな躊躇いののち思い直し、口を閉じると輝夜は何も言わずにアリスから離れ、距離を取った。
一方のアリスも輝夜の気配が遠ざかるのを感じ取り、小さく息を吐く。埒外の存在である炎翼白髪の少女と相対して、完璧に勝つ自信など当然持ち合わせていない。だが、だからといって輝夜と一緒に戦うことや輝夜に任せることも全く考えていない。
魔理沙だけで無く、今回知り合った蓬莱山輝夜という新しい友人を、理由や関係性はどうあれ炎翼白髪の少女は傷付けたこと。退かない理由はそれだけで充分だった。
否、
加えて、何よりも誰よりも、
勢いよく右の人差し指と中指で次のスペルカードを引き抜く。
―――魔力の集束、光を放つスペルカード。
高まる幻想回路。
アリス自身気付いているのだろうか。いや、恐らくは気付いていないだろう。
アリスは
友を傷付けられた事に対する憤りと同じくらいにこの絶対危機的状況を、埒外の強敵との弾幕ごっこに心躍らせていたのだ。
そんなアリスを真っ向から見据える藤原妹紅。
(―――か弱い人形遣いかと思っていたら、ところがどっこい随分といい表情を見せるじゃあないか―――)
己の表情を隠すように、藤原妹紅は左手を顔の前で広げる。
左手で覆った炎翼白髪の少女の顔、その口角が上がる。
藤原妹紅は心の何処かでアリスの事を認めていた。しかし―――、
(―――輝夜が人形遣いと何か通じ合っている。私以外の誰かと)
その事実は
「―――気に入らないな」
アリスに抱いたプラスの感情を、言葉とともに吐き捨てる。
コイツは敵だ。私と輝夜の永遠を邪魔する敵だ。
ならば、こそ。
藤原妹紅の瞳に緑光が灯る。
怒りが沸々と込み上げてくる。
背中の炎翼が彼女の憤りや高揚に合わせてそのサイズを増す。
「人形遣い―――」
「ちゃんと名乗ってなかったわね。アリス・マーガトロイドよ。あなたは?」
「これから灰になるやつに名乗っても意味がないだろう?」
「あら。相手の名前も知らずに負けるのは悔しくなくて?」
「上等ッ!」
―――ゴゥンッ!!
藤原妹紅が顔を覆う左手で中空を勢いよく握り潰すと轟音と共に爆炎が上がった。
これで顔が焦げてたら面白いのに、とアリスは思ったが残念ながらそんなことはなく、藤原妹紅は凄絶な笑みをアリスに向けた。
「藤原妹紅だ! 冥土の土産に覚えておけッ!」
「大仰ねぇ。弾幕ごっこでしょ?」
ヤレヤレと呆れ顔になるアリス。どうして火力メインの輩はこうも暑苦しいのか。
「ハッハァ! 悪いが加減というもの知らないもんでね! お前が弱くて消し炭になっても―――後悔するなよ!?」
藤原妹紅の気迫が、魔力の圧となってアリスに吹き付ける。その力強さにアリスは気を引き締め直すと、藤原妹紅を睨み返した。
「全く―――コテンパンにされないとわからないようね」
◇
◇
永遠亭の近く、竹林の中。
濃い紫の法衣に身を包んだ少女がやや上の方を見上げている。
ふたつに分けた長い髪、その髪色は身に纏う法衣よりもさらに濃い、まるでアメジストのような色だった。
少女の視線の先には―――、
「―――よう、パチュリー」
竹に逆さまに引っ掛かっている魔理沙がそこにいた。
トレードマークの帽子は落っこち、逆さまに引っかかったせいでスカートは完全にめくれてドロワーズが全開になっている。
パチュリーと呼ばれた少女は、足元に落ちていた魔理沙の帽子を拾い上げると、
「―――で? どういうつもりなのかしら?」
ジト目で魔理沙を見やる、―――が、ドロワーズ全開の魔理沙に気づいて視線を逸らす。
頬が赤くなっているのは気のせいだろうか。
―――パチュリー・ノーレッジ。『動かない図書館』『紅魔館の魔女』、『知識と日陰の魔法使い』。紅魔館にあるヴワル図書館の主である、七色の精霊魔法の使い手だ。
紅魔事変ののち、魔理沙はたびたびヴワル図書館に赴いては蔵書を読み漁っていた。別に図書館なのだからそれ自体は構わないのだけれども、魔理沙が来るたびに紅魔館が賑やかになり過ぎるのだ。壁が吹き飛んだり門番が吹き飛んだり。静寂を好むパチュリーはいい加減辟易としていた。
辟易としてはいるのだが―――、
「ほら、
懐から取り出した薬瓶をぶら下がったままの魔理沙に
見せる。
さて、何故パチュリーが此処にいて、
それは数刻前の事。
レミリアと咲夜が出掛けて行ったのは
実際、パチュリーにとって夜が明けようが朝が来なかろうがどちらでもよかった。どうせ図書館の中にいるんだし。
とは言えちょっぴり気になったパチュリーは遠見の魔術で様子を見ることにしたのだ。
するとどうだ、八雲紫は出張ってきてるし、レミリアと咲夜も月の薬師にやられている。―――まあそれは良い。八雲紫とは関わりたくないし、レミリアと咲夜の二人にはこういう目に合うのもたまには良い薬になるかもしれない。問題はそこでは無い。
魔理沙が、炎翼白髪の少女に撃ち落とされたではないか。
その瞬間、動かない大図書館の異名を持つパチュリー・ノーレッジが慌ただしく儀式魔術を行使し、すぐさま落ちてくる魔理沙の直下へと馳せ参じたのだ。
その様子をいちばん近くで見ていた小悪魔は後にこう語る。
『―――あんなに速く動いているパチュリー様を見たのは後にも先にもあの時くらいのものでしたよ』
そんなコメントを聞いたパチュリーが小悪魔に、お仕置きをしたとかしないとか。
―――閑話休題。
図書館から竹林に瞬時に移動したパチュリーは、 被弾し落下してくる魔理沙を風の精霊魔法でその落下速度を相殺した。
実際、魔理沙も
「全く、あの威力のスペルカードをふたつ同時になんか捌けないことくらいわかってるクセに何やってるのよ」
「いや、まあ、そこは、うん」
どうにか体勢を直そうとしてもがく魔理沙。
「あっ―――」
バサバサバサバサッ!
バランスを崩し、竹を揺らしながら落っこちてきた。
その瞬間、
「―――風よ」
パチュリーの声。
落下中の魔理沙を風が包み込み、ふわっと浮いた魔理沙は風のクッションに支えられて足から綺麗に着地していた。
「―――っと、サンキューだぜ、パチュリー」
スカートをパンパンとはたきながら魔理沙は満面の笑顔をパチュリーに見せた。
文句のひとつでも言おうかと思っていたが、眩しすぎる魔理沙の笑顔にパチュリーは思わず口を
むきゅ。
とんがり帽子をわざと乱暴に、目深に魔理沙に被せると、頬を赤く染めながらそっぽを向く。
「べ、別に大した事ないわよ。レミィがこっちに来てるみたいだからね、迎えに来たついでよ、ついで」
ここに小悪魔がいなくてよかった。もしいたらあることない喋るに違いない。私が急いで此処に来たとか、躓いて転んだとか、慌てて
「おっ、
言うが早いか、パチュリーの手から
ぐいっ。
一気に飲み干す。
「んぐんぐ………ぷはっ。いやー、いつもながらパチュリーの霊薬は効くぜ」
「全く。高価なのよ? それ」
「けど、私のために持ってきてくれたんだろう?」
「それは……その、まあ、そうだれども」
屈託なく笑う魔理沙に、口を尖らせてパチュリーは目を逸らす。
「へへ、サンキューだぜ」
魔理沙は意識を集中させ、己の幻想回路を認識する。
先程まで連戦続きで消耗した体力も、枯渇していた魔力や霊力も全快し、幻想回路は完璧の状態だ。
「よし、これならまだ行けるぜ」
「体力や魔力は回復したけれど、あなた
「そんな状況じゃあすぐに戦線復帰は難しいわよ。せめて少し時間を置いてから―――」
「ん?
悪戯っぽく笑う魔理沙。ウインクひとつ、広げたその両手の中には―――、
「
驚きの声を上げるパチュリー。
そこにはフル満タン状態のスペルカードの束があった。
「ズルいか?」
その事実を目の当たりにしてもパチュリーは信じられなかった。魔理沙は一体どんなトリックを使ったというのか。
「いや、
「コイツはちょっとした賭けだったんだが……私の勝ちだな」
魔理沙の言葉と表情に、パチュリーはピンとくる。魔理沙ならやりかねない。そんな、あるひとつの方法に思い至ったのだ。
「まさか、魔理沙アナタ……
「ご明答」
「呆れた」
あまりのことに頭を抱えるパチュリー。
何ということはない、魔理沙は弾幕ごっこのルールのスミをついたのだ。
わざと被弾して戦場から遠ざかることで
「何にせよ、完璧なタイミングだったぜパチュリー」
「……魔理沙、どこまで計算ずくだったの?」
「いや、パチュリーがまさか
「………」
ジト目で魔理沙を見つめるパチュリー。 相変わらず笑顔で見つめ返してくる魔理沙。そんな魔理沙にパチュリーは大きくため息をつくと、
「あのねぇ―――」
言いかけた、その時だった。
「―――!」
急に真剣な表情になり、空を見上げる魔理沙。
その変化に戸惑いを見せるが―――、
「気をつけなさいよ」
そうとだけ言い残し、パチュリーは転移ゲートを開きその中へと姿を消した。
◇
竹林にひとり残った魔理沙。
見上げた夜空に浮かぶ偽りの満月。
その
紅いリボンを基調とした、白の巫女服。
腰まであるつややかな黒髪。
魔理沙は彼女に向かって右手を挙げて挨拶をする。
あっけらかんと。いつもと変わらない態度で。
「―――よう霊夢、良い夜だな」
続。