東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
いつの間にか手にしていた御祓い棒を魔理沙へと突き付ける霊夢。
「―――逝きなさい」
その瞬間、無数の御札が弾幕となり魔理沙へ襲いかかった。
しかし魔理沙は慌てることなく、ただ一歩、立ち位置を左にずらふ。
ただそれだけ。
それだけで―――、霊夢の放った弾幕は魔理沙を捉えること無くことごとく地面へと着弾する。
自身が放った弾幕をほとんど動くことなく避けられたにも関わらず、霊夢はほとんど無表情でその顛末を眺めていた。
口の端をわずかに上げる魔理沙。
「……霊夢」
魔理沙の呼びかけに、しかし霊夢は答えない。
やれやれと頭を振る魔理沙。ため息をつき、やや投げやりに指をパチンと弾く。と、星の輝きと共に魔理沙の脇に箒が現れた。
「今のはいわゆる様子見ってやつだろ?」
左の人差し指で帽子の鍔をぐっと持ち上げ、霊夢を睨む。
「ええ。まずは通常弾幕から始めるのが礼儀ってもんよ?」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんよ」
「うーん」
首を捻りつつ、ごそごそと懐を探り始める魔理沙。
このやり取りに霊夢は既視感を覚えていた。
(前にも―――、この話をした記憶があるわね?)
既視感はあるものの、ハッキリとは思い出せない。
そんな思考を巡らせているうちに、
「えーっと、その……ほい」
取り出したスペルカードを霊夢へと放り投げる魔理沙。。
ひらり、しかし風に流される事無く、まるで意思を持っているかのように霊夢の方へとまっすぐと。
瞬間、霊夢は思い至った。これは―――、
(あの時の―――!)
博麗神社で、魔理沙と初めて弾幕ごっこを交わした時と、同じ流れだった。
「あなた、それは―――」
魔理沙は帽子を目深にかぶり直していたため、目元を伺う事は出来なかったが―――、
「そう、
だからまあ、これは―――、
口元は、笑っていた。楽しそうに。
「 魔符『スターダストレヴァリエ』 」
―――星屑が、光が、渦を巻く。闇夜に小銀河が、弾けた。
◇
スペルカードの発動と同時に勢い良く箒の穂を蹴飛ばす魔理沙。その場で箒が星の欠片を撒きながら風車の様に空中でクルクルと回転する。
「―――よっと!」
魔理沙は回転する箒に器用に両足で跳び乗る。
今の魔理沙を八雲紫が何処からか
―――と、穂を後ろ足でもうひと蹴り。すると、箒がぶるりとまるで生き物の様に震えた。
「疾走れ流星―――」
スペルカードでは無い、単純な起動キーワードだ。魔理沙はこの短いセンテンスを用いることで、飛行魔法を行使するのだ。
力ある言葉は爆発的な加速を産み、流星が如く速さで空へと駆け上がる魔理沙。
自らが放ったスペルカードが形成する小銀河が如き弾幕へと突っ込んでいく。
魔理沙は言った、挨拶代わりだと。
霊夢は溜め息をつくと、霊力をたっぷり籠めた
「 霊符『夢想封印 集』!」
霊力が急速に爆縮していく。その様はまるで、宇宙のはじまりと呼ばれるビッグバン、それと対になるビッグクランチにも似ていた。
完全に爆縮する、その直前、
「―――ブレイク!」
響く魔理沙の声。
ぽんっ!
コミカルな音とともに、『スターダストレヴァリエ』が効力を失い、破棄された。対象を失った『夢想封印 集』は抑え込むはずのエネルギーを失い―――、何も無い空間を抵抗もなく閉じ込める。
ぎぃんっ!!
空間の軋む音に続き、余剰霊力が反転し爆発を起こす!
ドン! ドドン!!
色とりどりの鮮やかな霊力の光がまるで花火のように次々と弾け、霊夢の視界はカラフルな光の爆発でいっぱいに埋まった。
数瞬遅れて、衝撃波が霊夢の髪を、袖を、スカートを揺らす。その衝撃波に霊夢は鬱陶しげに眉を顰め、
「全く―――」
と、呟きながら御祓い棒を振るった。
―――するとどうだろう。いまだ続いていた霊力の爆発が嘘のように収まった。
(スペルカードの途中破棄なんて―――ね。そんなの考えたことも無かったわ)
胸の内で独りごちる霊夢の視界がクリアになる。瞼に焼きついた光がふと気になり、霊夢は目を伏せ小さく息を吐いた。弾幕ごっこの最中だということは忘れていない。だから、それは時間にすればほんの1秒にも満たない―――ほんの僅かな時間だった。しかし、その僅かな時間も、大きな油断であったことに霊夢はすぐに気付かされる。
刹那。
「―――
大きくつぶらな瞳。
桜色をした唇。
熱い吐息。
あと少し顔を近付ければ、口唇と口唇が触れ合うようなそんな距離に―――、魔理沙がいた。
◇
―――『スターダストレヴァリエ』の発動と同時にその中心へと、否、その先にいる霊夢へと向かって飛翔した魔理沙。
霊夢と初めて相対した時と同じ流れを仕掛ければ、霊夢は必ず乗ってくる。
必ず、『夢想封印 集』で『スターダストレヴァリエ』を抑え込んでくる。
(
魔理沙は確信していた。
だから、迷いなく己の弾幕へと突っ込んだ。
果たして、霊夢は『夢想封印 集』を発動した、魔理沙の予想通り。だが、ここからは違う。発動した『スターダストレヴァリエ』を破棄する。
スペルカードの破棄など普通はあり得ない。一度発動した弾幕は、相手を撃ち落とすか相手が躱し切るか、どちらで結末を迎える。魔理沙の取った手段は、まさに掟破りだった。
『夢想封印 集』は反転暴走し、爆発を呼ぶ。だが魔理沙は前進を止めない。霊夢が視界の確保の為に爆発を掻き消す所まで魔理沙は読んでいたからだ。
もし仮に爆発を止めなかったとしても、その弾幕の中を突っ切る自信が魔理沙にはあった。
だから、迷いなく突っ込めた。
「全く―――」
霊夢の声が聴こえた。続いて、何かが振るわれた気配。その直後、まるで蜃気楼が消えるが如く、魔理沙の至近距離で起こっていた爆発は音も無く消え失せていた。
同時に視界がクリアになる。その視界の先、御祓い棒を振るい終えた霊夢が、僅かに目を伏せ息を吐いたところだった。
僅かな油断。
その一瞬があれば、魔理沙には充分だった。
霊夢の
◇
魔理沙の眼前に、霊夢の顔。
あとほんの少しで、口唇が触れ合う距離。
スペルカードの発動からここまでの間で、魔理沙は霊夢との間合いをほぼゼロにまで詰めていた。
目と目が逢う。瞬間―――、
霊夢の瞳が揺れる。赤く輝く狂気の光が、揺らぐ。だがそれも一瞬のこと。すぐに霊夢の狂気は輝きを増す。
魔理沙を拒否するように霊夢が半歩、後ろへ下がった。
「霊夢―――!」
逃げる霊夢を捕まえようと、魔理沙が手を伸ばした、次の瞬間。霊夢の姿がゆるりと掻き消えた。
目で追えないスピードではない。しかし。
まるで水が流れるような自然の動きは見た目以上のスピードがあった。これはふたりの初めての相対の時にも見せた、
(―――流水の動き!)
ああ、あの時と同じだ。ならば次は―――、
「 神霊 『――― 」
背後で霊夢の霊力が湧き上がる。流水の動きで魔理沙の背後へと回り込んだ霊夢が続くスペルカードの発動準備に入る。
箒の上に立った体勢から、右足で箒の穂に体重をかけ、左足で箒の柄を浮かせる。すると箒はその場で縦回転を始め、それに合わせて魔理沙も足から回転を始めた。
◇
霊夢は目の前の魔理沙の動きが、まるでスローモーションのように映る。
極度の集中のなせる業だろうか。それとも―――。
ともあれ、霊夢は自身を取り巻く時間の流れが急激に遅くなったように感じていた。
(魔理沙がバランスを崩した?)
スペルカードから逃れる為に高速移動をしようとして、バランスを崩して魔理沙がひっくり返った。霊夢にはそう見えた。
しかし。
魔理沙の
「―――夢想―――」
霊夢のスペルカードの宣言は止まらない。
宣言をしながら霊夢は顔を上げて魔理沙の動きを目で追う。
今や魔理沙の足は完全に天を突いていた。
帽子を落とさないよう左手で押さえながら、
再び、ふたりの視線が逢う。
霊夢は驚愕に目を見開き、魔理沙は真剣な眼差しで見詰めている。
(魔理沙―――!!)
あの時と同じで、あの時とは違う流れ。
私はあの時のままで、魔理沙はあの時を超えている。
今回の異変への取り組む姿勢だってそうだ。私は異変を見極めようと見に回ったが、魔理沙は何においても動いた。動かない私を置いてでも。私を置いて。
(私を置いて、魔理沙は―――)
霊夢の両目が赤く輝く。
(いや、嫌厭否イヤいや! 何で! どうして!? 魔理沙は私を置いて遠くへ行ってしまうの?)
スペルカード宣言中にも関わらず、霊夢は魔理沙へと思わず手を伸ばそうとする。
(許せない、許さない、許せない許せない許さない!! 魔理沙を、魔理沙が―――)
ぎりっと歯ぎしりする霊夢。
(
憤怒に顔を紅潮させ、眼尻を上げる。
(魔理沙が、魔理沙を、魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙魔理沙――――――)
弾幕ごっこの、スペルカード宣言の最中だというに、霊夢の脳内は、思考は、魔理沙で埋め尽くされていた。
その時だった。
「なあ霊夢―――」
魔理沙が霊夢を逆さまに
「ったく―――、なんて顔をしてるんだぜ?」
魔理沙の落ち着いた声が霊夢の胸を貫く。
(あ―――)
霊夢は自分が大きな勘違いをしていたことに気が付いた。
魔理沙は霊夢を見下ろしているのではない、逆さまに霊夢を
そして。
魔理沙は決して霊夢から遠ざかっていたわけではないことにも気がついた。
「魔理沙っ!!」
スペルカード宣言中にも関わらず、霊夢は堪らず魔理沙の名を呼んだ。
ぐるりと回転し、霊夢の背後へと回り込んだ魔理沙も霊夢の呼び掛けに優しく答えた。
「―――ああ、間違うなよ? 私はここだぜ?」
すぐさま振り向く霊夢。
魔理沙は白い歯を見せ、ニッと笑った―――。
―――ここまでが、霊夢のスペルカード宣言中に繰り広げられた、数瞬の間の出来事だった。
◇
(もう、魔理沙に置いていかれたくない―――!)
発動準備中の
続けて次の
霊夢の瞳が、狂気の赤が涙に揺れる。
零れる涙に、赤い狂気が光る。
それを見詰める魔理沙は、ミニ八卦炉を懐から取り出していた。だが、魔理沙の次のスペルカードは間に合わない。
先に、霊夢のスペルカードが発動する。
「 夢符 『二重結界』 」
刹那―――、音が消えた。
風の音も、虫の声も、全ての音が止まった。
夜の闇すら届かない、真っ白の空間。
霊夢と魔理沙、ふたりを中心に。
二重の結界が展開されていた。
続。