東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
―――そんなバカな!
霊夢は目の前の状況がにわかに信じがたかった。
魔も、恋も、魔理沙の全てを封印した今、ただの魔力弾だって放つ事は出来ない筈だった。それなのに。
―――あり得ないわ!
霊夢は驚愕した。
だが現実に魔理沙はスペルカード発動の準備状態に入っている。あとは宣言だけ、だ。
「ハッタリよ!」
思わず叫んだ霊夢だったが、それこそあり得ない事だ。魔理沙の魔力の源を全て封じている今、ハッタリすら出来ない状況なのだから。
唇を噛み締め魔理沙を睨む霊夢。その視線を受け流しながら、よっこらせ、と魔理沙は立ち上がると左手を腰に当て、右手でミニ八卦炉をヒョイヒョイともて遊ぶ。
白い歯を見せ、軽い感じで、
「
悪戯っぽく、にひひと笑う。
その表情に、謀られたと悟った霊夢は顔を真っ赤にする。
「ま………!? っ………!!」
口をパクパクさせ、言葉にならない声を発する。
やられた。一杯食わされた。何をどうやったかは不明だけれども、魔理沙はスペルカードの発動を偽装したらしい。
発動の偽装?
……ん?
と、言う事は?
霊夢は気付く。
―――スペルカードは発動しない?
絶無、ただの
最後の最後、私を驚かせただけ。
魔理沙にはもう打つ手はない。
ならば。
これで―――。
「―――アンタの
次の一撃で一切合切に
もうこれで本当にお仕舞い。魔理沙を結界に封じて永遠に私と生きるの。
しかし。
目の前の魔理沙はあいかわらずの笑顔のままミニ八卦炉を右手で放り投げてはキャッチし、また放り投げてはキャッチしている。
余裕? 諦念? それとも?
魔理沙の意味不明な行動に、霊夢は苛立ちを覚えた。
「何なのよ!!」
霊夢の叫びに、魔理沙は笑顔のまま、眉を困ったように顰める。
ミニ八卦炉をキャッチし、額をポリポリと掻く。
「悪かったな霊夢……」
あまり悪びれていない魔理沙の声に霊夢の苛立ちは増していく。
「いまさら謝罪?」
睨みを効かせると、軽く肩を竦める魔理沙
「……ああ。
そんな魔理沙の一言に霊夢はため息とともに目を伏せ、
これ以上問答を続けても意味が無い。
もういい加減に、終わらせよう。
もう終わり。
「ええ、
全てが終わるんだ。
それなのに。
「いやぁ……それは違うんだぜ?」
魔理沙は笑った。
そして、
パシッ。
何かが弾けたような、小さな破裂音。
同時に、魔理沙から光が迸るのを霊夢は見た気がした。
「え?」
―――今のは錯覚?
戸惑う霊夢を他所に、両足の間を肩幅程に勢い良く広げる。
スカートが風も無くはためく。
それは魔力が圧力を持って魔理沙から溢れ出している証拠だ。
ひときわ高くミニ八卦炉を放り投げる魔理沙!
「
宙を舞うミニ八卦炉を思わず目で追う霊夢。
―――いや、あの行動自体は
それに気付き、すぐさま視線を魔理沙へと戻す。
左目を瞑り、ウインクを見せる魔理沙。
パシィッ!
ウインクと同時に、光が奔る。
今度は見間違いでは無い。
確かに今、魔力の光が迸ったのを、霊夢は見逃さなかった。
魔理沙が左右に両腕を広げる。
そうして、
「
パン! と顔の前で両手を合わせた。
「―――
口の端がニヤリと上がり、いつもの魔理沙らしい不敵な笑顔を見せると周囲で光がスパークした。
幻想回路がいつの間にか完全に起動している。
起動しているだけではない、空になった筈の魔力が嘘のように幻想回路を満たしていたのだ。
驚きに目を見開く霊夢。
「―――魔理沙には、もう、なにも無い、はずなのに!?
そんな、そんなの―――」
魔も恋も、星も五大元精霊も。
全ての力を封じられたはずの魔理沙。
最早彼女に抗うだけの術は無い。
それなのに。
魔理沙の幻想回路は力を漲らせている。
有り得ないことが起きているのだ。
それはもはや―――、
「―――もはや
魔理沙は左手で帽子の
そこへ、高く放り上げたミニ八卦炉が落ちてくる。深く被った帽子のせいで魔理沙にはそれが見えるはずは無い。
帽子の縁を掴んだまま、少し俯く魔理沙。
「
霊夢は胸の内で頷く。
人は言う。信じられない出来事、己の理解の範疇を超えた出来事を、奇跡だと。
それはまさしく神の力であったり、あるいは自然の大いなる力である。
博麗の巫女たる霊夢も神力を司る身なれば。
奇跡を起こす事も不可能では無い。
だが、魔理沙は違う。
魔理沙は普通の魔法使いに過ぎない。なのに―――!
ざわり、と霊夢が総毛立つ。
「貴方は!
―――ミニ八卦炉が落ちてくる。
魔理沙は右手を無造作に水平に振るう。そのタイミングは全く完全で、寸分の狂いも無い。
パシッ。
小気味よい音を立てて、落ちてきたミニ八卦炉は見事に魔理沙の掌の中に収まっていた。
「―――なあ、霊夢」
目元を隠したままの魔理沙。口元に笑みを湛えたまま。
「―――人は言うぜ。奇跡を目の当たりにした時に、その現実がにわかには信じられず
魔理沙は帽子の鍔を人差し指で持ち上げた。その奥に光る、魔理沙の瞳。
そうして自信満々にこう言い放った。
「私は―――、
その瞬間、魔理沙を、魔理沙の幻想回路を中心に、
一転、口元を引き締める魔理沙。辺りに緊張が走り、空気がピンと張り詰めた。
「さあ、コイツは本邦初公開だぜ?」
手にしたミニ八卦炉がカタカタと音を立てて震える。
暴れんばかりの魔力がら幻想回路とミニ八卦炉で渦巻いている。
その魔力は今まで見てきた魔理沙の魔力の、どれとも異なっていた。
霊夢も初めて見る魔力、スペルカードだった。
「―――刮目せよ博麗の巫女」
ゴクリと霊夢の喉が鳴った。
魔理沙は本当に―――、本当に、奇跡を起こすというの!?
霊夢が見つめる中、魔理沙の桜色の唇がゆっくりと開く。
「
同時にスペルカードが光を放つ。
―――
霊夢は己の耳と感覚を疑った。魔理沙が今までに使った事の無いスペルカードだ。しかし今は魔理沙の全てを封じている。光を生み出す事すら出来る筈が―――。
待てよ―――?
はたと気付く。
魔理沙は確かに
―――
ハッとなり、周囲を見回す。
白の結界が放つ
紋様陣が放つ
霊夢は全てを理解した。
全てを封印された筈の魔理沙の、今の魔力の源それは。
魔理沙が倒れた時に散らばったスペルカードの中の1枚。
霊夢の足の下にある、1枚。
その1枚が魔理沙の幻想回路に呼応し光を放つ。
―――ああ、そうか。
そう。そうよ。カラクリという程のことですらない。なんという事は無いわ、難しい話でも無い。つまりは
魔理沙から全てを奪い封じたはずの私が、魔理沙へと新たなる力を授けてしまったということ。
つまりはそういうことだ。
全て納得した。
納得した上で、霊夢は小さく息を吐いた。
―――私の負けね。
だがしかし、目は閉じない。
しっかりと目線は魔理沙を逃さない。
ええ、逃がすもんですか。
「魔理沙―――」
霊夢は
そこには最早狂気も悋気も無い、霊夢らしいいつもの透明感溢れる笑顔だった。
「―――私の負けよ、魔理沙」
泣くだけ泣いた、弱音も吐いた。
だから、霊夢は覚悟を決めた。
涙はもう、止まっていた。
◇
そんな霊夢の笑顔に魔理沙は一瞬驚いたような表情を見せたが、次の瞬間には優しい笑顔になり、そしてすぐに表情を引き締め真剣な眼差しで霊夢を捉えた。
霊夢は両腕をだらりと下げ、全てを悟ったような笑顔でこちらを見ている。
その瞳に宿る赤い光はすっかりと陰りを見せ、先程までの狂気はもうほとんど感じられない。
その瞳からは涙はもう溢れていない。
―――ああ、まっまく。
考えるよりも先に、身体が動く。
1歩、踏み出す。さらに1歩、2歩。そこから先は自然と
弾みでトレードマークの帽子が宙に舞ったが、そんな事は気にもせず。
そして。
「―――『アースライトレイ』!」
宣言が完了し、発動するスペルカード。
立ち昇る光の柱。
地上から天を突く
霊夢がその一撃に飲み込まれる刹那、魔理沙は霊夢に飛びついていた。
「ああまったく―――」
魔理沙の優しい声。
霊夢の頬を、ふわり金色の髪がくすぐる。
体を強張らせ大きく目を見開く霊夢。予想だにしなかった魔理沙の行動に声も出せないでいる。
顔のすぐ横に、魔理沙の顔。
体温を感じる距離。
魔理沙の温もりが伝わってくる。
「―――私の負けだぜ、霊夢」
優しいけれども、強く激しい抱擁。
霊夢もまた、魔理沙の身体を抱き締める。
重なるふたつの身体。
そして。
ふたりの姿は光の奔流の中へと消えた。
続く。