東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜   作:赤井せりか

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 Under the fake moon 〜異聞永夜抄〜 37

 

 

 

 竹林に立ち昇る一条の光芒が夜の幻想郷を明るく照らした。

 

 その烈光は永遠亭に残っていた八雲紫やレミリア・スカーレットも確認することが出来た。

 

 

「―――霊夢」

 

 

 その輝きに目を伏せながら八雲紫は独りごちる。

 

 

「莫迦な娘」

 

 

 ―――あの光は霧雨魔理沙のスペルカード。二重結界を展開しておきながら、最後の詰めが甘かったわね、霊夢。

 

 

 それは本当に微かな呟きだった。

 普通ならば誰の耳にも届くことはない。

 

 しかし、傍らに控える式・八雲藍の狐耳がピクリと動く。耳をそばだてるつもりは無かったが、ほんの微かな主の呟きを彼女の聴覚は漏らすことなく捉えてしまう。

 

 しまった、と思った時には既に時遅し。主の鋭い視線が彼女を射抜いていた。

 

 バツが悪そうに耳を伏せ、肩を狭めて頭を下げる式の姿に八雲紫は目元を緩めた。

 

「構わないのよ、藍」 

 

 

 ―――そう、藍は悪くない。悪いのは全て私―――。

 

 

 今度は胸の内で呟くと、八雲紫は口元をその手で覆う。

 

 

「随分と冷静なのだな」

 

 

 そんな八雲紫の反応にレミリア・スカーレットはつまらなそうに言う。

 先程、空を見て焦りの声を上げた八雲紫とは全く真逆の様子だ。 

 

 

(八雲紫は何を考えている?)

 

 

 僅かに視線を強めながら、しかし八雲紫に悟られぬようレミリア・スカーレットは深層の大賢者をじっと見つめる。

 見通せない。見透せない。

 まるで深淵を覗いているかのような感覚に陥る。

 

 そんなレミリア・スカーレットの視線に気付いたのか、八雲紫と目が合う。

 

 

「あらぁ?」

 

 

 闇よりもなお昏い、夜よりもなお深い、八雲紫の双眸。

 

 

「覗き見、かしらぁ?」

 

 

 声色は至って平静。だが―――、

 

 その目が、深淵からこちらを見つめ返してきた。 

 

 

(―――!)

 

 

 危険を感じたレミリア・スカーレットは咄嗟に視線を切り、精神抵抗のレベルを引き上げる。

 数瞬遅れて、バチッ、という音ともに紫色の光が弾けた。

 

 

(今のは―――()()()からの精神攻撃か?)

 

 

 驚く事もなく弾けた光の残滓を視界の端に送り、傍らに控える瀟洒な従者へと意識を向ける。

 

 果たして咲夜は普段通りの済まし顔だった。

 

 だがこころなしか顔色は青ざめ、冷や汗を流している。

 

「……大、丈夫です、レミリア様」

 

 十六夜咲夜もまた八雲紫の未知の攻撃に耐えていた。

 かなりのダメージはあったであろう、それでも気丈に振る舞うその姿に流石は私の従者、それでこそだ、と幼き吸血皇女は胸の内で呟くと視線を再び八雲紫と、その背後で今まさにその顎を閉じんとしている()()()へと戻す。

 

 スキマ。そこ在るのは、ただただ暗闇だ。

 

 吸血姫であるレミリア・スカーレットは当然のように夜目が利く。―――否、彼女は夜の住人なのだから夜を見通せるのが当たり前なのだ。そんなレミリア・スカーレットをしても、スキマは見通すことが敵わない。

 

 

(成程。昼の住人がいう闇とはああいうものを言うのかもな)

 

 

 夜に生き闇に棲まう吸血皇女には当然ながら闇への畏怖は無い。だから、門番などが言う闇への恐怖は到底理解し得ない感情であった。

 しかし八雲紫と対峙し、その深淵を覗かせた今、己にない感覚を味わい妙に感心してしまった。

 

 八雲紫の()()()能力。一口に()()()と称されるが、その能力は悔しいがレミリア・スカーレットの理解の範疇を超えていた。

 

 まるで地の底が唸るような音を立ててスキマが閉じる。

 

 生有る者には嫌悪感を覚える響き。

 

 

(あれは―――、演出だな)

 

 

 しかしレミリア・スカーレットは生無きの不死の女王(ノー・ライフ・クイーン)。欠片も気圧される事なく冷静にその様を半眼で見つめていた。

 

 全く派手好きな奴だ、とつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 音も無く開き、音も無く現れ、音も無く消え、音も無く閉じる。レミリア・スカーレットが認識しているスキマ能力とはそういうものだった。

 

 虚仮威(こけおど)し。つまらぬ見栄。

 

 レミリア・スカーレットは大仰に腕組みをするとややわざとらしく盛大な溜息をついた。

 

 

「―――くだらんな」

 

 

 そうして双翼を大きく拡げると、

 

 

「貴様が何を企んでいるかは皆目見当もつかんが―――」

 

 

 睨めつける瞳が一際強く紅い光を放った。

 レミリア・スカーレットの背後に紅い霧のようなものが立ち込め始める。

 

 それは吸血皇女の幻想回路の解放を意味する。 

 

 血を連想させるような深紅の濃霧が永遠亭の庭園を(あか)に染めていく。

 最早、この領域は幼き吸血皇女、レミリア・スカーレットの支配する世界と成っていた。

 

 しかし。

 

 その様子を虚ろな目で見つめる深層の大賢者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ピクン、とレミリア・スカーレットの片方の眉が跳ね上がった。

 

 同時に魔力が限界まで高まる。よく出来た瀟洒なメイドは一礼をして主の邪魔にならない位置へと下がる。

 

 大賢者の傍らに控えていた式・八雲藍も金毛九尾を総毛立たせ、レミリア・スカーレットの一撃に備える。

 

 そうして―――、

 

「―――フン」 

 

 つまらなそうに鼻を鳴らすと、それまで周囲に立ち込めていた紅い霧は言葉通り霧散し、魔力も殺気も何もかもが消えて失せた。

 

 そんな中、当の吸血皇女は何事もなかったかのように椅子(ガーデンチェア)に深く腰を掛けた。

 展開していた両翼もちいさく折り畳み、鋭く伸びた十爪もまた普段通りの長さに戻す。

 

 式・八雲藍からも、その主からもまた、殺気が霧散していく。

 

 

 やがて―――、

 

 

 永遠亭に再び静寂が訪れた。

 

 

 

 

 頬杖をつき息を吐くと、気怠げに従者を呼ぶレミリア・スカーレット。

 

 

「咲夜―――」

 

 

「はい、こちらにございます」

 

 

 瀟洒なメイドが答えた時にはすでに、主の前のカップには熱々の紅茶が注がれていた。

 満足そうに頷くレミリア・スカーレット。

 

 

「宜しい」

 

 

「感謝の極みですわ」

 

 

 十六夜咲夜も深々と頭を垂れる。

    

 そんなメイドを、吸血皇女はニヤリと意地悪げな目で見やる。

 

 

「だが―――」

 

 

「承知してございます」

 

 

 頭を上げることなく、礼を維持したままメイドは答えた。

 テーブルにさらにカップとソーサーのセット、それと椅子(ガーデンチェア)()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()置かれていた。

 

 その様子にレミリア・スカーレットは相好を崩した。

 

 

「ハハ、流石ねお前は」

 

 

「自負しております」

 

 

 そう答えながら、新たなティーポットの準備を始める十六夜咲夜。

 

 カップを手に取り茶葉の香りを楽しみながらレミリア・スカーレットは八雲家のふたりに声をかける。

 

 

「まあ、なんだ、そこに掛けるが良い。せっかくうちのメイドが淹れてくれた最高級の紅茶。冷めないうちに戴くとしようではないか」

 

 

 言って、一口。

 

 

「ふむ、素晴らしい香りだ。温度も茶葉の量も、蒸らし具合も最高よ」

 

 

「恐縮次第にございますわ」

 

 

「ああ、ホラ、そこのふたりも。毒なんか入ってないぞ? 良いから座れって。……そうそう、そう。素直にそうすれば良いのだ」

 

 

 警戒しつつ、椅子に座ると紅茶を飲み始める八雲家のふたり。

 

 

「―――む!?」

 

 

 一口、八雲藍が驚きの声を上げる。

 

 

「こ、これは……!」

 

 

「どうだ? 良い香りだろう?」

 

 

 ニヤニヤと八雲藍を眺めるレミリア・スカーレット。

 その視線にしばらくの間葛藤の表情を見せていたが、ついに観念したか大きく息を吐くと、

 

 

「……素晴らしいですね。感服致しました」

 

 

と、正直に紅茶の美味しさを認めた。実のところ八雲藍も主・八雲紫の為に茶を淹れるのは日常の事であった。だから、彼女自身も自らその手法や作法を学び、その腕には多少の覚えがあったのだがそれでもなお十六夜咲夜の紅茶は八雲藍のそれよりも全てにおいて上回っていた。我流と本式の違いをまざまざと見せられた八雲藍は悔しさを通り越してむしろ尊敬の念すら感じていた。

 

 

 素直に茶を楽しむ八雲藍に警戒を解いた十六夜咲夜はにっこりと微笑んだ。

 

 

「……紅魔館へいらっしゃれば、いつでも」

 

 

「ほ、本当ですか!?」

 

 

 耳をピンと立て―――、金毛九尾をフサフサと左右に振りながら顔を輝かせる八雲藍。

 

 

「ええ勿論。ねえ? レミリア様?」

 

 

「……お前なぁ……まあ、良いけども……」

 

 

 主を差し置いて客を招くなよ、と内心毒づくが、あの咲夜がそうしたのだ。別段咎める事もないだろう、と肩を竦めた。

 

(八雲藍には最早、敵対心は無い。少なくとも、今は。

 

 余計な面倒を起こすのも如何なものだからな。

 

 とは言え―――)

 

 レミリア・スカーレットはカップに口をつけながら、半眼になる。

 

(問題は()()()だ)

 

 椅子に腰掛けたものの紅茶を飲むことも無く、ただ静かに座っているだけの()()()

 

 今のこの状態は一見平和に見えるが、これはいわば膠着状態というやつだ。式である八雲藍はある意味で懐柔する事が出来たが、()()はそうもいかない。

 

 いつ何を仕出かすか―――。

 

 しかし、彼女がスキマを閉じてからはそれまでの深淵さや、淀んだ雰囲気が一切感じられないのも確かだった。

 

 ただ力を納めているだけか、それとも―――。

 

(試してみるか?)

 

 そうレミリア・スカーレットが考えた、その時だった。

 

 

 ―――砂利を踏む音。

 

 

 その場にいた全員の視線が音のした方へと集まる。

 

 庭園の入り口の戸が開き、夜の闇に一人の人影が現れた。

 

 それは、レミリア・スカーレットが用意させた人数分プラス二脚のうちのひとり。

 

 腰まで届くほどの見事な、青混じりの銀髪。青色を基調とした上着にロングスカート。

 頭には赤いリボンをつけ、六面体と三角錐の間に板を挟んだような形をした、文様の刻まれた青い帽子を乗せている。

 

 美人だが何処か棘のある目付きでレミリア・スカーレット達をぐるりと見やる。

 

 だが、その場にいた殆どが、その人影に見覚えは無かった。

 

 

 ただひとり、

 

  

「おや。誰かと思ったら。アンタがここへ来るなんて珍しいだろうさね?」

 

 

 そこへちょうど邸内から月餅を運んできた因幡てゐが、ちょっと驚いた様子で声を上げた。

 

 

「輝夜なら居ないよ? 上白沢慧音」

 

 

 

続。

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