東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
「――やっぱり夜桜には熱燗よね」
白玉楼の主、西行寺幽々子は縁側に腰掛け、お猪口片手に庭園の桜を眺めていた。
庭師が、半人前ではあるが丹精込めて手入れをしている庭園を、西行寺幽々子は心の底から愛していた。
常に桜が満開で、尽きることのない春。
その中でただひとつ、蕾も花もついていない木がある。満開の桜たちの中でそれはひときわ大きく、ひときわ異様な存在感だった。
西行妖。
その花纏わぬ桜を胡乱げな表情で見つめる。
幻想郷から春が消えた、
その騒動の渦中にあったのが、西行寺幽々子であり、西行妖であった。
咲くことを知らぬ西行妖を咲かそうとして幻想郷中の春を集めた半人前の庭師、魂魄妖夢と華婿の亡霊、西行寺幽々子。
なんやかんやあって集めた春は幻想郷に散逸してしまったし、西行妖も咲くことは無かった。
――何か妖夢は知っているみたいだったけど。敢えて追求するなどと野暮なことはしていないわ。
妖夢が必要と感じれば話すだろうし、そうでないなら話さないわね。
妖夢はそういう性格だし――。
などと考えていると、
「――幽々子さま」
妖夢ね。
性格は生真面目で従順だがちと口煩い。主であるはずのこの私にあれやこれやとお説教をしてくる。
この声色はお説教モードのそれね。
内心、やれやれと嘆息しつつ西行寺幽々子は満面の笑顔で振り向いた。
「はぁい。何かしら?」
そんな上機嫌な主の笑顔に妖夢は果たして細かいことをいくつか諌めるつもりだったが、言葉をため息に溶かした。
「……いえ、なんでもないです」
その心中たるや。西行寺幽々子が何を考えてるかは常に傍らにいる彼女をしても、――まるで春の霞のようだ、と掴みあぐねていた。
(いろいろ言いたいことがあったけど――まあ、幽々子さまが上機嫌ならその気分を害するのは野暮というものか)
などと思考を巡らせていると、主は従者を上目遣いで見て可愛らしく小首を傾げた。
「ねぇ妖夢、夜食はまだかしら?」
「え。幽々子さま、夜食はさっき食べたばかりでは――」
「あらぁ?そうだったかしら?」
確か、数刻前に一度ラーメンを夜食にお持ちしたはず、と妖夢は記憶を振り返る。
「でもね、私のおなかはぐうと鳴ったし、それは今が食べ時ってことよね?」
主の笑顔。これも――、つい先刻も見たような気がする。
(――いや、待てよ? そもそもその夜食も何度目のことだった?)
妖夢は軽いめまいを覚え頭を振る。
顎に手を当て、記憶を辿る。
視線を、空へと巡らせ――ると、その目に写ったのは月。
夜空に浮かぶ――、
「ん? あれ、今夜は満月――?」
「妖夢」
幽々子さまの強い声にハッとなって視線を目の前に戻す。さっきまでのふわふわとした笑顔は消え、真剣に私を見つめている。
「駄目よ、妖夢。
「……それはどういう……」
「言葉そのままよ。
「……わかりました」
何が何だかよくわからないが、とにかく私には幽々子さまの言葉は絶対だ。
「と、いうわけで! 妖夢、夜食よ!」
「ハイハイ幽々子さま、いまご用意いたしますよ」
「おなかすいたーおなかすいたわー」
「あーもう、ちょっと待って下さいね……」
言って、パタパタと奥へと走り去っていく妖夢。
その後ろ姿を見つめ、亡霊の姫、西行寺幽々子は、
(あの子は純粋だからかしらね)
ふふ、と笑う。
(だからこそ、あの月の影響を受けやすい。あの、人を狂わす光の円環の、ね)
実際のところ、夜食はすでに3回食べている。次で4回目だ。
(いったいいつから夜が始まって、この夜はいつまで続くのかしら?)
そう、あの月が昇ってからというものの、
それはあまりにも自然で、不自然で。西行寺幽々子はあの月の異変にすぐに気付いたが、妖夢はすっかりとその狂気に囚われてしまっている。
(一体私は何度、夜食を、食べられるのかしら)
楽しみで仕方ない。妖夢の作ってくれる夜食を、明けない夜を、終わらない夜更かしをいつまでも楽しんでいたいが――、
妖夢を狂わすのはいただけない。
妖夢の心を囚えるのはいただけない。
(それは私でなければ、ならない。他の誰かになんて許せないわね)
心に渦巻く、昏い想い。
(蓬莱人め、忌々しいわね)
胸の内で毒づき、月を睨む
――と、
「あら? 流れ星?」
空の低いところ光の筋が
まあ、流れ星は珍しいものでもない。
「流れ星ですか?」
夜食をお盆に載せた妖夢がいつの間にか戻った来ていた。
「ほら、あそこ」
西行寺幽々子が指をすっと人差し指を天の一点を指し示す。
白魚のような美しい指だ、と妖夢は思った。
……さすが幽々子さま、何の気ない所作も華麗で優雅で美しい。これでもう少し間食の回数を減らしてくれれば……、
「ん?」
はじめは天の低いあたりを差していた主の指先が徐々に上がっていく。
そんな莫迦な。
主は確かに言った。
流れ星だ、と。
流れ星ならば天から地上に向かって落ちるのが世の常というものだ。
それならば――?
妖夢は主の指先から、その指し示す方向へと視線を巡らす。
恐らくは幻想郷のどこかの空の事だろう。ここ冥界からではちと遠い。言われて、その指差す先を見るが、妖夢の目には見えなかった。だから
千里眼は得意ではない。得意ではないだけで、できないとは言っていない。
妖夢はじっと目と精神を集中させる。
すると、次第に見えないものが視えてきた。
果たして、
妖夢にも確かに視えた。
◇
(――おかしい)
霊夢は自らのスペルカードの一撃がどうにも手応えが無いことに疑問を感じていた。
視線の先、土煙がもうもうと立ち込めている。
魔理沙とあの女が立っているはずの場所である。
反撃は無かった。
躱せるタイミングでは無い。直撃のはずだった。
あのスキマ妖怪が何かをしでかしたのかと、八雲紫の方を見る。
しかし、霊夢の視線には気づいてか敢えて気づいていないフリなのか。今は霊夢には目もくれず、八雲紫は遥か上空を見あげていた。
(上?)
霊夢もその方向を見る。
そして霊夢も見た。
光が天に向かって真っ直ぐ、真っ直ぐ尾を引き昇っていく。
それはまるで、
(流星……!!)
流星が、天に昇る龍のごとく、
すぐに思い至る。あれは、
(……魔理沙ね!?)
流星の正体はそう、物凄いスピードで天に向かって飛んでいく魔理沙とアリスだった。
◇
「――っきゃああああああっっ!!?」
悲鳴を上げながらもアリスは必死に魔理沙にしがみつく。
魔理沙もアリスを抱きかかえながら、爆発的な魅力を放出する箒をコントロールする。
ちょっとでも集中を切らすと、魔力も身体もバラバラになってしまいそうだった。
霊夢のスペルカードが発動する直前。アリスは見た。
霊夢に遅れて魔理沙もスペルカードを展開し、霊夢よりも先に発動させていた。
これは魔理沙と以前弾幕ごっこをした時にやられたやつだ。魔理沙に言わせると、クイックドロウの要領だぜ――、ということになるらしい。
常人には理解しがたいが、魔理沙にとっては彼女の理屈通りなのである。
兎に角。本来なら対戦相手に向かって突き進む流星となるこのブレイジングスターを今回は真上に向かって使ったのだった。
通常の高速移動では躱せるタイミングではなかったから、魔理沙は莫大な推進力を誇るこのスペルカードの効果でその場からの離脱を図ったのだった。
空いていたのは上か右方向、後は背後の竹林だったが
、空を選んだ。選んだ理由は特に無い。ただ、そっちだと思ったからだ。
相手がいてこその魔理沙のスペルカードだ、目標も無くまっすぐ垂直に飛び上がるにはいつもよりも魔力をコントロールする必要があった。
魔理沙ひとりだったらどうにでもなると考えているが、しかし今回はアリスがいる。
ふたりぶんの重量、いつもよりもアンバランスだ。
ともすれば方向が狂い、もしかしたら真っ逆さまに落ちてしまうかもしれない。
どうにかコントロールをして真っ直ぐ――、
そこでふと気づいた。
「で……このあとどうするんだぜ?」
自ら飛び上がって、この一言。
頓珍漢にも程がある。
後先考えない魔理沙らしい。
「そうよ魔理沙! どこまで上昇するのよ!!」
必死にしがみつくアリス。
しがみつきながらも頭の隅では、
(これ、私と魔理沙は魔力の結界で守られてるから振り落とされる事は無さそうね)
それはそうだ。でなければ魔理沙はしょっちゅう自分のスペルカードで箒から振り落とされて墜落していただろう。
だから、別に魔理沙にしがみついていなくてもいいのは、とっくに気づいていた。
それでも、
(……約得よね)
敢えて気づかないフリをすることを選択した。
「きゃああああっ☆」
魔理沙の腰にギュッと抱きつく。
(ああ……幸せだわ★☆)
そんなアリスを優しく左脇に抱き寄せると、魔理沙は
ふむ、と息を吐いた。
「確かにどうするかな」
見れば、雲がどんどんと近づいている。このままじゃ宇宙に飛び出してしまうかもしれない。
ちら、と遥か下、地上を見下ろす。先程まで近くにいた竹林がだんだんと小さくなっていく。その竹林の中に、一軒の建物があった。
あそこが一応の目的地ではあったのだが――、
魔理沙は視線を下から上へと戻した。
「……そうだなぁ」
うーん、とわざとらしく唸る魔理沙。
ちょっとした間のあと、まるで豆電球がペカッと光るように魔理沙が顔を輝かせてこう言った。
「そうだアリス、
続く。