東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
上白沢慧音と呼ばれた少女は、いつもと様子の異なる永遠亭の様子を見渡すと、額に人差し指を当て大きく息をついた。
永遠亭の庭園に設置された西洋アンティーク調のテーブルセット。その上座に座るのは幼い吸血鬼の少女とその傍らに控えるメイド、八雲家の長と式、それと因幡てゐのなんとも不思議な取り合わせの5人である。
その中のある人物の姿を認めると、上白沢慧音は声を荒げた。
「―――これは一体どういうことだ!」
上白沢慧音の問いかけに、レミリア・スカーレットは半目で視線のみ向けると、カップを傾けながら答えた
「
視線を声の主、レミリア・スカーレットへと移すと、上白沢慧音は眉を顰めた。
「月見、だと?」
「そう、月見、だ」
レミリア・スカーレットは嗤った。
「上白沢慧音と言ったか。ささ遠慮するな、空いている席に着くが良い」
ピクッと上白沢慧音の眼尻が上がる。
「あの月が―――、今、この幻想郷に異変が起きていることを理解しているのか!?」
ざわり、青みがかった銀髪が風もないのにたなびく。
凛とした霊力が彼女の中で集束していく。
臨戦態勢。
全身から殺気が噴き出している。
(……随分とまあ血の気の多い事。
レミリア・スカーレットは呆れながら胸の内で呟く。
まあ、それはさておき。
ゴホン、と小さく咳払いをすると、レミリア・スカーレットはカップを起き、斜め上を見上げた。
「異変、そう、これは異変だ―――」
そのまま身体を回し、空の月へと真っ直ぐ向き合う。
夜空には
アリスと藤原妹紅、それと蓬来山輝夜と八意永琳だ。
炎の様に真っ赤な光と、複数の小さな光を従えた青白い光とが目まぐるしく動き回っている。
レミリア・スカーレットの見立てでは赤い方が優勢だ。しかし、この勝負の決着も、この勝敗がこの先の運命にどう関わってくるのかも、運命視を持ったレミリア・スカーレットでさえ正確に見通すことは出来ない。そんな不自由が今は堪らなく愉しく思えた。
だからレミリア・スカーレットはこの夜を見守る。この狂った夜を。
「そうだ。この狂った夜に、狂った月を愛でる。なかなかに趣があるというものではないか?」
しかし上白沢慧音は首を横に振る。月を見上げるレミリア・スカーレットの横顔を真っ直ぐ見つめた。
「否。否だ。あの狂った月は里の人間には危険過ぎる! あれのせいで、人間の里は大変な事になっているのだぞ! 私が里全体を隠したから……」
「―――
意地の悪い笑みを浮かべレミリア・スカーレットが問う。
顔は空を見上げたまま、視線だけ横目で上白沢慧音へと向く。
「
「―――っ!」
「
レミリア・スカーレットはテーブルに肘をついたまま、その人差し指をピンと伸ばして上を指差す。
「―――月に異変が起きた、幻想郷に異変が起きた。ならば空へ、月へと向かうのが道理であろう? しかも、この異変を感じ取り、異変と気付いた者ならば普通はそうする。今、上で戦っている彼奴等のようにな。しかし―――」
ざわり。
周囲の空気が震えた。
◇
十六夜咲夜の
臨戦態勢。
主、レミリア・スカーレットが臨戦態勢を取ったのだ。
その時、十六夜咲夜もまた
何故ならば、主の動きには常に先んじて備えなければならない。それが瀟洒なメイドとしての、当然の義務だからだ。
―――主人の命あらば、即刻目の前の無礼な訪問客を八つ裂きにしてくれよう。
―――主人の命あらば、即刻目の前の無粋な闖入者を滅多刺しにしてくれよう。
だが、出過ぎた真似はしない。あくまで
どこの世界に主役の活躍を奪う端役が居るというのだ? そんなものがあったとしたならば、無論、一時は驚きこそすれ所詮は陳腐な脚本に過ぎない。
私はただのナイフ。
レミリア様をお守りする、一本のナイフだ。
それは存在としては小さく目立つものではない。それで良いのだり
あくまで主役はレミリア様。
だが、その活躍を奪う下劣な者が現れたならば、私はその愚か者を穿つ百のナイフとなろう。千の、万の、嗚呼、那由多をも越えた星の数よりも数多のナイフとなろう。
そうしてただ速やかに怨敵を斬り裂くのみ。
腰の前で合わせた
瀟洒なメイドは常に準備万端でなければならないのだ。
十六夜咲夜は
◇
空を差した指をくるりと回し、上白沢慧音へと突き付けるレミリア・スカーレット。
「―――貴様は此処へ来た。それは」
横目で上白沢慧音を見る。
紅い瞳。
その視線から上白沢慧音は目を逸らす。
唇を噛み締め、小さく息を吐くともに言葉を溢す。
「それは―――」
「それは?」
「―――お前の魔力を此処に感じたからだ!!」
叫び、帽子を投げ捨てる。
青みがかった銀髪が大きく揺れる。
レミリア・スカーレットはその様子に目を見張った。
上白沢慧音に
(
次の瞬間。
永遠亭に翠の光が奔った。
スペルカードの輝き。
上白沢慧音が弾幕ごっこの宣言も無いまま、スペルカードを発動させた。
「 国符『三種の神器 剣』 !」
凛とした声。
翠が夜の闇に閃く。
ごとり、重い音を立てて
「ひっ!!?」
と、八雲紫の式が悲鳴を上げた。
「おやまあ」
と、因幡てゐが呑気な声を上げた。
一方で、十六夜咲夜は眉をピクリと震わせただけで動かない。
レミリア・スカーレットはと言うと、転がる
「やれやれ、だな」
紅茶はすっかりとぬるくなってしまっていた。
◇
◇
頭に一対の角を生やした銀髪のワーハクタクが肩越しに振り返る。
右手に光るスペルカードによって産み出された翠の剣が淡い光の塵となって消えた。
その時、ざあっ、と風が一際強く吹き、周囲の竹林を揺らした。
場の混沌とした状況のように竹林がざわめく。
ワーハクタクは唾棄するように言葉を発する。
「貴様は―――」
しかし言葉の後半は竹林のざわめきに消され、誰の耳にも届くことは無かった。
◇
少し時間を遡る。
一方、空の上では―――。
◇
「はぁっ、はあっ、はあっ………」
肩で荒い息をつくアリス。
服の端があちらこちら焦げ、自慢のブロンドの髪もぐしゃぐしゃになっている。
頬についた煤を拭うが、かえって煤を広げてしまい頬がより一層黒くなる。
そんなアリスの様子を少し高い位置から藤原妹紅が見下ろしていた。
「どうした―――?」
依然として片手はポケットに入れたまま。もう片方の手をヒラヒラと振る。
藤原妹紅はといえば、息の乱れも無く、髪も衣服も乱れが全くない。
それだけでアリスと藤原妹紅の力の差は一目瞭然であった。
アリスの繰り出す人形もスペルカードも、藤原妹紅の炎の前には一切無力だった。
(わかっていたけれども……この娘、強い………)
歯噛みするアリス。チラと上空を見上げる。 蓬来山輝夜の『永夜返し』はまだ発動していない。
それほど時間が掛かるものなの? それとも、或いは、真逆―――。
最悪の想像をして、その想像を振り払うように頭を振った。
まさか、
輝夜は言った。この夜を終わらせると。
ならば。
発動出来ない理由が、何かあるというの?
今すぐにでも輝夜の元に駆けつけたかったが、藤原妹紅に喧嘩を打った以上そちらをどうにかしなければならない。
懐を探る。残りのスペルカードも、人形のストックも、最早残り僅かだ。
(どうするアリス……? 私のとっておきで彼女を倒し切る事は出来る?)
悩むアリス。
その時だった。
「―――!?」
相対していることも忘れ、アリスは足元を見下ろす。
地上―――、魔理沙が落ちていった辺りから強い魔力反応が膨れ上がるのをアリスは感じ取っていた。
瞬間、白い光が竹林から立ち上った。
その白い光の正体、それは魔理沙の『アースライトレイ』の輝きだった。
アリスはその魔力そのものには覚えがある。
「魔理沙っ!?」
だが、マスタースパークともノンディレクショナルレーザーとも異なる、アリスの知らないスペルカードだった。
「魔理沙……アンタってばまだそんな隠し玉を持っていたとはね……」
どういう裏技を使ったのかは分からないが、撃墜された筈の魔理沙が下で誰かと戦っている。そしてアリスの知らないスペルカードを繰り出している。
魔理沙は―――、無事だ。
その事実は、アリスにとって何よりの力となる。
僅かでもチラついた諦めは、アリスの脳内からはすっかりと消えていた。
何が何でもやるしか無い。 例えどんな
覚悟を決めたアリスは両手を合わせ、呪文を唱え始める。
そんなアリスの行動に藤原妹紅は首を傾げた。
「なんだそりゃ? スペルカードじゃあないのか?」
その問い掛けにアリスは答えず呪文を唱える。
答えが無いことに藤原妹紅はチッと舌打ちをした。
「無視かよ」
構わず呪文を続けるアリス。藤原妹紅は一瞬激昂しかけるが、
「……いや、違うなそれは。お前、
顎に手を当て考える。そして、
「面白ぇ! 何を仕出かすかは知らんがやらせてやる! その上でお前をぶっ潰す!!」
両手をポケットから出すと悠然と腕を組み、アリスを見守ることにした。
「その代わり、それが大した事ないつまらないモノだった時には……」
ごうんっ!!
轟音と共に炎翼白髪の少女が背負う炎の翼が爆発的にその火力を強めた。
「消し炭残さず焼き尽くしてやるッ!」
その時だった。
アリスの魔法が完成する。それは召喚の魔法によく似ていた。
合わせた両手をゆっくりと開いていく。
両手の間には―――、光が渦巻いていた。
それは、星の輝きにも似た光。
藤原妹紅はその光に途轍もない圧力を感じ、ぶるりと武者震いをした。―――面白ぇ。これはやらせてみた甲斐があったかもな。
これから起こるであろう激戦を予感し、ニッと口角を上げる。
アリスが起こした光はやがて集束し―――、
「―――ふぅっ」
さらにアリスの幻想回路から魔力が迸る。それは七色の魔力光となり夜空を明るく照らす。その七色の魔力光のうち、橙と藍の魔力光が大きく輝き、クリスタルとなった。
すると、アリスからふたつの色の魔力が失われ、大きく魔力量が減衰する。
アリスの魔力量の減衰を、藤原妹紅もまた感じていた。
「ハァ? パワーアップするんじゃ無いのか!?」
しかし、やはりアリスは答えず、目の前に呼び出した光の渦を真っ直ぐ見つめていた。
これは魔理沙がアリスに贈った指輪に封印し隠していた、アリスへの本当の贈り物。
アリスが危機に晒された時、指輪に施されていた封印は自動的に解け、そこから引き出すことが出来るように細工がしてあったのだ。
永遠亭で黒死蝶からアリスを護る為に指輪がバリアを発動した際、封印は指輪の崩壊とともに解かれ、それによりアリスの手元へと届けられたもの。
光の渦に両手を差し込む。
アリスは満足そうに微笑むと、
魔理沙からの贈り物である
(随分と長いレンタル期間だったわね)
アリスは内心で苦笑する。実際、もう返ってこないとばかり考えていた。それがまさか、こんな形で返ってくるなんてね。
完全に具現化した、
一冊の書だった。
アリスはその書を愛おしそうに撫でると、そっと呼び掛けた。
「 ―――おかえりなさい、
その呼び掛けに答える声がひとつ。
「 ―――お久しぶり、
さらにもうひとつ。
「 ―――ただいま、
そうして
「 『Grimoire of ALICE』――起動 」
続。