東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
一瞬、呆気にとられたような表情を見せた藤原妹紅だったが、
「―――くくっ」
自然と笑みが零れていた。
零れた笑みは堰を切ったように溢れ出し―――、
「はーっはっはっは!!」
止めどない哄笑となった。
笑いながら藤原妹紅は、―――ポケットからもう一本煙草を取り出し口の端に咥えると―――、
「まあ結局のところ―――、
つられてアリスも藤原妹紅の視線を追うと、その先には
視線を、いまだ天を仰ぐ藤原妹紅へと戻す。その顔には不思議な笑みが浮かんでいた。
どこか困ったような淋しげな笑み。
アリスは思わず、
「ああ……」
と、吐息混じりの声を漏らしていた。
このふたりの間に何があったのかは詳しくは知らない。知る由もない。だか、蓬莱山輝夜を見上げる藤原妹紅のその表情を見てアリスは自身の魔理沙への想いと、藤原妹紅のそれがやはり似た
いつも目の届く所にあるのに決して手が届かない天上の月を追い求める藤原妹紅と、追いかけても決して追いつけない空駆ける流星へと手を伸ばす
―――矢張り。だからこそ。ここで引いてはいけない。
アリスは唇を噛み、両手を強く握り締める。
―――私が私であるために。
全身に気力と魔力が行き渡るのを感じ、アリスは身体の緊張だけを解いた。余計な気負いは必要ない。無駄な劣等感も要らない。今、アリスに必要なのは自分自身なのだ。
幻想回路に魔力が満ち溢れる。
その魔力の胎動に気付いた藤原妹紅がアリスへと視線を移した。そこには先程までの悲しい笑顔はもう無かった。あるのは覚悟を決めた真剣な表情だった。
プッ、と吐き捨てた煙草が宙空で燃え上がり灰となり風に溶ける。
「―――悪かったなアリス」
真っ直ぐアリスを見詰める藤原妹紅。もう余所見はしていない。藤原妹紅から立ち昇る魔力が熱気となって周囲の空間を焦がし始めた。
しかしアリスもそれに気圧される事なく藤原妹紅の視線を受け止め、見つめ返す。
「いいえ、こちらこそ詮索するような真似をして悪かったわね」
「いいやいいさ。元はと言えば割って入った私が無礼だったしな」
「それはお互い様より。けどね、でもこれだけは勘違いしないで」
「ん?」
「私は貴女の大切な人を奪うとかそういう事は考えているわけではないから」
「なっ……!?」
一瞬で藤原妹紅の顔が上気し、真っ赤に染まる。
「な、な、な、何を言ってやがんだお前!?」
珍しく狼狽する藤原妹紅だったがアリスは真剣に言葉を返した。
「何も別に、私は真面目に話をしてるのよ。ううん、わかるの。私だって魔理沙と霊夢がイチャイチャしてると本当にイライラするし、魔理沙が紅魔館に入り浸ってたりすると、ハァ? なんなの? ってなるわ」
「そ、それとこれと何が関係してるって言うんだよ!?」
「―――そうよね、なんで私を見てくれないの、って不機嫌にもなるわ。わかる、わかるのよ。でもね、怒ってばっかりじゃあダメ。いい? 自分の機嫌は自分で取るものなのよ」
「だから……!」
「そう、だから。私は覚悟を決めたわ。魔理沙が無視できないくらいに私が強くなって、魔理沙に私を追わせてやるんだ、ってね。
わかる? わかるわよね?
だって
「………」
「そのためにまずは藤原妹紅、私はあなたとのこの弾幕ごっこ、全力を越えた全力を出してみせるわ」
「……………」
アリスの真剣な眼差しを受けて藤原妹紅は何かを考えるように顎に手を当て首を傾げ、視線を逸らす。
何言かアリスには聞こえない声で呟くと、
「だあーーーっ!!」
急に叫び声をあげると頭をガシガシと乱暴に掻き毟った。
唐突の藤原妹紅の反応に、アリスは思わずビクッと肩を震わせる。
(な、何か変なこと言っちゃったかしら?)
そうアリスが心配した次の瞬間、藤原妹紅は鼻で大きく息を吸い込むと、口からそれ以上に大きく息を吐いた。そして乱れた髪を手櫛で整えると、
「アリス、お前、意外と面白い奴なんだな」
と言って屈託の無い笑顔を見せる。
魔理沙の笑顔が星の閃きなら藤原妹紅の笑顔はまるで燃え上がる炎の輝き。
(……こういうところとかは魔理沙っぽいんだけどねぇ……)
そんな事を考え、ふと思う。
(……魔理沙……無事かしら……ううん、魔理沙の事だから心配ないとは思うけど……)
◇
「―――ぶえっくしゅっ!」
その頃。
レミリア・スカーレットが語る永遠亭での一幕を聞いていた魔理沙は、何の前触れもなくくしゃみを炸裂させた。
不意のことにも反応し素早く大きく身を反らせ、露骨に嫌な顔をするレミリア・スカーレット。
飛び散る飛沫を紅い魔力で相殺までする。
しかし魔理沙は悪びれもせず、
「いや、話の腰を折ってしまって悪かったな。多分アリスか霊夢あたりが私の悪口でも言ってるんだろう」
そう言ってズルズルと鼻を啜った。そんな様子に見兼ねた十六夜咲夜がどこからともなくそっとハンケチを差し出す。
丁寧な刺繍の施された、それでいて派手過ぎず品を感じられる逸品だった。
ちらりとそのハンケチを見、魔理沙は丁重にそれをお断りした。
「へへ、そんな高価そうなハンカチなんか私の鼻には勿体ないぜ」
言って、ガシガシと腕で鼻を拭いたが、
「全く……貴方とてレディの端くれなのよ? ハンケチの一枚くらいは持ってなさないな」
半ば呆れながら、鼻を拭いた魔理沙の腕をそのハンケチで丁寧に拭き取る十六夜咲夜。
レミリア・スカーレットもため息混じりに、
「そんなハンケチくらい貴様にくれてやるわ」
「へへ、なんだか悪いな」
そう言いつつも魔理沙はそのハンケチを受け取ると改めて鼻を拭き、そしてそれをそのままポケットにねじ込んだ。
「―――これは借りにしておくぜ」
「まあいいだろう。ところで話の続きだが―――」
紅茶を一口、レミリア・スカーレットは気を取り直して続ける。
「何処まで話したかな。ああそうだ、この小娘―――、ええと、何とかいったな、此奴が乱入してきたところからだな」
「上白沢慧音、ですお嬢様」
「おお、そうだ。此奴が唐突に乱入して来て、いきなり八雲紫の首を飛ばしたんだ。アレはなかなかに痛快だったぞ?」
牙を出してニヤリと笑うレミリア・スカーレットに、上白沢慧音は小さくなって頭を下げた。
「あ……いや、あの時は本当に無礼な真似を……」
「八雲紫の首を飛ばした!?」
驚く魔理沙の声に上白沢慧音は顔を上気させ益々もって縮こまってしまう。出来ることならこのまま本当に消えてなくなれたらどんなに楽だろうか、と内心頭を抱えていた。
本来の彼女は良識のある性分。それを、狂気と悋気にあてられて不躾にも言葉に闖入し、そして問答無用とばかりにスペルカードで一刀両断のもと斬り伏せたのだ。
思い返すだけでも背筋が裏寒くなる。
しかし―――、
「ああ。ほれ、そこに首が転がってるだろう? ……いや、さすがにもう消えたか」
「どういうことなんだぜ?」
「―――それに関しては申し訳ありません」
と、言葉を継いだのは八雲紫の式、八雲藍であった。
八雲藍の腕の中には猫耳を持つ少女―――、猫又だ。名を、橙という。八雲藍の式。つまりは八雲紫の式の式である。
「私も全く気が付かなかったのですが……いつの間にやら我が主はこの橙を依り代に我が主の複製体を作りここに立たせていたのです……」
先程まで八雲藍の腕のなかで泣いていた橙が、今はすびすぴと寝息を立てて幸せそうな寝顔を見せている。
そう、
術が解けて八雲紫の身体が消え、ギャン泣きした猫又の少女が現れた時に上白沢慧音は全てを悟った。
八雲紫の式の式、橙は非常に小柄で八雲紫の体格とは合わないため、八雲紫の着ぐるみの中に入り込んだ様な状態になっていた。上白沢慧音が斬り飛ばした首の部分はちょうど橙の頭のすぐ上。これがもう少し下を斬っていたり、それ以外の部位を狙っていたら大変なことになっていたに違いない。
同時にその時に自分に叩きつけられた殺気と霊力を思い出し、上白沢慧音は身震いした。
今でこそ橙の頭を優しく撫でている八雲藍だが、橙の姿が現れた瞬間、弾けるように飛び上がり、彼女の恐ろしく鋭い爪は上白沢慧音の細い首を掻っ切るまであとほんの僅かなところまで迫っていた。
自分の首を撫で、まだ繋がっている事を再確認する。
あの時、猫又の少女の泣き声があと数刹那遅れていたら。
今、転がっている首は自分のものになっていたであろう。
橙の声に冷静さを取り戻した八雲藍が「まあ、我が主の仕出かした事ですし」と全てを赦してくれたのには助かったが、それでも自分の仕出かした事を思い起こすと穴があったら入りたいとはまさにこの事だ、と上白沢慧音は力なく溜息をついた。
狂気に囚われ、真実を見る目が曇っていたのだ。
そんな彼女を横目にレミリア・スカーレットはフフンと鼻を鳴らす。
「まあ私は気付いていたがな」
「流石です」
瀟洒なメイドはクールに主を讃える。
「だろうだろう。もっと褒めて良いぞ」
「凄いです。素晴らしいです。最高です。これぞ吸血鬼の中の吸血姫。」
「……今日はちょいちょい突っかかってくるな?」
「これは失礼致しました。この不出来なメイドの所業、きっとあの偽月の所為で御座いましょう」
表情を崩さないいつも通りの従者に見えたが、思っていたよりも偽月の影響を受けているようだった。
……もしかしたらそれをいい事にからかっているのかもしれないが。
ツンと澄ましたメイドの横顔からは、レミリア・スカーレットの眼力をもってしてもそれを見抜く事は出来ず、ヤレヤレと息を吐いた。
「まあそれはあとで問い詰めるとして……」
その時だった。
ずぐん―――
強大な魔力と霊力の余波が永遠亭そのものを揺らした。
橙を除く、その場にいた全員が空を見上げる。
―――魔理沙には解った。
あれはアリスの魔力だと。
そして―――、
「……妹紅!?」
それまでの自責の念からくる悲壮さとはまた別の表情を浮かべた上白沢慧音が不死鳥の少女の名を呼ぶ。
―――強大な霊力に気付いたのは、上白沢慧音だった。
元々青ざめていた顔が、さらに蒼白になっていく。
「いかん……あのままでは……」
彼女が気付いたのはただの強大な霊力だということだけではない。
「とうした?」
と問う魔理沙に、上白沢慧音は上擦った声で答えた。
「あれが……あれが妹紅の霊力で間違いなければ……」
「間違いなければ? 何だと言うんだぜ?」
「大変なことになる……ッ!!」
叫び、
魔理沙は肩をヒョイとすくめると、
「……そりゃそうよ。そんだけ驚いているんなら大変なんだろうな。けど私が聞きたいのはその先にある、何がどう大変なことになるっていうんだってところだぜ?」
しかし、上白沢慧音は魔理沙の問いには答えず、
「済まない、今回は本当に非礼を働いた。この借りはいつか必ず―――!」
とだけ言い残して、一気に空へと飛び上がって行ってしまった。
続。