東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
天へと昇っていく流星を、どこか虚ろな表情で見つめる霊夢。
ざあっ、と竹林が風に揺れた。
霊夢の髪もまた風に揺れ―――、その揺らめきに光る雫が混ざる。
涙。
まだあどけなさの残る霊夢の頬を、はらはらと涙が流れていた。
そんな霊夢を見つめる、八雲紫。
「―――何を、悲しんでいるのかしら?」
大妖怪が嗤う。まるで底無しの裂け目のように。
「あの魔法使いはあなたの元から飛び去っていったわ」
そのスキマから響く声は、まるで深淵で渦巻く
どこまでもどこまでも、深遠へと引き摺り込まれるような、昏く、それでいてどこか甘美な囁き。
「煩い」
俯き口を真一文字に締める霊夢。溢れる涙を留めるように、その肩が、腕が震えている。そんな少女の佇まいを見て、
―――
笑みの形をさらに歪ませる。頬を紅潮させ、瞳を潤ませ、喉を鳴らし、大妖怪・八雲紫は嗤った。
全てを受け入れ、何にも流されず、博麗大結界を以てしてこの幻想郷を統べる存在、博麗の巫女。
その存在が今はどうだ。
只の、そう、
それが、八雲紫には堪らなく愛おしかった。
―――今なら。
手を伸ばせば。
―――手に入れられるかもしれない。
―――壊してしまうかもしれない。
もどかしいほどに、狂おしいほどに。
だが、八雲紫のそんな想いも裏腹に、博麗の巫女が、博麗霊夢が、霊夢が、八雲紫の事を見ることは無い。
霊夢が巫女で八雲紫が大妖怪だから?
否、そうではない。
むしろ、
八雲紫が自嘲気味に口を歪める。
「
その呟きはしかし風に溶け、霊夢の元へとは届かない。
大妖怪の想いは、誰の元にも届くことは無い。
それが、こんなにもすぐ近くにいる、少女にすら。
だから、博麗の巫女は俯いていた顔を上げ、天をキッと睨む。
大妖怪 八雲紫もまたフッ、と小さく息を吐くと霊夢の視線の先を追った。
その貌に浮かぶのは―――。
「―――!?」
それはどちらの声だったのか。
それともふたりとも同時に声をあげたのか。
霊夢と八雲紫が見送るその先。
魔理沙とアリスを乗せた箒星が分厚い雲に突っ込み―――、
消えた。
「魔理沙!?」
思わず、先程まで殺気すら込めて対峙していた少女の名前を叫ぶ霊夢。
その声には先程までの陰の感情は全く感じられなかった。
本気で大切に想っている相手を、本気で心配をしている。そんな声だった。
「紫、ちょっと何よあれ!?」
大妖怪へと詰め寄る霊夢。
「あれじゃあまるで―――」
「結界、
動揺を隠せない霊夢の肩を優しく抱く八雲紫。
霊夢のか細い肩が、細く震えている。
「……
首を傾げる大妖怪に、霊夢は食ってかかった。
「外から?」
「ええ。外から。
目を細め、愉しそうに笑う八雲紫。ますますもって神性など微塵も感じられなくなっている霊夢に八雲紫は妖怪としての本能が疼くのを覚えた。
―――嗚呼、美味しそう。
そのような感情を向けられているとも気づかず、霊夢は顎に手を当て思案の声を上げる。
「それと、月の異変……関係があるのかしら」
「そうねぇ。月を―――、いえ、
どこか含みのある八雲紫の言葉を訝しく思いながらも、霊夢はだんだんと思考がまとまっていくのを感じた。
「月……」
「
「月、か……」
(なるほど、魔理沙を追ってこの竹林まで来たけど、魔理沙が本来向かっていたのはこの奥ね)
竹林の奥にある
「―――永遠亭、ね」
永遠亭。月人が住まう、閉ざされた館。
その主こそ。
月から墜ちた、月には帰れぬ、月とは決別した、悲劇の美姫。
霊夢はその名を口にする。
「
―――八雲紫の口元が、大きく歪んだ。
◇
霊夢は忌々しげに空に浮かぶ月を見上げる。
見慣れていたはずの月が、どうしてもどう見ても偽りで。今は見ているだけで感情がざわつく。
身体を巡る霊脈が滞っているような気がする。そのせいもあってか、なんだか身体が火照り気味だ。それに、少し目眩もする。
この騒動が始まる直前からこの体調不良は実はあった。
―――そんな私を見て魔理沙が何か言ってたような気もするが、彼女の言葉が思い出せない。私もなんと返したのか思い出せない。
目眩がする。
もしかしたら魔理沙は私の心配をしてくれていたのかもしれない。
けれども、魔理沙は私を残してあの7色人形使いと夜空に消えていった。
それから程なくして、だ。夜が終わらなくなったのは。
異変。明けない夜。偽りの月。
だから―――、
(紫に焚き付けられて、こんな所まで来たのだけれども)
「霊夢、大丈夫?」
八雲紫の声に霊夢はハッと我に返る。
「ええ、大丈夫。大丈夫よ」
気丈に振る舞う霊夢の身体を、八雲紫はそっと抱き締めた。
その抱擁は夢心地のようで、不思議な程に優しく、不気味な程に深かった。
「一旦休みなさいな。あなた、月の影響を深く受け過ぎているようね」
心の奥底まで紫の声が響いてくる。もはや霊夢の身体から力はすっかり抜けていた。
(―――妖怪のくせに。否、妖怪だからか。全く人の心を見透かしたような事を言う)
意識の淵で苛つきを吐き捨てたが、霊夢は目を閉じ身体を八雲紫に預けた。
―――意識を完全に手放す前に、ただ一言。
「魔理沙―――」
◇
自分の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
それはここにいるはずの無い、それはあり得ない話だった。
その声は泣いているようだった。救いを求めているようだった。
ならば助けなくてはいけない。
だから、声の主を求めその名前を、呼ぶ。
「―――霊夢」
ぱちり、と魔理沙は勢いよく目を開く。
まるで夢から醒めたような気分だ。
はて、先程まで自分とアリスは箒に跨って月を目指していたハズ。
二段ロケットよろしくマスタースパークを発動させ、加速して雲に突っ込んだところまでは憶えている。
が、
「どうして私は今、寝転がっているんだ?」
太陽に近づき過ぎた愚か者のように、天から落とされ地上まで落下してしまったのかとも思ったが、どうやらそうではなさそうだった。
周囲は薄暗くなかなか見通せない。
(雲の中というわけでもなさそうだぜ?)
目が慣れるまでの間、自分の身体のチェックを始める。
まずは指を曲げ伸ばし感覚の確認をする。
(腕は……ちゃんと指も全部ついているな、うん)
続いて足を動かす。
(脚も、つま先まであるな)
さらに首を捻るとコキ、と小気味よい音が鳴った、
(首と胴体の泣き別れ、冒険の終わり、最早ここでゆっくりしていく、ということもなし)
最後に自分の中にある魔力の流れを確認する。
意識を集中して魔力を練り、体全体へと行き渡らせる。
「―――よし」
勢いよく上体を起こす。
戦える。
それがわかればいい。
魔理沙は改めてキョロキョロとあたりを見廻し―――、
「成る程、な」
回廊の真ん中に、魔理沙は
板張りの床、障子、格子窓。和の趣きがある果ての見えない回廊だった。
格子窓から見えるのは―――、漆黒の闇と無数に煌めく星々。その下に大地は、見えない。
ここが何処だかは知らないが、
加えて、誰かから視られているような嫌な感覚。その視線の主にとって、魔理沙は招かれざる客なのは火を見るより明らかだった。
油断なく立ち上がりスカートの裾をパタパタと振り埃を払うと、帽子を目深に被り直し、ペロリと舌舐めずりをする。
これから起こるであろう騒動を期待してか、魔理沙の表情は輝いていた。
「―――熱烈歓迎ってやつだぜ」
続く。