東方二次SS ふたつのいろ Lyric restriction 〜永〜 作:赤井せりか
「―――主がお待ちです」
恭しく頭を垂れる因幡てゐに、魔理沙は困惑した。
(怪しすぎるな。罠ですと言わんばかりの展開だぜ?)
この場所へは偶然に飛び込んだのだ、そんな魔理沙とアリスのことを待つ者がいようはずがない。と、なれば、
「何を考え―――、いや、何を企んでいる?」
警戒は解かない。グッと帽子を目深に被り直す。
しかし、
「いいえいいえ。企んでいるだなんて滅相もない。私たちはただ―――」
顔を上げ、パタパタと手を振る人兎の少女。
「―――困ってるんですよ」
「困ってる?」
帽子の鍔の陰で眉をひそめる。
人兎の少女は顎に手を当てて言葉を続けるた。
「ええ。困ってるんです。それはホラ、あの、月に関連することです。だからどうか、話だけでも聞いて下さいな」
言って、ニッコリと笑う人兎の少女。
(―――
心の中でつぶやく魔理沙。
人兎の少女の顔色をうかがうが、確かに困った色がその笑顔に見られる―――ような気がする、が、因幡てゐと名乗った人兎の少女の言葉に、どこか引っかかるものを覚えたのも確かであった。その違和感が何なのかまでは明確には解らない。
さて、どうするか。偶然とはいえ手掛かり、いや、異変の核心へと近づいたのだ、ここで引く手はあり得ない。
と、なれば。
進む、の一手だ。
帽子の鍔を人さし指で上げて、魔理沙は因幡てゐを見据えた。
「わかったぜ」
「ああよかった!」
顔をパッと明るくする因幡てゐ。
左手で回廊の奥を指し、
「では、奥で師匠がお待ちです―――」
「ん? 師匠? さっきは主と言わなかったか?」
「おや? ああ、それもホラ、困ってるから言い間違いをしたから、或いはあなたが聞き間違いをしたかでしょう」
「まあいいや、じゃあその主だか師匠だかのもとに案内してもらうぜ」
「ええ、では奥へどうぞ」
「ああ、わかったぜ」
頷き、帽子を目深に被り直す。―――その時、自兎の少女、因幡てゐの口元が小さく歪んでいたことに魔理沙は気づかなかった。
◇
魔理沙は、てゐに促されるままに回廊を進むが同じ景色が続く。それでも、てゐは迷うことなく先を行く。
「なあ、これはいったいどこまで続いているんだ? 本当にこの先に主だか師匠だかがいるのか?」
魔理沙が聞くと、てゐは振り向きもせずに答えた。
「そりゃあ、いますよ。でも、どうします? 会ったら会ったで、大変かもしれませんよ?」
「今さら引き返すつもりはないぜ。月が変わった理由を知るには、ソイツの話を聞くしかないだろう?」
「ふーん、度胸はあるみたいだねぇ」
「なんだって?」
「いえいえなんでも。さあ―――こちらです」
因幡てゐに案内された先。
どこまでも続くかのように思えた回廊のど真ん中でてゐは立ち止まった。
「……ん? どうしたんだぜ?」
くるり、と振り向く人兎の少女。
両手を広げ、上目遣いで魔理沙に微笑みかける。その微笑みに、僅かばかりの邪な陰を浮かべて。
「
「だから、それはどういう……」
魔理沙が眉をひそめた瞬間、床がぐにゃりと歪んだ。まるで意志を持つかのように空間がねじれ、足元が消える。
「あたしの
「くっ……!」
浮遊しようとしたが、重力の向きすら狂っている。魔理沙の体は、黒い穴へと引きずり込まれていく感覚に囚われ―――。
次に意識が戻ったとき、魔理沙は広大な夜空に浮かんでいた。
下を見ると竹林とその中にある屋敷が視えた。
まるで宇宙に放り出されたような感覚。だが、確かにここは幻想郷の空―――月が奇妙に輝く世界だった。
急に視界が開けたことで魔理沙は軽い目眩を覚えた。いや、目眩の原因はそれだけではない。
空に浮かぶ赤みがかった大きな月―――。
「ぐっ!?」
月の光が強い。
近くで見るとここまで強力なのか。奥歯を噛み締めて魔理沙はグッと耐える。この光はよくない。やはり通常の狂気を孕んでいる。
その歪んだ月を背負うように、淡い光を放つ一人の女性が魔理沙を見下ろしていた。
「―――やっと来たわね」
銀色の髪は月光に照らされ煌めく。濃い赤と濃い青の帽子と長衣を身にまとい宙に浮かぶ姿は、まるで天上の賢者のようであった。
(趣味の悪い服だぜ)
正直な感想を思い浮かべる魔理沙。
同じ二色でもここまで違うもんかね、と自分の衣服と趣味の悪い賢者を見比べる。
(服のセンスはさておき、だ)
魔理沙は帽子を目深に被り、顔を上げる。
「お前は誰だ? 私は―――」
「貴女は霧雨魔理沙。地上の魔法使いね」
「ほう、知ってるのか? 私も有名人になったもんだなぁ」
にっ、と白い歯を見せる魔理沙。八意永琳もまた優雅な笑みをたたえたまま、
「ええ。紅い霧も、訪れない春も、貴女と貴女の相棒とで解決してる。幻想郷でも有名人よ、貴女」
「照れるぜ。けどなぁ、お前は私の事を勝手に知っているが、私はまだお前の事を知らないぜ?」
「ああ―――自己紹介が遅れたわね。私の名は、八意永琳。やごころえいりん、と呼んでね」
「八意永琳、か。覚えたぜ」
「ええ、地上の民にも分かりやすく発音するとそうなるわ、ね」
八意、どこかで聞いたことがある名前だと魔理沙は思った。しかし何で知ったか正確に思い出せなかったが、その名前を聞いた魔理沙の中で、八意永琳に対する警鐘は大きくなる。
「その服装もなかなか奇抜だと思ったけれども、名前も名前で変わってるな」
「そうね、
「早口言葉は得意な方だぜ?」
軽口を叩いて相対している魔理沙ではあったが、静かな笑顔を絶やさない八意永琳の、その底は全く見えていなかった。
背筋を冷たい汗が滑り落ちる。
(八意永琳……久々の
仙女のようでもあり、妖怪とも違う。気配からは全くその正体が推測する事が出来ないし、その力量も計り知れない。
(もしかしたらこの焦りも見抜かれているかもだぜ)
八意永琳からのプレッシャーと歪んだ月の狂気とで、常人であれば恐慌状態になってもおかしくない状況であった。しかし、
(コイツは……久々に楽しいぜ)
魔理沙は心底今の状況を楽しんでいた。
ペロリ、と舌舐めずりをする。
「やっぱり結界だったか。その結界で幻想郷を閉じ込めたってことか?」
「当たり、と言ってあげたいところだけれども。残念、ハズレね」
「なんだって?」
八意永琳は天を仰ぐ。その視線の先は歪んだ月とは反対方向。そこには―――、何も無い。ただの虚空だった。
「私が地上を籠のような結界で覆った。それは間違いではないわ。でもね、閉じ込めたんじゃあないの。隠したのよ。ええ。月から逃れる為にね」
「月から逃れる?」
虚空を見つめる八意永琳の目付きが鋭くなる。
「そう。とあるやんごとなき事情があってね? この下にある永遠亭を隠しているの。結界を湖に見立ててね? この歪んだ月をその湖に映った満月の様に見せるために浮かべたのよ。あの月を上から見下ろした時に、ああ、あれは湖に映った月影か、と錯覚するようにね」
「そんなもんで騙せるもんかね?」
魔理沙の問いに、八意永琳は当然といった表情で答えた。
「案外と騙せるものよ? 月からの使者だろうと、鉄人の兵団だろうとね」
言ってヒョイと肩をすくめる。それを見て魔理沙も軽く肩をすくめた。
「―――それで、その月か」
「そう。だから用意したのよ、私が。古い月。とっても旧い、ね。
「しかし、ま、その月のせいでこっちはいろいろ大変なんだぜ?」
「ま、狂うでしょうね、地上の民は」
さして気にもとめていないような八意永琳の口ぶり。それはまるで夜になれば月が空に上る、そんな当たり前の事を話しているかのような口ぶりだった。
(
覚悟を決める。コイツとは話し合いでどうにかなるような相手ではない。
魔理沙は帽子の鍔を人差し指で持ち上げる。
「そいつは困るんだぜ?」
「私たちも困ってるのよ」
「それに……月だけじゃあない。夜も明けないときたもんだ」
「そうよねぇ。困ったもんだわホント」
「まるで他人事だな」
「まあね。所詮地上の民には関係の―――」
「―――それともうひとつ」
八意永琳の言葉を遮る魔理沙。
その右手にはすでにミニ八卦炉が握られている。
「色々と教えてくれてありがとうだぜ。しかし、だ。アリスは……アリスを、どうした?」
「アリス・マーガトロイドのことかしら?」
「ああ。私と一緒にここに来たはずなのに姿が見えないんだぜ?」
答えによっては……いや、その前に撃つ。ミニ八卦炉を握る手に力が入る。
その様子を見て、八意永琳は小さく息を吐いた。
「……あの娘にも困ったものだわ」
「アリスが? どういうことだ?」
はじめて八意永琳が魔理沙に対して真っ直ぐ視線を向けた。それは彼女の意思の表れ。
その口から放たれた言葉は魔理沙にとって衝撃的な内容だった。
「
続く。